イーブンパートナーへと変化する筆者とメディア事業者——サイモン&シュスター社「著者ポータル」の意義をめぐって

いよいよ2012年を迎えました。
Blog on Digital Mediaは、メディアの世界で進展するデジタル革命の、その技術、トレンド、そしてビジネス手法について、今年もウォッチを続けます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

さて、新年最初の話題です。
インターネットを介したメディアの第一期が1990年代半ばから進展したとすると、その実質は、従来の出版社、新聞社、放送局にあったモデルに範を求めたものでした。
しかし、2000年を過ぎてWeb2.0型サービスや膨大なブログメディア、そしてソーシャルメディアが台頭した第二期には、上記の在来出版モデルに変化という大波が打ち寄せました。
そして、それは現在も大きなうねりとして続いています。

その本質を一言で言うなら、読者・メディア(事業者)・筆者という三者の関係に変化が起きている、ということに尽きます。
これについて、本稿の読み手の皆さんにとっては、いささか煩わしいかもしれない補足をしておきます。

まず、インターネットの衝撃波は、流通事業者の役割を希薄化させました。そこでは物流にかかるコストがほぼゼロに近づくためそのための人的、設備的な蓄積が不要になりました。
ネット上での流通は、リアルな物流とは異なる付加価値をもたらさないかぎり、その役割を認めません。
次にインターネットが大きな影響を及ぼしたのが、メディア事業者自身、すなわち、出版社・新聞社・放送局などです。
もし、コンテンツの直接の生産者たる筆者(ライター)・アーティスト・タレントがみずからその消費者、すなわち、読者・視聴者と直接交わろうとすればそれが可能な基盤がすでに整いました。
今度は、メディア事業者が生産者と消費者との取引に対して、いかなる付加価値をもたらすのかが問われています。むろん、付加価値の程度が低いならその役割は消滅するしかありません。

読者、メディア事業者、そして筆者・ライターら、メディアをめぐる登場人物はいずれも、この変化の波をそれぞれの仕方でくぐる必要があるのです。

さて、ようやく今回の主題にたどり着きました。現代ビジネス掲載の「出版社が本のポータルを提供、そして著者がマーケターになる時代に」(市川裕康氏・執筆)が、新しい時代の筆者・ライターとメディア事業者のエコシステムの姿を伝えています。

2011年10月、米大手出版社で、スティーブ・ジョブズ氏の自伝の出版元でもある、サイモン&シュスター社が新しく発表したサービス、「Author Portal(著者のためのポータル)」は、とても革新的なことを出版業界にもたらしました。

同社から書籍を出版した著者(イラストレーター、エージェントも含む)のみが登録可能なこのサービスを利用することで、著者は自分が出版した書籍の主要な売上データを閲覧することが可能になったのです。

補足をすると、同社サイトでは「Books」チャネルで出版物(書籍)の切り口で情報を提供するのに加え、著者の切り口で情報を提供する「Author」チャネルを設け読者に対して充実した情報提供を行っています(上図参照)。
この「Author」チャネルの背後に著者専用に情報提供サイトが設けられており、これが「著者ポータル」ということのようです。
筆者らはそこで、自著の最新の売れ行きを初めとする各種マーケット情報を得ることができます。

加えて注目したいのは、「出版社が本のポータルを提供……」が紹介している下記のような点です。

もう一点同ポータルの特徴的な点は、著者が書籍のプロモーションを効率的に行えるよう、フェイスブック、ツイッター、ブログ、ユーチューブ等のソーシャルメディア・ツールを使いこなせるためのアドバイスがウェブ上で提供されている点です。「ウェブ・ブート・キャンプ」と称したこのプログラムを通じ、同社のデジタル・マーケティング・チームのメンバーがオンラインでのインタラクティブな講座も提供しているとのことです。

ここには、過去にあったかもしれない“出版社が筆者を食わしている”という親方=出版社の図ではなく、 筆者らの自助努力としてのマーケティングをメディア事業者がサポートする、イーブンパートナー同士の姿が浮かび上がってきます。
すでに別の論(「メディアビジネスにおける新しい“エコシステム”を考える——Forbes.comを事例に」)で、「媒体社と寄稿執筆者の間柄がより水平的で、パートナー関係へと変化している」と述べましたが、同様の図式がここにも生じていることを確認できます。

想像するに、米国出版業界では筆者らを出版社が“囲い込む”という関係に薄く、もともと良質の筆者・ライターを維持するために筆者らへのサービスを手厚く行わなければならない背景があるのかもしれません。
だとしても、メディア事業者が自らの狭義の事業を超えて、著者が自らの意思において活動するための材料や情報を幅広く提供するある種のプラットフォーム的サービスへと乗り出す姿勢は、私たち日本のメディア事情に染まった者にとり新鮮であり、教訓を含んだものと言えます。

もしメディア事業者がそれを積極的に行わなければ、AmazonやGoogleのようなプラットフォーマーがたちまち同様サービスを実現してしまう、まさにそのような時代です。
メディア事業者は、筆者らに対して金銭的対価以外に何ができるのかを緊急かつ真剣に考えるべき時期にさしかかっているのです。
(藤村)

“アンバンドル化”の先にあるもの——「コンテンツの『断片供給』と『小口課金』」を考える

先にメディアとコンテンツのアンバンドル化について触れました(「メディアのデジタル化が開く根本的な変化」)。

簡単に要約するなら、デジタルメディアの世界では、メディアの提供者が作り上げる“パッケージとしてのメディア”が、そもそも分解されやすい構造を本質的に持っていること。
すなわち、パッケージに含まれているコンテンツがバラバラに消費されたり、あるいは、提供者が意図したデザインや書式さえ取り払われて流通してしまうという“危機”に直面しているのです。
ここで、危機をあえて括弧でくくったのには理由があります。これを危機(リスク)とみなしそれに抵抗するのか、あるいは、新たな事業機会として考えるのかで、今後デジタルメディアを運営していく際の大きな分岐点になると見るからです。

本稿では、このアンバンドル化現象から生じる「機会」について、少し論じたいと思います。
その起点は、村上憲郎氏の「カギ握るコンテンツの「断片供給」と「小口課金」 スマートTV大戦争(続編)」です。

氏は元Google日本法人代表で、ご存知の方も多いことでしょう。
その氏が、今後大きなトレンドになると言われている「スマートTV」に触れた記事が本稿です。
当該記事で、氏はYouTubeが映画コンテンツのレンタル配信を有料で行うとの「画期的」な発表について触れ、コンテンツ課金の今後について言及します。
そこで用いている概念がコンテンツの「断片供給」と「小口課金」です。

スマートTVのユーザーは、ある一つのコンテンツ全編をいちどきに観るのではない。多種多様ないくつものコンテンツを同時並行的に渡り歩き、あるコンテンツから他のコンテンツに行ったきりで戻ってこなかったり、戻ってきても、さっき観ていた部分とは別の部分に戻ってきて平気で観続けたり、といった縦横無尽・自由奔放な視聴を行うものと思われる。

だとすれば、スマートTVは、ユーザーのそのような想定不可能な視聴をサポートしなければならない。コンテンツ供給者側も、ユーザーの縦横無尽・自由奔放な視聴に対応して、コンテンツを断片的に供給できるように準備しなければならない

ここで「スマートTV」と呼ばれているものは、現下のデジタルメディア全般と読み替えても大きな違いはないでしょう。
冒頭で触れた「 メディアのデジタル化が開く根本的な変化」で示したように、提供者の意図に沿ってパッケージされたメディア(コンテンツの束)に対し、読者(視聴者)はその意図を裏切るような消費行動を行う時代です。
まさに村上氏が形容する「縦横無尽・自由奔放な視聴」がコンテンツ消費の奔流となってきているのです。
このような視聴者に向き合って、メディアビジネスを成立させるためには、パッケージ化されたメディアによる収益(従来、おもには広告表示が中心だった)設計から、アンバンドル化、すなわちバラバラに消費されるコンテンツ単位にまで降りていき(断片化)、それを収益へと結びつける仕組みが必要になるのです(小口課金)。

いつの間にか、話が広告ではなく課金(購読)ビジネスになってしまっていると指摘されそうですが、筆者自身はこの「断片化」を起点にする収益事業は、課金に限らず、そして広告だけでもなく、たとえばライセンス販売等さまざまに収益化する方法が、原理的に成立すると考えます。
むしろ、コンテンツ単位まで細分化できれば、第三者としての事業者はコンテンツの加工や再パッケージ化などをしやすくなり、また、読者(視聴者)にとっては、楽曲の流通でiTunes Storeが果たしたような、楽曲のばら売りによる刹那的な消費、お試し的消費、友人からのオススメ消費……などが促進される可能性が高まります。要するに、ミクロではありますが、事業機会が一気に多様化すると想定できるのです。

課題は、記事1本単位でも、読者(視聴者)による消費を追跡可能にする技術上の解決であり、同じく、1本の記事がどのように読まれるかを前提にした広告の適切な配信の仕組みでしょう。
印刷物のようなかつてのパッケージメディアでは、各コンテンツと広告や販売モデルが一意に規定されており変更不可だったため、メディアとコンテンツが密結合状態にあったと言えるでしょう。
次にやってきたデジタルメディアの時代は、このパッケージとしてのメディアと、各コンテンツとの間は疎な結合関係であったため、現在、これを容易に分離して任意の消費スタイルを築くことが可能になってきているのです。

では、その次はどのようなモデルがあり得るでしょうか?

ひとつは、検索エンジンのように、コンテンツ一つひとつの所在や動向を追跡監視可能な巨大プラットフォームが新たな広告・課金モデルの実現を担う方向性。これはすでにGoogleらが構想として手がけ始めています。
そして、もうひとつ、密なパッケージに代わって、コンテンツ一つひとつに最適化しやすい通信機能や履歴追跡などの機能を有したカプセル、もしくは“コンテナ”のようなものが生み出されるのではないかとも考えます。
まだ、不確かな面もあるため、本稿では具体的な実装に言及せずに終わることになります。
(藤村)

2012年、デジタルメディアの注目すべき動向は? —Monday Noteが挙げる5つの視点

メディアビジネスとテクノロジーを丹念に追いかけているオピニオンメディア Monday Note が、来年(2012年)のデジタルメディアをめぐる注目ポイントを5つ挙げています。
My 2012 Watch List がそれです。筆者はFrédéric Filloux氏。 パリ在住で、フランスでの電子メディア推進団体に関わる重鎮のひとりです。

My 2012 Watch List | Monday Note via kwout

早速、同氏が2012年に注目するとしている動向を列挙します。

  1. ニュースの有料化
  2. (ネイティブアプリから)Webアプリ化への動き
  3. (Apple社がiOS5以降推進している購読課金の仕組み)Newsstand
  4. (単なる記事のPDF出版でない)本格的なタブレット版メディアへの取組み
  5. “Huffington Post病”の蔓延

では順番に、氏のコメントなどを交えながら紹介していきましょう。

1は当然のことでしょう。2011年には多くの新聞メディアが有償化に踏み切りました。
“ペイウォール”という言葉も見かけるようになりました。
今なら、だれもが有望な方向性として挙げるのが New York Timesが選択した“メーター制”モデルです。月々20本までは無償で見ることができ、それ以上読む場合に課金されます。
このような課金モデルも多種試みられていますが、重要なのは読者来訪数をいかに減らさずに課金をしていくかです。
その意味でも、一定数の記事はこれまで同様無償で読むことができれば、読者は減らずその読者への広告表示機会を維持できます。
ここでは詳しく紹介しませんが、氏が指摘していることで覚えておきたいのは、課金になじむようなメディアのあり方(コンテンツの方向性、レベル感、対象読者層等々)を模索することもポイントだということです。

2のWebアプリ化は、HTML5のトレンドと合わせて2011年後半語られるようになりました。AndroidかiOSか、はたまたWindows Phoneか……といったプラットフォーム依存性は、開発生産性に課題をもたらすと同時に、プラットフォーマーが仕掛けてくるビジネス上の制約への対抗上、重視されるようになりました。特にiOSネイティブアプリを提供してきたFT.com(Financial Times)が、改めてWebアプリを再開発したことは話題になりました。

3Newsstandは、上記2とは裏腹の注目点です。ユーザー(読者)がいかにスムーズに定期購読型の支払いをしてくれるようにするかというテーマです。
Apple社が提供するNewsstandは、デジタル版の定期刊行誌の最新号を自動的にバックグラウンドでダウンロードしてくれる機能を持っています。日刊紙ならユーザーが毎朝ダウンロードや同期などの操作をせずに最新号をモバイル機器で読むことができます。プラットフォーマーは、このようなユーザーに負担にならないように定期購読を維持させる努力をしています。これは上記とは逆に各プラットフォーマーに依存する取組みで、これが普及していくのか、確かに注目です。

4は、3とも関わります。“電子版”と言えば、単に紙面をPDF化して見せている段階はそろそろ終わらなければなりません。そうしないと、わざわざユーザーは電子版を“有料で”購読までしないからです。今後の注目領域は、優れたUIとデジタルならではの付加価値を盛り込んだタブレット版メディアの開発状況です。

最後の5はテクノロジーよりの課題ではありません。事業者が考えるメディア経営の根本的な方向感に関わっています。Filloux氏はこれを「Huffington Post 伝染病」と呼びます。それはどういうことでしょうか?
HuffPoは、2011年、AOLに巨額で買収され話題を呼びました
HuffPoは、多くの非常に低廉な執筆料(無償というケースも多いと言われています)で働く寄稿者(ブロガー)に支えられており、その意味では“ブログメディア”です。また、同メディアで話題を呼ぶ多くの記事は、その1次素材を新聞、放送等の従来の伝統的なメディアに依っているとつねに批判されています。その意味では、自身でオリジナル記事を生産しない“アグリゲーションメディア”とも呼ばれます。

まさに、HuffPoはWebメディアの申し子として生まれ、ベンチャー系メディアならではの思い切った軽量経営で急成長してきました。そして、いまや並み居る有名どころの新聞社を凌ぐ企業価値として認知されたわけです。 また、ベンチャー系メディア企業は多かれ少なかれ、HuffPoと共通する特徴をもって雨後の竹の子のように成長を続けているという現象もあります。
お気づきのように、氏はこのような現象をHuffPo伝染病と苦々しく扱っています。また、HuffPoがそのビジネスモデルで欧州へと進出してくるのを警戒しているようです。2012年はこのHuffPoモデルがどれくらい“伝染”するのかが注目というわけです。

さて、駆け足ですが、Filloux氏の視点に導かれて2011年、そして来る2012年のデジタルメディアの動向、その注目点を取り上げてみました。
欧州危機や米国経済の失速、そして、我が国も……という経営環境の下、従来型事業の踏襲では立ち行かない伝統的なメディア、そしてその先を駆け抜けようとするベンチャー系メディア。全世界的に見てそのいずれの動きも加速することはまず間違いありません。本ブログでもその動きを追っていきます。
(藤村)

メディアのデジタル化が開く根本的な変化——メディアとコンテンツの“アンバンドル化”

このBlogでは、筆者の目に止まったメディアの現代的な課題、とりわけデジタルメディア“革命”に関わる現象、記事を紹介しています。
今回は、記事の紹介ではなく筆者自身が考えていることを、簡略に書き記しておこうと思います。

昨今、私たちが目にしているメディアをめぐるデジタル革命には、大きく二つの潮流が生じています。
ひとつは、従来印刷や放送といった、多くは“アナログ”なフォーマットを持ったメディアが、デジタルフォーマットへと変身を遂げようとする現象。たとえば、昨今話題の電子書籍はこちらに属しているでしょう。

そして、もうひとつは、Webメディアのように、多くがすでに十数年前からデジタル化を実現している分野に訪れている新たな現象です。こちらは、さまざまな方向性を見せており、A地点からB地点へ移行する、といった目に見えやすい変化として指摘しづらいものです。

本稿のテーマは、後者すなわち、すでにデジタル基盤を持つメディアに訪れている変化について触れることです。
結論から言うと、この分野での変化は多様な現象を伴っているものの、その根本にはメディアと、そこに含まれるコンテンツ(記事)の分離(アンバンドル化)の傾向が顕在化していることが共通しているのです。以下その点に注目してみましょう。
まずはその現象例を、順不同に挙げます。

  1. 読者が読みたいコンテンツを探しだし、それだけ読んで立ち去るような仕組みが当たり前となっている
  2. 広告表示過多になっているWebメディアのコンテンツから、広告を除去して表示する仕組みが公然と提供されている
  3. 上記と同様、コンテンツを、読者が読みたい部分のみ取り出して読みやすくする仕組みが公然と提供されている
  4. コンテンツを、PCだけでなく大型TV、タブレット、そしてスマートフォンというように、多様なデバイスで体験することが当たり前になってきている
  5. ソーシャルメディアやまとめサイトのように、コンテンツの周囲に、発見、要約、議論といったコンテンツに連動する価値が顕在化してきている

現象は、このように挙げ始めれば枚挙にいとまがありません。
1は従来、検索エンジン革命として認識されてきたことですが、これがWebでのコンテンツ体験の基本スタイルになってきています。読者にメディアを丸ごと体験して欲しいと願うメディア運営者も、昨今はこれに適合しつつあります。
2や3は、各種ブラウザ用に提供される「広告ブロック」のようなアドオン、そして、WebブラウザSafariの「リーダー」機能、ブックマーク機能から発達したInstapaperRead It Later、そしてEvernote(Clearly)、さらにはWebブラウザでコンテンツ(記事)を読みやすくすることだけに徹したReadabilityなど、数多くのサービスやアプリケーションが、メディア運営者が設けたパッケージを取り払ってしまう機能を提供しています。

Instapaperで取得した記事情報を「テキスト」で表示した

あるWebページをInstapaperで取得、「テキスト」オプションで表示したところ。
元のデザインははぎ取られ、テキスト中心の表示となる

4は、もはや常識的な動向です。
5は、コンテンツがバラバラに読まれる傾向をさらに助長し、メディア運営者の意図とは別に、テーマが関連するようなコンテンツを収集し、それをまとめて見せるといったことが、熱意さえあれば一般ユーザーにも可能となっているものです。これはCGMといった潮流の一端を形成するものであると同時に、起点となる他者の記事をごく容易に引用したり整理し直す技術的進展と見れば、上記1〜4と踵を接するものであるとわかります。

これらに共通するのは、各コンテンツはメディア運営者が送り出したフォーマットから分離不可な状態(新聞と言えば、あの専用用紙に印刷され宅配されるという一意のフォーマット)から、印刷で、PCで、そしてスマートフォンで…と多様化する段階に突入していることです。
そして、さらにその状態が高じて、ユーザー(読者)自らが提供されているフォーマットを自由に”ハック”してしまえる状況であることをも示しています。

大づかみ言えば、メディアがアナログからデジタルへと舵を切った時に、すでにこの課題は避けられないものでした。

この一連の現象を、別の見方からすれば、メディア運営者が思い描くシナリオが崩れることを意味します。
例えば、あるコンテンツを読者が読む際に表示すべく設置した広告を、読者がいともたやすくそれをすり抜けてしまいます。
あるいは、あるコンテンツを読んだ読者を、同じメディア内の他コンテンツへと誘導したくとも、そうなりません。
Webメディア運営者が直面している難しい課題とは、広告収入機会が減少しているという景気変動的なリスクとはまったく別に、このように、メディア運営者のシナリオを裏切るようなハッキング行為が、第三者、読者らによって容易になってしまっていること。それにより“良いコンテンツを創ったはいいが、それを収益化する広告表示機会が失われていく”“読者とメディアの関係が希薄化しなかなか定着させられない”というリスクとして台頭しているのです。

筆者は、冒頭に記したように、このような現象をメディアとコンテンツのアンバンドル化という普遍的な現象と見ています。
ではアンバンドル化はメディア運営者に悪いことばかりなのでしょうか? 実はそうとも言えないことに気づきます。

  1. そもそもライトワンス・リードメニー(一度制作・編集したものは、そのまま多様に使える)な状態は、メディア運営者の“夢”でもあったこと
  2. 上記は、同時にさまざまな収益モデルを開発する可能性をもたらすこと
  3. 読者が多様な表示を求めていることは、これまで以上に読者とのコンテンツ接点が広がる可能性があること
  4. 従来のWebより読者に喜ばれるフォーマットが創造できれば、読者との関係、絆がさらに深まる可能性があること

などがすぐにでも考えつきます。実際に読者はかつてないほど大量のデジタルコンテンツに自在に触れうる豊かな環境を自覚し始めているのです。
では、メディア運営者はリスクをどのようにチャンスへと変えていくべきなのでしょうか? 稿を改めて検討してみたいと思います。
(藤村)

75年めの最先端——「Consumer Reports」誌のデジタルメディア展開を読む

1936年創刊、今年75周年を迎えた米国の「Consumer Reports(以下、コンシューマリポート」。筆者と同世代以上なら、同誌に関わりの深いラルフ・ネーダー氏の60年代における派手な活躍ぶりとともにその名を記憶していることでしょう。

The New York Timesが、そのビジネスの現在の”絶好調”ぶりを紹介しています(次の記事)。記事に即してそれを確認していきます。

この記事でも述べていますが、コンシューマリポートは非営利事業として営まれています。消費者に“中立公正なレビュー記事”を提供し続けるための運営ポリシーからでしょう。しかし、“非営利”と言いながら驚くなかれ。同事業の年商(売上)は雑誌およびWebサイト等を合わせて約140億円にも達するのです!

もちろん稼いだ売上は、取り上げる3600にも及ぶ商品やサービスのテスト(そのためのラボ施設も立派なもののようです)、記事執筆費用に費やされます。
確かに、メーカー側に偏らない“中立公正なレビュー記事”を謳う同誌のことですから、ヒモの付かないよう製品やサービスを購入するだけでも多額に上ることでしょう。自動車評は、特に同誌の金看板です。

次に、筆者が関心を持つデジタルメディアにおける展開を見ていきましょう。
同誌がWebサイトを開設したのは97年。以後、成長を続け、その(有料)講読者は、02年に100万人に、そして今では330万人に達しています。同誌サイトにある年表には「最も成功している有料購読制サイト」と誇らしげに記されていますが、ため息の出るようなレベルです。

加えてもうひとつ、同誌がなし遂げた”偉業”を紹介しています。今夏、同誌のWeb版講読者による売上高が、雑誌版を上回ったというのです。雑誌版の売上は01年以降安定しており(多くの印刷媒体は2000年以降、売上を落とすものですが)、その水準を維持しつつ、Web版の成長や、また最後に触れる関連事業が増収に寄与して現在の成功をもたらしているものと見られます。
さらに10年にスマートフォン版を、今年になりiPad版も投入しさらにデジタル展開を加速しています。これらも多様な有料化施策の一翼を担っているようです。

さて、大づかみに事業の現況を見てきました。もちろん、その活況ぶりを羨んでばかりでは能がありません。記事を通じて見えてくるポイントを少しだけ確認しておきましょう。

ひとつは、“信頼のおける製品レビュー情報は、月約6ドルの購読料金を支払ってもソンではない”という消費者を意識したバランス感です。クルマはもちろん、数百ドルの家電製品でも、数年は使い続けることを考えれば誤った購買はできないということでしょう。言い換えれば、消費者として“元を取った”と思える媒体は、このようなレビュー(消費者に成り代わって試用、評価してくれる)分野では大いに可能性があるということでしょう。

そして、もうひとつ。忘れてならないのが、長く貫いてきた事業運営ポリシーに対する読者=消費者の信頼感でしょうか。
メーカー側からの広告を受け付けず購読料金や寄付金にのみ拠って立つ中立性が、長い年月の中で認知され、消費者に対し運営費を有償で支えなければとの意思を醸成しないはずがありません。
広告を掲出せず購読料金だけで、というのはなかなか真似のできない特異な例に見えるかもしれません。しかし、消費者(読者)と媒体運営者との長期にわたる信頼感の積み上げという観点には学びがあります。共感や信頼の基盤を抜きに安定した個人課金の積み上げは難しいのではないかと思えます。

最後になりましたが、WebサイトConsumerReports. orgは、その周囲にConsumer Reports Networkなるメディアネットワークを伴っています。
詳しくはサイトを見ていただくとして、その中の主要サイトは買収したものなのです。NPOと言えば、M&Aなどと縁のない“清貧”をつい想起してしまいますが、デジタルな分野では、他のアグレッシブなインターネット企業と同様に積極的なM&A戦略を採用していることにも驚かされもし、納得もするところです。このような展開があればこそ、成長期を脱した印刷媒体事業を継ぐWeb等のデジタル事業が次なる成長を支えていけるのでしょう。
(藤村)