“成長の壁”を超えるメディア クックパッドをケーススタディとして

印刷メディア事業の“危機”が語られる一方で、インターネットメディアも成長限界に悩んでいる
広告市場の縮小とモバイルシフトに苦しむネット系メディア。そこに突破口はあるのか?
本稿はクックパッドの事業展開をケーススタディとして検討しよう。

2000年を前後して現われたインターネットメディアの多くが、成長性の維持という点で苦しんでいます(たとえば → 参照)。
“成長の壁”とは、以下のような点に集約されます。

  • 広告市場の停滞
  • ソーシャルメディアへの潮流シフト
  • モバイル化へのシフト

これらは実は根っこで共通している事象かもしれません。それはともかく、まずそれらはじわじわと潜在的に進行し、2008年の“リーマンショック”という事件をきっかけに一挙に顕在化したと筆者は理解します。
実際、日本の広告費は2008年に前年比減少トレンドに転じました。また、iPhone が発売されたのは2008年のことでした。
筆者の体験からも、2008年はインターネットメディア企業にとっての大きな曲がり角でした。以後、現在に至るまで次なる成長エンジンの模索を続ける時期が続いていると見ています。
本稿はここに掲げた3つの“成長の壁”をどう克服するのかという課題をめぐる思索の一端です。さらにいえば、これら3つを成長の糧としているメディア企業の検証でもあります。

クックパッド株式会社という企業があります。
同社は、周知のようにクックパッドを運営する企業です(参照 → こちら)。
創業1997年と、インターネットメディア企業第一世代として誕生しつつも、2009年に IPO と遅咲きであること、以下に検討するように上記の3つのポイントを成長エンジンへと転換した、“第二世代”の資質を備えるなど興味深い企業です。

同社の中核事業は、言うまでもなく「レシピコミュニティーサイト」クックパッドです。会員登録したユーザーが自らのレシピを投稿、これをさまざまな形で共有できる集合サイトです。言い換えれば典型的な CGM、ソーシャルメディアです。現在では食をめぐるプロ・セミプロもが投稿するような場へと成長を遂げています。
事業収入は、2008年ごろまでは「マーケティング支援事業」という食材関連事業者の商材をプロモーションする各種企画、すなわち広告関連収入を成長エンジンに成長してきました。しかし、同社はもともと事業収入をユーザー課金に求めるという“原点”を有していたといいます(参照 → こちら)。

次のチャートは、同社が公開している決算資料(こちら および こちら)を基に作成しました。
cookpad_chart
このチャートを見ると、2009年度下期をもって広告関連事業が低成長段階に入ったことがわかります。電通発表の「
日本の広告費」でも、「食品」分野の広告費が2009年をもってマイナス成長(対前年比 -3.4%)へ転じたことからもそれが跡づけられます。
その一方で注目すべきは、広告関連事業収入の頭打ち状況を力強く補っている「会員事業」の存在です。
2008年度上半期と2012年度同期を比較した両事業の成長率では、広告関連事業が205%でしかないのに対して、会員事業は3200%と目ざましい成長ぶりです。

同社の会員事業とは、有料「プレミアムサービス」やクックパッドの携帯サービス「モバれぴ」などから構成されます。特にスマートフォンに対応したプレミアムサービス収入が成長を牽引します。
次のチャートは、上記の決算資料からの引用です。CookPad_Mobile
無料・有料を合わせたスマートフォンからの利用者数の増大と、月額300円ほどのプレミアムサービスの利用者数の増大が、ほぼ連動した成長を見せていることがわかります。
広告収入の停滞を突破して同社が成長を遂げている要因は、有料会員事業であり、その会員事業の大きなドライバー(原動力)が、モバイルへの取り組みであるということができそうです。
2009年度から2010年度にかけて、広告関連事業と会員事業の収入比の転換が見事に行われています。広告収入の成長低下を意識して内部では必死の会員事業の開発が行われたものと見ます。また、iPhone 登場に代表されるモバイル化のトレンドを鋭敏に受け止めたのだとも見ることができます。

スマートデバイスから見た「クックパッド」

スマートデバイスから見た「クックパッド」

もう一度、本稿冒頭の3つの壁に立ち返りましょう。
多くのインターネットメディアの収入源泉は、今も広告収入です。したがって、広告予算の縮小傾向は新興のインターネット分野においてさえ深刻です。
また、PC のスクリーンを対象にして発達してきたインターネット広告は、モバイル分野ではまだまだ力強い突破口を見いだせていません。
広告単価が低迷する中でも、大きな画面であれば、大サイズの広告や、数多くの広告を配置するなどの小手先の対処がありえます。
しかし、小スクリーンのモバイルデバイスでは、そのような対処はかないません。
広告効果の高い新たな広告フォーマットの開発を待つか、非広告収入へのシフトを進める必要があるのです。

クックパッドでは、後者の会員事業へのシフトが大きな成果をあげ、これが“成長の壁”を突破することを可能にしたわけです。

同時期に登場したインターネットメディアが成長停滞に悩む中、同社が見事にそれを突破した要因はなんでしょうか? 思いつくまま以下に掲げてみます。

  • 既存のコンテンツに対し、読者が求めるような付加価値を追加開発したこと(たとえば → 参照
  • モバイルデバイスに最適化したコンテンツ表示を、Webおよびモバイルアプリとして提供していること
  • 事業の遠い初期には会員事業を、次に広告関連事業、そして今また会員事業へというように、機敏に事業の軸を転換できた経営資質と技術基盤

プロの記者らがニュース等の情報を提供するメディアサイト運営者からは、クックパッドのような読者投稿型レシピサイトとは事業の根幹が異なるから参考にならない、という反応が聞こえそうな気もします。
けれど、筆者はニュース提供系のメディアサイト事業であっても、上記のポイントに対するリスペクトが必要と考えます。

いかにコンテンツを読者が喜ぶ形態として提供できるか。

(ニュースなどの)メディアビジネスは、情報サービスビジネスのひとつと理解するならば、まだまだ取り組めることがあることを同社の展開は示唆します。また、読者にとっての利便性が十分に高まってくれば、広告と異なる直接の対価(会員事業)の可能性が高まることも想定できるとも見ます。それがいったい何なのかを考える時期なのです。
(藤村)

メディアのコンテンツ課金 新たなブレークスルーの出現

大小、さまざまなメディアが“課金”への取り組みを模索している。
多様化する課金ニーズに対応する柔軟なシステムが、
メディアのこれからの生き方を広げるはずだ。

2012年末に、ある“事件”が米国メディア業界の注目を集めました。
人気政治ブログで知られる Andrew Sullivan 氏率いるブログメディア The Dish が、Newsweek を買収したことで知られるデジタルメディア大手 The Daily Beast 傘下から独立すると公表したのです。

ブログメディアとはいえ、知名度・影響力ある Dish の移管が注目されるのは当然です。しかし、筆者が“事件”と書いたのは、その移管(独立)にともなって、同メディアが、Daily Beast 時代のビジネスモデルである広告を捨て、購読制の道を選択したというのが理由です。
さらに興味深いのは、同メディアが選択した“年間購読制”は、約20ドルととりあえず購読料を定めてはいるものの、それはあくまでメドで、支払額は読者の判断に委ねられるユニークなものだという点です(参照 → こちら)。

正直にいって、どのくらいの価格にセットすればいいかわからなかった。選択のための前例がない。しかし、19.99ドルは真剣な事業的アプローチからする最低限の価格ではあると思う。われわれは、納得感のある範囲で収入を最大化したいと願っているのだ。

こう Sullivan 氏は述べるとともに、このアプローチの結果、サイト独立公表から丸1日で12000人近くの購読者が集まり、30万ドルを超える購読料を集めたことも公表しています(参照 → こちら)。
要するに、平均約25ドルの支払いを購読者らは選択したというわけです。むろん、熱烈な“Sullivan 信者”が、初速値に大きく寄与しているのに間違いはありません。Sullivan 氏は驚きとともに、今後はサイト独立を知らなかったような人々からの購読料金が逓増する期待を述べています。

さて、本稿では中小のメディアサイトが課金制へと移行する手法について、新たな動向を伝えようと思います。
すでに、米国では New York Times をはじめとする数多くの新聞社系、雑誌系サイトで、“ペイウォール”(課金の壁)を設けることは認知されたトレンドへと発展してきています(米国新聞協会加入新聞では、すでに156媒体が導入している → 参照)。むろん、わが国でも同様に、日経新聞および朝日新聞などの電子版がそのトレンドをなぞっていることは周知の通りです。
筆者が当ブログで述べてきたように(参照 → こちら)、厳格な課金制は Web メディアにはなじみづらく、一般的な解として、一定の記事閲覧数以上を課金するようなメーター制、あるいは、無償閲覧記事の中に課金記事を盛り込むようなフリーミアム型モデルが当面主流となっていくでしょう。サイトへの読者アクセスを極力減らさずに課金収入を追加するアプローチが、これらだからです。

しかし、述べてきたような複雑なペイウォール事例は、体力のある大手メディア運営者が時間をかけて企画し、かつ大規模なシステム再構築という“伸るか反るか”の投資をともなうものというのが暗黙の前提でした。
ところが、本稿で取り上げた Dish では、大手新聞・雑誌社が大がかりに実施するようなプロプラエタリ(専用)なシステム投資は行っていません。代わって用いたのが、TinyPass という課金ソリューションです。
同社サイトに掲載された短い動画で、個々の記事を課金コンテンツとして公開するプロセスを確認することができます。

簡単に筆者が理解する TinyPass を説明しましょう。
TinyPass は、WordPress をはじめとするいくつかの一般的なCMSのプラグインとして提供されます。各記事を通常のように編集し、公開時に記事への課金を選択し、価格やダイアログに表示するメッセージなどを設定します。
設定を終えて公開すると、記事のタイトルやリード部分などの下に購買を促すアイコンが表示され、逆に記事の多くの部分が非表示となるのです。
一般的な CMS へのプラグインと書きましたが、API も提供されているため、簡単なコーディングでプロプラエタリな CMS からでも TinyPass の課金メカニズムを呼び出すことができます。
さまざまな課金モデルを選択できることも、特徴です。The Dish のケースのように、“寄付金”のような固定額ではない課金もサポートします。たとえば、以下のようにです。

  • 個別コンテンツへの課金
  • 月額/年額などの定期購読
  • 寄付金型課金(金額任意)
  • メーター制課金(サイト全体で無料閲覧記事数を定め、それ以上に課金)
  • 期間(時間)限定課金(あるいは非課金)
  • ファイルダウンロード課金
  • (たとえば筆者とメディアの間で)課金のシェア

TinyPass への支払いは、開発費用等は不要であり、各課金取引で生じる額の一定額を TinyPass 側が取得するというシンプルで透明なものです。

このように、あらかじめ適合範囲が広く柔軟性を備えた TinyPass は、特色ある課金モデルを実装したいものの、開発スタッフや開発投資予算を持ち合わせないというような中小サイト運営者には重宝しそうです。
冒頭で例に挙げた、Sullivan 氏の“寄付金型年間購読”モデルの実装も、この TinyPass を用いて実現しているのです(参照 → こちら)。

実は、コンテンツ課金を汎用的にサポートするソリューションは TinyPass に止まりません。同様のアプローチに Press+があります。こちらについても紹介しておきます。
同製品「For Publishers」ページを見ると、提供されている機能は TinyPass に遜色なく、著名 CMS プラグインがサポートされておらず、Press+ API 向けにコードを数行追加するのが前提になっていることぐらいが、実装上の差異と見えます。
Press+が、TinyPass に比べてメディア運営者に魅力的な選択に映るのは、むしろ、機能的な差異ではなく提供されるサービスのほうかもしれません。
「Analyze and adjust your meter to reach the optimal settings」(「貴社メディアのメーター制が適切な設定となるよう分析し調整する」)と訴えている箇所です。
たとえば、コンテンツ購読価格をいくらにセットすべきか? 購読有効期間をどのくらいにすべきか? メーター制で無料記事を何本閲覧可能にするか? など、コンテンツ課金制では考えるべき点、試行錯誤しなければならない点がいくつも残されています。
Press+が訴えるのは、同社の課金ソリューション利用サイトを横断的に分析し、上記のチューニングすべきポイントやベストプラクティス(それぞれの成果を集約した成功モデル)を、Press+ 利用メディア運営者に対して指南するとしているところです。

アプリ幻滅期を超えて モバイルアプリ開発、3つのブレークスルー」で、メディアがモバイルアプリを開発する際、個別に内製開発する手法がコスト上の重荷や経験不足が足かせとなり限界に突き当たっている状況に触れました。
そこで、およそモバイルアプリ型メディアで必要とされる機能などをあらかじめ備えた開発基盤を提供するサードパーティが現われ、アプリ開発コストや期間を圧縮するアプローチが潮流となっていることも解説しました。
コンテンツ課金についても、同様の状況が到来しているといえそうです。
先行する重量級のメディアビジネスが個別に内製開発してきた手法を、中小のメディア運営者も利用できるような汎用ソリューションとすることが必要になってきているというべきかもしれません。
マイクロメディアのビジネス化は可能か? Publickey のメディア戦略、全公開」で触れたような専門性の高い、マイクロメディアでこそ特色のある課金制が機能する可能性があります。広告予算が潤沢に見込めないような領域において、2013年は課金モデルに進展があるでしょう。
(藤村)

アプリ幻滅期を超えて モバイルアプリ開発、3つのブレークスルー

アプリ開発の負荷とその効果への懐疑論が台頭している。
果たしてアプリの先行きにブレークスルーはあるのか?
本稿では、モバイルアプリをめぐる新たなステージを紹介する

スマートフォン、タブレットの急速な普及は、メディア運営者に成功と失敗の新たな機会を突きつけます。
ユーザーは、モバイルデバイスを得てメディアとの接点を広げようとしています。その一方で、PC の大型スクリーン中心に成熟を遂げた広告収入モデルが、小さなスクリーンでうまく機能しているとはいえません。
また、ここまでデジタル化を果たしたメディア運営者には、Web メディア運営能力は蓄積したものの、モバイルデバイス分野でのそれは不十分な状態です。そこには大小様々な断絶が待っているのです。

中でも克服すべき大きな課題が、スマートフォンやタブレットをプラットフォームとするメディアアプリ開発です。
アプリ開発が、メディアの退潮トレンドへの重要な処方箋のように喧伝されてきた時期があります。しかし、海外の事例でいえば、News Corp. の iPad 専用ニュースアプリ The Daily の廃刊(参照 → こちら)のように、アプリ開発は、現在では“微妙な問題”へと転じてしまったかに見えます。
メディアアプリは早くも幻滅期に入ったのでしょうか?
そこにブレークスルーはあるのでしょうか?
本稿は、メディア運営者によるモバイルアプリ開発をめぐる新たな段階に触れた paidContentHow publishers are getting over the app debate: 3 examples」(メディア運営者は、アプリ問題をどう克服するのか:3つの事例)の紹介を通して、この問題を整理していきます。

How publishers are getting over the app debate

How publishers are getting over the app debate

まず、「How publishers are getting over……」は、メディアアプリが過度に喧伝され、その結果、幻滅を招いてしまった経緯について述べています。

メディア企業にとり、デジタル時代の急な変化の中にあって、アプリが印刷時代の栄光の日々の再現をもたらす方法だとする期待があった。
それは、印刷版の雑誌や新聞のコンテンツ(や広告)を読まんとする読者に、アプリが美しいレイアウトの再現に加え、こけおどしの会話性までもたらすという“空騒ぎ”だ。

しかしこの“約束”は果たされなかったと記事は述べ、代わってアプリ化の実践とその幻滅を赤裸々に公表した MIT Technology Review 誌の例(「Why Publishers Don’t Like Apps」:メディア企業はなぜアプリを嫌うか)をあげた上で、過度な期待に続いて起こった揺り戻し現象について述べます。

同氏(MIT Technology Review 編集長 Jason Pontin 氏)は、アプリ開発のためにスタッフのコストや外注費にどれくらいを費やしたかを述べ、それがたったの353人の iPad 版アプリ購読者しか生まなかったことを示した。
彼はアプリ開発というものが、1回の投資ですむものではなく、さまざまなデバイス、OS に向けて広げ、営々とそのアップデートと戦っていかなければならないものであることを発見したわけだ。

また、同氏は、アプリメディアへの基本的な問いにまで到達してしまう。それはすなわち、「どうして、読者は外部とのリンクを取り払われた箱(アプリ)の中でコンテンツを読まなければならない?」ということだ。

これが、モバイルアプリ版メディア開発をめぐる典型的な栄光と幻滅の物語です。しかし、これが物語の終わりではありません。記事は、ここに続く第2章があることを述べます。
そこには2つの変化が生じているというのです。要点を整理します。

    1. アプリ開発コスト問題のブレークスルー:

さまざまなアプリ開発ベンダーが、低廉で既製品型のアプリをメディア企業向けに提供を始めている。これによりメディア企業は素速くしゃれたアプリを提供できるというソリューションを得た。これら既製品型アプリは、多くの外部リンクを備える Web のようにでない代わりに、ソーシャル時代の基本である共有機能を備える。これらによりアプリ開発はコストがかかりストレスフルなものという認識を過去のものにしつつある。

    1. アプリ化する方向性の選択:

コンテンツに多くのリンクを備え、コメント投稿など読者との会話性を重視するニュース型メディアでは、アプリはシンプルに Web ページの代替をめざすことになる。
一方、読者とのエンゲージメントをより深めていくタイプのメディアでは、“一品もの”的な機能を実現すべく、専門力を持つパートナーの力を借りてより多くの投資をアプリ開発にしていくことになる。

記事では、前者のシンプルな既製品型アプリ基盤の例として 29th Street Publishing というベンチャー企業のフレームワークとその適用例を紹介しています(同社の情報は → こちら)。
次に、もう少し豊富な機能やカスタマイズを盛り込んだ雑誌型アプリ開発基盤として、MAZ を紹介します(同社の情報は → こちら)。
MAZ は PDF コンテンツをアプリ化する基盤で、高いビジュアル性を売りにする一方、コンテンツのソーシャル共有やコマース対応などのカスタマイズ性に富むというアドバンテージを有します。
シンプルとゴージャス、違いはあるにせよ、MIT Technology Review が暗礁に乗り上げたように、メディア運営者が自らアプリを内製開発していく時期は過ぎ去ろうとしています。メディアが自ら開発に乗り出すのは、“メディアが自ら印刷機や DTP ソフトまでつくり出そうとするようなものだ”とするコメントを、記事では紹介しています。

では、リンク拡散型のニュース型メディアにとってのアプリ開発にはどんな変化があるでしょうか?
記事は、「Web をそのままアプリという箱につめる」方向性を示します。代表格は FT.com です(参照 → こちら)。
こんな具合です。

あるタイプのメディアにとっては、Web 技術の急速な進歩で(ネイティブ)アプリ開発が不要になりつつある。FT.com の事例はその最も顕著な例だ。……だが、だれもがそれにならうべきかどうかはメディアのタイプによる。リンクを大量に備えるようなコンテンツでは、モバイル Web サイトが最適だろう。
だが、(アプリ開発に対し)モバイル Web サイトを優先するとしても、アプリがモバイルデバイスのホーム画面にアイコンとして存在しユーザーにアピールをしていくことの重要性は失われない。これが、FT.com をはじめとするモバイルサイト化を選択するメディア企業においても、アプリ開発を継続する理由である。

さて、紹介してきた記事に筆者(藤村)のオピニオンを加えて、改めてメディアのモバイルアプリ開発をめぐる現状の課題と今後を展望しておきます。

  • 機能・操作性・パフォーマンスの観点で、モバイルデバイスに最適化したアプリは、高いメディア体験を提供する
  • だが、アプリの内製開発は、初期開発と継続維持の両面で負担が重い
  • ソリューションとして、一品もの開発に代わり共通のアプリ開発基盤を提供する動きが活性化している
  • プラットフォーマー(Apple や Goolge ら)のビジネス支配や、Web と違い孤立化しやすいというアプリの特性を嫌うメディア企業が顕在化してきた
  • FT.com など、HTML5 を用いてアプリとモバイル Web サイトの中間的な方向をめざす動きが具体化している
  • モバイルデバイス上のユーザー行動は、アプリ中心となっており、その点でもメディア開発はハイブリッド型アプリへと傾いている

アプリは、Web と違い、ドメインを越え出る発散型のユーザー行動態様になじみにくい部分があるのは事実です。それは逆に、アプリがエンゲージメント志向のメディア形式に親和性が高いことも意味します。
つまり、ユーザーはアプリ内コンテンツに継続して接触する時間は長くなり(あるいはいったんアプリを起動すれば、数多くのコンテンツを閲覧する)、結果として高いエンゲージメント性を見せることになります。ドメイン横断型の行動態様とエンゲージメント性は、当面トレードオフの関係にあることを念頭に置きながら最適なメディア戦略を描くべきでしょう。

一方、筆者が課題として強く意識するのは、アプリの存在を認知しダウンロードにいたる動線が未確立な点です。
Web 検索からアプリのダウンロードを促したり、アプリ内のコンテンツを Web からリンクできるような動線構築が、すべてのスマートデバイスプラットフォームと、アプリ提供者に共通する課題なのです。
本稿では深入りしませんが、モバイル Web ブラウザからのアクセスに対してアプリへの動線を自動的に表示する手法(参照 → こちら)や、アプリ内コンテンツへのディープリンク技術(参照 → こちら)、そして Web 検索からアプリダウンロードへのハードルを下げる手法(参照 → こちら)などが台頭してきました。
アプリ開発の幻滅期をくぐり抜け、次のステージが姿を現わそうとしています。
(藤村)

マイクロメディアのビジネス化は可能か? Publickey のメディア戦略、全公開

専門分野を掘り下げる商業マイクロメディアは可能か? 個人メディアは、組織メディアとどう渡りあっていくのか? 一人で商業メディアを運営し、フリーランス活動もなお継続する Publickey 新野淳一氏の歩みと戦略を公開する

Publickey ——。IT 分野の技術解説記事で定評のあるブロガー、新野淳一氏が、2009年以来単独で運営を続けてきた“商業メディア”です。 公表された同サイトのパフォーマンスは、月間約40万ページビュー(PV)、約16万ユニークユーザー(UU)。 また、2012年のビジネスを総括する「ブログでメシが食えるか? Publickey の2012年」によれば、同サイトの年間広告売上は800万円強。一方、フリーランサーとしてのそれは約600万円(2011年はそれぞれ、500万円弱、600万円弱  →  記事および、同氏コメントによる)に達し、見事に「ブログでメシが食える」ことを立証。2012年は、メディア事業とフリーランス活動の収入上の主従転換という画期もなし遂げました。

Publickey 新野淳一氏

Publickey 新野淳一氏

本稿は、Publickey 主宰者であり、フリーランサーとして活動を続ける新野氏に、商業メディアの開発にひとり立ち向かったモチーフと、メディア事業およびフリーランス活動のポートフォリオ設計などについて訊ねます。(以下、文責:藤村、文中敬称略)

組織メディアから、個人メディアへ

——どうしてメディアを、個人でいちから立ち上げる決断をしたのでしょうか? 組織の責任者でもできることだと思いますが

新野 はい、過去には事業責任者として @IT の立ち上げを行いました。その後、アイティメディアで経営者としてメディアや組織の運用に携わってきました。しかし、仕事が経営や管理寄りに傾いていくことに、個人的なズレを感じるようになっていました。 また、当時米国の TechCrunch などブログメディアの動向を見ていて、これなら個人でもやれるのではないか? と意欲が湧いたこともあります。実際に、メディアを開発し運用する能力が自分にはあると自信があったので、個人の道を選択しました。 決断の背景には、メディアや IT をめぐる景気が徐々に悪くなってきていて、優秀なライターや編集者の働く場が少なくなろうとしている時期だったこともあります。個人でメディア活動をして食っていけることを示せれば、優秀な人たちが続いてくれるだろうとの思いもあって、“人体実験”を試みたのです。

——2008年に退社して翌年2月に Publickey を開設しました。準備期間には何に取り組んだのですか?

新野 メディアを開設して運用するために何でも自分でやろうと考えました。Movable Type をカスタマイズして CMS として使うことに決めていたので、CMS を使ったメディアの運用を勉強しました。特にテンプレートの使い方などです。 もう一つ、JavaScript を書くことも勉強しました。おかげで、JavaScript や JSON などを理解したことが自分の専門テーマの理解を深める結果にもなりました。

——そういう勉強やトレーニングは、これからメディアを立ち上げようとする人にも必要でしょうか?

新野 メディアの開設準備に、半年もかけて技術的な勉強をする必要があるかといわれると答えが難しいのですが、いったんメディアを始めてしまえば、記事を書くことにのめり込んでしまいます。メディアの運用をすべてやろうと思っていた自分には貴重な学習期間でした。 もちろん、自分は元々エンジニアでしたからこんなことをしましたが、そうでない人がメディアをスタートする際にこういう取り組みをすることをお勧めするわけではありません。

活動のポートフォリオ設計、その変化

——Publickey を開設してからのビジネスについて教えて下さい。メディア事業とフリーランス活動の比率はどう考えてきましたか?

新野 組織人である前にフリーランサーをしていた時期もあります。ですから、フリーでも食っていけるだろうとの自信はありました。ただ、長期的にはメディア事業のほうがセーフ(安全)とも思っています。 依頼記事の執筆など、フリーランサーとしての活動は毎回毎回の“一本釣り”的ですし労働集約的です。頼れる蓄積は人間関係ぐらいでしょう。 それに対して、メディア事業は記事の蓄積があれば長続きしやすくなります。たとえ自分が病気で倒れたりしても、PV があれば広告収入は入ってきます。メディア事業はストックが効いてくるビジネスなのです。 そこで、メディア開設当初には、収入上のポートフォリオを3年後に「フリー7:メディア3」ぐらいになればと考えました。幸い2011年で、おおよそ「5:5」に近づき、12年では同じく「フリー4:メディア6」にと転換しました。良い循環に入ったと思っています。

専門領域に集中、エンゲージメントを築く

——メディア事業に目標値などを設けていますか?

新野 明瞭な目標値は定めていません。ただ、前年はこのぐらいだったから今年はもう少し成長させようというような、改善による漸進的な成長は意識しています。 広告売上についても目標はありません。営業活動をするわけではないので。

——だとすると、売上が順調に成長しているのはどうしてでしょう?

新野 扱うテーマを意識しています。Publickey の場合は3つ。「エンタープライズIT」「クラウド」「(HTML5など)新しいWeb標準」です。この分野に絞って丹念に記事を書いています。マス分野ではないので、この分野の読者は、そのまま技術製品やサービスを提供している IT 企業、言い換えれば広告主であることが多いのです。専門性の高いニッチな技術製品のマーケティングには、Publickey ぐらいしかフィットしないというケースもあるようです。 もう一つ意識しているのは、これらのテーマのコミュニティに参加するようにしていることです。その分野の動向に通じていることは広告主の方向性にも合致します。また、コミュニティとの関わりが強くなると、コミュニティメンバーとメディアとのエンゲージメントが強くなります。 同じ意味で、ソーシャルメディアも積極的に使うようにしています。自分で投稿してなにか反応があれば自分で応えます。こうしていくことで、サイトが炎上するようなケースもなくなりました。 結局、IT 企業も読者との良好なエンゲージメントを築きたいのですから、こうすることで三者が良い関係になっていきます。 そんな点からすると、商業メディアは、たとえ技術系のサイトでもソーシャルメディアを使わなさすぎですね。商業メディア内で役割分担としてソーシャル担当を置いても、自分自身というスタンスでは関わりませんから、難しさもあるのはわかりますが。

大手メディアとの共存、そして、競争

——既存の商業メディアへの意見が出ましたが、Publickey と大手商業メディアとの関係をどう考えていますか?

新野 大きなメディアはやはり(多くの読者への)リーチを持っています。Publickey はそうではないので、記事を掘り下げたり人に焦点を当てたりします。その意味で補完関係にあると考えたいです。最近は、@ITInfoQ Japan と記事交換をしたりもしてしています。 フリーランスとして記事を大手メディアに寄稿することはほとんどしていません。フィーは当然そのメディアの水準に沿ったものになるのですが、Publickey として広告主からタイアップ記事やイベント企画を直接受注した方が断然高いので、優先度が下がってしまうのです。

——今後、大手メディアと競合してしまう懸念はないですか?

新野 商業メディア内部から、自分に近い能力をもったタレントがどんどん出てくれば、広告主の顔はそちらに向かうでしょうね。でも、専門分野を持って広告主と協議しながら企画を遂行できるようなタレントには、どんどん独立を促すというのが Publickey のメッセージなのでウエルカムです(笑)。

——そろそろ最後ですが、Publickey を3年やって失望したことは?

新野 Publickey を始めるころ、可能性が高いと期待していたアドネットワークや自分の事業に合ったアドサーバーが提供されると期待していたのですが、ダメでした。それから……“振り返ったらだれもいなかった”ということでしょうかね。もっとどんどん、組織から飛び出してくると思っていましたよ(笑)。 やはり、家族を持った組織人が独立するには心配があるのも事実です。それに、食えるようになったとは言え、仕事は相変わらず大変です。平日はメディアの運営や広告関係の打ち合わせ、そして記事執筆。土日に企画を考えたり、記事の仕込みという具合で、自分が倒れたら、との懸念と背中合わせです。今後はワークライフバランスを改善していこうと考えています。

仕事の“貯金”を積み上げ、可視化する

——“だれもいなかった”とのことですが、潜在予備軍の人たちにアドバイスを

新野 まず、IT 以外の分野の専門的なブログでも食っていけるかと言えば、将来的には可能と思います。ビジネスがネット上で完結するような分野(今は、IT が筆頭)は有望と思います。 そこでビジネスを築くには、「発信力を磨く」ことだと思います。自分が曲がりなりにも食べていけるようになったのは、発信力があるからと思います。その点、メディア運営のプラットフォームを駆使できることは重要です。これは徐々に技術系の方でなくても仕組みを使えるようになってきます。 発信力は、先に述べたように読者や広告主(顧客)とのエンゲージメントというカタチに現われます。 自分のビジネスを振り返ると、Publickey をやっていることが結果としてフリーランサーとしての仕事単価を上げています。営業交渉上も有利です。 自分の能力をカタログ化するという意味でも、メディア活動をしていくことは重要になるはずです。 これから年齢が増していきますからヘビーな仕事ばかりをやっていけません。その意味で、自分の仕事の貯金が積み上がっていくような戦略が重要なのだと思います。

2013年 “ビジネスとしてのメディア” 方程式をどう解くか

デジタルメディアとメディアビジネス、そこに大きな潮流変化が見えてきた。
メディアとビジネス、そしてテクノロジーの地殻変動。
2013年に加速していく変化を、3つのキーワードから考える。

明けましておめでとうございます。
本年も、デジタルメディアとメディアビジネスについて、ささやかな考察をめぐらせてまいります。引き続きご愛読をお願いいたします。

さて、2012年に自身が書き連ねたものを振り返ると、

  • 換金手法(マネタイズ)のトレンド変化
  • 出版(パブリッシング)手法の変化
  • メディア体験(価値)上の変化

に焦点を当てることが多かったと、今さらながら気づきます。

これら3つは、多かれ少なかれメディアを生業とする人々に共通する視点でしょう。もちろん、それはまたメディアの消費者の視点としても共通に語ることができるはずです。
そして、3つはいずれも共通する大きな潮流変化を背景にしていることにも気づくのです。しかし、その大きな絵図については、最後に触れることにしましょう。

換金手法のトレンド変化

モバイルアプリ化のトレンドが、私たちメディア関係者に与えた大きな気づきは個人課金の可能性についてでした。
アプリから開発者が得る収入の多くが、単なる有料アプリからではなくアプリ内課金によるものだと言われます(参考 → こちら)。有料か無料かという二者択一の時代は早くも終わろうとしています。
アプリ内課金に限らず、メディア消費者にとって単なる経済合理性に止まらない、体験上の納得感を意図した課金アプローチがずい所で目につくようになりました(参考 → こちら)。
個人課金が受け入れられる背景には、Web メディアにおける過度な広告露出が、メディア消費者に許容できる範囲を逸脱しつつあるという価値観上の変化が関わっています。
これを広告手法の内部からイノベーションする方向(参考 → こちら)も、そして、非広告的手法によって克服する方向もありえます(参考 → こちら)。2013年はいずれの動きもさらに活発化するはずです。

出版(パブリッシング)手法の変化

Web(HTML)メディアでは CMS、電子・印刷出版では InDesign などの出版システム、アプリ開発では Objective-C/Xcode というような技術基盤は、それぞれの分野での出版(パブリッシング、開発)の専門分化と深化を形成してきました。それはメディアのプロにとっての基盤やノウハウ、エコシステムを形成する一方、プロらを守る“壁”としても作用してきました。
しかし、アプリが Web と、出版がアプリや電子書籍と、というように交錯する状況がいま現実となり、専門分化の壁は大きな揺らぎを経験しているのです。ケースによっては従来からの設備投資型の積み重ねが優位性から足かせへと変化しようとしています。
KDP(Kindle Direct Publishing)が出版システムを揺るがす可能性(参考 → こちら)があるように、Web に続きアプリ開発でも同様のことが起きておかしくありません。

メディア体験上の変化

筆者は、メディア消費者が受け取るメディア体験上の価値を、コンテンツの力そのものと、コンテンツがもたらす付加価値の総合であると解釈しています。
これは、印刷、モバイル、Web、電子書籍など多様なメディア形式が存在するとき、コンテンツが同じであれば、消費者にもたらす価値はどれでもつねに同じというわけではないという視点を導きます。
多様なメディア形式を通じて最適なコンテンツを——。
これが体験的価値の最大化に作用するという認識が、メディアビジネスにとっての次の大いなる課題なのです(参考 → こちら)。
この分野でも、やはりモバイル化がトレンドセッターです。昨年、新たに誕生を見たいくつものデジタルメディアが、モバイル化・アプリ化の影響を大なり小なり受けていることからも確認できます(参考 → こちら)。

筆者が注目しているデジタルメディアとメディアビジネスをめぐる3つのポイントに触れてきました。最後のメディア消費者にとっての「体験上の価値」で触れたように、モバイル化の大きなトレンドが、消費者に培われてきたメディアに関する価値観を大きく変化させてしまったことを意識せざるを得ません。
新聞、放送、音楽、出版……と、これまではそれぞれ独立的な産業として局所化してきたメディアのあり方が変わろうとしています。
“モバイル以降”では、リアルタイムの放送のようにコンテンツを読む、気になる記事を拾い読むように映像コンテンツを観る、聴き放題と同様に、読み放題のメディア課金が動き始める……というように、局所化されてきたメディア体験のあり方が、消費者の体験的な“快”の方向へと大きくコンバージェンス(融合)を始めているかのようです。これが冒頭に示唆したメディアにおける大きな絵図というわけです。

2013年、メディアビジネスをめぐる大きな動き・小さな変化を読み取る試みは、メディアプローブ主催セミナーでも随時継続していきます。どうぞご期待下さい。
(藤村)

【特別セミナー:1月24日開催】2013年“ビジネスとしてのメディア”  方程式をどう解くか?
——電子書籍、Webメディア、アプリ、そしてソーシャルメディア

登壇者:
角川アスキー総合研究所 遠藤 諭氏
Business Media誠 編集長 吉岡 綾乃氏
メディアプローブ株式会社 取締役 藤村厚夫(モデレーター)

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