読者(ユーザー)の行動に即応するメディアは可能か?
デジタルメディアにとり最大の機会は、動的に変化するメディアの提供だ
本稿では、動的メディアの萌芽を事例踏まえて検討する
広告がらみの話題を続けてしまいましたが、本稿では新たなメディアのあり方を考えてみます。
念頭にある概念は、“Active Media”(能動的なメディア)、“Adaptive Media”(適合するメディア)であり、そして、“Responsive Media”(反応するメディア)です。
これらを総称して“動的メディア”と呼んでみたいと思います。
動的メディアをラフに定義すると、以下のようになります。
ユーザーからのアクセスに反応し、地理・時間・アクセス対象・デバイスといった変化要因に対応して動的にコンテンツを再構成する仕組みを備えたメディア
そのイメージをいくつか提示していきます。
最近目に止まったケースが、ITmedia eBOOK USER「その場所に行けば読める電子雑誌――DNPの『チェックインマガジン』」 です。
利用者が Wi-Fi 経由でアクセスすると、特定のコンテンツを表示するというものです。
同サービスは iOS 端末や Android 端末に加え、PC にも対応。専用のアプリケーションを通じて、電子マガジンを提供する。ユーザーが店舗や施設側が提供する無線 LAN にアクセスすることで、そのユーザーがその場所にいると見なし、コンテンツを提供する仕組み。そのため、基本的には無線LANを利用しないとコンテンツは閲覧できない。今後は、端末の GPS 機能を使ってユーザーの位置情報を検出する手法なども検討していくという。
空港のラウンジ向けにサービスを提供することが決定しており、夏にもスタートする予定だ。パリ便のユーザーにはパリの街歩きに便利な本のコンテンツを提供するといったように、フライトの内容に応じたコンテンツの出し分けを想定しているという。
「チェックインマガジン」は、Wi-Fi 接続圏域にユーザーが“チェックイン”すると、用意したコンテンツを表示するもので、超ローカルメディアの可能性を開くものと言えそうです。また、メディアがユーザーを選択する仕組み(つまり、特定の条件を満たすユーザーにのみコンテンツを提供する)とも言えます。
この事例が刺戟的なのは、ユーザーのチェックイン行為と引き換えに特定のコンテンツを表示する“ロケーションに敏感な”メディアが可能になることです。
空港ラウンジでのんびりと搭乗を待つ読者に提供すると効果的であろうコンテンツや広告はいろいろと思いつきます。あるいは、商店街や観光スポットなどでの提供も可能性を感じさせます。
ふたつ目のケースは、米国大手メディア ABC News の iPad アプリでの試みです。Poynter. の Why the updated ABC News iPad app changes by time of day が紹介しています。
ABC News iPadアプリ。朝と夕のエディションを表示
かんたんに言えば、iPad のニュースアプリを、朝・昼・夜の時間帯に応じてエディション(編成)を改めるものです。
メディアにとって最も基本的な問いはひとつである。それは、「読者は何を望むのか」というものである。
それこそ、ABC News が提供を開始してから2年を経た iPad アプリで解かなければならない課題だった。
だが、やっかいなのは、その答えはひとつではない、ということだ。
「私たちが理解したのは、読者がアプリを使うのには、異なる仕方があり、また、一日の間でも異なるタイミングがあるということです」と ABC デジタル担当幹部は語る。
そこで ABC は、異なる問いかけを始めることにした。「読者は、いつ、何を望むのか」と。
その結果が、一日の間の時間帯によって、版を改めるメディアアプリを提供することだ。
記事では、時間帯によってアプリのデザインを変えるというだけでなく、当然ながら記事の編成等をどう変えているかという点について説明します。
このケースのポイントは、時間という変数です。日に3度編成を変えるというと大ざっぱに聞こえますが、ビジネス系ユーザーであれば、出勤までの時間帯、出勤後、そして終業後の時間帯でその意識状態(モード)が異なることは理解できるはずです。
朝、その日の話題を広範に知りたいというニーズ、勤務時間帯には、隙間時間に仕事関連情報の収集ニーズ、そして、くつろいで読み応えのあるテーマをゆっくり読みたい……など、実はメディアが提案すべきものが、この3つでも大きく異なるべきかもしれません。あるいは、このような変化を見過ごしていれば、ユーザーの方がモードの変化に応じてメディアを使い分けてしまっている可能性さえあるはずです。
三つ目として、既に挙げたレスポンシブ Web デザインに触れます。
国内の事例として、NHK スタジオパークを挙げておきましょう。
下図をご覧下さい。広い PC のスクリーンを生かしたデザイン、その隣りに iPad、iPhone でアクセスした際のデザインを示しています。共通のデザイン要素を前提しながらもそれぞれのスクリーンサイズを考慮したレイアウトを確認できます。
NHK スタジオパーク。左からPC、iPad、iPhone で画面イメージを取得したもの(正確な縮尺対比を示すものではない)
レスポンシブ Web デザインについて、菊池 崇氏が ASCII.jp 「スマホ対応の新潮流『レスポンシブ Web デザイン』とは?」で以下のように説明しています。
レスポンシブ Web デザインとは、デバイスごとに複数のデザインを用意するのではなく、ブラウザーのウィンドウサイズに合わせてデザインをフレキシブルに調整する制作手法だ。モバイルサイトの制作では、デバイスやスクリーンサイズごとにページを振り分ける方法が一般的だが、レスポンシブ Web デザインでは HTML はそのままに、CSS3 のメディアクエリーを利用してスタイルシートだけでデザインを変更する。
レスポンシブ Web デザインの眼目は、多彩なスクリーン、デバイスからのアクセスに対し多数のデザインを作り分ける負担を軽減することです。ここでの変数はデバイス(スクリーン)です。これが多様化するということは、PC のユーザーに加えてモバイルユーザーが増えるという意味に加えて、一人のユーザーが異なるデバイスを通じてひとつのメディアにアクセスし続けるという意味をも持つのです。
ABC News による iPad アプリのケースがそうであったように、一人のユーザーといえども、時間、場所、デバイスという多様な変数を有しており、この変化に適合することは、一人のユーザーとの関係を維持し深めていくために重要な意義を持つのです。
さらに、第4のケースとして“フィルタリング”を挙げておくべきでしょう。JBpress 掲載の拙稿「パーソナライゼーションの光と影」に、その論点を整理しました。
要約すると、Google パーソナラナイズド検索や Facebook のウォールなどでは、ユーザーごとに表示が変化、最適化される仕組みが盛り込まれています。ユーザーは良くも悪くも自覚のないままフィルタされた情報(コンテンツ)表示の快適さに馴らされていきます。
有名なショートムービー「EPIC2014」に登場する架空のメディア「EPIC」は、完璧にパーソナル化されたアルゴリズム型メディアであり、本稿で議論している動的メディアのある究極の姿を提示しているのかもしれません。
ここで、本稿で論じたい動的メディアが反応すべき“変数”について、整理をしておきましょう。
長谷川恭久氏がブログcould「文脈を理解した Web コミュニケーションデザイン」で貴重な解説を行っています。
Context (文脈・コンテキスト) という言葉は、このサイトでも時々出て来ています。文脈を理解して情報を見せるという考え方は Web では随分長い間されており、Google のアドワーズ広告はその代表的な例です。コンテンツの内容 (文脈) を理解し、そこから最適だと考えられる広告を表示させるこの技術。従来は Web サイトコンテンツの文脈のみをコンテキストと指していたわけですが、利用者のコンテキストが今注目されています。利用者がどのように Web サイトの情報と接触しているかに応じてデザインを変えるという考え方です。
(途中略)
- 場所
- 時間
- 状況
- デバイス
- 言語
- 文化
- 趣味・趣向
こうした利用者の文脈を理解することでカスタマイズされた情報を提供するだけでなく、その瞬間 (ヒトトキ) に合った見せ方を提供することが可能になります。
本稿で筆者が「変数」という語で説明してきたユーザー側の変化要因を、長谷川氏は「コンテキスト・文脈」の語で総称し、それを分解して見せます。
注目したいのは、従来から言われている「カスタマイズ」(筆者はパーソナライズという語を利用していますが)に止まるのではなく、コンテキストに焦点を当てることが強調されている点です。
ユーザーがどのような状態(コンテキスト)にあるかをキャッチし、“その瞬間”に最も刺さるコンテンツを繰り出すメディアのあり方が、重みを増していきます。次回、その点について考えを深めたいと思います。
(藤村)