ユニバーサルなメディアブラウザを構想する

Twitter や Facebook のタイムラインは、
未来のメディアのあり方を示唆している。
メディアとコンテンツが爆発的に増え、情報発信がリアルタイム化する時代。
その最適なメディア形式の未来を構想する。

さまざまな型のコンテンツ、さまざまな情報源に対して統合的に、かつ的確にアクセスできるもの。
加えて、最も快適にそれをナビゲーションするユーザーインターフェイス(UI)。
これを“ユニバーサルなメディアブラウザ(普遍的なメディア閲覧ソフトウェア)”と定義するなら、それは“新たな Web ブラウザ”の発明を意味するかもしれません。

ヒントは、すでに当ブログで何度か言及してきたストリーム(タイムライン)型メディアにあります(たとえば → これこれ)。
ストリーム型メディアの実装例は、“商業(Web)メディア”においては、新鋭メディア Quartz などがありますが、いまだ主流を占めるとはいえません。
けれど、ブログ形式の流れを汲むメディアでは、時系列(タイムライン型)の記事配置のほうが一般的です。むろん、ブログの影響下にあったとしても、商業メディアではタイムラインとは異なる記事へのリンク集を“トップページ”(インデックスページ)として設ける従来メディアとの折衷型がほとんどなのですが。

一方、モバイルアプリでは、ITmedia アプリをはじめとしてタイムライン型メディアの実装例があります。
また、Facebook や Twitter など、商業メディアをしのぐ影響力あるソーシャルメディアでは、タイムラインを UI の中核にすえるのは常識になっていることは指摘するまでもありません。

ストリーム(タイムライン)型メディアがユーザーにもたらすメリットは、大きく3つと思えます。

  • “いま何が起きているか”という情報ニーズへの最短の解である
  • 大型ディスプレイからモバイル機器の小型ディスプレイまで、ユーザーのメディアアクセス環境の遷移に柔軟である
  • コンテンツ間の移動操作は“無限スクロール”中心であり、操作が非常にシンプルである

筆者が、ストリーム型メディアとそれを統合するユニバーサルなメディアブラウザというアイデアに注目する事情についても述べておきましょう。

ストリーム型メディアが台頭する背景には、四六時中情報を発信(更新)するメディア主体が極端に増えたことがあります。
筆者自身がそうであるように、インターネットを用いればだれもが少ない負担で情報発信者となれる時代です。
この“だれも”が、いずれは“どんなものでも”となっていくことは間違いありません。
今後は、ヒトに限らず自動車や電車、バス、そして、家電製品のなど多くのモノまでが、続々と“情報発信者”へと連なっていくことでしょう。
発信されるコンテンツの量が爆発的に増えているだけでなく、それが24時間化していることも大きな異変です。
大小無数のメディアが間断なくコンテンツを発信し続ける社会は、大小無数のラジオ局が24時間放送を続けるのに似たストリーム型情報社会といえるかもしれません。

メディアの選択はチューニングへ……

メディアの選択はチューニングへ……

Facebook や Twitter 上にこのような情報社会の一端を見ることができます。このことは情報消費への意欲の高い人々から順番に、徐々にストリーム型の情報消費(コンテンツ受信のスタイル)へとシフトをしていることを示すものです。
つまり、ソーシャルメディアの中に、すでにユニバーサルなメディアブラウザの実装的な萌芽があるのです。

大小の放送局という比喩を用いましたが、ユーザーの情報選択も、チューナーで周波数を合わせるような“選局”、もしくはチューニングという行為に近づいていくことでしょう。(Twitter や Facebook では、その選局を“友だち”の選択として行っている)

こんなメディアの近未来図を描く研究が米国にあります。
CNET Japan 掲載記事「『未来のブラウザはストリームブラウザになる』–米イェール大D・ジェランター教授」(この記事の基となった Wired 記事は → こちら )がその動きを紹介しています。

人々が本当に欲しているのは、情報に「チャンネルを合わせる」ことだ。近い将来、サイバースフィアには莫大な数のライフストリームが存在するようになるので、われわれの基本的なソフトウェアはストリームブラウザになるだろう。それは、現在のブラウザに似ているが、ストリームの追加、削除、およびナビゲートも行えるように設計される。

タイムストリーム内のコンテンツ検索は、ストリーム代数学の問題だ。それは、今日のウェブのような空間に基づく構造の代数学より簡単だ。2つのタイムストリームを足すと、3つめのタイムストリームができる(単純な例では、AP のニュースフィードと筆者の友人である Freeman 氏のブログストリームを統合して、時系列で表示させるということ)。そして、コンテンツ検索はストリームの引き算の問題である(「クランベリー」に言及しないすべてのエントリーを減じるだけで、それに言及するすべてのエントリーを得ることができる)。ストリーム代数学が持つシンプルで合理的な特徴には、大きなメリットがある。それは、オーダーメイドの情報が得られることだ。

記事で紹介される野心的な研究は、World Wide Web がもたらした情報のリンク関係的世界観に対し、情報の時系列的な世界観を対置します。それは「現在の『空間に基づくウェブ』から『時間に基づくワールドストリーム』へ移行」させようとするのです。

Web 的世界の歩み方(ナビゲーション)は、関連リンクをたどりながらページ間を遷移することです。ワールドストリーム的なそれでは、ナビゲーションは、「チャンネルを合わせ」(実際は不要情報を排除する)、現在から過去に向かってスクロールすることへと変化します。
リンク的な情報配置に最適化されたメディア受信機が、Web ブラウザだとすれば、「ワールドストリーム」的世界観に最適化されたメディア受信機が求められます。それが記事のタイトルに表われた「ストリームブラウザ」という概念なのです。筆者(藤村)が考えるユニバーサルなメディアブラウザとはそのようなものを指しています。

もし、ユニバーサルなメディアブラウザが与えられたとすれば、情報(メディア)消費のスタイルはどう変化するでしょうか?
ユーザーは、まず最初に統合されたひとつのメディアストリームに接することになります。
ストリーム内のコンテンツの粒度にチューニングを加えれば、通勤時間の車中に適した“メディア”が動的に生成できるかもしれません。あるいは、週末の時間のある際には、もっとたくさんのコンテンツをというようにチューニングできるでしょう。
もっとコンテンツ数を絞り、代わりに読み応えのあるものをピックアップすることもできそうです。
メインのストリームに多種多様なストリームチャンネルを足し合わせれば、新鮮な発見のあるメディアストリームを得られるかもしれません。ビジネス寄りからエンターテインメント寄りへというように、メディアのテイストを滑らかに遷移させることも可能でしょう。

このようなスタイルが、スマートデバイスの普及を前提にした“リーンバック2.0”(参考 → こちら)を加速するのは間違いありません。
キーボードとマウスといった入力デバイスを多く用いるアクティブな情報探索(リーンフォワード)スタイルは、PC という情報機器と情報探索にアクティブなユーザーの特性に適したものでした。スマートデバイスではユーザーからの入力は少なくなっていきます。代わってごくシンプルな操作で十分にナビゲーションできるストリーム型メディアが台頭します。タッチ操作を中心としたスマートデバイスの特性に適しているからです。

こう考えると、ストリーム型メディアとユニバーサルなメディアブラウザの誕生は、ソーシャル(であり、かつパーソナルな)メディアの誕生と、モバイルデバイスの多様化に、ぴったりと重なり合った変化だと理解できます。

いまだイメージの中にあるユニバーサルなメディアブラウザですが、その実装形についてもう少し踏み込んで言及しておきましょう。
ユニバーサルなメディアブラウザは、上記のようにユーザーにあらかじめひとつのデフォルトであるメディアストリームを提供すると考えます。これには一般的に人気や知名度の高いニュースフィードを用いられるでしょう。
並行して、いくつものメディア(ストリーム)チャンネルを用意します。Twitter や Facebook といったソーシャルメディアストリームもそこに含みます。
ユーザーは、テレビやラジオに対してそうするように、必要に応じてチャンネルを切り換えてコンテンツを楽しむことができます。
しかし、ユニバーサルなメディアブラウザの特徴は、選択したいくつものチャンネルを総合したものをデフォルトのストリームとすることができることです。これは、一人ひとりのユーザー専用のパーソナルなメディアストリームの生成を意味します(パーソナル化)。

ユニバーサルなメディアブラウザは、PC からポケットに入るスマートフォンなど多種多様なデバイス上で稼働させるため、軽い実装であることが必要です。そのためにも、このメディアブラウザのために、各種のメディアストリームを選択可能なチャンネルとして複数提供する外部サービスが必要になるでしょう。
「メディアチャンネルサーバー」と呼ぶべきこのサービスは、多種多様に発信されるコンテンツを発見しては、メディアブラウザに表示しやすい情報形式に変換するとともに、これらを豊富なメニューとして提供します。
商業メディアがメディアブラウザへの表示を意識しなくとも、メディアチャンネルサーバーはそれを自動的に収集しメディアブラウザに適したデータへと変換を行います。

 

メディアブラウザを実現する構造

メディアブラウザを実現する構造

価値の高いコンテンツを創造できる商業メディアは、メディアブラウザへと配信されるストリームの情報源の一つひとつとしてその存在価値を発揮し続けるはずです。

ただし、ユーザーがそれらを取捨選択してユニバーサルなメディアストリームを生成すること(パーソナライズすること)を妨げることはできないものと展望します。
(藤村)

“ヒトへの課金”に向かうメディア コンテンツ課金型ペイウォール批判

国内外で、メディアの中心価値を“ヒト”に置く動きが顕在化してきた。
スター執筆者を軸にした独立型メディア、執筆者を購読するメディアなどが動き出す。
メディア企業がヒトを軸とした課金制に向かうヒントを述べる。

メディアのコンテンツ課金 新たなブレークスルーの出現」で、米国の人気政治コラムニストが大手メディア Beast 傘下を離れ、自ら課金ブログメディアをスタートしたケースを取り上げました。
この現象は、大規模なアクセスを集めるメディアサイトでない限り、市場の大きい米国においても広告収入で自立することは難しく、その結果、広告収入確保のためには広く耳目を集めるようなメディア運営に偏らざるを得ないメディアの“悩み”の存在を示唆します。
であれば、広告に代わる効果的な課金手法が求められます。
課金は古くて新しい課題です。しかし、成功の方程式が定まったとはいえません。
さらに、課金へのアプローチには、もうひとつポイントがあります。それは、お金を支払う読者と執筆者との関係性についてです。

上記 Andrew Sullivan 氏独立のケースは、広告ビジネス離れ=課金メディア立ち上げという試みであると同時に、読者(ユーザー)は“何に対してお金を支払うのか”についてのひとつの仮説でもあります。
すなわち、大手傘下のメディアブランドに対してではなく、Sullivan 氏に対するきずなの代価として購読料があるという仮説なのです。
それが故に、同氏はメディア独立に際して、一律の購読料の設定ではなく、ユーザーが金額を決めるという“寄付金”的アプローチをとったのでした。

昨今、いくつもの有料メルマガサービスが立ち上がっているわが国での情勢も、ユーザーに対して、お気に入りのオピニオンリーダーである執筆者をメディアブランドから離れて直接サポートする個人課金へと誘導しようとする動きに見えます(むろん、それが楽観視できる結果を生んでいないとしても、です)。

本稿は、新聞社や一部の Web メディアで動き始めている“コンテンツへの課金”モデルから、“ヒト(執筆者)への課金”モデルへのシフトを検討するものです。
そうはいっても、有料個人ブログやメルマガの手法を議論するものではありません。先に述べた「読者と執筆者の関係」を見直し、メディア企業が執筆者を前面に打ち出したメディアの有料化戦略を議論したいと思います。

もうひとつ、興味深い最近のトピックを紹介しておきましょう。
オランダの新興メディア企業が最近リリースしたニュースアプリ DNP は、資金難ですでに前年に閉鎖ずみのフリーペーパー新聞の編集長が、その執筆陣を引き連れサービスインに持ち込んだという興味深いニュースアプリです(ダウンロードサイト → こちら)。
同アプリは、“われわれが信じるのは人々やジャーナリストであり、それはメディアブランド以上のものだ”との信念の下に設計・デザインされています。特徴は、DNP に集まった寄稿執筆者らを、その執筆記事単体やパッケージとして選択的に購読できることです。アプリ上で目にした記事を購入することもできれば、執筆者を選択して購入に至ることもできます。

アプリDNP。右は個々の執筆者を選択して購読するメニュー

アプリDNP。右は個々の執筆者を選択して購読するメニュー

スタート時点で執筆者らは11名。しかし、年内に50名にまでそれを増やしたいとの抱負を表明しています(参照 → こちら)。
同アプリがユニークな点は明らかでしょう。アプリは個々の執筆者とそのコンテンツを売るための場(市場)であると同時に、それ自体がメディアであるということです。執筆者らは App Store の販売手数料を差し引いた残余の75%を受け取ります。DNP 自体は無償 iOS アプリですが、コンテンツ単体もしくは執筆者のコンテンツ全体を購読する際に、Apple App Store が有するアプリ内課金の仕組みを用います。

さて、議論を引き戻しましょう。“(コンテンツへのではなく)ヒトへの課金”モデルについてです。
紹介したいオピニオンがあります。paidContent に掲載された「Five ways media companies can build paywalls around people instead of content」(コンテンツの代わりとなるヒトへのペイウォール メディア企業が構築可能な5つのモデル)です。新聞メディアがペイウォール(有料課金の壁)化していく流れに反対論を唱え続ける Mathew Ingram 氏の論です。

同氏は、この論で新聞メディア等が読者の関心事やニーズの違いなどにきめ細かい注意を払うことなく一律の課金の壁を設けることに反対します。
氏は、メディアや執筆者に対するこだわりのない読者に向けて単純に課金制限を設ければ、同じようなニュースを提供する無料メディアに向かわしてしまうとします。逆に、お気に入りの執筆者にこだわりがあるような読者に対して、そのお気に入り執筆者のコンテンツを購入するという切り口を設けるべきだと、氏は主張するのです。
そして、そのようなアプローチがビジネスとしてプラスに作用するようにするためには、ペイウォールが“引き算”ではなく“足し算”となるようにすべきと述べます。つまり、ニュース記事を読むことに単純に制限を設けるのではなく、“それに加えて”お気に入り執筆者との関わり、きずなを深めるような施策を設けて、それに課金をすべきだというのです。

5つの手法のすべてを紹介しませんが、たとえばこんな風にです。

  • 一人の執筆者のすべてのコンテンツを集約して有料パッケージとする……New York Times の Nick Kristof、Wall Street Journal の Walt Mossberg、そして、Reuters の Felix Salmon 氏らのように、その名の下に読者を見いだせるのなら、これら執筆者のすべてのコンテンツにアクセスしやすいパッケージ化が可能だ。
    それが新聞に掲載されたニュース記事やブログ投稿であろうと、あるいは、インタビュー動画、さらには Twitter への投稿であろうとも。
    お気に入り執筆者のコンテンツを見つけやすくし閲覧しやすくするという点で、それは読者にアピールするものだ
  • お気に入りの執筆者らのライブイベントを提供する……すでに各種メディアではリアルイベントによるマネタイズが行われている。しかし、それはなにも500人規模のカンファレンスでなくてよい。もっと小規模で限定的な読者グループにライブイベントを提供してはどうだろうか? そこでは、掘り下げたテーマのインタビューを読者(参加者)は聴くことができ、また、同好の士どうしの交流を行うことができるようにするのだ
  • お気に入り執筆者への Q&A に対して有料課金する……投資家向けの財務分析、踏み込んだ政治論議、ハイテク知識など、専門分野に関する質問への回答に課金する手法がある。ジャーナリズムとしての摩擦を懸念する向きもあるかもしれないが、適正に扱えば懸念には及ばない。

執筆者のブランド力や専門知識をテコにしたビジネス手法は、同記事が掲げる5つ以外にも思いつくことが出てくるでしょう。しかし、そのようなアイデアと同じくらい重要な点が、“ヒトによる課金”モデルにはあるのです。それは、執筆者らのブランド価値を高めていくこと、もしくは、その高い価値を認識してそれを活用していこうという方向性です。
その点について、同記事は以下のように述べています。

(記事が述べる5つの施策で)Andrew Sullivan のようなスター執筆者が独立してしまうようなケースを阻止できるだろうか? 保証はない。しかし、もし執筆者が、執筆している新聞や雑誌が自分を(重要な)パートナーとして扱っているのを見れば、自らの商売を始めようと考えるケースは少なくなるだろう。とりわけ、新聞や雑誌メディアが持っているマーケティング力が自らのために提供されればなおさらだ。

同記事は、音楽産業が、新聞や雑誌メディアに先行して、楽曲販売不振の苦しみの後にアーティストとの接点を深める消費に向かっている点を指摘しています。
読者が読みたいコンテンツをそうでないコンテンツから選別しようとする際、重要な指標を、“だれがそれを書いたのか”という軸へとシフトしていくことは大いにあり得ます。とすれば、メディア企業は、自らの重要な資産が産出してきたコンテンツを保有する権利と同時に、それを今後とも生み出す“ヒト”の重要性に気づくことになります。
次に、それをビジネスの原動力にすえた展開を真剣に考える時期が間もなくやってくるはずです。
(藤村)

「ウェブサイトでもない、雑誌でもない、本でもなく」 “超小型出版”がメディアを革新する時

クレイグ・モド氏の『超小型出版』の出版が引き金ともなり、
難易度が高かったアプリ出版に改めてハイライトが当たる。
プロフェッショナル化が進行した先行市場を
覆しかねない可能性が、そこに見えてくる。

Web、電子書籍、そしてアプリ。それぞれ異なる系統樹から誕生したデジタルメディア形式がクロスボーダー化しています。
これが、筆者がたびたび述べてきたデジタルメディアをめぐる情勢論の中心です。

Web には、“ページ”という概念が実は希薄であり、スクロール可能な巻物的な表現形式が本質的に得意です。また、“リンク”という Web ならではの強力無比な機能により、良くも悪くも融通無碍な情報ナビゲーションや表現を実現してきました。
では、後の二者、すなわち電子書籍やアプリという形式はどうかといえば、現実界にある書籍や雑誌的なナビゲーション、表現を再現するのに適した発展をしてきたといえそうです。テキストとビジュアルが混在するレイアウトをページ単位でまとめて読者に提示します。電子書籍では特にそれらページをシーケンシャルなナビゲーションに形式化するのが得意です。

クロスボーダー化には、印刷メディアになれた作り手の創造的な意思を忠実に再現するために、Web 以上の表現形式を整えてきたという意味合いがまずありました。
ファッションなどの分野で、印刷媒体からアプリを生成し、次にアプリを模した Web メディアが誕生するといった流れが見えてきたのは、旧来メディアの作り手の欲求に即したクロスボーダー化と見なすことができます。詳細は省きますが、New York Times 配下の T-Magazine などはまさにクロスボーダー化の流れにあるファッション/ライフスタイル系メディアです。

しかし、クロスボーダー化がもたらすもうひとつの方向性があります。
Web の“柔軟すぎるナビゲーション”でもなく、印刷メディアの表現形式の再現でもない、純粋に読み物と読み手の“快”に焦点を当てる表現形式へと向かう動きです。それが「超小型出版」と概括する新たなメディアづくりの動きです。

いくつか例をあげてみましょう。
Marco Arment 氏がスタートし発行人を務める The Magazine。毎号エッセイを数点収めた月2回定期刊のアプリ版“文芸誌”の風情です。シンプルな画面と操作性、派手なビジュアル要素を極力抑えテキストを中心に読むために徹したつくりで、モダンでありながら復古的でもある新たな出版スタイルの息吹を印象づけた最初の存在です。
ちなみに、Arment 氏は“後で読む”サービスの代表格 Instapaper の創業者です。

次に、メディア系ベンチャーやプロジェクトを次々に傘下に収めている Betaworks が昨秋より提供を始めた超小型出版サービス Tapestry があります。
これはエッセイ、絵本、詩集などに適したオーサリング(編集・制作)とアプリの生成・販売に至るサービスを提供します。
生成されるメディア(というより“作品”というべきでしょう)では、タップによりページを進める、ソーシャルメディアに投稿などのナビゲーション機能ぐらいしか盛られていません。しかし、シンプルながらセンスの良さが画面全体から伝わってくるなかなか魅力的な作品がそこには生み出されるのです。

さらに、29th Street Publishing が提供を開始したアプリ生成基盤があります。
これを用いた女性タレントの専用週刊ミニメディア Maura Magazine や、商業メディアの週末エディションである The Awl:Weekend Comapinon など複数のメディアがラインナップされています(参照 → こちら)。
同社の創業メンバーらが、ブログプラットフォームで一時代を築いた Six Apart の出身ということもあってか、「ブログをするのと同じくらいシンプルな定期購読メディアを販売」とのコンセプトを打ち出しています。

超小型出版3種。左からThe Magazine, Tapestry, Maura Magazine

超小型出版3種。左からThe Magazine, Tapestry, Maura Magazine

このような、ほぼ同時多発的に誕生したメディア群に共通する特徴があります。
「ウェブサイトでもない、雑誌でもない、本でもない」(後述するクレイグ・モド氏の表現)というものです。
それは、冒頭に述べたクロスボーダー化したメディアトレンドを映し出しているといえます。

このトレンドに“超小型出版”という名を与え、概念をまとめあげたのがクレイグ・モド氏です。同氏は“ソーシャルマガジン”とのコンセプトで評判を呼んだニュースリーダーアプリ Flipboard のデザインに携わりました。
「超小型出版」とはもちろん邦訳であり、そのオリジナルは“Subcompact Publishing”です。さまざまな意味でコンパクトであり、かつ機能を削いだとの含意があります。

モド氏が整理した超小型出版の要件を、『超小型出版 シンプルなツールとシステムを電子出版に』から紹介しましょう。

クレイグ・モド氏『超小型出版』表紙

クレイグ・モド氏『超小型出版』表紙

超小型出版ツールと編集美学の特徴としては、さしあたり次のようなものがある(これが全てではない)。

  • 小さな発行サイズ(3〜7記事/号)
  • 小さなファイルサイズ
  • 電子書籍を意識した購読料
  • 流動的な発行スケジュール
  • スクロール(ページ割やページめくりといったページネーションは不要)
  • 明快なナビゲーション
  • HTML(系)ベース
  • ウェブに開かれている

これらの特徴は互いに影響を与え合っている。

同書は上記の要件をさらにかみ砕いて解説していますが、以下に筆者(藤村)の視点からコメントを付していきましょう。
最近のアプリが“高機能な”雑誌や書籍の電子版という方向に足元をすくわれてしまっているのに対し、超小型出版を体現するメディアは、いずれも豊富な機能を誇りません。
目に付きやすい機能は削ぎ落とし、読者とのインタラクション要素も抑制的です。
その結果として、これらメディアは読者がコンテンツを読むことに徹するメディアというコンセプトで共通しています。これを“コンテンツ中心主義”と呼んでいいかもしれません。

目に付きやすいさまざまな要素を排除することは、おのずと広告的な収入モデルを排除することにもなります。紹介した各メディアにはいずれも広告を掲載しません。
代わっての収入モデル(無料のケースもある)は、Apple の定期購読・配信サービス Newsstand を基盤とします。同サービスは定期刊の雑誌などを自動的にダウンロードする機能と、定期購読料の徴収や、フリートライアル後に他号を有料購読するなどの滑らかな課金機能を備えています。

現時点で、超小型出版を選択することは、アプリ出版を行うことと同義です。
しかし、通常はアプリ開発にはエンジニアリング能力が必要です。また、たとえば、Apple のアプリマーケットである App Store にアプリをリリースするためには、煩雑な手続きもあり個人が気軽にこなせるものではないハードルが待ち構えています。
モド氏もこう述べています。

プログラマーは現代の奇術師である。多くの業界でそれは明らかだが、ついに出版界でもそのことが明らかになりつつある。マルコ(注:Marco Arment 氏のこと)がすぐに The Magazine を生み出すことができたのは……彼がプログラマーだったからだ。

エンジニアが出版の分野においても高い価値を発揮することには同意しますが、それが多くの出版者にはハードルであることももちろんです。
Arment 氏は The Magazine の開発(編集・制作)基盤を提供していないようですが、29th Street Publishing や Betaworks は外部への提供を行っており、そのため扱うタイトルが増えていく流れにあります。
前者のシステムは、WordPress など普及したブログ CMS などと連携する仕組みを採用しています。
後者はサービスにサインインすれば会話形式でメディアタイトルが制作できるようになっており、“アマチュア”に門戸を開くアプローチをとっています。

最後に、当ブログの主題でもある、メディアビジネスからの視点で超小型出版の可能性について要点を述べておきます。

  • かつて Six Apart らが切り開いたブログプラットフォームのアプリ版となる可能性があり、多くの個人出版の基盤となる可能性がある
  • そして、“自己出版”トレンドを、定期購読ビジネスへと直接つなげていく可能性がある
  • “機能限定・開発容易”な出版手法は、Web、電子書籍、アプリの各分野で先行するプロフェッショナルなメディアビジネスが築く市場の隙間を開発する可能性がある
  • 広告ビジネスが侵入しにくい出版市場を生み出す可能性がある
  • アプリ同様、App Store 等の課金プラットフォームにマーケティングを委ねる要素が弱点であり、出版者は継続的に Web やソーシャルメディアを通じて告知活動を継続しなければならない

筆者は、超小型出版の流れが“コンテンツ中心主義”に焦点を当てていることに、強く興味を惹かれます。
「コンテンツはありあまっている」「コンテンツに価値は薄く、価値は人間(ソーシャル)の側にある」との論調が高まる時代に、コンテンツを前面に立て、そして、それを価値(課金)へと直接結びつけようとする流れだからです。まだまだ小さな市場とはいえ、注目に値する動きであるのは自明です。
(藤村)

マイクロメディアのビジネス化は可能か? Publickey のメディア戦略、全公開

専門分野を掘り下げる商業マイクロメディアは可能か? 個人メディアは、組織メディアとどう渡りあっていくのか? 一人で商業メディアを運営し、フリーランス活動もなお継続する Publickey 新野淳一氏の歩みと戦略を公開する

Publickey ——。IT 分野の技術解説記事で定評のあるブロガー、新野淳一氏が、2009年以来単独で運営を続けてきた“商業メディア”です。 公表された同サイトのパフォーマンスは、月間約40万ページビュー(PV)、約16万ユニークユーザー(UU)。 また、2012年のビジネスを総括する「ブログでメシが食えるか? Publickey の2012年」によれば、同サイトの年間広告売上は800万円強。一方、フリーランサーとしてのそれは約600万円(2011年はそれぞれ、500万円弱、600万円弱  →  記事および、同氏コメントによる)に達し、見事に「ブログでメシが食える」ことを立証。2012年は、メディア事業とフリーランス活動の収入上の主従転換という画期もなし遂げました。

Publickey 新野淳一氏

Publickey 新野淳一氏

本稿は、Publickey 主宰者であり、フリーランサーとして活動を続ける新野氏に、商業メディアの開発にひとり立ち向かったモチーフと、メディア事業およびフリーランス活動のポートフォリオ設計などについて訊ねます。(以下、文責:藤村、文中敬称略)

組織メディアから、個人メディアへ

——どうしてメディアを、個人でいちから立ち上げる決断をしたのでしょうか? 組織の責任者でもできることだと思いますが

新野 はい、過去には事業責任者として @IT の立ち上げを行いました。その後、アイティメディアで経営者としてメディアや組織の運用に携わってきました。しかし、仕事が経営や管理寄りに傾いていくことに、個人的なズレを感じるようになっていました。 また、当時米国の TechCrunch などブログメディアの動向を見ていて、これなら個人でもやれるのではないか? と意欲が湧いたこともあります。実際に、メディアを開発し運用する能力が自分にはあると自信があったので、個人の道を選択しました。 決断の背景には、メディアや IT をめぐる景気が徐々に悪くなってきていて、優秀なライターや編集者の働く場が少なくなろうとしている時期だったこともあります。個人でメディア活動をして食っていけることを示せれば、優秀な人たちが続いてくれるだろうとの思いもあって、“人体実験”を試みたのです。

——2008年に退社して翌年2月に Publickey を開設しました。準備期間には何に取り組んだのですか?

新野 メディアを開設して運用するために何でも自分でやろうと考えました。Movable Type をカスタマイズして CMS として使うことに決めていたので、CMS を使ったメディアの運用を勉強しました。特にテンプレートの使い方などです。 もう一つ、JavaScript を書くことも勉強しました。おかげで、JavaScript や JSON などを理解したことが自分の専門テーマの理解を深める結果にもなりました。

——そういう勉強やトレーニングは、これからメディアを立ち上げようとする人にも必要でしょうか?

新野 メディアの開設準備に、半年もかけて技術的な勉強をする必要があるかといわれると答えが難しいのですが、いったんメディアを始めてしまえば、記事を書くことにのめり込んでしまいます。メディアの運用をすべてやろうと思っていた自分には貴重な学習期間でした。 もちろん、自分は元々エンジニアでしたからこんなことをしましたが、そうでない人がメディアをスタートする際にこういう取り組みをすることをお勧めするわけではありません。

活動のポートフォリオ設計、その変化

——Publickey を開設してからのビジネスについて教えて下さい。メディア事業とフリーランス活動の比率はどう考えてきましたか?

新野 組織人である前にフリーランサーをしていた時期もあります。ですから、フリーでも食っていけるだろうとの自信はありました。ただ、長期的にはメディア事業のほうがセーフ(安全)とも思っています。 依頼記事の執筆など、フリーランサーとしての活動は毎回毎回の“一本釣り”的ですし労働集約的です。頼れる蓄積は人間関係ぐらいでしょう。 それに対して、メディア事業は記事の蓄積があれば長続きしやすくなります。たとえ自分が病気で倒れたりしても、PV があれば広告収入は入ってきます。メディア事業はストックが効いてくるビジネスなのです。 そこで、メディア開設当初には、収入上のポートフォリオを3年後に「フリー7:メディア3」ぐらいになればと考えました。幸い2011年で、おおよそ「5:5」に近づき、12年では同じく「フリー4:メディア6」にと転換しました。良い循環に入ったと思っています。

専門領域に集中、エンゲージメントを築く

——メディア事業に目標値などを設けていますか?

新野 明瞭な目標値は定めていません。ただ、前年はこのぐらいだったから今年はもう少し成長させようというような、改善による漸進的な成長は意識しています。 広告売上についても目標はありません。営業活動をするわけではないので。

——だとすると、売上が順調に成長しているのはどうしてでしょう?

新野 扱うテーマを意識しています。Publickey の場合は3つ。「エンタープライズIT」「クラウド」「(HTML5など)新しいWeb標準」です。この分野に絞って丹念に記事を書いています。マス分野ではないので、この分野の読者は、そのまま技術製品やサービスを提供している IT 企業、言い換えれば広告主であることが多いのです。専門性の高いニッチな技術製品のマーケティングには、Publickey ぐらいしかフィットしないというケースもあるようです。 もう一つ意識しているのは、これらのテーマのコミュニティに参加するようにしていることです。その分野の動向に通じていることは広告主の方向性にも合致します。また、コミュニティとの関わりが強くなると、コミュニティメンバーとメディアとのエンゲージメントが強くなります。 同じ意味で、ソーシャルメディアも積極的に使うようにしています。自分で投稿してなにか反応があれば自分で応えます。こうしていくことで、サイトが炎上するようなケースもなくなりました。 結局、IT 企業も読者との良好なエンゲージメントを築きたいのですから、こうすることで三者が良い関係になっていきます。 そんな点からすると、商業メディアは、たとえ技術系のサイトでもソーシャルメディアを使わなさすぎですね。商業メディア内で役割分担としてソーシャル担当を置いても、自分自身というスタンスでは関わりませんから、難しさもあるのはわかりますが。

大手メディアとの共存、そして、競争

——既存の商業メディアへの意見が出ましたが、Publickey と大手商業メディアとの関係をどう考えていますか?

新野 大きなメディアはやはり(多くの読者への)リーチを持っています。Publickey はそうではないので、記事を掘り下げたり人に焦点を当てたりします。その意味で補完関係にあると考えたいです。最近は、@ITInfoQ Japan と記事交換をしたりもしてしています。 フリーランスとして記事を大手メディアに寄稿することはほとんどしていません。フィーは当然そのメディアの水準に沿ったものになるのですが、Publickey として広告主からタイアップ記事やイベント企画を直接受注した方が断然高いので、優先度が下がってしまうのです。

——今後、大手メディアと競合してしまう懸念はないですか?

新野 商業メディア内部から、自分に近い能力をもったタレントがどんどん出てくれば、広告主の顔はそちらに向かうでしょうね。でも、専門分野を持って広告主と協議しながら企画を遂行できるようなタレントには、どんどん独立を促すというのが Publickey のメッセージなのでウエルカムです(笑)。

——そろそろ最後ですが、Publickey を3年やって失望したことは?

新野 Publickey を始めるころ、可能性が高いと期待していたアドネットワークや自分の事業に合ったアドサーバーが提供されると期待していたのですが、ダメでした。それから……“振り返ったらだれもいなかった”ということでしょうかね。もっとどんどん、組織から飛び出してくると思っていましたよ(笑)。 やはり、家族を持った組織人が独立するには心配があるのも事実です。それに、食えるようになったとは言え、仕事は相変わらず大変です。平日はメディアの運営や広告関係の打ち合わせ、そして記事執筆。土日に企画を考えたり、記事の仕込みという具合で、自分が倒れたら、との懸念と背中合わせです。今後はワークライフバランスを改善していこうと考えています。

仕事の“貯金”を積み上げ、可視化する

——“だれもいなかった”とのことですが、潜在予備軍の人たちにアドバイスを

新野 まず、IT 以外の分野の専門的なブログでも食っていけるかと言えば、将来的には可能と思います。ビジネスがネット上で完結するような分野(今は、IT が筆頭)は有望と思います。 そこでビジネスを築くには、「発信力を磨く」ことだと思います。自分が曲がりなりにも食べていけるようになったのは、発信力があるからと思います。その点、メディア運営のプラットフォームを駆使できることは重要です。これは徐々に技術系の方でなくても仕組みを使えるようになってきます。 発信力は、先に述べたように読者や広告主(顧客)とのエンゲージメントというカタチに現われます。 自分のビジネスを振り返ると、Publickey をやっていることが結果としてフリーランサーとしての仕事単価を上げています。営業交渉上も有利です。 自分の能力をカタログ化するという意味でも、メディア活動をしていくことは重要になるはずです。 これから年齢が増していきますからヘビーな仕事ばかりをやっていけません。その意味で、自分の仕事の貯金が積み上がっていくような戦略が重要なのだと思います。

ネイティブ広告 メディアの救世主たり得るか?

“ネイティブ広告”(Native Advetising)をめぐるホットな議論が続いている。
2013年には米国の広告主の約半数が試行するともいわれる新たな広告。
新時代のWebメディア、モバイル・ソーシャルメディアとともに台頭した広告トレンドを解剖する。

米国メディア業界では、2012年夏ごろから、ネイティブ広告の是非をめぐる議論が活発です。文末のリンク集は、その一部にすぎません。
ある調査に依れば米国の過半の広告主がこれを試そうという意向を示しているといわれます(参照 → 調査結果)。
その「ネイティブ広告」とはいったい何でしょうか?
筆者は、ネイティブ広告を、従来の印刷メディアから発展してきた広告手法のひとつ、「記事体広告」「タイアップ広告」のモダンな再来とひとまず定義します(後ほど、改めての定義を行います)。

記事体広告
一見広告らしくなく、記事のような構成でつくられている広告のことをいう。
広告(advertising)と記事(editorial)を合わせてアドバトリアル(advertorial)とも呼ばれる。
記事体広告・Weblio

ちなみに、この「ネイティブ」の語が用いられた理由は明瞭ではありません。
しかし、“このメディア(形式)のために生まれた、生粋の……”という文脈で理解しておけば良いはずです。

ネイティブ広告と呼ばれる広告フォーマットが同時多発的に生まれてきたその背景は何か、そしてなにが“モダンな”要素なのか、の2点について議論に入る前に、どのようなものがネイティブ広告と呼ばれているか、3つほど例示をします。

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The Quartz:記事タイムラインに挿入されるネイティブ広告
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Twitter:タイムラインに挿入される Promoted Tweet

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ITmedia アプリ:タイムラインに挿入される「メッセージプラス」広告

広告市場の減退が進む中、広告主は広告効果(成果)について鋭敏となり、より効果の高い広告フォーマットをメディア運営者に求めるようになっています。
特に Web メディアでは、過去20年もの間、さまざまな広告フォーマットが考案されてはきたものの、基本的には、“バナー”と総称される「ディスプレイ広告」と“リスティング”と総称される「検索エンジン連動型広告」 の2種以外は、大きな存在とはなり得なかったと言っていいでしょう。
印刷メディアで誕生した記事体広告フォーマットも、Web メディアにおいては比較的小さな存在でしかありません。
このように、広告フォーマットの発展が停滞する中で、広告主の需要の減退も進んでいるのです。

他方、メディア読者の視点からも、大量のディスプレイ広告をくぐり抜けながらお目当てのコンテンツを閲覧する“苦痛”が、積み重なってきています。
これはどういうことでしょうか?
試みに、筆者が著名な Web メディア掲載記事を任意に調べたところ、記事1ページ中に15もの広告枠が設置されているケースがありました。
読者が、ひとつの記事内で広告に注意を払える余地が有限だとすれば、上のケースでは、読者一人当たりの有限な広告価値を、メディア自身が1/15にまで希釈してしまっているとも取れるでしょう。

では、メディア運営者にとっては何が問題でしょうか?
そこには、広告価値を高めなければならない、というプレッシャーがつねにあります。
このプレッシャーが、広告面積をさらに大きくするなどの悪目立ちを加速させているかもしれません。
あるいは、上記のようにさらに広告枠を増設するという悪循環を引き起こしているのかもしれません。

ここまではオーソドックスな Web メディアを念頭に、ネイティブ広告が台頭してくる背景です。
しかし、これとは別に見逃せない大きな潮流が影響していると見ます。
それは、モバイル化とソーシャル化の潮流です。

先に掲げたネイティブ広告の例示に、戻りましょう。
そこでは、Web メディアにおけるネイティブ広告、次に、ソーシャルメディア(Twitter)におけるそれ、そして、モバイルアプリ(メディア)におけるそれを紹介しました。
たった3つの例示ですが、共通する重要なポイントがここに浮上してきます。

  1. ベースとなるメディアのコンテンツと広告のトーンが一致している(融合している)
  2. インストリーム、つまりタイムラインの内側に広告が現われ、消えていく(バナーなどは、タイムラインの外側に固定されている)
  3. ユーザーとのインターフェースであるスクリーンサイズに対して固定的でない(小さなスクリーンから大きなスクリーンにまで柔軟に対応する)

1.の「コンテンツと広告のトーンが一致する」は、従前からの記事体広告の特性を継ぐものです。
一般にディスプレイ広告では、広告自体のデザインやコピーは広告主側によるものですが、記事体およびネイティブ広告は、基本的にメディア運営者側がコンテンツとの兼ね合いを意識しながら作り上げるのが一般的です。
2.「インストリーム」うんぬんは、メディアのコンテンツ表示形式に“ストリーム”や“タイムライン”と呼ばれる形式が浸透してきたことを意味します。
このストリーム型メディアでは、従来可能だった固定的な広告枠が設置しにくい、もしくは、その視覚的効果が低いということになります。ストリーム内に動的に現われる広告フォーマットが新たに誕生したのです。
3.「スクリーンサイズ」との関係は、モバイル化・タブレット化が急進展している現代では、最も大きな制約事項かもしれません。
スマートフォンの小さなスクリーンに15もの広告を配置しようとすれば、それは自殺行為です。
モバイルにおいて、ユーザーの視点がどこに集約されているかといえば、スクリーンのほぼ全域を支配するコンテンツそのものだといわざるを得ません。
多種のスクリーンサイズに適合するには、タイムライン形式にのっとる、コンテンツの表示形式に広告も合わせるのが最適なのです。

以上が、ネイティブ広告が、モダンな広告フォーマットとして誕生した理由です。
これらがもたらす期待値は、明瞭です。

  • 読者の視点から……雑多なノイズが抑制され、お目当てのコンテンツに没頭できる
  • 広告主の視点から……読者が嫌うものとしての広告から、コンテンツ同様の精読率で接してくれる広告が生まれる
  • メディア運営者の視点から……読者とのエンゲージメント強化を第一義に広告を制作できる

以上を踏まえて改めて「ネイティブ広告」の再定義を試みたいと思います。

  1. 固定的に設置された広告枠と異なり、ユーザー行動の主眼であるコンテンツと同様の表示形式を持った広告であること
  2. 編集コンテンツに対し、その品質や表示トーンが一致する、もしくは近似するコンテンツ性の高い広告であること
  3. ソーシャルやモバイルなど、読者のメディア接点の変化や多様性に最適化した広告形式であること
  4. テクノロジーと人間の編集力が関与する余地のある広告形式であること

最後の「テクノロジーと人間編集力が関与する余地のある広告形式」には注釈が必要でしょう。
以前の「記事体広告」では、メディア運営者がその企画や制作に携わる、すなわち編集力を全面的に行使するため、品質管理はできても生産性は高まりません。
しかし、ネイティブ広告で例示したTwitterの「Promoted Tweet」などは、形式においては技術的運用が寄与しやすく、人間力という高価なコストを抑制できます。つまり、システム的合理化の可能性がありそうです。

最後に、述べたようにこれから勢いを増すことが予想されるネイティブ広告ですが、問題点も見えてきています。

ひとつは、当然のことながら広告とコンテンツの境目がなくなることによる弊害です。
商品レビューを仮装したようなアフィリエート目的が勝ったブログメディアに出会うことがままあります。
長期的にはメディアの信用失墜という自業自得の結果にいたるとはいえ、これをどう抑止するか。メディア運営者が自らを律していく姿勢が求められます。

次に、上に述べたように「ネイティブ広告はスケールしにくい」という指摘がなされています(たとえば → これ)。
これは、「記事体広告」という人間パワーにだけ頼る古い仕組みをどう革新できるかに関わっています。

そして最後に。ネイティブ広告に期待できる良さのひとつは、“広告だらけ”化の現象を抑止できそうだということなのです。
もし、ネイティブ広告がメディアの救世主であるとすれば、“ネイティブ広告だらけ”にならないようにすることもまた、メディア運営者のガバナンスにかかっているはずです。
(藤村)

執筆に当たって参照した記事等: