ニュースにおける不易流行、そして未来とは?/リッチ・ジャロスロフスキーの場合

ニュースをめぐる環境変動は、止まることを知らない。
ニュースを営む、組織やその担い手を取り巻く環境は予断を許さない。
長い記者歴とデジタル化に取り組んできたベテランに、
ニュースの未来と、若き担い手へのアドバイスを聞く。

長いジャーナリストとしてのキャリアを通じて、“変化を常なるもの”と受け止め、新たな歩みを選択し続けてきた米国人ジャーナリストがいます。Rich Jaroslovsky(リッチ・ジャロスロフスキー)。現在、SmartNews, Inc.で「チーフ・ジャーナリスト」として、コンテンツの品質管理、編成、パートナーシップを担当する責任者です。

本稿は、ジャロスロフスキーが自身のキャリアを振り返りながら、“ニュースの未来”を展望するインタビュー記事「the future OF news episode 4」の要点を紹介するものです。
(注:私訳に当たり、@Kayommz 氏の協力を得ました。また、ジャロスロフスキーは、筆者の現在の同僚であることをあらかじめお断りします)

ジャロスロフスキーは、70年代半ばに米 Stanford 大学(政治・科学専攻)を卒業後、すぐに Wall Street Journal に採用され、27年間の最初は政治記者として、同社初の電子版の立ち上げ試みを担う一方、消費者向けテクノロジー記者なども経験します。それ以降、WSJ を離れても Bloomberg News などで幹部として活躍してきました。
そのキャリアについては、自らに語らせることにしましょう。

Rich Jaroslovsky, "the future OF news"

Rich Jaroslovsky, “the future OF news”

私の履歴書はおそらく、アメリカのジャーナリズムにおいて最も変わっています。最初に働いた Wall Street Journal では、ほとんど政治をやりました。長らくワシントンにいて、ホワイトハウスを取材していました。政治エディターとして“the Journal” に政治コラムを書いていたので、私のキャリアの前半は、プリントメディア、そして政府と政治に大きく重点が置かれていたのです。

そして20年ほど前、“The Journal”から、Wall Street Journal 電子版を1から構築する仕事のオファーをもらいました。それでワシントンを離れ、デジタルメディアの世界に飛び込みました。当時は、デジタルメディアとは何なのか、どういうものになるのか、誰もはっきりとは分かっていない時代でした。後にこれは、私のキャリアのターニングポイントの1つとなりました。

ジャロスロフスキーは、ジャーナリストとしての長いキャリアを通じて、その不易流行についてユーモラスに語ります。

キャリアの中で、ジャーナリズム、そしてジャーナリズムの習慣において基本的に全てが変わりました。私は文字通り、マニュアルのタイプライターを使ってカーボン紙に記事を書くことから始めました。そうして(記事を)複写するんです。雑用係経由でそのコピーをニュースデスクに送り、編集してもらうのです。

今、ジャーナリズムはモバイル・デバイス上で作られます。バーチャル・リアリティーをプラットフォームにして作るのです。1人のキャリアの中でこんなにも劇的に変わってしまうなんて、想像し難いことです。

彼は、その変化を柔軟に受け入れることに立ち遅れたメディア業界の姿勢について、批判を忘れません。

1994年の時点では、ニュースが iPhone などのデバイス上で消費されるようになると思っていた人はいないと思います。ですが、何か根本的な変化があったということは誰しも明確に分かっていました。当時業界のトップにいた人たちは、これは永続的で重大な変化なのだ、という確信をそれほど持っていなかったのだと思います。その意味では、いまの状況は長い時間をかけて作られました。ある意味、変化をもっと完全に、早く受け入れなかったメディア業界自身がこの危機をもたらしたのです。

ニュースやメディア業界に限らず、企業、組織、さらには個人においてさえ、「変化のみが不変なのだ」との観点を失っては、その存続は危殆に瀕するのです。

一方で“変化しないもの(不易)”があることを、ジャロスロフスキーは忘れません。

同時に、変わらないものもあります。「物語」は常に中心にあるのです。ジャーナリストは元来作家であり、人間としての私たちは物語の消費者です。つまり、劇的に変わったこともあれば、全く変化していないこともあるのです。

素晴しい報道に触れる喜びは、むろん、過去、そしていまも優れた「物語」から発しているというのです。そして、デジタル以前にさかのぼって、新聞の素晴しい点とは、「(新聞は)誰に対しても何かをもたらし、人はセレンディピティの過程を通じて物事を発見していた」ことだとします。
補足するなら、彼のいう「セレンディピティ」とは、興味があるとも思えなかった分野や事象のなかに、とても面白いと感じさせる話題を発見させる力です。
同時に、デジタル時代の難しさがここにあるとも述べます。「WSJ.com を始めたとき、私の結論の1つは、セレンディピティの実現はデジタル環境ではとても難しいということです」と。
ここに現代の私たちがニュースに魅了される一方、つねに不満を残すポイントがあります。「セレンディピティ」のあるニュースとは何か? もう少し彼のいうところに耳を傾けてみましょう。

Rolling Stone 誌がすごくいいテクノロジー記事を載せているとは思わないでしょう。テクノロジーに興味はあるけど、Rolling Stone は読まないとしたら、いつその記事に出会えるのか?…(中略)…人は、自分が何を知らないかを知らないのです。一番純粋なニュースの定義は「私が知らなかった面白いことを教えて」です。それが私が考える一番いいニュースの定義なのです。

優れたテクノロジー関連の記事と縁遠いメディア Rolling Stone 誌。ここでの論点は、人的見識の重要さを述べるとともに、陥穽があることも示唆します。すぐれた記事を生み出し、伝える力が人の見識に宿ると同時に、「媒体」が築くブランド性が、セレンディピティを殺いでしまう可能性もあるのです。
さらにジャロスロフスキーの意見を聞きます。

21世紀というモバイル環境において、ブランドはもはや目標ではありません。ブランドとは、クオリティの印であり、基準は「サイト」や「アプリ」でなく、「ストーリー」なのです。…(中略)…ブランドはもはや目標ではなく、ニュースを得るための場所なのです。ブランドは、記事の質の印なのです。(私たちは)USA Today の基準を知っているので、もし記事に「USA Today」と書いてあれば、それは質のブランドとなるのです。

つまり、ブランドが品質上の選択基準となる要素がある一方で、逆にブランドに幻惑され、人はすぐれた「物語」と出会えなくなる可能性もあるでしょう。ポイントは、良質な「物語」をいかに摘出するかにあります。「ブランドは極めて重要ではありますが、その意味は根本的に変化しました」。

最後に、ジャロスロフスキーが、未来のニュースを担う若者にどんなアドバイスを贈っているかを紹介します。それは、キャリアを考える際のヒントになるはずです。

若いジャーナリストへのアドバイスは、できるだけ多くのスキルを身につけるべきということです。能力を吸収できれば、そのスキルを取り出して一番いい方法で記事を作ることができます。それはすごく大変ですが、私の時代は、たった一種類しか伝える方法がありませんでした。Wall Street Journal で記事を書き、プリントされる。それがただ一つの方法でした。紙という制限に束縛されました。
今はジャーナリストとして、異なる方法の中から一番いいものを自由に選び、個別のストーリーを伝えられます。これは全く新しい展望を開き、私が始めた時に比べて、ジャーナリズムはよりクリエイティブな試みになりました。

40年に及ぶジャーナリストとしてのキャリアを経てなお、リッチ・ジャロスロフスキーは、最も面白いことは「今」だと言い切ります。“クリエイティブな試み(試練)”がジャーナリストに求められています。過去そうであった以上に。

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