モバイルと広告の革新に資源を投入せよ WSJ幹部が述べるデジタルメディア戦略

モバイル・動画・ペイウォール・広告——。
日本のデジタル報道メディアの試みを大きくリードする米国の新聞電子版の動き。
Wall Street Journal を中心としたデジタルネットワークを統括する経営幹部が考える、デジタルメディア戦略、焦眉の課題を紹介する。

日本経済新聞、朝日新聞を筆頭に、日本でも新聞各社が電子版(Web やモバイルアプリ)への取り組みピッチを上げています。ただし、惜しいことに“新聞の未来”へと向かう戦略の子細やリアリティが、いまひとつ伝わりません。
一方、米英の新聞メディアでは、電子版を推進するリーダー格がその目指すところを具体的に語るケースが多く、新聞メディアビジネスに直接関わらない筆者も参考にしています。

本ブログでは、過去に New York TimesNYT)電子版に功績のあった Jim Roberts 氏(同氏は2013年に NYT を辞職、現在は Reuters digital の Executive Editor に就任している)のオピニオンを紹介しました(「モバイル、ソーシャル、ペイウォール New York Times その取り組みを語る」)。本稿では、電子版有料化の老舗であり、そして動画サイトをはじめ数々の実験的な試みを行ってきた Wall Street JournalWSJ)のキーパーソン Raju Narisetti 氏のオピニオンを紹介します。
同氏は、記者・編集者としての長いキャリアを WSJ で送り、2009年から Washington Post 編集部門の最高責任者のひとりとして、特にデジタルメディアビジネス(Web サイト、モバイルおよびタブレット)で采配を振るいました。その後、2013年に WSJ を傘下に擁する親会社、新 News Corp(旧 News Corp がスキャンダルや業績不振の影響で分社して誕生したメディア企業の統括親会社)の戦略担当 SVP に就任しました。
WSJ は、最近話題の NYT の電子版有料化(ペイウォール)に先行しており、その有料購読者100万人級の実績を誇っています(参考 → これ)。

Nieman Journalism Lab 掲載のインタビュー記事「Monday Q&A: Raju Narisetti on designing for mobile, the paywall fallacy, and reinventing ads」(「Raju Narisetti が語る:モバイル設計、誤ったペイウォール、そして広告の再発明」)で、同氏はソーシャルメディアへの自身の関わり、ジャーナリズムとビジネスの両立、モバイルや動画への取り組み、さらにペイウォールに関する誤った認識や広告ビジネスの再構築など、いずれもデジタルメディアが直面する広範でアクチュアルなテーマについて言及します。

本稿は、そのロングインタビューから、モバイルと広告に関連する特筆すべき箇所を紹介します。インタビューの全体や表現の正確性については、ぜひ出典元記事を確認して下さい。

モバイルがもたらす変化と可能性を実践する

Narisetti 氏は、WSJ を統括し数々のデジタルメディアネットワークを統括する立場から、自社を取り巻く競争環境に言及しますが、その重要な対象は“競合他社”ではないとします。

私が堅く信じているのは、われわれは競合について考えるのを止めるべきだということです。それは New York TimesGurdianFT、あるいは BloomburgReuters といったものです。というのも、今日の読者はとても雑食的だからです。それはテクノロジーがもたらしたものです。
われわれが本当に競合しているものとは、読者にとって唯一再生不能なもの、つまり彼らの時間(の獲得競争)です。もし、それを5分でも、10分でも、そして15分以上でも獲得できるのなら、競合を気にする必要はありません。読者がどこでその時間を使っていようが勝つことができます。

モバイルは同氏が語るように、読者がメディアに振り向ける可処分時間を拡大するためには、非常に重要な戦略分野です。
一方、そこへのメディア事業のリーダーらの認識が十分でないと指摘します。

(モバイル化で)生じている本格的な変動は、記者や編集者にとってだけではありません。メディア事業のリーダーがいまだ認識していないと私は考えます。
Web においては、ビジネスモデルにおける変化がわれわれの気の付かないまま起きてしまいました。同じような過ちをモバイルにおいて犯したくありません。読者の動向、いかにマネタイズするか、各デバイス向けにいかに訴求力のある広告を創造するかなどについて、新聞社のリーダー層は、これについて語り、資源をもっと注ぐことができるはずです。……おそらく世界中の新聞メディアで編成されているモバイル向けのチームは、いずれも一ケタのスタッフ、たまたまでも10名程度に過ぎないでしょう。この現状を心配しています。

一方、タブレットとスマートフォンという潮流の分岐にともなうメディアの適合方法について問われ、Narisetti 氏はより子細なビジョンを示します。

タブレット対スマートフォンにおいては、明瞭に異なった考えを持つべき理由があります。デバイスの寸法、機能性、そしてそれが表示できるものに違いがあるからです。タブレットには自由度と柔軟性があります。課題はタテ・ヨコそれぞれの表示にコンテンツをシームレスに適合させるテンプレートを豊富に用意することです。
一方、本当の課題や闘いは、スマートフォンにあります。コンテンツ消費パワーの最大の源はここにあります。
Washington Post 時代の例をあげましょう。そこで9.11以後における政府契約における腐敗を追及したすばらしい調査報道の企画がありました。それは、話題を呼び印刷版で読者の強い支持を得ました。その理由は、とても入念に、印刷版とPC サイト用に準備したものだったからです。長い記事であるために、デザイナーは記事への動線としてリード文を配置しました。
しかし、われわれは、モバイル向けのコンテンツというものをすっかり失念していました。私の勘定したところでは、BlackBerry 上で記事を読み終えるのに46ページも要したのです。だれも読みはしません。記事冒頭のリード文でさえ、モバイルでは7ページも要したのです。

私が伝えたい教訓は、「われわれはこんな企画は止めるべきだ」ではありません。次に、このような大きな調査報道記事をモバイル読者に提供する際には、最初のページに簡潔な要約を設け、記事が長大なものであることを断り、PC サイトや印刷版で読むことを勧めるか、モバイルでの閲読にこだわる読者のために、記事の各箇所への多くのリンクを提供すべきだということです。
重要なことは、モバイルにおけるコンテンツ体験が(他に対し)著しく異なっていることであり、それを知り、それにいかにアプローチするかをスタッフに伝えなければなりません。

広告のイノベーション、メディア自らが立ち向かうべきとき

Narisetti 氏は、また、メディアビジネスの焦眉の課題、広告ビジネスの革新についても述べます。
同氏は、WSJ のような、デジタルメディアの運営者は提供する多様なコンテンツについて、来訪読者によるページビューやランキングなどの多くを知っていると述べます。ところが、同時にこれらコンテンツとともに掲載される広告に、読者がどうかかわっているかほとんど知らない点を指摘します。

われわれは広告に関する読者の動きのほんのわずかしか知りません。それは、 (広告サーバー ASP 事業者の)DoubleClick やアドネットワークの類、そして(広告レコメンドサービスの)Outbrain らに対して読者を割譲してしまっているからです。
「私たちは、読者がどう広告と関係しているかあなたが知るのを手伝います」「もっとうまくマネタイズするのを手伝いましょう」と彼らはいいます。“それはすばらしい!”と使い始めました。しかし、われわれは自ら読者との関係を築き、メディアの上で読者が広告とどう関わっているかを知らなければならないと、私は徐々に考えるようになってきました。それがより良いマネタイズのためのスイートスポットとなるのです。われわれはこういった情報を得ることを放棄し、他社へ割譲してきました。これを取り戻す必要があります。

メディアにおける広告イノベーションの多くは、“(読者の行動を)邪魔する広告”です。だれかがやってきて“これをおたくの読者の面前で爆発させていいいですか?”と問えば、“いいえ、結構です”というべきなのです。それは読者にとり良い体験ではない。それは結果的に収入減をもたらすと。
私がいいたいのはこうです。広告イノベーションも、メディアのイノベーション同様に、われわれの事業のミッションのひとつとして遂行すべきだということです。広告におけるイノベーションを第三者へと割譲すべきでありません。そこに参加し、創造すべきです。われわれはそれを本の少し、不十分にしか行っていません。
広告主やマーケターがますますコンテンツ創造の分野に入り込んでいるのに、怠慢にも座していてはいけません。“われわれのメディアでリーチしている読者に届ける革新的な広告を創造し、広告主に対して何を手助けできるか”と自らに問うべきなのです。

モバイルと広告という二つのアクチャルなテーマについて、実践に裏打ちされた豊かな見識を紹介するだけで、分量が尽きてしまいました。

ちなみに、「もっとも関心を持っている技術分野は何か」との問いに答えて、Narisetti 氏は「Android のことでは夜も寝られない」と述べています。

Android デバイスでは、われわれはユーザー体験上も、支払いモデルについてもうまくできていません。iOS デバイスでは、読者は支払う意思を示すため、自然とそこにわれわれは引き寄せられてきました。しかし、Android の成長は、特に米国外で大きいものがあります。したがって、われわれは、Android でのより良い体験とマネタイズ(手法)を提供しなければなりません。

次の機会には、本稿で紹介できなかった動画コンテンツビジネスの革新性などに触れた箇所を紹介したいと思います。
(藤村)

ユニバーサルなメディアブラウザを構想する

Twitter や Facebook のタイムラインは、
未来のメディアのあり方を示唆している。
メディアとコンテンツが爆発的に増え、情報発信がリアルタイム化する時代。
その最適なメディア形式の未来を構想する。

さまざまな型のコンテンツ、さまざまな情報源に対して統合的に、かつ的確にアクセスできるもの。
加えて、最も快適にそれをナビゲーションするユーザーインターフェイス(UI)。
これを“ユニバーサルなメディアブラウザ(普遍的なメディア閲覧ソフトウェア)”と定義するなら、それは“新たな Web ブラウザ”の発明を意味するかもしれません。

ヒントは、すでに当ブログで何度か言及してきたストリーム(タイムライン)型メディアにあります(たとえば → これこれ)。
ストリーム型メディアの実装例は、“商業(Web)メディア”においては、新鋭メディア Quartz などがありますが、いまだ主流を占めるとはいえません。
けれど、ブログ形式の流れを汲むメディアでは、時系列(タイムライン型)の記事配置のほうが一般的です。むろん、ブログの影響下にあったとしても、商業メディアではタイムラインとは異なる記事へのリンク集を“トップページ”(インデックスページ)として設ける従来メディアとの折衷型がほとんどなのですが。

一方、モバイルアプリでは、ITmedia アプリをはじめとしてタイムライン型メディアの実装例があります。
また、Facebook や Twitter など、商業メディアをしのぐ影響力あるソーシャルメディアでは、タイムラインを UI の中核にすえるのは常識になっていることは指摘するまでもありません。

ストリーム(タイムライン)型メディアがユーザーにもたらすメリットは、大きく3つと思えます。

  • “いま何が起きているか”という情報ニーズへの最短の解である
  • 大型ディスプレイからモバイル機器の小型ディスプレイまで、ユーザーのメディアアクセス環境の遷移に柔軟である
  • コンテンツ間の移動操作は“無限スクロール”中心であり、操作が非常にシンプルである

筆者が、ストリーム型メディアとそれを統合するユニバーサルなメディアブラウザというアイデアに注目する事情についても述べておきましょう。

ストリーム型メディアが台頭する背景には、四六時中情報を発信(更新)するメディア主体が極端に増えたことがあります。
筆者自身がそうであるように、インターネットを用いればだれもが少ない負担で情報発信者となれる時代です。
この“だれも”が、いずれは“どんなものでも”となっていくことは間違いありません。
今後は、ヒトに限らず自動車や電車、バス、そして、家電製品のなど多くのモノまでが、続々と“情報発信者”へと連なっていくことでしょう。
発信されるコンテンツの量が爆発的に増えているだけでなく、それが24時間化していることも大きな異変です。
大小無数のメディアが間断なくコンテンツを発信し続ける社会は、大小無数のラジオ局が24時間放送を続けるのに似たストリーム型情報社会といえるかもしれません。

メディアの選択はチューニングへ……

メディアの選択はチューニングへ……

Facebook や Twitter 上にこのような情報社会の一端を見ることができます。このことは情報消費への意欲の高い人々から順番に、徐々にストリーム型の情報消費(コンテンツ受信のスタイル)へとシフトをしていることを示すものです。
つまり、ソーシャルメディアの中に、すでにユニバーサルなメディアブラウザの実装的な萌芽があるのです。

大小の放送局という比喩を用いましたが、ユーザーの情報選択も、チューナーで周波数を合わせるような“選局”、もしくはチューニングという行為に近づいていくことでしょう。(Twitter や Facebook では、その選局を“友だち”の選択として行っている)

こんなメディアの近未来図を描く研究が米国にあります。
CNET Japan 掲載記事「『未来のブラウザはストリームブラウザになる』–米イェール大D・ジェランター教授」(この記事の基となった Wired 記事は → こちら )がその動きを紹介しています。

人々が本当に欲しているのは、情報に「チャンネルを合わせる」ことだ。近い将来、サイバースフィアには莫大な数のライフストリームが存在するようになるので、われわれの基本的なソフトウェアはストリームブラウザになるだろう。それは、現在のブラウザに似ているが、ストリームの追加、削除、およびナビゲートも行えるように設計される。

タイムストリーム内のコンテンツ検索は、ストリーム代数学の問題だ。それは、今日のウェブのような空間に基づく構造の代数学より簡単だ。2つのタイムストリームを足すと、3つめのタイムストリームができる(単純な例では、AP のニュースフィードと筆者の友人である Freeman 氏のブログストリームを統合して、時系列で表示させるということ)。そして、コンテンツ検索はストリームの引き算の問題である(「クランベリー」に言及しないすべてのエントリーを減じるだけで、それに言及するすべてのエントリーを得ることができる)。ストリーム代数学が持つシンプルで合理的な特徴には、大きなメリットがある。それは、オーダーメイドの情報が得られることだ。

記事で紹介される野心的な研究は、World Wide Web がもたらした情報のリンク関係的世界観に対し、情報の時系列的な世界観を対置します。それは「現在の『空間に基づくウェブ』から『時間に基づくワールドストリーム』へ移行」させようとするのです。

Web 的世界の歩み方(ナビゲーション)は、関連リンクをたどりながらページ間を遷移することです。ワールドストリーム的なそれでは、ナビゲーションは、「チャンネルを合わせ」(実際は不要情報を排除する)、現在から過去に向かってスクロールすることへと変化します。
リンク的な情報配置に最適化されたメディア受信機が、Web ブラウザだとすれば、「ワールドストリーム」的世界観に最適化されたメディア受信機が求められます。それが記事のタイトルに表われた「ストリームブラウザ」という概念なのです。筆者(藤村)が考えるユニバーサルなメディアブラウザとはそのようなものを指しています。

もし、ユニバーサルなメディアブラウザが与えられたとすれば、情報(メディア)消費のスタイルはどう変化するでしょうか?
ユーザーは、まず最初に統合されたひとつのメディアストリームに接することになります。
ストリーム内のコンテンツの粒度にチューニングを加えれば、通勤時間の車中に適した“メディア”が動的に生成できるかもしれません。あるいは、週末の時間のある際には、もっとたくさんのコンテンツをというようにチューニングできるでしょう。
もっとコンテンツ数を絞り、代わりに読み応えのあるものをピックアップすることもできそうです。
メインのストリームに多種多様なストリームチャンネルを足し合わせれば、新鮮な発見のあるメディアストリームを得られるかもしれません。ビジネス寄りからエンターテインメント寄りへというように、メディアのテイストを滑らかに遷移させることも可能でしょう。

このようなスタイルが、スマートデバイスの普及を前提にした“リーンバック2.0”(参考 → こちら)を加速するのは間違いありません。
キーボードとマウスといった入力デバイスを多く用いるアクティブな情報探索(リーンフォワード)スタイルは、PC という情報機器と情報探索にアクティブなユーザーの特性に適したものでした。スマートデバイスではユーザーからの入力は少なくなっていきます。代わってごくシンプルな操作で十分にナビゲーションできるストリーム型メディアが台頭します。タッチ操作を中心としたスマートデバイスの特性に適しているからです。

こう考えると、ストリーム型メディアとユニバーサルなメディアブラウザの誕生は、ソーシャル(であり、かつパーソナルな)メディアの誕生と、モバイルデバイスの多様化に、ぴったりと重なり合った変化だと理解できます。

いまだイメージの中にあるユニバーサルなメディアブラウザですが、その実装形についてもう少し踏み込んで言及しておきましょう。
ユニバーサルなメディアブラウザは、上記のようにユーザーにあらかじめひとつのデフォルトであるメディアストリームを提供すると考えます。これには一般的に人気や知名度の高いニュースフィードを用いられるでしょう。
並行して、いくつものメディア(ストリーム)チャンネルを用意します。Twitter や Facebook といったソーシャルメディアストリームもそこに含みます。
ユーザーは、テレビやラジオに対してそうするように、必要に応じてチャンネルを切り換えてコンテンツを楽しむことができます。
しかし、ユニバーサルなメディアブラウザの特徴は、選択したいくつものチャンネルを総合したものをデフォルトのストリームとすることができることです。これは、一人ひとりのユーザー専用のパーソナルなメディアストリームの生成を意味します(パーソナル化)。

ユニバーサルなメディアブラウザは、PC からポケットに入るスマートフォンなど多種多様なデバイス上で稼働させるため、軽い実装であることが必要です。そのためにも、このメディアブラウザのために、各種のメディアストリームを選択可能なチャンネルとして複数提供する外部サービスが必要になるでしょう。
「メディアチャンネルサーバー」と呼ぶべきこのサービスは、多種多様に発信されるコンテンツを発見しては、メディアブラウザに表示しやすい情報形式に変換するとともに、これらを豊富なメニューとして提供します。
商業メディアがメディアブラウザへの表示を意識しなくとも、メディアチャンネルサーバーはそれを自動的に収集しメディアブラウザに適したデータへと変換を行います。

 

メディアブラウザを実現する構造

メディアブラウザを実現する構造

価値の高いコンテンツを創造できる商業メディアは、メディアブラウザへと配信されるストリームの情報源の一つひとつとしてその存在価値を発揮し続けるはずです。

ただし、ユーザーがそれらを取捨選択してユニバーサルなメディアストリームを生成すること(パーソナライズすること)を妨げることはできないものと展望します。
(藤村)