コンテンツ体験 小さな場所・時間に隠された特別な体験について

映画鑑賞やスポーツ観戦など、制約ある条件の下、強い体験を与えるものがある一方、
断片化された小さな時間に貴重な体験が宿ることがある。
『メディア・メーカーズ』の提起を起点に、
現代のコンテンツ体験の意味を改めて考える。

2012年、メディア業界の収穫のひとつに、田端信太郎氏『メディア・メーカーズ』があります。
多くの刺激的な論点を示した書物ですが、その中に印象的な箇所があります。
コンテンツ分類の視点として、「リニア←→ノンリニア」という軸を提示したところです。

リニアなコンテンツとは、初めから終わりまで一直線に連続した形でみてもらえることを想定したコンテンツのことになります。
最も「リニア」なコンテンツ形態の典型が映画です。映画はこれ以上は考えられない! というくらいに「リニア」志向に振り切られたコンテンツの形態です。……

映画監督は、お客さんを映画館の中に連れ込んでしまえば、2時間という長時間にわたって「オレ様ワールド」を存分に展開することが可能です。鑑賞者は、どういう映像を、どういう順序で、どのように見せられるか? その時間軸について、全権を映画監督に預け、ある意味では物理的にも、その身を委ねざるを得ないのです。

田端氏が見事にシチュエーションを描きだしたのは、わざわざ“足を運ぶ”、“まとまった時間を拘束される”という不便と引き替えのようにして得られる、貴重で例外的なコンテンツ体験の仕方です。
むろん、類似の体験として、ライブ演奏やスポーツ観戦、そして観劇などの体験がそこに連なっています。

一方で、これとは対照的に「ノンリニア」なコンテンツ体験もまた、私たちの日常を浸していることにも気づきます。
それは“コンテンツ(消費)の片々化”、すなわち、短時間に、短いコンテンツをつまみ食いするようなスタイルを指します。
ノンリニアなコンテンツとは、順番を追うように読む(観る)必要のないコンテンツ(の構成)を意味します。

たとえば、テレビのニュース番組で、筆者がいま知りたいのが本日の天気予報であったとしても、番組はまず最初にそれを伝えてくれようとはしません。
視聴者は、全国ニュース、地方ニュースを観て(聞いて)、ようやく天気予報にたどり着くことになります。
けれど、いまでは、多くの人がリニアな順番待ちをする必要のないことを知っています。
CS 系番組では気象予報専門チャンネルがあります。また、手元のスマートフォンからピンポイントの気象予報をいつでも手にすることができます。
音楽鑑賞においてもまた、然り。ノンリニアなコンテンツ体験を促す環境が台頭していることは、改めて述べるまでもありません。
欲しい時間と場所にあって、欲しい量のコンテンツを消費できる環境が、だれにとっても急ピッチで整ってきているのです。

ここに注意したい点があります。
このノンリニアなコンテンツ体験をめぐっては、往々にして“ユーザー(読者・鑑賞者)の利便性”という点だけで議論されがちな落し穴があることです。
すなわち、コンテンツの断片化は、モバイルなど忙しい現代人の隙間時間を活用する機能によってもたらされた……というように。
先に田端氏が述べた映画鑑賞の特別さ、という視点がこれを照らし出しているといえます。
ここで特別な体験とは、わざわざシネマに足を運び、そして、2時間超という時間を拘束され、ほかでもなくその映画作品に向き合わされて得る、強い体験です。
鑑賞者にあえて不便を強いることが、その体験強度を生んでいるという側面さえあるのです。

books

田端信太郎氏『メディア・メーカーズ』(左)
および中村滋氏『スマートメディア』。
いずれも Amazon.co.jp より

ところで、利便性の観点だけでコンテンツ体験を見てしまうと、見落としてしまいがちの視点を教えてくれたのは、田端氏に加えて、下記の中村滋氏です。

読者がケータイでどのようにマンガを読んでいるかを調査したことがあります。
意外だったのは、マンガを読む「時間」と「場所」についての回答でした。……
いざふたをあけてみると、時間については「寝る前」、場所については「ベッドの上」がそれぞれトップでした。寝る前にベッドで読むのなら、なにもケータイである必要はないはずです。……

この調査によって、読者がケータイ・コミックに求めているのは、いつでもどこでも読める手軽さではなく、
「好きなときに好きな作品だけを、少し読みたい」
ということだとわかってきました。
(中村滋「スマートメディア——新聞・テレビ・雑誌の次のかたちを考える」)

私的な体験を述べれば、最近の筆者(藤村)の就眠儀式は Kindle Paperwhite をつかんで布団に潜り込み、青空文庫などに含まれる不朽の名作をほんの数ページ読むことです。

中村氏は「好きなときに好きな作品だけを、少し読みたい」という、この種のコンテンツ体験の仕方に、同書で「パーソナルな読み方」という控えめな表現を与えています。
むろん、これを取るに足らない小さな欲求の実現と軽んじるべきではありません。
筆者(藤村)は、この「好きなときに好きな作品だけを、少し読みたい」もまた、ユーザー(読者・鑑賞者)にとっての“特別な体験”であると信じます。

田端氏が掲げたリニアなコンテンツ体験が、例外的な体験、“ハレ”の体験として、強い感動や価値を放つものであるのに対し、パーソナルな体験のほうは、他人からは見えにくい微細な日常の時間を組み直して特別な体験を生み出していると想像します。そして、その総和がいまや巨大な市場を形成しているのではないでしょうか。
小さな特別な体験に最適化するコンテンツ、メディアの形式、そしてそれを映し出すデバイスがやがて生み出されることでしょう。いやそれは、もうすでに、なのかもしれません。
(藤村)

ネイティブ広告 メディアの救世主たり得るか?

“ネイティブ広告”(Native Advetising)をめぐるホットな議論が続いている。
2013年には米国の広告主の約半数が試行するともいわれる新たな広告。
新時代のWebメディア、モバイル・ソーシャルメディアとともに台頭した広告トレンドを解剖する。

米国メディア業界では、2012年夏ごろから、ネイティブ広告の是非をめぐる議論が活発です。文末のリンク集は、その一部にすぎません。
ある調査に依れば米国の過半の広告主がこれを試そうという意向を示しているといわれます(参照 → 調査結果)。
その「ネイティブ広告」とはいったい何でしょうか?
筆者は、ネイティブ広告を、従来の印刷メディアから発展してきた広告手法のひとつ、「記事体広告」「タイアップ広告」のモダンな再来とひとまず定義します(後ほど、改めての定義を行います)。

記事体広告
一見広告らしくなく、記事のような構成でつくられている広告のことをいう。
広告(advertising)と記事(editorial)を合わせてアドバトリアル(advertorial)とも呼ばれる。
記事体広告・Weblio

ちなみに、この「ネイティブ」の語が用いられた理由は明瞭ではありません。
しかし、“このメディア(形式)のために生まれた、生粋の……”という文脈で理解しておけば良いはずです。

ネイティブ広告と呼ばれる広告フォーマットが同時多発的に生まれてきたその背景は何か、そしてなにが“モダンな”要素なのか、の2点について議論に入る前に、どのようなものがネイティブ広告と呼ばれているか、3つほど例示をします。

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The Quartz:記事タイムラインに挿入されるネイティブ広告
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Twitter:タイムラインに挿入される Promoted Tweet

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ITmedia アプリ:タイムラインに挿入される「メッセージプラス」広告

広告市場の減退が進む中、広告主は広告効果(成果)について鋭敏となり、より効果の高い広告フォーマットをメディア運営者に求めるようになっています。
特に Web メディアでは、過去20年もの間、さまざまな広告フォーマットが考案されてはきたものの、基本的には、“バナー”と総称される「ディスプレイ広告」と“リスティング”と総称される「検索エンジン連動型広告」 の2種以外は、大きな存在とはなり得なかったと言っていいでしょう。
印刷メディアで誕生した記事体広告フォーマットも、Web メディアにおいては比較的小さな存在でしかありません。
このように、広告フォーマットの発展が停滞する中で、広告主の需要の減退も進んでいるのです。

他方、メディア読者の視点からも、大量のディスプレイ広告をくぐり抜けながらお目当てのコンテンツを閲覧する“苦痛”が、積み重なってきています。
これはどういうことでしょうか?
試みに、筆者が著名な Web メディア掲載記事を任意に調べたところ、記事1ページ中に15もの広告枠が設置されているケースがありました。
読者が、ひとつの記事内で広告に注意を払える余地が有限だとすれば、上のケースでは、読者一人当たりの有限な広告価値を、メディア自身が1/15にまで希釈してしまっているとも取れるでしょう。

では、メディア運営者にとっては何が問題でしょうか?
そこには、広告価値を高めなければならない、というプレッシャーがつねにあります。
このプレッシャーが、広告面積をさらに大きくするなどの悪目立ちを加速させているかもしれません。
あるいは、上記のようにさらに広告枠を増設するという悪循環を引き起こしているのかもしれません。

ここまではオーソドックスな Web メディアを念頭に、ネイティブ広告が台頭してくる背景です。
しかし、これとは別に見逃せない大きな潮流が影響していると見ます。
それは、モバイル化とソーシャル化の潮流です。

先に掲げたネイティブ広告の例示に、戻りましょう。
そこでは、Web メディアにおけるネイティブ広告、次に、ソーシャルメディア(Twitter)におけるそれ、そして、モバイルアプリ(メディア)におけるそれを紹介しました。
たった3つの例示ですが、共通する重要なポイントがここに浮上してきます。

  1. ベースとなるメディアのコンテンツと広告のトーンが一致している(融合している)
  2. インストリーム、つまりタイムラインの内側に広告が現われ、消えていく(バナーなどは、タイムラインの外側に固定されている)
  3. ユーザーとのインターフェースであるスクリーンサイズに対して固定的でない(小さなスクリーンから大きなスクリーンにまで柔軟に対応する)

1.の「コンテンツと広告のトーンが一致する」は、従前からの記事体広告の特性を継ぐものです。
一般にディスプレイ広告では、広告自体のデザインやコピーは広告主側によるものですが、記事体およびネイティブ広告は、基本的にメディア運営者側がコンテンツとの兼ね合いを意識しながら作り上げるのが一般的です。
2.「インストリーム」うんぬんは、メディアのコンテンツ表示形式に“ストリーム”や“タイムライン”と呼ばれる形式が浸透してきたことを意味します。
このストリーム型メディアでは、従来可能だった固定的な広告枠が設置しにくい、もしくは、その視覚的効果が低いということになります。ストリーム内に動的に現われる広告フォーマットが新たに誕生したのです。
3.「スクリーンサイズ」との関係は、モバイル化・タブレット化が急進展している現代では、最も大きな制約事項かもしれません。
スマートフォンの小さなスクリーンに15もの広告を配置しようとすれば、それは自殺行為です。
モバイルにおいて、ユーザーの視点がどこに集約されているかといえば、スクリーンのほぼ全域を支配するコンテンツそのものだといわざるを得ません。
多種のスクリーンサイズに適合するには、タイムライン形式にのっとる、コンテンツの表示形式に広告も合わせるのが最適なのです。

以上が、ネイティブ広告が、モダンな広告フォーマットとして誕生した理由です。
これらがもたらす期待値は、明瞭です。

  • 読者の視点から……雑多なノイズが抑制され、お目当てのコンテンツに没頭できる
  • 広告主の視点から……読者が嫌うものとしての広告から、コンテンツ同様の精読率で接してくれる広告が生まれる
  • メディア運営者の視点から……読者とのエンゲージメント強化を第一義に広告を制作できる

以上を踏まえて改めて「ネイティブ広告」の再定義を試みたいと思います。

  1. 固定的に設置された広告枠と異なり、ユーザー行動の主眼であるコンテンツと同様の表示形式を持った広告であること
  2. 編集コンテンツに対し、その品質や表示トーンが一致する、もしくは近似するコンテンツ性の高い広告であること
  3. ソーシャルやモバイルなど、読者のメディア接点の変化や多様性に最適化した広告形式であること
  4. テクノロジーと人間の編集力が関与する余地のある広告形式であること

最後の「テクノロジーと人間編集力が関与する余地のある広告形式」には注釈が必要でしょう。
以前の「記事体広告」では、メディア運営者がその企画や制作に携わる、すなわち編集力を全面的に行使するため、品質管理はできても生産性は高まりません。
しかし、ネイティブ広告で例示したTwitterの「Promoted Tweet」などは、形式においては技術的運用が寄与しやすく、人間力という高価なコストを抑制できます。つまり、システム的合理化の可能性がありそうです。

最後に、述べたようにこれから勢いを増すことが予想されるネイティブ広告ですが、問題点も見えてきています。

ひとつは、当然のことながら広告とコンテンツの境目がなくなることによる弊害です。
商品レビューを仮装したようなアフィリエート目的が勝ったブログメディアに出会うことがままあります。
長期的にはメディアの信用失墜という自業自得の結果にいたるとはいえ、これをどう抑止するか。メディア運営者が自らを律していく姿勢が求められます。

次に、上に述べたように「ネイティブ広告はスケールしにくい」という指摘がなされています(たとえば → これ)。
これは、「記事体広告」という人間パワーにだけ頼る古い仕組みをどう革新できるかに関わっています。

そして最後に。ネイティブ広告に期待できる良さのひとつは、“広告だらけ”化の現象を抑止できそうだということなのです。
もし、ネイティブ広告がメディアの救世主であるとすれば、“ネイティブ広告だらけ”にならないようにすることもまた、メディア運営者のガバナンスにかかっているはずです。
(藤村)

執筆に当たって参照した記事等:

「The Dailyは救済可能だ!」 タブレット専用メディア、サバイバルの条件

News Corp. の大胆なプロジェクト、iPad 専用メディア「The Daily」が廃刊を決めた。
タブレット専用“日刊紙”が抱えた課題は何だったのか?
その教訓から、これからのデジタルメディア戦略を考える。

12月3日、米国 News Corp. が 2011年2月に創刊した iPad 専用(その後、Android や Kindle Fire など他デバイスへも展開)“日刊紙” The Daily の廃刊を表明しました。

2011年半ばには、Daily に続き New York Times Bloomberg など新聞系、そして Conde Nast や Hearst など雑誌系の大手メディア企業が iPad と iTunes Store が提供する定期購読(と配信の)システム「Newsstand」をプラットフォームとするビジネスに取り組みを始めていました。その中でも、Daily は iOS5 から提供された Newsstand に先行、かつ、ネイティブ iPad メディア、つまり印刷媒体や Web 媒体を経ずいきなり iPad 専用媒体を立ち上げる大胆な試みとして注目を集めていました。

Daily 廃刊については、創刊時の報道同様、国内外から多くの報道が現われています。中でも、日経新聞電子版「『iPad新聞』廃刊の真相 米メディア王の誤算と教訓」(会員限定記事) および CNN.co.jp米ニューズ、iPad専用新聞を廃刊へ 読者確保できず」は、その標準的な報道、論評として確認しておくべきでしょう。

2つの記事が伝える“廃刊へいたる”ポイントは、以下のとおりです。

  • 有料購読者の獲得目標が80万人であったのに対し、実際は10万人超に止まった
  • 100名を超える記者・編集者を擁する運営コストは年間2500万ドル以上であるのに対し、年間売上は300万ドル程度に止まった
  • 有料でも毎日読みたいと思わせるコンテンツを欠いていた
  • コンテンツを提供するプラットフォームが狭すぎた

この論評には気になる点があります。まったく新規に創設した有料電子媒体が2年に満たない期間で10万人の購読者を獲得したことへの評価が低いことです。
過去、「新聞社サイト有料化 本格的に離陸するのか?」で取り上げたように、たとえば日経電子版は、2年間で「有料会員20万人」と発表しています。
もちろんこれは、印刷版、そして、約140万もの電子版無料会員のすそ野があってのことです。
同時期の New York Times 電子版の有料購読者32万(無料購読会員100万人)、Financial Times 電子版が25万人(同400万人)もベンチマークとして加味すれば、Daily は、目標には届かないまでも奮闘と評価されてしかるべきでしょう。

そう考えると、Daily の蹉跌について、もっと内在的な視点でのとらえ直しが必要に思えます。そこでデジタルメディアビジネス内部からの視点をここに紹介しようと思います。
米国の起業家 Jordan Kurzweil 氏のユニークなオピニオン、GIGAOM 掲載「Why I tried to buy The Daily」(なぜ私は Dailiy を買収しようとしたのか)がそれです。
“ユニーク”というのは、同氏がこの記事で廃刊を決めた Daily の買収をしかけていることを公表したからです。むろん、大向こうウケを狙った口ワザの面もありそうですが、同氏の起業家としてのバックグラウンドを考え合わせるとジョークだけとも言い切れません。

同氏は、Daily が生き延びるための施策を5つを挙げていますが、その前に、News Corp. の“前歴”についても言及しています。それをまず紹介しておきます。
同氏によれば、News Corp. が前例のない規模でデジタルメディアに投資を行うのは、Daily が初めてではありません。
最初は Web 初期(96年)の時代に400名ものスタッフを擁して手がけた iGuide(解説記事 → こちら)です。次は、記憶に新しい MySpace への投資(解説記事 → こちら)、そして、今回の Daily
いずれもが分不相応な投資やスタッフへの高額な賃金を注ぎ込んでは、すぐさま不本意な撤退をしたという点で共通しているとします。

さて、5つの施策を要約してみましょう。いずれもデジタルメディアを運営する当事者にとっては、関心あるポイントのはずです。

  1. 「日刊」では足りない……Daily は文字通り日刊紙。1日1回更新される仕組みだった。しかし、そもそもニュースに更新時や締め切りはない。つねにそれはリアルタイム・ノンストップで生じるのだ。Daily は、正規の(締め切りのある)ニュースに加えソーシャルからの情報、そしてブログ記事などを組み合わせて、リアルタイムなメディアとすべきなのだ
  2. もっとテクノロジーを……Daily はもっとコンピュータパワーを用いるべきだ。特に外部のコンテンツを探しだしキュレーションする仕組みを構築し、それを編集者は活用できなければならない。また、ソーシャルの仕組みを編集者が使えるようにすべきなのだ
  3. “壁”を打ち砕く……Daily のコンテンツと広大な Web との間には厳然とした壁がある。壁は砕かれるべきでありコンテンツは解き放たれるべきである。コンテンツやそれ用いた会話はすべてのプラットフォーム(タブレットのみならず、スマートフォン、そして Web)へと開かれているべきだ。それが常識でありユーザーが求めるものだ。彼らが有料購読者であればなおさらだ。そして、それは非購読者へと開かれ、検索エンジンのクロールにも開かれているべきだ
  4. ユーザー体験を修復する……Daily がこだわったのは古典的な雑誌スタイルであり、ユーザーが望まないたぐいのインタラクティブ性によって混乱を引き起こした。しかし、ユーザーインターフェイスを変更することによって、Daily を、読者がニュースにアクセスし消費する、生きた場へと変化させることができる。ニュースを知ることと、それを読者間で会話へと広げることは同じくらい重要であり、そのためには、より小型のスマートフォン型デバイスに精力を注ぐべきだ
  5. 質素であること……Daily はまるでスタートアップ(ベンチャー)のように振る舞うべきだった。大会社の一事業部門のようにではなく。年間3000万ドルを使うに任せたのは News Corp. の過ちだった。ヒトやコストの圧縮が必要だが、これは Daily が生き残り、合理的な成長に必要なことである

国内では、Daily を購読することもできないため、最も重要なポイントであるコンテンツ品質について直観を行使することができないのがもどかしく残念です。
この点については、やはり自身がスマートデバイスに手を染め、購読型メディアも運営する Marco Arment 氏の論が参考になりそうです。

今日の出版マーケットにおいて、The Daily のような出版物が存在する余地はない。iPad が発表されるずっと以前にその全盛期は終わっていたのだ。

老舗のニュースサイトがニュースについてはもっとも優れている。読み物や特集記事は、大部分のブログがそうであるように無料にするか、あるいは The New Yorker や The Atlantic などのマガジンのようにカネを払うに値するほど優れた内容を常に載せるかのどちらかでなければならない。しかし The Daily が提供したのは、役に立たたずのニュースと記憶に値しない読み物や特集の呆れるほどのミックスだった。
maclalala2「The Daily はなぜ失敗したのか」)

痛烈な論評ですが、

The Daily が失敗したのは、iPad が出版存続のプラットフォームとして適さなかったためではない。

出版にとって、アプリがウェブサイトより本質的に劣っているために失敗したのでもない。

優れたコンテンツにカネを支払おうとするひとが少なすぎたために失敗したのでもない。(同上)

と述べていることは、記憶に値します。

Daily の蹉跌を教訓に換えたメディアが立ち上がってくることに、今後は期待が高まります。Arment 氏自身のメディア The Magazineもその候補のひとつです。いずれそれについては、子細に検討してみましょう。
(藤村)

執筆に当たって参照した記事等:

プラットフォーマーが見過ごした領域 電子書籍マイクロマーケティング

電子書籍のトレンドは、書籍単品のマイクロマーケティングを加速する可能性がある
本稿は、書籍の口コミ、マイクロマーケティングの仕組みを構想しながら
Amazon らプラットフォーマーの弱点にも論及する

先日、光栄にもある著作の贈呈(献本)を受けました。
ときどき、このような僥倖に恵まれますが、最近、そのような機会のたびに考えることがあります。
著作の贈呈には、“しかるべき人”を介して話題にのぼったり書評コンテンツが現われるなどマーケティング効果を期待している側面があります。
考えることとは、書籍のような究極の単品もののマーケティング効果をいか高めるか、その仕組みについてです。

出版不況が以前からいわれていますが、出版点数ではピーク時をさすがに多少下回ってはいるものの、依然として大きな減少を見せていません(たとえば → 「書籍・雑誌発行推移」表 )。つまり、出版意欲にかげりはないのです。
この情勢から、出版物の電子書籍化の趨勢と相まって、書籍のマイクロマーケティング的試みが活性化するものと筆者は考えるのです。
そして、ここには、印刷書籍の送本事務にまつわる手間やコスト、口コミを誘引する仕組み、そして発生した口コミを販売面などに効果あるものとしていくための施策など、まださまざまな課題が存在しています。

筆者の考える書籍マイクロマーケティングのフローは、コンテンツ自体を印刷物からデジタルへと移行させることからすべてが始まります。これによって個々の書籍の認知から販売につなげるフローが一気通貫なものへと進展します。
献本ロジスティクスの負荷軽減、ソーシャルグラフの活用、そして、現われた口コミなどを販売施策へとつなげる仕組み……などが連携し始めるのです。
すでに何らかのソーシャルなマーケティングが常識になりつつあるこの分野では、手法を仕組みに定着することで、さらに効率性を高められるはずです。

想定上のマイクロマーケティングのフローを、ごく簡易化して見てみましょう。

  1. レビューワ(贈呈先)を選定し、ダウンロードリンク等を送信する
  2. レビューワは、著作をダウンロードし閲読をする。その過程で著作に関するコメント等をソーシャルメディアへと投稿する(下図のように)
  3. ソーシャルへと投稿されたコメントやブログ、Web メディア等へ掲載された書評等をコンテンツとして(電子書店内や外部サイトに)収集、集積ページを構築し販売への動線を形成する

Kindle_sharing

この“献本から始まる電子書籍のマイクロマーケティング”の効能は、当然ながら下記のようなものです。

  • 比較的低コストで、広告に代わるマーケティングが実施できる
  • 単なる広告に比べ、レビューワを通じた口コミ促進効果が期待できる
  • 投稿(口コミ)を収集してコンテンツ化することで、検索効果を持ったマーケティングページを形成できる。著作者と読者間のコミュニティの場としての利用も期待できる

ところで、すでに“ソーシャルな読書体験”を謳うサービスや製品がいくつも現われています。
たとえば、bookpicTheCopia などのサービス。また、上図のように電子書籍リーダーの KindleKobo 自体に備わったソーシャル投稿機能などにも、その片鱗が見え隠れします。
しかし、筆者が求めるような“電子書籍によるマイクロマーケティング”のフローを完備した実装は、寡聞ながら知りません。

このようなフローを整備するのにもっともポテンシャルを有するのは誰でしょうか? Amazon が Kindle を介して行っている取り組みが要注目です。
いままだ英語サイトに止まるようですが、Amazon Kindle ストア配下に各 Kindle 版書籍ごとの口コミページを設けています(たとえば→ 以下のページ参照)。

しかし、筆者が読み取れた範囲でいえば、実現している機能はもの足りません。各書籍ページに「シェア」ボタンがあり、Twitter と Facebook にコメント付きで投稿できる、以上というところです。
Kindle サイトで実現しようとしているのは、読者が Kindle 内でハイライトしたり、共有投稿したりした情報を集約する読者個人用情報ページ、それら共有情報を書籍ごとに収集した書籍口コミページの生成です。今のところ、電子書籍化のトレンドが大きくが進んでいるはずの米 Amazon であっても目を見張るような成果を欠いています。
プラットフォーマー Amazon(Kindle)の現状がこれです。

ついでにいえば、楽曲の流通配信の分野で同様のポジションを有するのが、Apple の iTunes Store です。
しかし、その iTunes Store でも、実はソーシャルな共有をマーケティングにつなげる仕組みは不十分なままに終わっていることは周知の通りです(「Apple、iTunes の音楽 SNS 機能「Ping」を9月30日で終了」)。

Amazon Store(Kindle Store)や iTunes Sotre(App Store)を、購入を決定している者の視点で見ると良くできたショップなのですが、購入者になるまでの道のりを醸成してくれる場所ではありません。
逆に筆者や零細な書肆の視点で見たとすると、いかに単品単位のコンテンツをマーケティングするか、あるいはそれを担う人々の労力をいかに軽減するかとの視点がいまだ希薄に見えます。
十分な考察を得ぬまま書いてしまいますが、“ラストワンクリック”(「購入」ボタンを押す)周辺に絶大な影響力を有しているこれらプラットフォーマーは、その代償というべきか、きめ細かなマーケティングについては関心が薄い、もしくは施策上の優先度が低いのです。マイクロマーケティング分野へと取り組んでも限界効用的に益が薄いと見ているのでしょうか。

筆者がひとりの書籍著者としてマイクロマーケティングに手を染めようと思えば、これらプラットフォーマーの取り組みの状況にフラストレーションを感じるでしょう。
と同時に、この分野をプラットフォーマーの影響力をかいくぐって事業化しようと構想しているなら、事業機会ありと見なせるのです。
(藤村)