バナー広告の終えん その先で何が始まっているのか?

ささやかれる Web 広告問題。
それは見られてもいない広告が膨大に売買されていることだ。
メディアも、広告主も、そして読者をも幸福にしない
広告ビジネスに転換期がやってくるのか?
見え始めたバナー広告終えんの動向と、その“次”を探る。

バナー広告のある風景は、もう続かない——。
こう述べるのは、ジャーナリストの Alex Kantrowitz 氏です。DigidayThe Banner Industrial Complex Under Threat」(脅威にさらされるバナー広告産業複合体)から引用します。

もし、君がバナー広告とパッケージになった Web ページの姿を愛しているなら、それを味わっておきたまえ。もう長くは続きはしないのだから。
バナー広告はそのピークにあり、どこにでもあり、そして、見苦しい。それは数兆もの数で取り引きされ、代理店などの間接販売を駆り立ててきた。しかし、取引数や売上は、広告主、代理店、メディア企業、そして消費者のすべてを不幸にしつつある。

バナー広告(ディスプレイ広告)は、Web 業界を15年にわたって潤してきました。しかし、経済、特に Web ビジネスをめぐる環境変化の中でその地位の終えんを迎えていると見ます。

終えんに向かう、いま・ここを簡単に整理しておきましょう。

  • 過剰インベントリ(広告表示可能な回数、「在庫」ともいう) 広告を事業モデルにする Web ビジネスが増え続け、加えてソーシャルメディアが大量に安価なインベントリを生み出し、バナー広告の単価を押し下げている
  • 広告効果への疑問 それがクリック(あるいはタップ)される効果の低さ、そして、それが“見られている”ことの広告効果への疑問、言い換えれば“表示”されても、“見られていない”ことの事実が検証されつつある
  • 取引価格の低下と劣悪なクリエイティブのはん濫 バナー広告をめぐる自動運用型の取引市場が発展し、これがさらに取引価格低下と低品質広告の過剰表示を引き起こしている

広告収入を頼りにする Web メディアやサービスにとり、バナー広告問題が深刻な経済的悩みを招くことは当然ですが、さらにこれがユーザーのバナー広告嫌いから、バナー広告漬けの Web メディアやサービスまでを嫌ってしまう傾向を引き起こしつつあることは否定しようがありません。

記事で Kantrowitz 氏はこう述べます。

シンプルなバナー広告は、各種の攻勢にさらされている。バナー広告の“視認可能性”の計測標準は、広告インベントリの約3割を無効と見なす。(調査会社の)comScore によれば、ネイティブ広告やスポンサードコンテンツの隆盛により、すでに広告主の予算やメディアの掲載場所はこれまで用いられてきたバナー広告から離れつつある。
メディアは、広告主のカネを魅了するために Web サイトの再デザインを進め、バナー広告とその販売代理店への依存度を減らそうとしている。
これらは、バナー広告の“量”によって成り立っていたエコシステムの窮地を意味するのだ。

ここで重要な点は、危機感を募らせたメディア運営者がすでにデザインリニューアルなどの手を打ち始めたということです。以下、その点に注目していきます。

Kantrowitz 氏は USA Today などを擁する米大手メディア企業 Gannett デジタル部門の責任者のコメントを引き、バナー広告離れは必然とし、これまでのメディアの経営戦略の転換だとします。

(バナー広告離れは)この道を選択するしかない。過去12年間、皆で追随してきた戦略、すなわち、たくさんの広告インベントリをつくり出してはそれを95%引きで代理店に売り渡すというものは、もはや長期的な戦略たり得ないのだ。

このように考える Gannett の新たなオンライン広告の戦略は、昨年大きなリニューアルを遂げた旗艦メディア USA Today に如実に現われています。

再び Kantrowitz 氏の論から引きます。

Gannett は新たなアイデアをとっている。それは、USA Today をデザインリニューアルする中で広告インベントリを劇的に減らすという方法だ。
記事本文の周りに可能限りたくさん広告を貼り付ける代わりに、各記事の本文隣りにひとつだけ広告ユニットを置き、本文と広告をパッケージにしたライトボックスとして表示することに決定したのだ。

下図をご覧下さい。リニューアルされた USA Today は、トップページに表示された各記事をクリックすると、それぞれの記事がライトボックス(参照 → こちら)としてポップアップし、記事と対になった大型のバナーやビデオ広告も同時に表示されるようになりました。

USATODAY トップ面(左)と記事面

USATODAY トップ面(左)と記事面

重要なことは、このライトボックス内に生じる広告インベントリは、たった1つだということです。
広告インベントリ依存型のビジネスが“量”を追求するあまり、ページ内のずい所にバナー広告を設置し1ページビュー当たり10以上のインプレッションを生じるようなバナー広告中毒症状に陥ってしまっているのとは好対照です。

記事はこのようなバナー離れの動きを示すのは USA Today だけではないとします。

USA Today だけではない。これまでバナー広告販売のエコシステムを糧にしてきたメディアは、バナー広告を明示的に削減するか、もしくは依存度を下げる手段をとりつつある。
たとえば、BuzzFeed はバナー広告をサイトに掲載しない。スポンサードコンテンツがその代わりを果たす。一方、The Atlantic はバナー広告フリーの選択をしている間に、オカルト系広告主によるばかげたスポンサードコンテンツを掲載してしま(い問題とな)った。
また、他方、有名ブロガーの Andrew Sullivan 氏は、スポンサードコンテンツ・モデルに批判的であり、独自のバナー広告削減策を見出した。それは、メーター型ペイウォール(有料課金)であり、すでに60万ドルを得ている。

BuzzFeed記事面。右上にスポンサードコンテンツ

BuzzFeed記事面。右上にスポンサードコンテンツ

メディアが動き始めた別のケースもあります。たとえば、米 Yahoo! は、ダイレクトレスポンス系広告として最も効果的と評価されていた Yahoo! メール表示時のウエルカムスクリーン広告を廃止しました。同社は近年、ユーザー体験の向上をうたっており、ユーザーによるメール利用のスピード感を意図しての判断だとし、Yahoo! の広告およびデータプラットフォーム担当幹部の発言を紹介しています。

(メディアは)広告をもっと設置すれば、つねに短期的には売上を得ることができる。しかし、それをメディア戦略だとするなら、決して成功しないだろう。

記事はこれ以降も、代理店が関与したエコシステム(利害共同体)が、結果として量に頼るバナー広告のビジネスモデルが、おびただしい数の広告掲出と、ページビュー至上主義をはびこらせたとの論点を展開します。
しかし、これ以上の詳細な紹介は不要でしょう。
すでにバナー広告が抱える課題は明瞭です。また、“ポスト・バナー広告”的存在も見えてきています。
最後に、筆者(藤村)の視点に引き寄せていきたいと思います。

筆者は、現下の経済環境で、課金ビジネスモデルが台頭するというトレンドがある一方、広告というビジネスモデルはまだ存続するものと見ます。
しかし、(表示回数を広告主に約束する)インプレッション型広告の存在感は、記事が述べているように希薄化する方向との視点に同意します。

自動運用型広告が増え続け、結果として安価かつ大量に配信する広告が目に余るようになってきました。このトレンドは、DSP や RTB など最新の広告テクノロジー(参照 → こちら)は、ありあまるほどの広告インベントリを延命させているだけの結果にしか見えません。

では、これからの広告はどうなるべきでしょうか?
記事で紹介された「ネイティブ広告」と「スポンサードコンテンツ」は“記事風の広告”として可能性を見せます。大ざっぱに、前者はメディア編集部門の積極的な関与があるもの、後者は広告主が制作しメディアに持ち込み掲載したものと理解すれば良いでしょう。
そのいずれも、可能性とともに危うさを含みます。これらの動向については、すでに本ブログの「ネイティブ広告 メディアの救世主たり得るか?」などですでに論じています。

バナー広告の価値失墜のトレンドに本質的に対抗するには、ひとつは広告の企画・制作自体を、編集記事と同じ、もしくはそれ以上にメディアが心血注いだコンテンツ性の高い広告が想定されます。結果としてそのような広告が高い成果を生むはずですが、事前に到達できる成果などを確定しづらい難点があります。
一方で、ユーザーの文脈を追随できる、柔軟で表示もメッセージも軽めな広告の意義も増すと想定します。
前者の広告モデルは、編集能力を駆使したコストの高い広告商材であり、汎用性が低いと見ます。一方、後者の広告モデルは、AdSense など検索連動型広告の延長線上に位置するものといえるでしょう。このポイントは、検索、ソーシャルグラフ、そしてユーザーの興味などを重み付けに取り込むパーソナライズ性です。いずれ、“広告のアグリゲーション、キュレーション”として低価格な商材の流れを生み出すものと展望します。
さらに、軽量な広告はフォーマットの柔軟性を併せ持つことで、PCからモバイルに至るスクリーンやメディア形式の多様性に追随できるはずです。

このような広告モデルには、より一層テクノロジーが関与することになります。大量の広告と最適な配信先コンテンツを組み合わせるため、Google のようなプラットフォーマーか、あるいは第三のアグリゲーターに主導権が委ねられる、そのような可能性が姿を見せようとしています。
(藤村)

体験と文脈の拡張へ/メディアとコンテンツをめぐる新たな価値観の台頭

メディアのデジタル化は、メディアとコンテンツの分離を促進する。
ソーシャルとモバイルの大トレンドの向こうに見えてくる、
メディアを揺るがす新たな価値観について考察する。

一般の多くの方々はもちろん、メディア業界に従事する人々のあいだでも、「メディア」と「コンテンツ」というふたつの語は、いささか幅広く使われすぎる傾向にあります。ふたつがほぼ同義語として扱われるケースが多いことからもわかります。
しかし、やっかいなことに、ふたつの概念の違いに注意を払うべき状況が到来しているのです。
これから、本稿を通じて、ふたつの概念をめぐる出発点からメディアの最前線の動向にまで到達していきたいと思います。めざすのは新たなメディアの常識づくりです。

メディアとは何か? コンテンツとは何か?

まず、メディアおよびコンテンツについて、筆者なりの区分を概論として示します。

少し省略気味に述べるなら、

メディアとはひとつないし複数のコンテンツを、ある一定の意図で取りまとめて届けるもの

です。

また、コンテンツの容れ物、もしくはコンテンツの伝導体的な側面がメディアであるともいえます。
たとえば、“新聞”というメディアにおいて、印刷された物理的紙面は個々の記事(コンテンツ)を取りまとめて読者に届ける形式だといえます。さらには、個々の記事を超えた一定の意図が、新聞メディアには盛り込まれていることを読者は意識します。
一方、

コンテンツとはメディアの実体部分をなすもの

です。
再び新聞を例にとれば、個々の記事がそれに当たります。コンテンツのないメディアはありえません。読者がメディアに触れるのはその目に止まった個々の記事を通じてなのですが、結果として個々の記事を超え出た側面にも触れています。それがメディアであるともいえます。

ここで誤解して欲しくないのは、“コンテンツとは人間が丹精込めて書き上げた(創り上げた)もの”といった思い込みです。
“ある一定の意図で取りまとめた”気象情報や株価情報といった機械的に収集した情報であっても、メディアは成立するのです。他人の手になるコンテンツへのリンク集やまとめ情報であっても、同様です。制度や倫理に触れる問題は、脇に置いての議論としてですが。

こんな関係にあるメディアとコンテンツですから、混同されやすいのはムリからぬことです。
混同されやすい両者なのですが、混同の方向とは逆向きに、“メディアとコンテンツが分離”しやすくなっているという現象がいまは生じています。
分離現象は、コンテンツがデジタル的に作られることで加速します。
たとえば、「MSN産経ニュース」に掲載された記事が、時をおかずに「ヤフー! トピックス」に転載されることがあります。コンテンツづくりにデジタル化が浸透したいま、コンテンツは、個々のメディアの(形式的な)縛りを離れて瞬時に旅をするようになりました。

ところで、デジタルな時代がメディアとコンテンツにもたらす変化は、“分離しやすさ”という基本をはるかに超えた状況を示しています。
たとえば、Twitter や Facebook といったソーシャルメディアがあります。
そこでは、多くのユーザーが、自分の興味や関心のおもむくままにコンテンツ(へのリンク)にコメントを付して友人らと共有します。
これは、元来あったメディアとしての意図を大きく離れて、コンテンツがばらばらに旅するようになった事情を表していることは述べてきたとおりです。
さらに、コンテンツを共有しあうソーシャルメディアの住人が、元来のメディアに代わってある意図をそこに込めていることから、それは“新たなメディア”の誕生とさえいえるのかもしれません。

コンテンツは、メディアという形式の多様性に柔軟に適合する

コンテンツは、メディアという形式の多様性に柔軟に適合する

なだれをうつ価値観の変化

ソーシャル“メディア”という新たな形式的側面を取り上げましたが、スマートフォンからタブレットへいたる新しい一群の情報機器の普及が、メディアとコンテンツの関係をこれまた大きく揺さぶる動きを見せています。

変化のひとつは小さな画面サイズに適合するよう、コンテンツが新しい形式を見出そうとする動きを示しています。
PCのように大きな画面を前提に、メディアはコンテンツの周りに広告をはじめとする多くの情報を盛り込んできました。モバイルで同じようなメディアの意図を押し通すことはできません。そこで小さな画面に最適化する新しい形式への模索が始まっています。

モバイルで生じるもうひとつの革命的な変化はタッチ操作です。
指先ひとつで情報を操作するスタイルは、これまた PC の常識を大きく書き換えました。画面サイズの変化と同様、これもメディアとコンテンツの関係に変化をもたらしています。

そして三つ目の変化です。それはモバイル性そのものにあります。
すなわち、場所や時間を問わない情報接触がメディアとコンテンツの関係を変えていくのです。たとえば、MarkeZine『スマホは10分以内で購入完了が8割。PC とはニーズがまったく異なる』 スマホファーストを推進する ANA のオウンドメディア戦略」という記事はひとつの例証です。
同記事は、ANA(全日本空輸)のサイトで航空券を買うユーザーが、スマートフォンからのアクセスとPC からのアクセスでは、滞在時間が著しく異なるとします。これは、モバイルからのアクセスでは、ユーザーは短い時間で何かを処理したがっていることを端的に示します。これはコマースの例ですが、ニュース(メディア)であっても同様の違いが生じるはずです。

デジタル時代にメディアとコンテンツは分離しやすくなったという出発点から始まり、ソーシャルメディアやモバイルの大波をくぐることで、メディアとコンテンツの関係に劇的な変化が生じています。そこに新たな価値観がなだれ込んできているのです。

その新しい価値観とは、「体験的価値」と「文脈的価値」の2つです。

ふたつの“価値観”

前者の体験的価値とは、たとえば、表示や操作性の美しさ、快適さ、楽しさなど、これまではコンテンツそれ自体の価値(個々の記事の面白さ、品質など)の影に隠れて取り上げられることが少なかったメディアの形式的側面の拡張に関わっています。
ユーザー(読者)にとっては、コンテンツの価値と同じぐらいに表示や操作性の高さをはじめとする側面の価値の重みが高まり、それを総合したものが体験的価値として語られるようになっていると見ます。

後者の文脈的価値は、ユーザー(読者)がコンテンツに触れる状況の拡張に密接な関係があります。
モバイルでは、どの場所で使っているのか、時間は十分にあるのかないのか。はたまた、それがプライベートかビジネスの時間帯に属しているのか、などユーザーの状況が刻々変化します。
この決して一意ではない状況を、“文脈”(コンテキスト)と呼んでみたいと思います。
今回は詳細には立ち入りませんが、メディアのビジネスの視点では、ユーザーの文脈(とその変化)になめらかに追随することができなければ、そのメディアとユーザーの接点は断片化してしまい、いずれユーザーの文脈を包括的に追随するメディアとの競争に敗れることになるでしょう。
このような重大な価値観について、かつてメディアの送り手が頓着することはありませんでした。ユーザーとメディアの接点は固定的、言い換えれば一意であり、そこに変化を想定する必要が薄かったからです。

さて、体験的価値と文脈的な価値という、コンテンツとメディアをめぐる変化は、メディアのビジネスを悩ませるリスクであることは書いてきた通りです。
しかしそれは大いなる機会でもあります。筆者が“拡張”という語を用いたのもそれを指しています。
筆者の視点では、現代のユーザーは、メディアとコンテンツとの接点を広げようとしているように見えるのです。
体験的価値と文脈的価値という新たな視点から生まれてくる新たなメディアやサービスには、別の稿で目を向けてみたいと思います。
(藤村)

一部誤記の修正。(2013.05.13)

ディープリンク/アプリマーケティングの大きな転回点

アプリ市場が成長すればするほど、
アプリのマーケティングの難しさも、大いなる課題となっている。
リンクパラダイムとアプリパラダイムの間に横たわるギャップ。
その架け橋として期待される“ディープリンク”を検討する

iOS 版モバイルアプリのダウンロードが近く500億回に達します(参照 → この記事)。Android 版(除く Kindle 版)も2012年秋で250億回と急増しています(参照 → この記事)。

この巨大な市場を考れば、メディア事業者にとってメディアアプリの投入が避けて通れない戦略課題であることは、間違いありません。
すでに数多くのメディア事業者が投入したメディアアプリが、アプリストアを賑わしています。
問題はその先です。メディアをモバイルアプリ化していく意思決定をしたとして、メディア事業者にはいまだ克服されていない課題が待ち構えています。

それはアプリをどうマーケティングするか、です。
アプリを作ることと同じくらい、それをいかに広く知らせ、いかに効果的にダウンロード(インストール)してもらうか、という課題が重要なのです。

では、アプリのマーケティングのなにが課題なのか?
そのひとつは、アプリが、それまでの Web の文法とは異なる圏域に属していることにあります。
本稿は、“リンク”パラダイムとでも呼ぶべき Web 圏域の文法と異なる“アプリ”パラダイムでのアプリのマーケティング手法について検討します。
そして、その突破口のひとつとして“ディープリンク”について考えていきます。

アプリのマーケティングを考えるのに当たって、Web メディアをプロモーション(マーケティング)する場合とを比較してみます。
下の表を参照して下さい。

リンクパラダイムとアプリパラダイムのマーケティング

リンクパラダイムとアプリパラダイムのマーケティング

2番目の列を「“リンク”パラダイム」としましたが、Web(の新メディア)のマーケティングにおける習わしと言い換えても良いでしょう。
新設メディアが閲覧無償であるケースでは、マーケティングの対象は、メディア自身、さらにはコンテンツ自身の表示がコンバージョンの対象であることがポイントです。つまり、検索、広告、そしてソーシャルメディアでの共有であっても、その対象をコンテンツそもののにすることが重要です。

これに対し、アプリメディアをマーケティングする際の、“現在見えている範囲”での方程式を整理してみましょう。
アプリメディアのマーケティングの目的が、アプリへとコンバージョンを図ろうとするときの問題は、上記したように、Web のように新設メディア(のコンテンツ)に直接ランディングさせることができないことです。
コンテンツを見ることと、アプリをインストールする行為は違うことなのです。

さらにもうひとつ難関があります。アプリストアの存在です。
iOS であれば Apple が運営する App Store、Android であれば Google が運営する Google Play を経ずにメディアアプリをインストールすることはできません。
ストア内のアプリを見つけだす手立ては、現時点では、その登録データ(「メタデータ」と呼ぶ)に偏っています。同時に、ストア内のおすすめ情報やランキング情報が大きな影響力を及ぼします。リンクパラダイムとは大きく異なって、アプリパラダイムでは検索エンジンの役割は限定的なのです。
GigaOMBeyond App Store search: how to find the iOS apps right for you(App Storeの検索を超えて:いかにして的確にアプリを見出すか)」は、App Storeの検索機能が「(アプリ)名」「(提供)会社名」そして「キーワード」のみにしか及ばないことを指摘します。キーワードには100字という制約が課され、「アプリケーションの説明」は、文字数の制限は弱いものの(最大4,000字)検索の対象とはならないともしています。

このように、リンクパラダイムでは成立していた、ユーザー自らが検索行動の結果、自然にコンバージョンしていくという流れに期待しにくいのがアプリパラダイムなのです。
また、同じ理由からメディアアプリが持つコンテンツに向かって、ユーザーを直接ランディングさせることができません。当該コンテンツを提示するためには、まずそのアプリがインストールされていなければならないからです。

このような現時点の制約からマーケティングを考え合わせたものが、表の「“アプリ”パラダイム」列です。
検索を用いる手法に制約があるため、広告宣伝がクローズアップされているのが現在です。筆者の感覚では、現在のアプリ内広告需要の多くが、アプリマーケティング目的で占められています。なぜそかといえば、PC でアプリの広告を見ても“告知”効果しか生まないからでしょう。
逆に、アプリ内広告でなら、ユーザーをアプリストア内のダウロードページまで運ぶことができやすくなります。また、実際にダウンロードしたかまでを計測する“成果主義”的広告の手法も生まれてきています。

このようなアプリマーケティングとしてのアプリ内広告需要は、当然ながら世界共通の現象です。最近の Facebook 社の業績にもそれが現われています。

Facebook のアプリ・インストール広告は今回の Facebook の四半期決算のスターだった
シェリル・サンドバーグによれば、3800チームのデベロッパーがアプリ・インストールを促す広告を利用し、2500万のダンロードを呼び込むことに成功したという。iOS と Android のトップ100デベロッパーの40%が今年の第1四半期にこの広告を利用した。マーク・ザッカーバーグは、「われわれはモバイル・アプリ・インストール広告から本格的な収入を上げ始めた」と語った。……

ザッカーバーグは「iOS と Android は外部のアプリ・ストアなので、Facebook がそこからどうやって収益を上げるか当初はっきりしなかった。結局われわれはデベロッパーがアプリをプロモーションすることを助けるという手法に落ち着いた」と語った
TechCrunch Japanモバイル・アプリのインストを促す Facebook 広告が大人気―3800のデベロッパーが2500万ダウンロードを呼び込む

Facebook とくれば、Twitter です。同社もソーシャルグラフを活用したインストリーム広告の本格運用を開始しているのです。

そこで、表の3番目の視点に移ります。リンクパラダイムでは“常識”となった感のあるソーシャルメディアの共有を介したマーケティング手法です。
ここで注目したいのは、ソーシャルメディアの中心 Facebook、Twitter それぞれが外部サービスなどとの連携を強化していることです。
たとえば、メディア(のコンテンツ)が OGP(Open Graph Protocol)に対応するメタタグを含んでいれば、そのコンテンツへのリンクを含んだ投稿は、Facebook 内のニュースフィードでは自動的に当該コンテンツのスニペット(グラフィックやテキストを用いた概要情報)を表示します。これを見たユーザーの行動に大きな影響をもたらします。
一方、Twitter は外部サービス(やコンテンツ)の概要をタイムライン内に表示する「Cards」(カード)という連携機能を提供しています。これも Facebook と OGP の関係と同様の効果をもたらします。

リンクは、そのリンク先へとジャンプしてみなければその価値を表せません。
Facebook や Twitter ではリンク先へ移動せずとも、そのリンク先にあるコンテンツの魅力を伝える仕組みの強化に取り組んでいるのです。
このことは、アプリパラダイムに移行すると決定的な意味を持ちます。
通常、Webやアプリから、外部のモバイルアプリ内のコンテンツを直接リンクすることはできません。メディアアプリの提供者が、ソーシャルな口コミを得ようとコンテンツ(記事)ごとにソーシャルメディアへの投稿機能を持たせても、アプリをインストールしていないフォロワーや友達にとってはほぼ無意味でした。アプリがなければコンテンツを表示できないためです。

そこで、浮上するのが「ディープリンク」というアプローチです。
簡単にいえば、アプリ内のコンテンツに対するリンクを機能させようとする試みです。
The Next Web の「Google+ platform adds deep linking for iOS and Android apps, letting them complete the sharing loop(Google+プラットフォームは、iOS および Android アプリ向けにディープリンクを追加——共有ループの完成へ)」という記事は、Google+がその API でディープリンクをサポートしたと伝えています。これを活用すれば、アプリ内コンテンツをシェアした場合、そのリンクを他のユーザーが“タップ”すると(そのアプリをインストールしていない場合)まずアプリのインストールをした上で、シェアされたコンテンツが表示されます。もちろん、アプリをすでにインストールしている場合は、自動的にアプリが起動してコンテンツを表示するものです。
Google はリンクパラダイムで検索エンジンが果していた役割を、アプリパラダイムにおいても実現しようとしているのでしょう。

Twitter もこの点で意欲的です。@ITツイートからモバイルアプリにユーザーを直接誘導:Twitter Cards に新機能の『ディープリンク』、ツイートとアプリを連動」が“カード”の機能拡張について報じています。

米 Twitter は4月2日にサンフランシスコの本社で開いた開発者向けイベントで、「Twitter Cards」の新機能として、ツイートから自分のモバイルアプリに直接ユーザーを誘導できる「ディープリンク」を発表した。新たに3種類の Twitter Cards も加わった。……

新機能のディープリンクは、ユーザーがツイートのリンクをタップすると、アプリをインストール済みの場合はアプリ内のコンテンツが参照でき、インストールされていない場合はダウンロード画面が表示される仕組み。

Twitterに実装されたアプリ・ディープリンク(引用@IT記事より)

Twitterに実装されたアプリ・ディープリンク(引用@IT記事より)

このアプリ内コンテンツへのディープリンク機能が普及することは、一般のモバイルアプリのマーケティング全般に期待できることはもちろんですが、特にメディアアプリにとって重要です。ニュースなどのメディアコンテンツは、そのひとつずつが他人に伝えたい潜在的な口コミ要素を含んでいるからです。

述べてきたように、アプリパラダイムの“制約”が徐々に取り払われ、リンクパラダイム下で優勢だった検索とソーシャルメディアの役割が復権することでしょう。特にソーシャルメディアとディープリンクの組み合わせが、新たなマーケティング上の方程式となっていくと筆者は想定します。
(藤村)