会話型メディア/“ステートフル”なメディア戦略 再論

Facebook、Microsoftらが会話型ボット技術を開発者に公開、
「会話型メディア」の構想に現実味が生じている。
会話型メディアにどのような戦略的意義があるのか。
メディアが現在、直面する課題の整理を通じて考えてみよう。

消費者は、かつてないほどの情報取得の経路(情報流通路)の多様化に直面しています。
その結果として、消費者は一意の情報や特定の流通路に固着する動機をますます希薄化させています。
一方で、デジタルな情報流通路と、知人や家族らとの交流(コミュニケーション)の場とが融合を始めていることもあり、消費者は、情報接触についてさらなる多様性へと引き込まれている状況にあります。
メディアを運営する人々は、この状況を「価値ある情報を収集する場と、その都度生起しては消滅していくような情報交流の場を同一視はできない」と座視してもいられなくなりました。状況は、消費者の情報活動一般という総量の中における時間や関心の争奪戦の激化を意味しているからです。
そこで、情報接触の場の確保や、その座の奪回を意図した新たなメディア戦略が求められることになります。本稿はそのフレームの提示を試みるものです。
(本稿は、2014年「
メディア消費の断片化を超える/ステートフルなメディア小論」「会話型メディアの試み/ステートフルなメディア小論」を合わせて改稿したものです。)

まず、確認すべきなのは、情報はつねに、“気が散る寸前”の消費者の選択にさらされているということです。
それを前提にして、メディア運営者の手に残されている選択肢を列挙することから始めましょう。

  1. 強力な情報の創造:消費者の関心を圧倒的に引き寄せるような情報を創造すること
  2. 競争優位な働きかけ:他へと向けられている消費者の関心を、(隙あらば)自らの方へと奪い取るよう、競争優位性を磨くこと
  3. 不断の情報提供:他への関心を持てないほど隙間なく、滑らかに関心をひき続けるよう情報を提供し続けること
  4. 排他的な環境の構築:他の情報が介入しにくいような、排他的な環境を築くこと
  5. 新市場の創造:現在は情報収集(そして消費)市場ではないような、新たな時間・空間を市場へと変身させること

ここで、消費者がつねに“気が散る一歩手前”にあるという前提は、重要な戦略的視点です。
もし、この視点がなければ、消費者の注意をこちらへと向けさせるには、圧倒的に強力な情報を創造する(1.に相当)以外の選択肢はないということになってしまいます。
もし、たまたま自らの情報に関心を寄せてくれた(サイトに立ち寄ってくれたような)消費者が、次に他へと顔を向けないようにするために何をすべきでしょうか? たぶん、関心を引き続ける、接点が切れないようにする、すなわち消費者が関心を向けてくれた意味(コンテキスト)が消失、転換してしまうようなポイントを排除する、もしくはそのような転換を遅延させるのでなければなりません。
たとえば、居間から、自室へ、あるいは自宅から通勤電車での移動、プライベートな時間から執務中の時間へ……。
情報消費の現場には数限りないコンテキストの消失、転換点が待ち受けているのです。繰り返しますが、消費者は“気が散る寸前”の状況につねに置かれています。
それを乗り越え、消費者のコンテキスト転換にメディアは的確に追随しなければなりません。

こう考えると、“強力な(競争優位性を有する)情報の力”だけが情報消費の現場を支配する法則ではないことに気づきます。
言い過ぎを恐れずに語れば、圧倒的な情報の力と同じくらい、消費者のコンテキスト転換に追随できる(情報取得の)利便性もまた力を発揮する可能性があるのです。
情報それ自体の作品的価値に対して、情報提供の仕方、すなわちサービス的価値からのアプローチについては、「2016年、メディアが提供する感動と無感動」でも論じました。
たとえば、情報の尺や粒度を小さくしていくことは、3.のアプローチに相当するでしょう。
4.のように、いったんこちらに顔を向けてくれた消費者に、他から働きかける力が及ばないようにするためにも、5. 他が市場と考えていない消費市場を定義するアプローチも重要です。

特に、昨今のテクノロジー進化が生み出そうとしている、AIボット+メッセージングアプリ(サービス)による情報配信のアプローチ(たとえば、これこれ)は、メディア運営者に3.不断の情報提供というアプローチを提供するものと見なせます。
それはまるで、親しい友人との間のメッセージのやり取りのように、ニュースやトピックスが届けられ、継続していく方向です。報道は、始まりも終わりものないようなメッセージのやり取りという形式に変容する可能性が見えてきます。
そのような場であれば、消費者にとってコンテキストの消失、転換が起きにくいからです。会話
これを筆者は「ステートフルなメディア」戦略と呼ぶのです。

“ステートフル”と“ステートレス”を簡単に確認しておきましょう。

ステートとは、一連のやり取りをする上でのセッションの「状態」のこと。前後の状態を維持することをステートフルと言い、一方、その状態を維持しないことをステートレスと言う。ステートフルだと、一つのプロセスが前後の状態を逐一把握しておかなければならないため、拡張性に欠ける。
ITpro『“4つの力の結節”に基づきアプリケーションを開発せよ』、ガートナーのペッツィーニ氏が提唱」・太字は引用者)

これは、システムアーキテクチャの話題ですが、これを念頭にメディアの実装形へと敷衍してみましょう。

  • ステートフルなメディア:始まりも終わりもなく、次々に話題が継起するメディア。始まりも終わりもないため、形式的な前置きや繰り返しがなくシンプルである代わりに、途中参加・離脱が難しい。しかし、コンテキストの共有が切れると、その回復が困難
  • ステートレスなメディア:話題は適切に区切られており、毎回、話題の概論から始まるため、どこから参加しても理解しやすい。コンテキストの共有が強くないため、途中参加・離脱が起きやすい。代わりに、同じ概論を何度も読む(聞く)ことを強いられ、冗長性が高い

ステートフルなメディアの実装イメージは、FacebookメッセンジャーやLINEなどの利用イメージに重ね合わせることができます。Quartz アプリはそのモックアップと見ることができるかもしれません。

メッセージングサービス上の会話は、まさにステートフルです。
飛び交うメッセージは、それまでのやり取りを背景にしている分、極端に短くシンプルになります。
「あれを」「どう?」「了解!」といった語彙で十分にコミュニケーションが成立します。電子メールのようなサブジェクトや、メールの始まりや終わりの形式的な文句は不要で、それが会話の継続性を高めます。

では、この会話の継続性を、会話型メディアの実装形として描いたらどうなるでしょう。

メディアX:「あの件の判決が出ましたよ」
ユーザーA:「どんな論評が出ている?」
メディアX:「○×新聞で社説が出ています。□△ブログで評論家の高橋さんが記事を書いています」
ユーザーA:「高橋さんがなんて書いているのかな? 表示してみて」
……しばらくして……
ユーザーA:「例の判決について、続報が出ていないかな?」
メディアX:「5つ記事が出ました。順に表示しますか?」……

注目したいのは、ひとつひとつの情報(トピックス)は、簡潔であったとしても、それをつなぎ合わせるメディアXとユーザーAとの間では、ステートフルな関係性が築かれていて、総合的には(これまで以上に)豊かな情報のやり取りが生じる可能性があるということです。
もう理解できるように、ステートフルなメディアでは、ユーザーが身を置くコンテキストに変化や転換が生じようとしても、会話のスイッチは切れづらく、柔軟に継続することができます。メディアをビジネスとして考える時、これは大きな機会となり得ます。

いま、メッセンジャーを介した情報配信の可能性に人々の耳目が引き寄せられるのは、ボットとの疑似会話的な交流という奇異な側面が強いのかもしれません。
しかし、それ以上に大切なことは、「あれ」「それ」という簡潔な語彙で会話が成立するようなユーザーコンテキストの把握(ハイコンテキストな関係の持続)というポイントです。
この特徴は、TV報道などにありがちな、うんざりさせられるような繰り返しを排除しつつ、ユーザーのコンテキストの消失、転換によって会話(インタラクション)が途絶えないようなメディアの実装へといずれ拡張していく可能性があります。そして、それはメディアの近未来を描きあげるひとつの視点であるはずです。

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会話型メディア/“ステートフル”なメディア戦略 再論」への3件のフィードバック

  1. 欧米には「引用」「警句」の文化的な装置、あるいは会話をするうえでの習慣(とそれを支える「引用集」などの出版物)があります。それは場合によっては最近話題の小説や、意外に良く売れた専門書、さらに映画などの、「タイトル」にも同様の効果、機能、つまり「コンテキストの共有を促すフック的な機能」がありそうです。

    たぶん、ですが、日本ではテレビ番組がかろうじてそういう、コンテキスト共有のフック的な機能を果たしているのかもしれません。

    ちなみに、米国のテレビ番組には娯楽作品の中ですら、「引用」「警句」がでてくるのには驚かされます。

    “ステートフル”なメディア戦略”で指摘されているのは、あくまでUI的な領域を念頭においておられるかと思いますが、もうひとつ、ステートフル戦略に使える「コマ」となるようなコンテンツ(それは「タイトル」でもいいのですが)の存在も大事かなと(ただし日本ではかなりハードルが高いなとも)感じます。

    • 意外に良く売れた専門書、さらに映画などの、「タイトル」にも同様の効果、機能、つまり「コンテキストの共有を促すフック的な機能」がありそうです。

      確かに、そうですね。会話が継続しやすい仕掛けは、さまざまにありますね。

  2. ピンバック: ●Amazonの力 | ちえのたね|詩想舎

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