「ワシントン・ポスト」の革命/テクノロジーによる復活はどう行われたか?

たった3年前には、負け組であった老舗新聞社の Washington Post
Amazon 創業者 Jeff Bezos 氏による同社買収の後、同社内部で何が起きたのか?
伝統的ジャーナリズムが、どのようにして成長メディアへと転じたのか?
同社で起きた“革命”を、同社の誇るテクノロジーリーダーらが語る

Amazon の Jeff Bezos が2013年に2億5000万ドルで買収した新聞社 Washington Post(以下、WaPo)。
1800年代に創業以来、長くファミリービジネスに守られ、ウォーターゲート事件報道に代表されるように、栄光ある歴史と伝統を体現する一方、メディア事業としてはじり貧が抜け出せずにいた同社。いよいよ旧態依然のメディア経営で立ち行かなくなり、Bezos 氏個人にメディア事業を単体で売却されて以降、オンラインメディアへの急激な転換とその加速ぶりは、よく知られているところです。

“歴史的な復活”を遂げた2016年

2016年暮れ、発行人 Fred Ryan 氏は、WaPo スタッフ宛にあてたメールで、同社が「利益を生み、かつ成長する」メディアとなったことを祝いました(参照 ⇒ The Washington Post is ‘profitable and growing,’ publisher says)。WaPo は、16年を WaPo にとり歴史的な年として終えたのです。

急成長し、デジタルの先行者「NYT」を追い上げるWaPo

急成長し、デジタルの先行者「NYT」を追い上げる WaPo (出典:Digiday  ベゾス率いる「ワシントンポスト」、ビジター数で「NY タイムズ」を抜く)

同氏はそのメールで、以下をハイライトしています。

  • 同社が自前で開発した CMS(コンテンツ発行システム)「Arc Publishing」を利用する外部メディアが2ケタ超に
  • WaPo のユニーク来訪者数(月次)が米国内だけで1億人、外国からは3000万人に近づいた
  • 16年には、PV が50%近く増加
  • デジタル購読収入は年間で75%増。デジタル広告収入も、昨年の最高値を40%上回った

2016年は、4年に1度の大統領選とオリンピックが開催された年であり、特に大統領選をめぐっては、メディアとの衝突を繰り返したトランプ旋風が、同氏に批判的なスタンスをとったメディアに歴史的な追い風となったことも見逃せません。
が、WaPo にとっては、“神風”もひとつの材料でしかありません。なにより、Bezos 氏仕込みの数々のデジタル化施策がその復活と成長の大きな原動力であったことに疑う余地はありません。

WaPo のテクノロジーヒーローたち

本稿では、WaPoのデジタル化戦略のリーダー2名へのインタビュー記事「Revolution at The Washington PostWashington Post における革命)」を紹介し、“革命”がどのようなものだったのか、そのリーダーたちのコメントから探ります。

Revolution at The Washington Post

Revolution at The Washington Post

インタビューするのは、Columbia Journalism Review の編集長兼発行人の Kyle Pope 氏。インタビューに答える2人のリーダーとは、CIO(最高情報責任者)である Shailesh Prakash 氏(略歴 ⇒ こちら)と、同社でデザインとプロダクトを担当するディレクター Joey Marburger 氏(略歴 ⇒ こちら)です。
Prakash 氏は、Netscape や Microsoft、その他流通企業での IT 関連業務の経験をもつベテランの技術者ではありますが、メディア経験は、5年前に加わった WaPo が唯一です。一方の Marburger 氏は、両耳にピアスをした、ミュージシャンをめざしたこともあるジャーナリスト育ち。記者、編集者をキャリアの出発点に持ちながらも、以後、デジタル化、アプリなどの開発プロジェクトを担当するなど、WaPo では「プロダクトとデザイン」のキーパーソンです。

以下、ポイントとなる箇所を拾い、そのやり取りを要約していきます。

モバイル高速化テクノロジーに注力

——新聞のビジネスモデルについて業界には憂慮すべきことがたくさんあります。問題を解決するためのあなた方の進捗についてどう感じていますか?
Prakash:まず皆が受け入れなければならないことは、誰にもそれがわからないということです。誰もわからないのであれば、試して実験するという以外の選択肢は見当たりません。
ですから、質問は、「この実験にどれくらいの費用がかかるか? あなたはそれを支払えるか? ベゾスはお金持ちだからお金を払えるからそれができるのか?」ということになります。
私は、実験には大枚が必要であるという考えには欠陥があると思います。そうである必要はありません。

——ビジネスモデルについて。読者を増やす際の課題は、記事が表示される時間がかかることです。WaPo はモバイル技術を用いてそれを改善し、多くの読者が WaPo サイトを訪れるようにしています。で、それがビジネスになりますか?

Prakash:購読者は記事表示の高速化分を支払ってくれるか? 広告ブロックツール利用者は、それでブロックツールの利用を止めるか? 実際は不明です。ですが、その実験を試みることから始まるのです。
脱線ですが、(この高速化技術で)WaPo を大幅に改善できれば、他のメディアもその技術を買いたくなるのではないでしょうか?(訳注:実際同社は CMS を国内外のメディアにライセンスしている)

——読者が追加の高速化分に支払うと考えるのですか?

Prakash:そう考えています。スピードこそが問題であるということは何度も何度も証明されています。小売業など一部の業界では相関関係はより直接的です。あなたがサイトを持っていて、それを高速化する以外は何も変えないとしても、売上が変化するのです。

Marburger:あなたが他の多くの低速なモバイルサイト、特にニュースサイトに慣れていたとします。WaPo を訪れてそれが圧倒的に高速であれば、あなたは定期的に WaPo を訪れるようになる可能性がより高くなるでしょう。そして、より多くのコンテンツを消費し、購読制限数を早く使い果たし、そして多くの広告を消費する。つまり、ご指名となるのです。これはすでにデータに見えていることです。

——ニュースを読もうとする消費者が、ヒラリー・クリントンの記事を表示スピードに基づいてクリックするという決定をすると思っているのですか? WaPoがもっと速いと知っていれば、彼らはそちらを選択すると?

Prakash:はい。われわれはすでにそういう状況を見ているのです。それが意識的な選択かどうかわかりませんが。クリックすることをためらわなくなるのです。

——それが編集部内の一般的な考えとはとても想像できません。

Marburger:まあ、それが編集戦略を如何なる形にせよ変えるものではありませんがね。しかし、読者は、記事がどんなものなのか、それが探しているものであるのかどうか、つねに知っているわけではありません。しかし、記事の表示が超高速だと、読者は他の何かを試してみる可能性が高いのです。一方、記事の表示に毎回3秒または4秒以上かかる場合は、もう試してみることはありません。

ジャーナリズム、テクノロジー、そしてプラットフォーム

——WaPo がテクノロジー企業に買収されていなかったら、このような会話はなされていたでしょうか? 一つの新聞が自然にこんな変化を行えたでしょうか?

Marburger:多少は起きたでしょうが、もっと時間がかかったでしょう。Jeff(訳注:Jeff Bezos 氏)がやってきて約3年です。われわれが5〜7年かかっただろうことを、半分ですんだことがわかります。Jeff は編集部をただ訪れただけでなく、新しいカルチャーがあること、やるべきことがあると示しました。Amazon でそうしていることをコピーすべきだと。彼の考えは全社に広がりました。一夜にして、私たちにできないことは、そうないのだと理解しました。物事をそう受け入れたわけです。

——私の経験では、ジャーナリストはお金を稼がねばならないと考えません。

Prakash:私はいま、「今年はたくさんお金が必要になる(コストがかかる)」と言うだけのためだけでなく、「今年はこのぐらいお金が必要だ(生み出そう)」と言う会議に参加しています。われわれは利益を出す会社であろうと一所懸命なのです。これは重要なことです。

——WaPo は、Apple News や Facebook、その他たくさんのコンテンツを提供するパートナーシップを行っています。トラフィックと収入という面でどう考えているのですか?

Marburger:その先のことを少しずつ考え始めているところです。しかし、読者数の成長を止めたいとは考えません。まだ成長を続けたいのです。インターネットに、特にメディアにおいては、まだ大規模な獲得余地があると思います。
7人に1人が毎日 Facebook にアクセスしています。「Facebook に10の記事を送る」というだけでは、国内的にも国際的にも成長することはできません。国内外で成長したいのであれば、そのプラットフォームを無視する選択肢はありません。

プロダクトとしてのジャーナリズム

——あなた方は「プロダクト中心」の話をたくさんしていますが、WaPoで「プロダクト」とは何でしょうか? 「ジャーナリズム」ですか?

Prakash:それは「プロダクトの一部」です。しかし、他のすべても同様に重要です。(たとえば)記事を後で読むために保存できるか? プラットフォーム上で読めるか? 表示速度やクラッシュ率はどうか? これらすべては、ジャーナリズム自体と手に手を取り合う関係にあるのです。

——ジャーナリストは伝統的に、ジャーナリズムは、(純粋なジャーナリズムではない)プロダクトだという考えを受け入れるのに苦労しています。ジャーナリストたちには難しい転換です。

PrakashWaPo では、その考え方に熱狂的で、(その考え方が)浸透していることは明らかです。Jeff はまさに“プロダクト野郎”です。2週間おきに彼は私たちにそれを話すのです。

——でも、Martin Baron 氏(訳注:映画「スポットライト 世紀のスクープ」の主人公ともなった著名ジャーナリストで、現在は WaPo の編集責任者の一人)のような人物がいてバランスさせないと、編集部の人々は恐怖を感じるだろうと思います。

Prakash:もちろん。100%同意です。純粋なシリコンバレー型アプローチによる事例はいくつもあります。あまりに多くのクスリを投与すると、患者は死んでしまいます。

(以上)

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