デジタル時代に果敢にチャレンジする新聞メディア——New York Times CEOインタビューから

Bloonberg.comに、著名な米新聞社New York Times社CEO、Janet Robinson氏のインタビュー記事が掲載されました(Robinson氏についてはこちら)。
米国でトップ3内常連の読者規模を誇り、“高級紙”としてのブランドを誇る同紙は、他の媒体社に対するM&A、そしてデジタル分野でのベンチャー投資など、歴史ある新聞社としては異例にも見える果敢な取組みを推し進めています。
掲載が株式投資に関連する読者が多い媒体ということもあってか、積極果敢なメッセージを打ち出しており興味深い内容です。その要点を紹介してみたいと思います。

New York Times Eyes First Acquisition in Three Years to Bolster Growth – Bloomberg via kwout

まずインタビュー記事のタイトルから、株価を意識してか「NYT、成長を促進するための3か年内の買収を目論む……」とあり刺激的です。
買収ターゲットについては、もちろん具体的な社名は伏せつつ「メディア企業、もしくは技術系企業」としています。

同社の積極果敢なM&A戦略は有名で、最近では同業のThe Boston Globeをはじめローカル新聞を掌中に収めています。
一方、大型案件として騒がれたAbout.com買収を2005年に実現しました。さらに、技術系ベンチャーに対しては、スマートフォン・タブレット向けアプリ開発のOngo、 短縮URLサービスで知られるBit.lyやスマートフォン向けニュースアグリゲータNews.meなどを擁するBetaworksらにも投資を行っています(同社のベンチャー系投資情報はこちらに)。

残念ながら、鳴り物入りのAbout.com買収はその後のAbout.comの業績低迷により決して成功とは評価されていません。
しかし、Robinson氏は「About.com買収から学びを得た」と肯定的に振り返ります。
「(ベンチャーを買収して)NYTimesやBoston Globeと一緒にしようなどとしてはいけない。彼らはまったく異なる“動物”だ」などと、なかなか良いことを言っています。

さて、日本も米国も、新聞事業を取り巻く環境は厳しさが募ります。記事によればNew York Times社も、印刷系の新聞事業に関しては2006年以来売上が継続して下降しています。だからこそ、Robinson氏はオンライン事業(広告および購読料)収入で成長策を構築しようと試みているとします。
その具体策ですが、NYT、Boston Globeそれぞれが“ペイウォール”というオンラインメディアでは確たる成功事例のなかった読者(購読料)課金制度を開始しました。両紙の間でも異なる課金モデルを実装するなど、どれが良い方向性なのか模索していると言います。

最後にご紹介したい点があります。Robinson氏は、自分たちは率先して新たな収益モデルの開発を行っていると述べます。
そこに(他社の)人々がアドバイスを求めてやってくる。(投資し実装してきた)経験や技術資産を生かすライセンスやコンサルティングビジネスも、あり得ると言います。
ここに従来のビジネスモデルと異なるサービス型モデル、あるいはプラットフォーム型モデルの片鱗が見えてきます。
多様な技術投資を通じて果敢にチャレンジをする新聞社の姿に、少し熱い気持ちになる記事です。
(藤村)

※補足:本投稿後2週間も経ない間に、上記Robinson氏の辞任が伝えられました。Digital Strategy Undid New York Times CEO がその報道です。皮肉にも、同氏のデジタル化戦略がアグレッシブでない、といった点が論点となったようです。本稿で取り上げた氏の言動は十分にアグレッシブに聞こえるのですが、米国の新聞業界をめぐる状況がより一層の加速を求めているということなのかもしれません。

 

メディアビジネスにおける新しい“エコシステム”を考える——Forbes.comを事例に

メディアをビジネスとして考える際、避けて通れないのが、いかにして媒体社・編集部と執筆者との良好な関係を築くかです。

読者という共通のターゲットを長期的に魅了していくためには、この両者の関係が継続可能なものでなければなりません。
継続可能、言い換えればWin-Winの関係であるためにはもちろん、媒体が良好な財務状態を築き、執筆者へ必要にして十分な執筆料や経費を支払うことが基本になります。
しかし、この単純な方程式がなかなか成り立たないのが、昨今のメディアを巡る情勢です。
多くの媒体社では(印刷中心であれば)誌代収入を減らし、また、(印刷系、Web系いずれも)広告収入を減らし続けているというのが、一般的です。 結果として、媒体社は運営コスト、特に執筆者への執筆料、経費を絞り込む防衛策に向かっています。
したがって、媒体社から執筆者へのおカネの流れで担保されてきた、上記Win-Winの関係はいまや毀損しつつあるというのが実情でしょう。

では、媒体社と執筆者との間柄が傷つき、過去のようなエコシステムを維持できなくなったとして、今後は、いったいどんなエコシステムが代わりに可能でしょうか? 今回はForbes.comを事例にとって考えてみたいと思います。

著名なビジネス誌「Forbes」のWeb版がForbes.comです。その中で任意の記事をお見せしましょう。

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ご覧のように、各記事には執筆者の情報が破線部分に簡潔に示されています。ここでは「Contributor」とあり、“寄稿執筆者”であることがわかります。

社員記者の場合は、「Staff Writer」と示され区分されますが、下記に示すような執筆者についての情報表示の仕方に差異はありません。

この寄稿執筆者の名前をクリックすると、執筆者がForbes.com内で執筆した記事一覧ページを表示し、同時に「My Profile」(執筆者の詳細な紹介)「My Headline Grabs」(筆者のオススメ記事一覧)「My RSS Feed」などの機能ボタンが現われます。この執筆者への関心を軸にしたさまざまな情報が提供されるわけです。ちなみに、「筆者のオススメ記事一覧」はForbes.comに止まらずNew York Timseなど競合サイトの注目記事さえ示されるのです。

また、最初のウィジェット内に示された「+Follow Me」ボタンをクリックすれば、Forbes.com会員登録を経て、この執筆者の記事掲載を通知してくれるなど、至れり尽くせりです。

さて、Forbes.comのアプローチに驚かされるのは、このような個々の執筆者に焦点を当て、お気に入り執筆者を軸に記事を読みたいという読者へのサービスを強化した、ということに止まらないのです。

それは、「Forbes.com contributor says publishing platform ‘allows me to make OK money working part time’」という記事を読むと気づかされるのですが、Forbes.comは同サイトの執筆陣を多くの“寄稿執筆者”、すなわち外部ライター、ブロガーに依っていて(上記記事では、850名もの寄稿者をラインナップしているとのこと)、メディアの成長の多くを彼らに依存していることです。
上記の記事で、Forbes.comの寄稿執筆者は、「Forbes.comで執筆していると、以前書いていたサイトより多くの読者が自分の記事を読んでくれるし、また、定額の執筆料に加えて、月々一定数以上の記事を書いたり、多くの読者を獲得するとボーナスが出る」とも述べています。

Forbes.comが戦略的に展開している媒体社と執筆者の“エコシステム”はこのように垣間見ることができます。
すなわち、掲載記事の多く、そして、メディアの成長力を、寄稿執筆者、ブロガーに多く依存するという選択、そして、これら寄稿執筆者を刺激するために執筆料以外にボーナスなどのインセンティブを設ける、さらに、執筆者の存在をより一層読者に対して可視化し、寄稿執筆者に金銭面以外にも(名誉や知名度などで)報いる仕組みを展開しているわけです。

潤沢な執筆料で寄稿執筆者を満足させられなくとも(と見るのですが) 、読者や執筆者に喜んでもらえるような仕組みを考えているように見えます。これは、媒体社と寄稿執筆者の間柄がより水平的で、パートナー関係へと変化しているように受け取れます。
これからのメディアビジネスをめぐってのヒントとして受け止めることができるはずです。
(藤村)