デジタルメディア有償購読化に見逃せない3つの視点——Monday Note “Cracking the Paywall”

以前にも取り上げたプロフェッショナル系ブログ Monday Note に、やはり紹介済みの Frédéric Filloux 氏が注目の記事をポストしました。Cracking the Paywall がそれです。
「ペイウォール(有償購読制)の壁を突き破る」といった趣のタイトルです。ただし、ここで「突き破る」のは、おカネを払いたくない読者が“壁”を突き破るという意味ではありません。
ではだれが? それはメディア運営者(メディア企業)が、有償購読制を敷く際の数々の難問を越えるためのヒントを提供するという意味なのです。

以下、大づかみに記事を咀嚼してみましょう。

多くの新聞、出版、そしてWebサイトらが深刻な広告需要の低迷にあえいでいる。2012年は不確かな経済情勢下であり広告主は慎重になっている。
また、見渡せば多くのニュースアグリゲータ(コンテンツは制作せず、Web上から各種コンテンツをかき集めて、ニュースサイトをつくり出してしまうような事業者や個人)、そしてソーシャルな空間内でニュース情報をやり取りするような人々が増え、広告掲載可能なデジタルコンテンツは増える一方だ。
これらは、良くて従来からのメディア事業者の収入をフラットに、さらには広告単価を押し下げてしまう効果を発揮している。

そうなると、上記メディア企業の経営者は、広告収入以外からの収入に期待を寄せる。特に“ペイウォール”(有料の壁=有償購読制のこと)化は有望な選択肢である。
新聞各社は、印刷版購読者数の低迷、あるいは、減少傾向に歯止めをかけるべく、印刷版からデジタル版へのシフトと、デジタル版を広告収入だけでなく購読収入源へと築き上げたいと、種々試みを始めている。

ここで、著者(Frédéric Filloux 氏)が一つの注目すべき現象を見いだす。
厳しさを増す新聞業界の中でも極めて強い競争力を有する2紙、すなわち The New York Times(以下NYT)と The Financial Times (以下FT)がほぼ同時に印刷版の大幅な値上げに踏み切ったのである。NYTを例に取れば、デジタル版購読は、売店1部売りに比べると70%も、FTでも同様の比較で68%も安価となる。
これは、単純に物価上昇分の吸収というようなものではなく、明瞭に、印刷版からデジタル版へと読者にシフトを促す戦略的な決定とみなすことができる。

同時に2紙はそれぞれ、デジタル版の有償化(無償購読者から有償購読者への移行)を加速している。まずはFTだが、従来からの400万の無償購読者から現在25万の有償購読者を絞り出している。
そのための施策はシンプルで、無償で読める記事本数を5年前には月間30本だったものを、現在ではとうとう8本にまで絞っている。それでも無償で読むためには登録が必要である。
NYTも同様な施策をとっており、それはかなりうまくいっているようだ。無償購読者数はFTの1/4に過ぎないのに、有償購読者はすでに32万に達しているのだ。

ここで、記事はNYTがペイウォール戦略を突き進む際に重視している3つの方針を紹介する。

  1. 強力でユニークなコンテンツを武器にすること……NYTは品質に裏打ちされたコンテンツで国内外に約8000万人のデジタル版購読者を有している。その数パーセントを有償読者に転換できるだけで、大きな収入増を生み出すことができる。そのためにもオリジナルでユニークなコンテンツで多くのファンを維持する
  2. ペイウォール化には管理された抜け穴を維持する……有料の壁を適度な強度に維持しなければ、無償購読を目的にした読者を一気に失ってしまう。読者の“総数”は、広告収入のために重要である。また、最大読者数を誇るというブランド性維持のためにも重要事項なのである
  3. Appleと緊密な関係を築く……快適なユーザー体験と購読制を結びつける材料を持ったAppleに対し、NYTは、iPadの初期から親しい関係でアプリケーション開発、購読制システム開発を行ってきた。Appleの消費者に対する影響力は大きく、それはNYTに大きな利益をもたらしたのである

ところで、知られた事実だが、3のAppleとの協業関係には難しい課題がある。それは、同社のプラットフォームから得る売上の30%は同社の取り分となるからである。
NYTからすれば、その料率は10%台であってほしいところだ。FTは、結果としてAppleプラットフォームに特化したアプリケーションを引き払い、Appleとは袂を分かつことになる。代わってHTML5をベースにしたプラットフォーム独立なWebアプリを再投入したのである。

長くなってしまいましたが、以上が記事のおおよその趣旨です。

ブログの筆者は、この3つの要素を吟味し、中でも1のコンテンツのユニークさ、品質にこだわることを強調しています。
冒頭で述べたように、アグリゲータやソーシャルなコンテンツ流通で、特徴の薄い、あるいは、品質の低いコンテンツは、“情報の洪水”の波にあっという間に呑まれ価値を失ってしまうというのです。
もうひとつ、3のApple(あるいはプラットフォーマーと言えば、汎用性ある議論になるかもしれません)との組み方についても、“個人的な選択”としながら、「短期的な成果を求めるなら、Appleをパートナーに」、そして「中期的な成果を求めるなら、プラットフォーム非依存の仕組み」を採用するのが良いと述べます。

聞くところによれば、日経新聞デジタル版の好調ぶりに刺激されてか、朝日新聞もまた、無償購読可能な asahi.com から有償購読制を前提とする朝日新聞デジタルへの移行を目指すとのことです。わが国でも、“ペイウォール”旋風が吹きそうな様相です。その際には紹介した重要なポイントが、成否を分かつものと想像します。
(藤村)

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