読書体験の拡張は可能か?——いくつかの電子書籍/雑誌論をめぐる断片

ごく直近の1週間ほどのあいだに、次々と刺激的で啓発される“電子書籍・電子雑誌”論に触れることができました。
これは偶然でしょうか? むろん、筆者(藤村)がそのような分野に注意を払っているという個人的なバイアスが作用しているのかもしれません。
ともあれ、同時多発的にこの分野で“何か”が起きている証ではあるでしょう。

本稿は、 同時に立ち上がっているこれら“何か”について、まずは大急ぎで書きとめようとするものです。
できれば整理された結論を期待せずにお付き合いいただければと思います。

順不同で、思いつくものから紹介していきましょう。

まず最初は WIRED.jp 掲載の「『本』は物体のことではない。それは持続して展開される論点やナラティヴだ – 読むが変わる from 『WIRED』VOL.2」です。

ぼくはご覧のとおり、本に囲まれて暮らしている。ただ読者としての購買傾向は変わってきた。アート本や写真集はいまもフィジカルで買い続けているけれど、テキストベースの本はKindleで読むことが多くなった。読書のし方も変わった。ぼくは読み物とインタラクトしたい動的なタイプの読者なんだ。書き込みをしたいし、カット&ペーストしたいし、読んだものを「シェア」したい。タブレットの登場によって、こうしたことがより簡単になった。つまり読書は「ソーシャルな行為」になったと言える。

個人的な注釈を加えるなら、述べられている「読書のし方」は決して“変わった”ものではありません。これは私自身のことか? と思うほど共通しているのです。
従来と異なる唯一の体験上の差異は、読んだもの・感じたことを「シェア」するという行為に関わっています。
読んで感じたことを書籍の印刷面に書き込んだり、マーカー等(私自身は鉛筆やボールペンなどですが)でハイライトする行為はごく自然なものです。後日、読み返したりする際にそれは威力を発揮するのです。
現代では、それを自分自身用に効率的に記録したり、ネットの向こうにいる人々と分け合うことで、その威力の強度を高める手法が誕生しようとしているのです(Web、そしてTwitterやFacebookなどで当然のように行われています)。

次も WIRES.jp から。小林弘氏へのインタビュー「そして雑誌はやがてアンバンドル化する – 読むが変わる from 『WIRED』VOL.2」

昔は情報を届けることがゴールでしたけれども、いま、そのゴールはその先に延びてしまったのです。読者の欲望は、もはや情報を得るところにではなく、情報を受け取った次のステップにあるんです。でも多くの出版社は、そこは自分たちが扱う領域じゃないって決めてしまってるんですよね。

読書の体験は、目を凝らして活字を追う(あるいはビジュアルを眺める)瞬間に止まらないことは、言うまでもありません。
そこで配慮のある書肆は、購入を誘ったり蔵書する快楽を喚起するためにも装丁などに創意を凝らすわけですが、残念なことにそれ以上への拡張的な試みに欠けているのが多くのケースでしょう。
しかし、既に述べたように“インタラクティブ”を求める読者は日々増えています。Web上でアクティブに活動する人々に向けて、そこにはコンテンツと人間をインターアクトさせる仕掛けが次々に登場しているという背景もあります。
書物をめぐって読者の欲求と行動は、読書体験を核にその前後へと長く伸びようとしている時代です。
現代では、たとえば家電機器を購入する際にも、商品の認知や口コミでの評判、そして購入後の情報共有……へと、消費と利用の体験が 長く伸びてきているのと同様です。「そこは自分たちが扱う領域じゃない」と決めてしまった部分は、いずれ他者がそれを満たすに違いありません。

余談ですが、私はこの2年ほど蔵書管理サービスの「MediaMarker.net」を利用しています。購入した書籍や音楽CDなどをAmazonデータベースやJANコードなど使ってオンラインで記録整理するという単純なものですが、例えば20年以上前に購入してあった、いまや“稀覯本”と言えそうな『昔話の形態学』を(自炊した上で)登録してみたところ、他に26名もの同書購入者が可視化され驚かされたところです(下図参照)。
このような希少な学術書の所有者が可視化された先に、ソーシャルな読書や研究のありようが浮上してくるのは言うまでもありません。
ところが、このようなソーシャルな基盤生成に熱心なのは書肆、出版社でないこともまた事実なのです。

ITの領域で“CRM(カスタマリレーションシップマネジメント)”が語られる際にごく当たり前のように含意される、消費(購買)のタイミングの前後のフェーズに着目して“顧客”との関係を築くのでなければ、書籍1冊といえども、容易に買ってはもらえない時代。
そのような時代に、筆者は、そして書肆はどのように読者(購読者と必ずしもイコールではない存在)へとアプローチすべきでしょうか。
書籍(あるいは雑誌)の購買以前のフェーズについて刺激的に論及するのが、内田 樹氏『街場のメディア論』です。

街場のメディア論

内田 樹著『街場のメディア論』光文社サイトより

内田氏はこう述べます。

図書館に新刊を入れることに反対する人は、たぶん「自分の本を読む人」よりも「自分の本を買う人」のほうに興味があるのだと思います。だから、「無料で自分の本を読む人間」は自分の固有の財物を「盗んでいる」ように見える。でもそれはかなり倒錯的な考え方のように僕には思えます。

話は単純なのです。僕たちがなによりも優先的に配慮すべきは、読者を創り出すこと、書き手から読み手に向けて、すみやかに本を送り届けるシステムを整備することです。それに尽きる。

「本を自分で買って読む人」はその長い読書キャリアを必ずや「本を購入しない読者」として開始したはずだからです。すべての読書人は無償のテクストを読むことから始めて、やがて有償のテクストを読む読者に育ってゆきます。

生まれてはじめて読んだ本が「自分でお金を出して買った本だ」という人は存在しません。僕たちは全員が、まず書棚にある本、図書館にある本、友だちに借りた本、歯医者の待合室にある本などをぱらぱらめくるところから自分の読書遍歴を開始します。そして長い「無償の読書経験」の果てに、ついに自分のお金を出して本を買うという心ときめく瞬間に出会います。

“反・出版ビジネス論”であるかのような過激な記述も飛び出す論ですが、“無償の読者”から“有償の読者”へと遷移する(コンバージョンする)長い動線づくりが肝要という主張には、私自身の読書体験からしても強く共鳴できる要素があります。
ここからは、読者による読書体験の強度を拡張するためのさまざまな仮説が見えてきますが、それは稿を改めて引き続き述べてみたいと思います。
(藤村)

“最強ニュースサイト”実現の方程式——Huffington Postをめぐって

現在、もっともスタンダードなデジタルメディアの実現方法はWebサイトを通じたメディア(事業の)運営です。
このWebメディアを成功させるための方程式を、自分自身の経験を踏まえて整理してみたいと思っていました。

今回、その材料に格好の記事が目に止まりました。Newsweek日本版掲載「ハフィントン流最強ニュースサイトの作り方」です。
記事の掲載は2010年夏と、このドッグイヤーの時代では“はるか以前”なのですが、盛られているポイントに古びた要素はありません。メディアに携わる方々には必読記事です。全4ページもありなかなか盛りだくさんなのですが、“最強ニュースサイトを実現する”、そのポイントに絞って整理をしてみましょう。

最初にThe Huffington Post(記事にしたがい、以後「ハフィントン」と呼びます)について、ごく簡単な紹介を(概要紹介は→こちら)。
2005年にオンライン専業メディアとしてアリアナ・ハフィントン女史らが開設。10年には年商3000万ドルに達し、翌11年には大手メディア企業AOLから約3億ドルで買収されました。買収発表時に同社の年商は約4000万ドル。また、オンラインでの読者リーチという点でも、The New York Times、Mail Online、そしてハフィントンが肉薄しており、創業以来約5年で“最強サイト”へと成長したことになります。

それでは、ポイントを順番に確認していきましょう(引用記事中の数字は、基本的に記事掲載当時のものです)。

「制作費を究極まで下げる」

(主要な新聞や雑誌の記事を要約して配信するアグリゲーターサイト、ニューサー=藤村注)のサイトのCPM(広告掲載1000回当たりの広告料金)は、過去2年間で10ドルから8ドルへと20%下落した。ネット専門調査会社コムスコアによれば、ネット全体の平均CPMはわずか2ドル43セントだ。そして、これがいずれ上がると期待する人は誰もいない。

それでも、ハフィントンなどのネットメディアにとっては、コンテンツの製作費を安く上げることが至上命題。無駄は徹底的に省く。ハフィントンの編集スタッフは88人で、大手新聞などの数分の1だ。

広告単価の下落傾向は、記事が書かれた当時もいまも同じでしょう。広告掲載枠(いわば、看板の数)は、商業メディアの乱立、そしてソーシャルメディアの強烈な成長で増える一方です。供給過多が止まらない状況であれば、広告価格が下落するのは、ある意味で理解できます。
この傾向に対するもっとも的確な施策はコスト削減の継続実施なのです。コストのもっとも大きな要素は、一般的には人件費、外注費(社外へ発注する原稿料)、その他固定費でしょう。
ハフィントンは、編集スタッフの総数をぐっと抑えていることと、「6000人の無給ブロガー」を擁しているとあります。むろんこの抑制が過ぎれば、メディア品質が毀損し広告単価下落の悪循環に陥るリスクがあるのですが……。
そこで重要になるのはシステム化の徹底です。

「最先端の配信システム」

大手サイトが稼ぐための切り札は、記事がどう配信されるかを決めるソフトウエア「コンテンツ管理システム(CMS)」。ハフィントンには最先端のシステムがあり、しかも常に進化している。30人の技術者はアメリカのほかウクライナ、インド、チリ、フィリピン、ベトナムなどに散らばっている。「1日24時間週7日、開発を続けるためだ」と、CEOのヒッポーは言う。

このシステムのおかげでハフィントンの編集者はニュースの出し方にさまざまな工夫ができる。リンクや動画、写真やコメントを組み合わせ、ほかの情報源からの情報も加え、それにハフィントンのライターたちがもっともらしい意味付けを与える。そうする間にもリアルタイムでアクセス状況をチェックし、ウケたものとウケなかったものを取捨選択する。

編集者はグーグルの人気検索キーワードを常に確認している。腕の見せ所は、人気の検索語の検索結果の上位にハフィントンの記事が表示されるよう記事を作ること。

柔軟なCMS、ログ解析、そしてSEOを活用する。こちらも10年当時と現在とで事情に変わりはありません。
以後に加速した要素は、商業メディアにとり、ソーシャルメディアの情報伝播力が大きな影響を及ぼすようになったことです。これらの諸要素に対して労力は軽く、しかし高度な対処ができるシステムを用いることは、計り知れないメリットがあります。
ごく少数の人間が大きなサイトを機敏に運営できれば、上記の「制作費を究極まで下げる」に直接影響するからです。もちろん、コスト以外にも各種のメリットが生じます。
しかし、注意すべきは、将来やってくるシステムの陳腐化、開発およびシステム維持コストという別の重荷を生む可能性もあることです。高度なシステムへの欲求と、その開発および運用コストの低減、将来の陳腐化などをいかに両立させるかの判断が肝要なのです。

「読者の衝動を理解する」

最も驚異的なのは、読者からのコメントの数だろう。ハフィントンでは1つの記事に5000件以上のコメントが集まることも珍しくない。最近では、前大統領の弟で前フロリダ州知事ジェブ・ブッシュが12年の大統領選に出馬するかもしれないという記事に8000件以上のコメントが殺到した。6月のコメント件数は、サイト全体で3100万件に上った。

アリアーナは、早い時期からコメントをチェックし、ネットでありがちな誹謗中傷合戦ではなく、より文明的な議論の場を守ろうとした。手間のかかる仕事だ。20人の専従スタッフが、悪意あるコメントの削除に当たっている。

読者自身の意思表明が、商業メディアの運営、さらに収益をも左右しかねない大きな要素へと成長しました。
記事にあるように、コメント自体も記事のページビュー(表示回数)を加速し広告収入上のメリットを生むはずです。
それ以上に、読者が熱気をもって記事に“参加”することは、その記事、メディア自体の影響力に反映し、それが薄い他のメディアに対して差別化要因として働きます。読者の参加意欲を最大限に喚起する必要があるのです。

以上、駆け足で記事に盛られたポイントを見てきました。Newsweekの記事にはサブタイトルとして「ウェブメディアの女王が切り開くオンライン・ジャーナリズムと商売のきれいごとじゃない未来」とあります。
実際、ハフィントンに対しては、その影響力が高まれば高まるほど、「他社のコンテンツを題材にして稼いでいる」「ブロガーに無償で記事を執筆させている」等の批判や圧力も高まっています。「きれいごとじゃない」(?)同社の事業ですが、その徹底ぶりから逆に現代のデジタルメディアの経営指針を読み取ることもできます。同社からはもっと学べる要素がありそうです。
(藤村)

ソーシャル、キュレーション、そして構造化——Pinterestが新たに示すもの

ビジュアルなブログプラットフォーム(と、とりあえず呼んでみますが)Tumblr が米国では大人気です。いまやブームと言えそうな勢いです。
また、さらに最近では、Pinterest という、これもビジュアルに徹したソーシャルなピンナップボードサービスが人気急上昇中です(これらの人気ぶりについては「TumblrとPinterest,さらに勢いが加速化」を参照)。

この新たなソーシャル(メディア)サービスには共通点がありそうです。その共通点、それがどうして人気を博しているのかを解説する興味深いブログ記事を見があります。
今回はそれをご紹介したいと思います。Elad Blog に掲載された How Pinterest Will Transform the Web in 2012: Social Content Curation As The Next Big Thing です。

記事を紹介する前に、大急ぎでTumblr、Pinterestはどんなサービスか説明しておきます。
上記「TumblrとPinterest、さらに……」でこう紹介しています。

(Tumblr、Pinterestは)どちらも画像をベースにしたソーシャルサービスである。ユーザーがネット上のお気に入り画像を拝借して貼り付ける場合が多い。Tumblrはその画像を貼った簡易ブログであり、一方のPinterestは画像を貼り付けたピンナップボード(共有ボードと個人ボードがある)サービスである。サービス内の画像(他人が貼った画像)を断りなしで再利用できるので、人気のある画像は一気に拡散するのも売りとなっている。また共に非常に手軽にコンテンツを作成できるのが特徴であるが、画像がゆえに訴求力を発揮しやすい。このため、本来個人ユーザーの画像ブックマーク的なサービスであるが、最近は企業がマーケティングツールとして利用し始めている。

Tumblrは述べたようにブログプラットフォーム(CMS)ですが、特徴は簡単に商業メディアや他人のブログなどを取り込み(引用)、情報発信できるようになっていることです。
同サイトに掲載されている多くのメディアを見ると、いずれも写真の扱いや、文章も引用部分が大きく、ブロガー自らが払う労力は少ないという傾向があります。その分、ビジュアルの選択眼、トピックを発見する“センス”が重要な要素です。
Pinterestになると、それはさらに顕著です。ECサイトなどで見かけた好みのグッズや、観光地の写真、ひいてはアート作品のビジュアルを簡単にボタンクリックで取り込み、自分のビジュアルカタログ(“コルクボード”)に取り込んでピン留めします。
文章を書くとしても、ビジュアルが主役のためそれに付すキャプション程度。情報発信の労力はほとんどありません。

では、How Pinterest Will Transform……の論を紹介しましょう。
記事は、TwitterやTumblr、そしてPinterestなどのソーシャルメディアを“ソーシャルキュレーション”サービスと呼びます。
“キュレーション”については、ここでは深く論じることは避けます(→ こちらを参照ください)。
ポイントは、自ら論をなす(あるいは芸術作品を創造する)のではなく、 世に存在する良い話題、論、作品を自らの選択眼でピックアップし、他に紹介する行為と考えましょう。
Twitter、Tumblr、そしてPinterestらは、広大なWeb世界で見つけた良いものを紹介するという側面を備えているという意味で共通しているのです。

同時に、異なる要素も記事では挙げています。
上図をご覧下さい。例えば、2000年前後から盛んとなったブログ、そして2005年ぐらいから現在に至り一気に隆盛を得たFacebook、Twitter。
この2群を比較すると、ブログは記事が長文形式。情報発信のためには労力と熱意と才能が不可欠でした。結果的には熱心なブロガーでも1日1ポスト(投稿)といったところでした。
しかし、FacebookやTwitterなどは、短文形式により労力が一気に軽減されます。また、“いま何している?”というステータスメッセージング型スタイルのおかげで、1日何度でも情報発信することが多くの人に当たり前になりました。
後者でさらに特徴的なのは、“いま何している”という情報が時間軸に沿っていることです。言い換えれば情報は流れ去って消えることが当たり前となりました。
もうひとつ、「RT」や「いいね!」など、簡単に情報発信できる仕組みを備えたことで、見つけた情報を気軽に他人へとシェアする習慣が定着しました。これが現在のキュレーションブームの背景ともなっていると言えます。
総じて、ブログでは情報発信の手間から、ブロガーは情報発信へのなみなみならぬモチベーションと力量で作品を創造、発信していくのに対し、ソーシャルキュレーションの流れは、自ら情報発信する手間はかけないものの、気に入った情報を多頻度に情報発信していくスタイルを形成しました。

さて、Pinterestの話題です。これまでのソーシャルキュレーションと、このPinterestなどの新鋭を比較すると、ワンボタンクリックで情報発信ができるような労力を求めない特徴は、先行するFacebookやTwitter、Tumblrなどと共通しつつも、異なる側面があると記事では指摘します。それはPinterestでは、関心テーマごとに選択した情報コレクションが“構造化”されているということです。
FacebookやTwitterなど“ステータスメッセージング”型スタイルでは、情報はフロー、すなわち流れ去っていきます。分類もできません。対してPinterestは情報の新旧は問題ではありません。テーマ(カテゴリー)ごとにコルクボードにピン留めされたコレクションは、そこにあり続け、あるいは整理され発信情報を豊富化していくのです。わが国で支持を得ているNAVERまとめなどと似通った要素があります(NAVERまとめは、“まとめ”作業にそれなりの負荷がかかるため、ブログに近い要素があると見ますが)。

ソーシャルメディアは、情報発信に力量を求める時代から、テーマがなくとも発信を続けられる簡易なスタイルを生み出しました。
そしていま、一人ひとりが自らの関心、センスを、事物の選択眼という価値として情報発信していく可能性を開いたというわけです。
微細なテーマ、カテゴリーごとにセレクトされた自分のお気に入り情報カタログは、それがまさにカタログであるがゆえに、コマースなどとの結びつきが期待される領域でもあります。
(藤村)

ネイティブアプリ vs. HTML5アプリ 意思決定のための5つのポイント

米国のビジネス系オンラインメディア Business Insider が、モバイルアプリ開発に当たって、“ネイティブアプリケーション”を選ぶのか、それとも“HTML5アプリケーション”を選ぶのか、その考えどころを8ページに及ぶ長大な記事で解説しています。
その名も HTML5 Will Replace Native Apps–But It Will Take Longer Than You Think (「HTML5はネイティブアプリを置き換える——ただし、それはあなたが考える以上に時間がかかる」)です。記事は長くとも技術に偏らない平易な解説をしているので、ビジネス面で関心がある方には英文ながらお薦めします。

最近では、スマートフォンやタブレットなど、モバイル系デバイスとそこで動作するアプリケーションの話題を見かけない日はありません。
ところが、ここで事業者には基本的な悩みがあります。
「ネイティブアプリで行くか、それともHTML5アプリか」というテーマです。

ここでネイティブアプリとは、それぞれのプラットフォームごとに用意されたOSやそのAPI、開発ツール等に沿って開発された専用アプリを指します。
一方、HTML5アプリは、個々のプラットフォーム専用ではなく、Webブラウザを対象にしてHTMLによって開発された汎用的Webアプリを指します。
特に最新のHTML5は、従来のようにコンテンツを静的・動的に表示するのに止まらず、豊富な機能を備えたプログラムをWebブラウザ上で動作させるような仕組みにまで進化を遂げています。
HTML5をサポートするWebブラウザがあれば、プラットフォームは異なっても、アプリケーションの開発は一回で済ませられるという期待がそこに生じます。

では、記事のポイントを紹介していきます。記事は各種の視点を扱っていますが、今回は、端的に両者の長所、短所を比較したセクションを概観しましょう。

  • コストという視点:勝者 HTML5……もし、複数プラットフォームごとにアプリを投入しなければならないのであれば、一回の開発ですむHTML5アプリを選択するのが開発コスト的に良い
  • ユーザー体験という視点:勝者 ネイティブ……「最も美しいアプリケーションは、ネイティブだ」との意見がある。HTML5はいまなお未完成であり、ネイティブなら専用のコードを書いていくことでその先を行くことができる
  • 特徴的な機能という視点:勝者 ネイティブ……これはHTML5アプリにおける今のところ最大の弱点だ。例を挙げるとGPS機能をHTML5では扱えない
  • 流通させるという視点:勝者 HTML5……判断が微妙になるが、HTML5アプリに軍配を挙げる。人によってはネイティブをサポートするアップストアなどの仕組みを、アプリ流通のためには歓迎するだろう。だが、最終的にはWebでのオープンな流通を通じて多くの人がアプリを使うことになる。また、Appleのように強力な権限を持つ存在の力を弱める効果もある
  • 換金化(マネタイズ)の視点:勝者 ネイティブ……Appleのアップストアを例に挙げれば、それはあなたのクレジットカード情報をあらかじめ持ったiTunesと連携する。ネイティブはこのような仕組みでアプリケーションの配布をマネタイズするという点で、仕組みを持たないHTML5に比べてずい分容易である

このように、総合的にはネイティブアプリに現在では軍配が挙がることを、記事では認めています。
ただし、論者が述べたいのは、時間をかけながら、現在のHTML5アプリが不利であるような点は徐々に克服されていくだろうということです。
その道のりや考察については、長くなるためここでは省きます。

ご紹介した5つのポイントだけでも、これからモバイル系アプリを企画、開発する際に踏まえておかなければならない点がいくぶんでもクリアになったはずです。参考にして下さい。
(藤村)

デジタルメディア有償購読化に見逃せない3つの視点——Monday Note “Cracking the Paywall”

以前にも取り上げたプロフェッショナル系ブログ Monday Note に、やはり紹介済みの Frédéric Filloux 氏が注目の記事をポストしました。Cracking the Paywall がそれです。
「ペイウォール(有償購読制)の壁を突き破る」といった趣のタイトルです。ただし、ここで「突き破る」のは、おカネを払いたくない読者が“壁”を突き破るという意味ではありません。
ではだれが? それはメディア運営者(メディア企業)が、有償購読制を敷く際の数々の難問を越えるためのヒントを提供するという意味なのです。

以下、大づかみに記事を咀嚼してみましょう。

多くの新聞、出版、そしてWebサイトらが深刻な広告需要の低迷にあえいでいる。2012年は不確かな経済情勢下であり広告主は慎重になっている。
また、見渡せば多くのニュースアグリゲータ(コンテンツは制作せず、Web上から各種コンテンツをかき集めて、ニュースサイトをつくり出してしまうような事業者や個人)、そしてソーシャルな空間内でニュース情報をやり取りするような人々が増え、広告掲載可能なデジタルコンテンツは増える一方だ。
これらは、良くて従来からのメディア事業者の収入をフラットに、さらには広告単価を押し下げてしまう効果を発揮している。

そうなると、上記メディア企業の経営者は、広告収入以外からの収入に期待を寄せる。特に“ペイウォール”(有料の壁=有償購読制のこと)化は有望な選択肢である。
新聞各社は、印刷版購読者数の低迷、あるいは、減少傾向に歯止めをかけるべく、印刷版からデジタル版へのシフトと、デジタル版を広告収入だけでなく購読収入源へと築き上げたいと、種々試みを始めている。

ここで、著者(Frédéric Filloux 氏)が一つの注目すべき現象を見いだす。
厳しさを増す新聞業界の中でも極めて強い競争力を有する2紙、すなわち The New York Times(以下NYT)と The Financial Times (以下FT)がほぼ同時に印刷版の大幅な値上げに踏み切ったのである。NYTを例に取れば、デジタル版購読は、売店1部売りに比べると70%も、FTでも同様の比較で68%も安価となる。
これは、単純に物価上昇分の吸収というようなものではなく、明瞭に、印刷版からデジタル版へと読者にシフトを促す戦略的な決定とみなすことができる。

同時に2紙はそれぞれ、デジタル版の有償化(無償購読者から有償購読者への移行)を加速している。まずはFTだが、従来からの400万の無償購読者から現在25万の有償購読者を絞り出している。
そのための施策はシンプルで、無償で読める記事本数を5年前には月間30本だったものを、現在ではとうとう8本にまで絞っている。それでも無償で読むためには登録が必要である。
NYTも同様な施策をとっており、それはかなりうまくいっているようだ。無償購読者数はFTの1/4に過ぎないのに、有償購読者はすでに32万に達しているのだ。

ここで、記事はNYTがペイウォール戦略を突き進む際に重視している3つの方針を紹介する。

  1. 強力でユニークなコンテンツを武器にすること……NYTは品質に裏打ちされたコンテンツで国内外に約8000万人のデジタル版購読者を有している。その数パーセントを有償読者に転換できるだけで、大きな収入増を生み出すことができる。そのためにもオリジナルでユニークなコンテンツで多くのファンを維持する
  2. ペイウォール化には管理された抜け穴を維持する……有料の壁を適度な強度に維持しなければ、無償購読を目的にした読者を一気に失ってしまう。読者の“総数”は、広告収入のために重要である。また、最大読者数を誇るというブランド性維持のためにも重要事項なのである
  3. Appleと緊密な関係を築く……快適なユーザー体験と購読制を結びつける材料を持ったAppleに対し、NYTは、iPadの初期から親しい関係でアプリケーション開発、購読制システム開発を行ってきた。Appleの消費者に対する影響力は大きく、それはNYTに大きな利益をもたらしたのである

ところで、知られた事実だが、3のAppleとの協業関係には難しい課題がある。それは、同社のプラットフォームから得る売上の30%は同社の取り分となるからである。
NYTからすれば、その料率は10%台であってほしいところだ。FTは、結果としてAppleプラットフォームに特化したアプリケーションを引き払い、Appleとは袂を分かつことになる。代わってHTML5をベースにしたプラットフォーム独立なWebアプリを再投入したのである。

長くなってしまいましたが、以上が記事のおおよその趣旨です。

ブログの筆者は、この3つの要素を吟味し、中でも1のコンテンツのユニークさ、品質にこだわることを強調しています。
冒頭で述べたように、アグリゲータやソーシャルなコンテンツ流通で、特徴の薄い、あるいは、品質の低いコンテンツは、“情報の洪水”の波にあっという間に呑まれ価値を失ってしまうというのです。
もうひとつ、3のApple(あるいはプラットフォーマーと言えば、汎用性ある議論になるかもしれません)との組み方についても、“個人的な選択”としながら、「短期的な成果を求めるなら、Appleをパートナーに」、そして「中期的な成果を求めるなら、プラットフォーム非依存の仕組み」を採用するのが良いと述べます。

聞くところによれば、日経新聞デジタル版の好調ぶりに刺激されてか、朝日新聞もまた、無償購読可能な asahi.com から有償購読制を前提とする朝日新聞デジタルへの移行を目指すとのことです。わが国でも、“ペイウォール”旋風が吹きそうな様相です。その際には紹介した重要なポイントが、成否を分かつものと想像します。
(藤村)