米国では新聞メディアのペイウォール化が急進展している。
だが、ペイウォール化には読者固定化と機能や記事の過剰化というリスクがつきまとう。
ペイウォール化の“旗手”米New York Timesはどう取り組んでいるのか。
ユニークなニュースアプリ「NYT Now」を事例に考える。
Wall Street Journal や New York Times(NYT)が意欲的に取り組んだ結果、米国の新聞業界では“ペイウォール”化(コンテンツ閲覧を、有料もしくは無償の会員読者に制限する仕組み)が大きな流れになっています。
わが国でも日経新聞および朝日新聞が、このペイウォール化に意欲的であることは周知のとおりです。
問題は、ペイウォール化が進んで以降、新聞社のデジタル戦略でどこに成長性のタネを見定めるかとなります。
成長性のタネとは?
ペイウォール化を果たしたメディアに、一方でオーガニックな成長をあわせて期待するのは難題というものです。
まったく新たな読者との接触面、あるいは、接触はあるものの購読(登録)にいたっていない読者の増加をめざすには、本質的に読者を絞り込む仕組みであるペイウォールの外部に、新たな仕掛けが必要になるはずです。
そのような試みのひとつとして注目されるのが、NYT がこの春から提供している NYT Now(以後、Now と表記)です。
Now は、ペイウォール化をリードする中核メディアの nytimes.com とは異なって、NTY が自らが生み出すニュースと他社のニュースをキュレーションするアプリです。現在は iPhone 用にのみ提供するニュースアプリです。
※ 現在では、Now ユーザー用に限定した記事(「Now Stories」)を nytimes.com 内でも提供しますが、“おまけ”的な位置づけといえそうです。
同社にはすでに印刷メディアの New York Times、それと連動しつつさらに新たな記事、Web ならではの表現を盛ったサイト nytimes.com、同じくそれを各種デバイス用にアプリ化した NYTimes app 群があります。これらを組み合わせてペイウォールを提供しているわけです。
ペイウォールの構成を大きく分類すると、新聞購読を軸に、nytimes.com やアプリも自由に利用できるバンドルパッケージ(週6.65ドル)と、新聞購読はせずに nytimes.com やアプリ類を利用するパッケージ(週3.75ドル以上)があります。
本稿で着目する Now は、このペイウォールのさらに外部にポジションするものです。
Now が提供する機能はこうです。
- “編集スタッフが nytimes.com から随時選択して(絞りこんで)”提供するニュース(画面図の上左端「T News」タブ部分)
- 上記に並列して、“編集スタッフが外部メディアから随時選択して”提供するニュース”である「Our Picks」(画面図の上中央「↗」タブ部分)
- ユーザーが後で読むためにニュースを保存する機能「Saved」
注目すべきは1.と2.です。形式上区分されてはいるものの、要するに他社製ニュースをも併せてキュレーションしニュースを提供するという、ある種の掟破りを実践している点です。“掟破り”というのは、純正記事に誇りを持つ新聞社スタッフが他社製記事を推奨するというアプローチが特異だからです。
Now は、同社のペイウォール体系にとってどう位置づけられるでしょうか。
1か月の無償期間はあるものの、有償で提供されます。週購読料は2ドル。最も低廉なデジタル版へのペイウォール購読費に対しても半額に近い価格設定です。
NYT には、(政治的なポジショニングを別とすると)記事の品質面、ユニークさ、技術革新にも挑戦することなどで熱心な読者をつかんできた背景があります。
特にデジタル版の可能性への積極的な挑戦は、いまや同紙のウリです。
そのため、記事にはリッチな表現に訴えるものが増し、また、ブログなど派生メディアが続々投入されるなど、目に見えてボリュームが増えています。
愛読者にとってはこれがたまらない魅力に映りますが、ライトな、もしくは非固定的な読者層には、過度と映るリスクを含んでいます。
改めていえば、ペイウォール化したメディアの歩む道は、固定的な読者に頼むビジネスモデルであるがゆえに、愛読者の歓心を買うための機能や記事をより一層満載にするという傾向に陥りがちです。
コンテンツが供給過多な時代に、読者の関心余地を自らの記事だけ埋め尽くしたいという欲求は過剰さを突き進むもので、ある意味で反時代的なアプローチといえます。
機能面と価格設定を見たところで、Now の位置づけを改めて見直してみます。
- 印刷版、もしくはデジタル版ペイウォールの価格帯が高いと見なす層へアプローチする価格設定
- ペイウォール本体が提供する大量の記事は不要というライトユーザーへ記事量を絞って提供
- ニュースへの接点は持ちたいが、NYT だけを特別視する気のない流動層へのアプローチ
このように整理すれば、Now の位置づけが見事に「新たな読者との接触面、あるいは、接触はあるものの購読(登録)にいたっていない読者の増加をめざす」ものであることが浮き彫りになってきます。
ペイウォール型メディアへと舵を切ったメディア事業体は、いかにしてライトな読者層を引き寄せるのかという難問を自覚し、施策を打たねばなりません。
NYT Now の取り組みは、そのようなケースとして、成果が注目されるのです。