エンゲージメントをめざすメディア戦略

ページビューを追い求めながら、苦戦を強いられ続ける商業メディア。
メディアは、量的指標からの転換を成し遂げられるのか?
エンゲージメントをいかに生み出すのか、その指標化について考える。

Web を基盤とする多くの商業メディアは、2000年代、激しいページビュー(PV)競争に憑(つ)かれ、そしていま、疲れています。
最初の“異変”は、2007年に起きました(参照 → 「ネット利用増加も PV は減少、ネットレイティングス調べ」)。それまで国内のインターネット利用では、ユーザー数が増え続け、利用時間が増え続け、そして、各メディアサイトのPVは増え続けるという、つねに右肩が上がっている状態を謳歌してきました。
しかし、2007年に(「一般家庭での」)総PV数が減少に転じるという局面を迎えたのです。

当時、Web メディア企業の経営に携わっていた筆者の経験でも、この時期にいたってメディアの自然成長策では足りず、メディア買収などの増PV施策を成長施策として強く意識せざるを得なくなっていました。と同時に、PV 以外にメディアの経済的価値指標を求めようとする模索も始めていました。

たとえば、PV の視点で国内の人気サイトランキングを上位50サイトで区切ってみると、メディア企業が運営するメディアサイトが上位に食い込むケースは、「Yahoo! ニュース」と同「トピックス」を除くと稀であることが分かります(参照 → こちら)。

試しに2013年1月の国内人気サイトをPVで見ると、50位内にランキングされるメディアサイトは、上記の「Yahoo! ニュース」および「Yahoo! ニュース トピックス」以外では、「MSN 産経ニュース」に止まります。
その代わりに、ランキング上位は、検索やディレクトリを提供するポータル、動画、ソーシャルメディア、そして各種Webサービスサイトに占められています。
つまり、こと PV という観点では、Web 商業メディアは2000年代後半からつねに苦戦を強いられる状況下にあるといってよいのです。

ポータルはポータル、ソーシャルメディアはソーシャルメディア。そして、メディアはメディア、つまり、皆違うものなのですが、問題はこれで終わりません。
ソーシャルメディアなら、ユーザー間の会話(コミュニケーション)に根ざし、その“おしゃべり”の回数だけ PV を稼げます。それに対して、商業メディアでは、ユーザーの第一の関心はコンテンツの鑑賞吟味です。1回の閲覧で満たされるケースがほとんどでしょう。
最近でこそ、商業メディアのコンテンツでも、ソーシャルブックマークやソーシャルメディアに評価を反映したりと会話性を高めてきました。
しかし、元来は、コンテンツは1回玩味すればその目的が完結するものと考えれば、会話と鑑賞とは、おのずと生み出す結果が異なるのは当然です。
ところが、広告で収入を得ようとするとビジネスの構造は同じです。広告の表示回数を決めるPVという点で、商業メディアはソーシャルメディアをはじめとするもともと異なる存在とも競り合うことを迫られているのです。

そのようなわけで、Web メディアは、自らの価値を PV に代わって説明できる指標を見出す必要に迫られているのだといっていいでしょう。
それは、自らの広告価値を、広告主に説明する必要があるからなのはもちろんですが、さらに、規模を誇る“メディア似のライバル”たちに対する差別化の選択でもあるのです。

先に紹介した「ネット利用増加も PV は減少……」記事では、調査したネットレイティングス萩原雅之社長(当時)が、以下のように述べています。

Web サイトの価値を図るには PV だけでなく滞在時間も考慮することが重要。滞在時間に連動した広告の料金体系やインプレッション(表示)単価の引き上げが差し迫った課題になる。

PV に代わる経済的な価値指標には、さまざまなものが想定できます。指摘の「滞在時間」に加え、「再訪率(頻度)」、「セッション当たり(コンテンツ)閲覧数」等々です。いずれも、メディア(コンテンツ)がユーザーに価値高いものと評価されてこそ意味の生じる指標です。
つまり、単なるなにかの結果としての指標ではなく、手数をかけて生み出したコンテンツを取りそろえた商業メディアならではのポジションに対する評価を反映したものでなければなりません。
価値の高いコンテンツをそろえたメディアだから読者は長い時間滞在する、あるいは、何度も訪れる……というような理路が必要です。

このような指標は、PV など規模的な指標に代わって“エンゲージメント”指標と捉えることができるでしょう。それは、読者とメディア(とそのコンテンツ)との関係の深さを表す概念です。

メディアや広告といった特殊性を省いて、“エンゲージメント”をどう捉えるかをうまく説明した記事があります。

顧客エンゲージメントとは、企業自体や商品やブランドなどに対する消費者の深い関係性のこと。日本語で最も近い感覚の言葉に置きかえるとしたら「愛着」あたりが候補のひとつだろう。そのほか、「結び付き」とか「きずな」といった表現も見受けるが、いずれにしてもそれは「満足」や「誠実」からさらに一歩踏み込んだ感情で、消費者の積極的な関与や行動を伴う。(鶴本浩司「ユーザーの『愛着』を深める、顧客エンゲージメント」)

このような理解を、私たちのテーマであるメディア(やコンテンツ)に当てはめてみるとどうしょう?
“エンゲージされたユーザー”は、メディアやコンテンツに対し、一時的に満足したという状態を超えた愛着や信頼感を抱いており、以後にそれを反映した選択や行動を取り得る状態にあるのです。
記事が示唆することはもう一つあります。エンゲージされた状態とは一様ではなく、深さをともなっており、より深くエンゲージされることにより、ユーザーは、メディアに対してより一層積極的な行動、たとえば、応援する、他者に推薦するなどを行うというものです。

メディア経営において、上記のようなエンゲージメントされた状態を生み出すには、もう一段具体的な目標づくりが求められます。
たとえば、ボリュームのある読み応えのあるコンテンツを得意とするメディアならば、ユーザーは一度に多くのコンテンツは読み飛ばせない=PVは多くならないでしょう。
代わって、指標としてまず最初に思い浮かべるべきは、滞在時間です。
あるいは、エンゲージされた状態が高いことを目標とするなら、検索エンジン経由でなく、自らのブックマークや URL をタイプして来訪するケースを想定すべきかもしれません。来訪頻度の高さが指標になるかもしれません……。
これらを監視していくことにより、自らのメディアのエンゲージメントの度合いの改善施策を継続的に行うことができるはずです。

さて、商業メディアがユーザーとのエンゲージメントを高めていくとの目標から、ユーザーログのどの点に注目すべきかを解説した記事があります。eMediaVitals 掲載「Five ways to measure content engagement(コンテンツのエンゲージメントを測る5つの方法)」です。以下、おおづかみに紹介します。

  1. 「購読申し込み」ページへの誘導率……メディアがメールマガジンなど購読サービスを提供しているなら、あるコンテンツを読んだユーザーが、次にこの「購読申し込み」ページへと遷移したとすれば、そのコンテンツを読んだことが、ユーザーを強くエンゲージさせた理想的なコンテンツだと見なせる
  2. 平均滞在時間……PV は、往々にしてタイトルの付け方など意図的な手段によって喚起される。他方、(メディアやコンテンツ上での)滞在時間は、純粋にユーザーがコンテンツを玩味していることを表し、欺瞞が入り込みにくい指標である
  3. 直帰率……検索エンジンを主要な流入経路とすれば、一つのコンテンツ閲覧だけでサイト外へ離脱してしまう直帰率が高まる。一方、エンゲージされたメディアへの来訪であれば、ユーザー行動は直帰しにくいとみなせるだろう
  4. ソーシャルメディア経由の会話数……エンゲージの度合いは、そのコンテンツを軸に会話が広がるという点から確かめられるとする視点で、会話の数を追跡する趣旨だ。Twitter のメンション数、そして記事にコメント欄があればその数を測定する
  5. ソーシャルメディア経由のリーチ(伝播・広がり)……4.と異なり、運営するメディアやコンテンツをフォローしたり話題にするヒトがどれだけいるかを計測するもの

紹介してきた測定指標は、運営するメディア(とそのコンテンツ)が求めるユーザーとのエンゲージメントの状態や、その先のビジネス戦略に結びついている必要があります。
たとえば、“滞在時間の長さ”というメディアの特徴を追い求め、それを主要な指標とする方向性は、むろん、それだけでも「腰をすえてコンテンツの価値を味わう読者を擁している」という説明を可能とします。しかしそれだけでは足りません。エンゲージされたユーザーから、メディアはどのようなビジネス価値を最終的に引き出せるのかが問われるはずです。
たとえば、“違いのわかる”ユーザーに訴求すべく取材などの手間をかけた内容濃い記事体広告を収益事業の柱に据える、あるいは、購読制や記事の単品販売なども構想してよいかもしれません。

ユーザーとのエンゲージメントの高さやその特性は、そのメディアの広告価値を一般的に説明するだけではなく、そのメディアの事業としての発展形を整理するためにも重要な指標となるはずなのです。
(藤村)

“ヒトへの課金”に向かうメディア コンテンツ課金型ペイウォール批判

国内外で、メディアの中心価値を“ヒト”に置く動きが顕在化してきた。
スター執筆者を軸にした独立型メディア、執筆者を購読するメディアなどが動き出す。
メディア企業がヒトを軸とした課金制に向かうヒントを述べる。

メディアのコンテンツ課金 新たなブレークスルーの出現」で、米国の人気政治コラムニストが大手メディア Beast 傘下を離れ、自ら課金ブログメディアをスタートしたケースを取り上げました。
この現象は、大規模なアクセスを集めるメディアサイトでない限り、市場の大きい米国においても広告収入で自立することは難しく、その結果、広告収入確保のためには広く耳目を集めるようなメディア運営に偏らざるを得ないメディアの“悩み”の存在を示唆します。
であれば、広告に代わる効果的な課金手法が求められます。
課金は古くて新しい課題です。しかし、成功の方程式が定まったとはいえません。
さらに、課金へのアプローチには、もうひとつポイントがあります。それは、お金を支払う読者と執筆者との関係性についてです。

上記 Andrew Sullivan 氏独立のケースは、広告ビジネス離れ=課金メディア立ち上げという試みであると同時に、読者(ユーザー)は“何に対してお金を支払うのか”についてのひとつの仮説でもあります。
すなわち、大手傘下のメディアブランドに対してではなく、Sullivan 氏に対するきずなの代価として購読料があるという仮説なのです。
それが故に、同氏はメディア独立に際して、一律の購読料の設定ではなく、ユーザーが金額を決めるという“寄付金”的アプローチをとったのでした。

昨今、いくつもの有料メルマガサービスが立ち上がっているわが国での情勢も、ユーザーに対して、お気に入りのオピニオンリーダーである執筆者をメディアブランドから離れて直接サポートする個人課金へと誘導しようとする動きに見えます(むろん、それが楽観視できる結果を生んでいないとしても、です)。

本稿は、新聞社や一部の Web メディアで動き始めている“コンテンツへの課金”モデルから、“ヒト(執筆者)への課金”モデルへのシフトを検討するものです。
そうはいっても、有料個人ブログやメルマガの手法を議論するものではありません。先に述べた「読者と執筆者の関係」を見直し、メディア企業が執筆者を前面に打ち出したメディアの有料化戦略を議論したいと思います。

もうひとつ、興味深い最近のトピックを紹介しておきましょう。
オランダの新興メディア企業が最近リリースしたニュースアプリ DNP は、資金難ですでに前年に閉鎖ずみのフリーペーパー新聞の編集長が、その執筆陣を引き連れサービスインに持ち込んだという興味深いニュースアプリです(ダウンロードサイト → こちら)。
同アプリは、“われわれが信じるのは人々やジャーナリストであり、それはメディアブランド以上のものだ”との信念の下に設計・デザインされています。特徴は、DNP に集まった寄稿執筆者らを、その執筆記事単体やパッケージとして選択的に購読できることです。アプリ上で目にした記事を購入することもできれば、執筆者を選択して購入に至ることもできます。

アプリDNP。右は個々の執筆者を選択して購読するメニュー

アプリDNP。右は個々の執筆者を選択して購読するメニュー

スタート時点で執筆者らは11名。しかし、年内に50名にまでそれを増やしたいとの抱負を表明しています(参照 → こちら)。
同アプリがユニークな点は明らかでしょう。アプリは個々の執筆者とそのコンテンツを売るための場(市場)であると同時に、それ自体がメディアであるということです。執筆者らは App Store の販売手数料を差し引いた残余の75%を受け取ります。DNP 自体は無償 iOS アプリですが、コンテンツ単体もしくは執筆者のコンテンツ全体を購読する際に、Apple App Store が有するアプリ内課金の仕組みを用います。

さて、議論を引き戻しましょう。“(コンテンツへのではなく)ヒトへの課金”モデルについてです。
紹介したいオピニオンがあります。paidContent に掲載された「Five ways media companies can build paywalls around people instead of content」(コンテンツの代わりとなるヒトへのペイウォール メディア企業が構築可能な5つのモデル)です。新聞メディアがペイウォール(有料課金の壁)化していく流れに反対論を唱え続ける Mathew Ingram 氏の論です。

同氏は、この論で新聞メディア等が読者の関心事やニーズの違いなどにきめ細かい注意を払うことなく一律の課金の壁を設けることに反対します。
氏は、メディアや執筆者に対するこだわりのない読者に向けて単純に課金制限を設ければ、同じようなニュースを提供する無料メディアに向かわしてしまうとします。逆に、お気に入りの執筆者にこだわりがあるような読者に対して、そのお気に入り執筆者のコンテンツを購入するという切り口を設けるべきだと、氏は主張するのです。
そして、そのようなアプローチがビジネスとしてプラスに作用するようにするためには、ペイウォールが“引き算”ではなく“足し算”となるようにすべきと述べます。つまり、ニュース記事を読むことに単純に制限を設けるのではなく、“それに加えて”お気に入り執筆者との関わり、きずなを深めるような施策を設けて、それに課金をすべきだというのです。

5つの手法のすべてを紹介しませんが、たとえばこんな風にです。

  • 一人の執筆者のすべてのコンテンツを集約して有料パッケージとする……New York Times の Nick Kristof、Wall Street Journal の Walt Mossberg、そして、Reuters の Felix Salmon 氏らのように、その名の下に読者を見いだせるのなら、これら執筆者のすべてのコンテンツにアクセスしやすいパッケージ化が可能だ。
    それが新聞に掲載されたニュース記事やブログ投稿であろうと、あるいは、インタビュー動画、さらには Twitter への投稿であろうとも。
    お気に入り執筆者のコンテンツを見つけやすくし閲覧しやすくするという点で、それは読者にアピールするものだ
  • お気に入りの執筆者らのライブイベントを提供する……すでに各種メディアではリアルイベントによるマネタイズが行われている。しかし、それはなにも500人規模のカンファレンスでなくてよい。もっと小規模で限定的な読者グループにライブイベントを提供してはどうだろうか? そこでは、掘り下げたテーマのインタビューを読者(参加者)は聴くことができ、また、同好の士どうしの交流を行うことができるようにするのだ
  • お気に入り執筆者への Q&A に対して有料課金する……投資家向けの財務分析、踏み込んだ政治論議、ハイテク知識など、専門分野に関する質問への回答に課金する手法がある。ジャーナリズムとしての摩擦を懸念する向きもあるかもしれないが、適正に扱えば懸念には及ばない。

執筆者のブランド力や専門知識をテコにしたビジネス手法は、同記事が掲げる5つ以外にも思いつくことが出てくるでしょう。しかし、そのようなアイデアと同じくらい重要な点が、“ヒトによる課金”モデルにはあるのです。それは、執筆者らのブランド価値を高めていくこと、もしくは、その高い価値を認識してそれを活用していこうという方向性です。
その点について、同記事は以下のように述べています。

(記事が述べる5つの施策で)Andrew Sullivan のようなスター執筆者が独立してしまうようなケースを阻止できるだろうか? 保証はない。しかし、もし執筆者が、執筆している新聞や雑誌が自分を(重要な)パートナーとして扱っているのを見れば、自らの商売を始めようと考えるケースは少なくなるだろう。とりわけ、新聞や雑誌メディアが持っているマーケティング力が自らのために提供されればなおさらだ。

同記事は、音楽産業が、新聞や雑誌メディアに先行して、楽曲販売不振の苦しみの後にアーティストとの接点を深める消費に向かっている点を指摘しています。
読者が読みたいコンテンツをそうでないコンテンツから選別しようとする際、重要な指標を、“だれがそれを書いたのか”という軸へとシフトしていくことは大いにあり得ます。とすれば、メディア企業は、自らの重要な資産が産出してきたコンテンツを保有する権利と同時に、それを今後とも生み出す“ヒト”の重要性に気づくことになります。
次に、それをビジネスの原動力にすえた展開を真剣に考える時期が間もなくやってくるはずです。
(藤村)

「ウェブサイトでもない、雑誌でもない、本でもなく」 “超小型出版”がメディアを革新する時

クレイグ・モド氏の『超小型出版』の出版が引き金ともなり、
難易度が高かったアプリ出版に改めてハイライトが当たる。
プロフェッショナル化が進行した先行市場を
覆しかねない可能性が、そこに見えてくる。

Web、電子書籍、そしてアプリ。それぞれ異なる系統樹から誕生したデジタルメディア形式がクロスボーダー化しています。
これが、筆者がたびたび述べてきたデジタルメディアをめぐる情勢論の中心です。

Web には、“ページ”という概念が実は希薄であり、スクロール可能な巻物的な表現形式が本質的に得意です。また、“リンク”という Web ならではの強力無比な機能により、良くも悪くも融通無碍な情報ナビゲーションや表現を実現してきました。
では、後の二者、すなわち電子書籍やアプリという形式はどうかといえば、現実界にある書籍や雑誌的なナビゲーション、表現を再現するのに適した発展をしてきたといえそうです。テキストとビジュアルが混在するレイアウトをページ単位でまとめて読者に提示します。電子書籍では特にそれらページをシーケンシャルなナビゲーションに形式化するのが得意です。

クロスボーダー化には、印刷メディアになれた作り手の創造的な意思を忠実に再現するために、Web 以上の表現形式を整えてきたという意味合いがまずありました。
ファッションなどの分野で、印刷媒体からアプリを生成し、次にアプリを模した Web メディアが誕生するといった流れが見えてきたのは、旧来メディアの作り手の欲求に即したクロスボーダー化と見なすことができます。詳細は省きますが、New York Times 配下の T-Magazine などはまさにクロスボーダー化の流れにあるファッション/ライフスタイル系メディアです。

しかし、クロスボーダー化がもたらすもうひとつの方向性があります。
Web の“柔軟すぎるナビゲーション”でもなく、印刷メディアの表現形式の再現でもない、純粋に読み物と読み手の“快”に焦点を当てる表現形式へと向かう動きです。それが「超小型出版」と概括する新たなメディアづくりの動きです。

いくつか例をあげてみましょう。
Marco Arment 氏がスタートし発行人を務める The Magazine。毎号エッセイを数点収めた月2回定期刊のアプリ版“文芸誌”の風情です。シンプルな画面と操作性、派手なビジュアル要素を極力抑えテキストを中心に読むために徹したつくりで、モダンでありながら復古的でもある新たな出版スタイルの息吹を印象づけた最初の存在です。
ちなみに、Arment 氏は“後で読む”サービスの代表格 Instapaper の創業者です。

次に、メディア系ベンチャーやプロジェクトを次々に傘下に収めている Betaworks が昨秋より提供を始めた超小型出版サービス Tapestry があります。
これはエッセイ、絵本、詩集などに適したオーサリング(編集・制作)とアプリの生成・販売に至るサービスを提供します。
生成されるメディア(というより“作品”というべきでしょう)では、タップによりページを進める、ソーシャルメディアに投稿などのナビゲーション機能ぐらいしか盛られていません。しかし、シンプルながらセンスの良さが画面全体から伝わってくるなかなか魅力的な作品がそこには生み出されるのです。

さらに、29th Street Publishing が提供を開始したアプリ生成基盤があります。
これを用いた女性タレントの専用週刊ミニメディア Maura Magazine や、商業メディアの週末エディションである The Awl:Weekend Comapinon など複数のメディアがラインナップされています(参照 → こちら)。
同社の創業メンバーらが、ブログプラットフォームで一時代を築いた Six Apart の出身ということもあってか、「ブログをするのと同じくらいシンプルな定期購読メディアを販売」とのコンセプトを打ち出しています。

超小型出版3種。左からThe Magazine, Tapestry, Maura Magazine

超小型出版3種。左からThe Magazine, Tapestry, Maura Magazine

このような、ほぼ同時多発的に誕生したメディア群に共通する特徴があります。
「ウェブサイトでもない、雑誌でもない、本でもない」(後述するクレイグ・モド氏の表現)というものです。
それは、冒頭に述べたクロスボーダー化したメディアトレンドを映し出しているといえます。

このトレンドに“超小型出版”という名を与え、概念をまとめあげたのがクレイグ・モド氏です。同氏は“ソーシャルマガジン”とのコンセプトで評判を呼んだニュースリーダーアプリ Flipboard のデザインに携わりました。
「超小型出版」とはもちろん邦訳であり、そのオリジナルは“Subcompact Publishing”です。さまざまな意味でコンパクトであり、かつ機能を削いだとの含意があります。

モド氏が整理した超小型出版の要件を、『超小型出版 シンプルなツールとシステムを電子出版に』から紹介しましょう。

クレイグ・モド氏『超小型出版』表紙

クレイグ・モド氏『超小型出版』表紙

超小型出版ツールと編集美学の特徴としては、さしあたり次のようなものがある(これが全てではない)。

  • 小さな発行サイズ(3〜7記事/号)
  • 小さなファイルサイズ
  • 電子書籍を意識した購読料
  • 流動的な発行スケジュール
  • スクロール(ページ割やページめくりといったページネーションは不要)
  • 明快なナビゲーション
  • HTML(系)ベース
  • ウェブに開かれている

これらの特徴は互いに影響を与え合っている。

同書は上記の要件をさらにかみ砕いて解説していますが、以下に筆者(藤村)の視点からコメントを付していきましょう。
最近のアプリが“高機能な”雑誌や書籍の電子版という方向に足元をすくわれてしまっているのに対し、超小型出版を体現するメディアは、いずれも豊富な機能を誇りません。
目に付きやすい機能は削ぎ落とし、読者とのインタラクション要素も抑制的です。
その結果として、これらメディアは読者がコンテンツを読むことに徹するメディアというコンセプトで共通しています。これを“コンテンツ中心主義”と呼んでいいかもしれません。

目に付きやすいさまざまな要素を排除することは、おのずと広告的な収入モデルを排除することにもなります。紹介した各メディアにはいずれも広告を掲載しません。
代わっての収入モデル(無料のケースもある)は、Apple の定期購読・配信サービス Newsstand を基盤とします。同サービスは定期刊の雑誌などを自動的にダウンロードする機能と、定期購読料の徴収や、フリートライアル後に他号を有料購読するなどの滑らかな課金機能を備えています。

現時点で、超小型出版を選択することは、アプリ出版を行うことと同義です。
しかし、通常はアプリ開発にはエンジニアリング能力が必要です。また、たとえば、Apple のアプリマーケットである App Store にアプリをリリースするためには、煩雑な手続きもあり個人が気軽にこなせるものではないハードルが待ち構えています。
モド氏もこう述べています。

プログラマーは現代の奇術師である。多くの業界でそれは明らかだが、ついに出版界でもそのことが明らかになりつつある。マルコ(注:Marco Arment 氏のこと)がすぐに The Magazine を生み出すことができたのは……彼がプログラマーだったからだ。

エンジニアが出版の分野においても高い価値を発揮することには同意しますが、それが多くの出版者にはハードルであることももちろんです。
Arment 氏は The Magazine の開発(編集・制作)基盤を提供していないようですが、29th Street Publishing や Betaworks は外部への提供を行っており、そのため扱うタイトルが増えていく流れにあります。
前者のシステムは、WordPress など普及したブログ CMS などと連携する仕組みを採用しています。
後者はサービスにサインインすれば会話形式でメディアタイトルが制作できるようになっており、“アマチュア”に門戸を開くアプローチをとっています。

最後に、当ブログの主題でもある、メディアビジネスからの視点で超小型出版の可能性について要点を述べておきます。

  • かつて Six Apart らが切り開いたブログプラットフォームのアプリ版となる可能性があり、多くの個人出版の基盤となる可能性がある
  • そして、“自己出版”トレンドを、定期購読ビジネスへと直接つなげていく可能性がある
  • “機能限定・開発容易”な出版手法は、Web、電子書籍、アプリの各分野で先行するプロフェッショナルなメディアビジネスが築く市場の隙間を開発する可能性がある
  • 広告ビジネスが侵入しにくい出版市場を生み出す可能性がある
  • アプリ同様、App Store 等の課金プラットフォームにマーケティングを委ねる要素が弱点であり、出版者は継続的に Web やソーシャルメディアを通じて告知活動を継続しなければならない

筆者は、超小型出版の流れが“コンテンツ中心主義”に焦点を当てていることに、強く興味を惹かれます。
「コンテンツはありあまっている」「コンテンツに価値は薄く、価値は人間(ソーシャル)の側にある」との論調が高まる時代に、コンテンツを前面に立て、そして、それを価値(課金)へと直接結びつけようとする流れだからです。まだまだ小さな市場とはいえ、注目に値する動きであるのは自明です。
(藤村)

Web メディア とるべき5つのデザイン戦略

Web メディアの姿が変わろうとしている。
ユーザー体験(UX)とビジネスの視点から
とるべきデザイン戦略を具体的に提言する。

2013年 “ビジネスとしてのメディア” 方程式をどう解くか」で、台頭するデジタルメディアの新潮流を整理しました。
中でも読者(ユーザー)に、いかなる体験を提供するかという、メディアが最も重視すべき領域に新たな流れが台頭していることが注目点です。
以下に再度整理をしておきます。

  • 新しい Web メディア(本稿で後述)
  • 電子書籍/電子雑誌
  • アプリ型メディア

従来であれば、これら3つは交わる要素は少なく、それぞれ独立した出版テーマでした。
書籍出版社は電子書籍を、雑誌出版を主とする出版社は Web、そして電子雑誌を……という具合で、それぞれはあたかも独自ドメインを形成し、そこに積み上げられるノウハウも異なっていました。
上記拙稿の視点は、これらが別々のものとして発展してきた段階から徐々にその領域がクロス(交差)するようになってきたというものです。特に Web メディアは、十数年という比較的長い歴史を重ねてきたことからも、新たな潮流の台頭を受けて変化が生じている領域です。

本稿では、Web メディアにおける、表現形式(デザイン)の最新動向をアップデートします。
すでに論じてきた「Web メディアの明日、その条件を考える」「デジタル絶好調の米 Atlantic が打ち出す、近未来 Web メディア “QUARTZ”」「ストリーム型メディアの勃興 Web メディアの転換点」と併せて読まれることを希望します。

まず、確認しておきたいのは筆者が意識する新たな Web メディアの事例です。
すでに1度論じた Quartz が存在感を示します。

The Quartz

Quartz

同サイトは、昨年10月開設から2か月間で早くも140万ビジターを達成しています(参照 → こちら)。Quartz の表示形式における冒険は、Web メディアとしての玄関口である“トップページ”を排したことです。代わりに当ブログなど多くの個人ブログがそうであるように、いきなり記事(の全文)を新着順(時系列)でタイムライン形式で表示します。
読者の行動は、これでどう変わるでしょうか? トップページから面白そうな記事を選んで、任意の記事ページへ移動して閲覧するというスタイルから、最新記事から順繰りに時間がくるまで閲読することスタイルへと収れんしていきます。Facebook や Twitter などのソーシャルメディアと同じスタイルです。

従来なら記事を囲む固定位置に配置されてきた広告も潔く排除しています。
これは Facebook や Twitter など以上に徹底したコンテンツ中心思想の展開です。コンテンツを取り巻く表示要素を絞り込んだため、多種のスクリーンサイズへの対応も良好です。

同じく新世代 Web メディアに属するものとして、やはり新鋭の The Verge があります。

The Verge

The Verge

Quartz とは異なり、同メディアは記事タイムラインから分離したトップページを備えますが、それはビジュアルインパクトを重視したアプローチで従来の Web メディアのそれとは一線を画します。
記事面では、インパクトのあるグラフィックと読者のコメント投稿をうまく組み合わせソーシャル性は高めながら、Quartz 同様、読者の閲覧を妨げるような要素を極力排除しシンプルに見せる工夫をします。多スクリーンサイズへの適合にも、力を入れています。

もうひとつ、新世代の Web メディアを紹介するとすれば、老舗メディアが最新のリニューアルを行った The New Republic がよいでしょう。

The New Republic

The New Republic

リニューアルした同サイトについては、ブログ FERMAT の「Chris Hughes が描くソーシャル時代のジャーナリズムと雑誌文化」がていねいな紹介をしています。
同メディアは100年近い歴史を有する老舗の文化・政治分野のオピニオン雑誌として出版されてきましたが、最近になり元 Facebook の創業者のひとり、Chris Hughes 氏が買収、デジタルメディアのテコ入れが行われました。

Hughes は、ソーシャル時代に必要なことはリーチではなく「エンゲージメント」であると考えている。また、そのエンゲージメントを維持し続けるために、メディアは「レスポンシブ」でなければならないと考えている。
一見すると、今回の New Republic のリデザイン/リローンチは、今風のウェブサイトに変えただけのように思われるが、その背後には上述の彼の考え方、彼がソーシャルウェブに対してもつ基本思想が反映されている。いわばそれが一種の設計思想として、98年の伝統を持つ紙と印刷の雑誌を作り替えたわけだ。

デジタル版 The New Republic もまた、レスポンシブなデザインアプローチで多スクリーンサイズに対応します。Web サイトを開けば分かるように、意図してか広告が排除され、トップページはビジュアルインパクトを徹底し、まるで印刷雑誌の表紙の雰囲気を再現し、記事ページではシンプルな読みやすさを重視し、同時に音声による読み上げ機能など、デジタル版ならでの工夫を凝らしています。
同メディアは同時に、iPad版マガジンを提供します。上記2媒体と異なり、集客アプローチとして無料で広く読者に読まれるべき施策を維持しながら、各種のオプション(印刷版購読費のディスカウント、読者意見投稿等々)を設けてそれによって有償購読読者層を生み出そうとします。

上記 FERMAT が述べるように、リーチを広げるアプローチに対して読者とのエンゲージメントを重視していることがわかります。定期購読による印刷版およびアプリ版の提供は、読者との結びつきの強度が成果をもたらすことになるでしょう。
むろん、このような“コンテンツ中心”を体現したメディア表現を推進していくことで、冒頭に記したように、これまで異なる領域として発展してきたメディア表現が融合する流れが顕在化していると理解できます。ソーシャルメディアと Web メディア、あるいは、Web メディアと(タブレットやスマートフォンなどモバイル)アプリといった融合です。

ところで、このような Web メディアに到来する新しい潮流を的確に整理したコンテンツがあります。eMedia Vitals 掲載の「5 web design principles for 2013」(2013年の Web デザイン指針)です。
同記事は、今年、タブレットの出荷台数が PC のそれを上回り、また、モバイルからの Web サイトへのトラフィックが30%に及ぶと予測されている環境下、メディアが向かうべき Web サイトデザインの指針を5つにまとめます。
それをかいつまんで紹介します。

  1. “アプリに似た”ユーザー体験を創造せよ
    ……いまや米国の多くの消費者がタブレットを保有し、また、タブレットからコンテンツ消費を行うことが広まっている。記事では  USA Today の昨秋リニューアルを率いた責任者は、 同サイトのデザインは、iPad によるコンテンツ消費体験にならうことが目的だったと述べている。
  2. サイト上の雑多な要素を削減せよ
    ……USA Today のリニューアルで意図したものは、どのページを開いても大量の情報による爆撃を受けるという混沌としたユーザー体験ではなく、読者が本当に気に留めるような小粒の情報に到達できるようにすることだった。また、老舗メディア The Atlantic でも Web サイトリニューアルに際して、ビジュアル面の柔軟性に配慮し、大きなグラフィックの表示やビジュアルインパクトのある広告表現などを目指したと同メディアの編集長は述べている。
  3. サイトをスリム化しスピードアップせよ
    ……Engadget の例をあげ、Web では老舗であるようなメディアは、改修に次ぐ改修でスパゲッティ化したサイト要素(あるいはコード)を整理することで、ページ容量を半分にまで“スリム化”した。これによりパフォーマンスも倍加したという。デザイン要素よりも表示パフォーマンスを向上させる方向性も重要だ。
  4. ソーシャル共有をもっと掘り下げよ
    ……単純にソーシャルメディアに共有するための投稿機能を備える以上の深掘りが重要だ。先述の Atlantic では“ソーシャルストリップ(帯)”と呼ぶ機能を設け、同メディアのどの記事がソーシャルメディアで人気になっているかを一覧できるようにしている。また、Mashable では、各記事ごとにソーシャルメディアでの評価を示すと同時に、Velocity graph という記事の人気急上昇度を示すグラフまで備える。
  5. 広告体験をコンテンツ体験へと統合せよ
    ……いくつかの Web メディアは業界標準とされるようなバナー広告を排除し“ネイティブ広告”(参照 → こちら)に取り組んでいる。それは従来型広告がサイズ固定であり多スクリーンサイズに適合しにくいことが理由である。USA Today のケースでは、ページ内に広告を散乱させる代わりに、記事から記事へと遷移する間に広告を挿む独自フォーマットを開発した。

最後の項目に登場した“ネイティブ広告”は、従来フォーマットの広告に代わって新たに収入を押し上げるかもしれないと期待されるものです。
しかし、総合的に見れば Web メディアの収益源=バナー広告という方程式が崩れようとする時期に同期して、ユーザー体験視点からサイトの表現形式を大きく見直す動きが顕在化していると見てとれます。
読者とのエンゲージメントを重視するメディアがとるべき方向性は、広告収入から読者課金にまで広がっています。そして、それが推進力となって多様なデザイン的な模索へと還流していきます。

メディア経営には厳しい時代が続きます。しかし、それがユーザー体験を抜本的に改善する機会となっているとすれば、今後登場する新たなメディアには期待しないわけにはいきません。
次回はそのような文脈から、“超小型出版”の潮流を検討しようと思います。
(藤村)