日経新聞電子版の有料会員が20万人を突破した
朝日新聞、読売新聞も電子版サイトを有料化、
あるいは有料オプション付きビジネスを模索している
世界的な新聞電子版サイトの有料化動向は、本当にブレークスルーなのか?
デジタルメディア事業という視点で、注目点を探る
先ごろ、日経新聞が同社電子版有料会員数が20万人を突破したことを報じました(下図参照)。
この記事(社告)を基に、デジタルメディアの動向をウォッチしている者として、気になる点を読み解いていきましょう。
まず、「有料会員」そして「無料会員」。この二つの数値が累積数(すなわち、契約終了者・退会会員を含んでいるのか、否か)なのか、あるいは現時点の契約者なのかが気になります。
というのも、既に紙媒体を契約している読者にとり、電子版への敷居は(+1000円と)比較的低く(!?)、お試し的に登録してみるという一定の流動性が想像できるからです。結果として短期間で退会(「紙媒体だけでいい」などと判断)という行動態様も想像できます。残念ながらこの点についてのヒントは見つかりません。
また、135万人の電子版購読者総数をどうとらえるべきでしょうか? これをまだまだ“序の口”と見るべきか、あるいは、そろそろ拡大より有料会員への移行施策が重要なのか。
ヒントは、「日本経済新聞メディアデータ」にあります。ここで示される印刷版日経新聞の購読者数は約300万人。
電子版購読者総数との重複・非重複が気になるところですが、筆者(藤村)はまだまだ広大な非会員の裾野が残されているとは見ません。
本記事(社告)から得られる認識は、さらにあります。
記事は、同紙の有料化会員の規模が、世界を見渡しても「米ウォール・ストリート・ジャーナル電子版」(WSJ)、「米ニューヨーク・タイムズ」(NYT)、「英フィナンシャル・タイムズ電子版」(FT)に次ぐトップグループに属していると位置付けていることです。
ちなみに、筆者(藤村)が以前に取り上げた記事では、NYT 電子版有償購読者は32万人(無償購読者100万人)、FT 25万人(同400万人)としています(「デジタルメディア有償購読化に見逃せない3つの視点」)。
ここに日経電子版の数値を差し挟んでみましょう。
FT 250K(4M 6%)
NYT 320K(1M 32%)
日経 200K(1.4M 15%)
*「%」は有料/無料会員比率
英語圏域の人口を考えれば日経電子版の奮戦ぶりは評価されるべきかもしれません。また、有料/無料会員比率で NYT があまりにも飛び抜けていることはあるにせよ、日経は“なかなか”だと見てもいいでしょう。
さらに考えてみたいポイントがあります。
購読者数という純粋な規模に加えて、購読料(価格)という要素を加味してみたらどうでしょう?
手元の「The New York Times’ Delusional Digital Pricing Scheme」という記事に購読料の媒体比較チャートがあります。これを基に精査・追加を施したチャートが下図です。
The New York Times’ Delusional Digital Pricing Scheme を訂正加筆した媒体購読料比較。
日経電子版は、4000円の電子版単独購読料を12倍した。為替レートは単純化してある
日経新聞を除くと、やはり高品質と伝統をテコに一般紙ながら強力な支持層に支えられた NYT がダントツの購読料(年換算ベース)で、読者規模の WSJ に競争を挑む図式です。
日経電子版をここに挿入するとあることが見えてきます。日経電子版は電子版のみの購読者が20万人であれば、NYT の購読料売上に肉薄するのです。
もちろん、事情はそう簡単ではありません。日経社告は「有料会員のうち紙の日経新聞とセットで購読する読者が10万人を超えており」と明示しています。つまり、20万人が月額4000円を支払っているのではなく、その半分が月額1000円の支払いに止まっていることは周知の通りです。
それにしても、こと“直接購読者数とその課金売上”に絞って比較すれば、日経電子版は社告が胸を張って述べるように世界中を見まわしても、確かにトップクラスであることに間違いはありません。
ただし、ことはこれで終わりません。その将来性が懸念されて久しい新聞業界。日経新聞は確かに世界トップクラス入りしているもののその将来は安泰でしょうか?
ポイントを絞って意見を述べます。
まず、有料購読者数の増加ペースを続けられるか? ということです。
ちなみに、NYT が本格的なペイウォール(有料制)を敷いたのが1年前。日経電子版はすでに2年。常識的にいって NYT の増加ペースに追いつくには困難が伴います。
もうひとつ。日経電子版の“値付け”が世界水準で言っても驚異的な高さであることを忘れるわけにはいきません。このマーケティング方針が示すものは、依然として日経電子版は印刷媒体購読を補完する(言い換えれば、電子版へと大移動が生じないようにする)姿勢を保持していることです。
むろん、事業の総合的な収支尻という観点あってのことでしょうから、印刷媒体購読を基幹とし続ける姿勢に安直な批判は無意味でしょう。そこでこの、印刷媒体=主、電子媒体=従の図式がいつまで維持されるのか、という関心に言葉を換えてみたいと思います。
ここで先に紹介した「デジタルメディア有償購読化に……」をもう一度、紹介しましょう。
そこでの注目の論点は次のようなものでした。
厳しさを増す新聞業界の中でも極めて強い競争力を有する2紙、すなわち The New York Times(以下NYT)と The Financial Times (以下 FT)がほぼ同時に印刷版の大幅な値上げに踏み切ったのである。NYT を例に取れば、デジタル版購読は、売店1部売りに比べると70%も、FT でも同様の比較で68%も安価となる。
これは、単純に物価上昇分の吸収というようなものではなく、明瞭に、印刷版からデジタル版へと読者にシフトを促す戦略的な決定とみなすことができる。
デジタル版が新聞メディアの“未来”(参照:「次の5年以内には…その時までには読者の多くがデジタル版を読んでいるはずだ」)だとすれば、いずれ印刷媒体の購読者を強制的にも電子版へと誘導し、それを基盤に企業全体の経営を再設計しなければならなくなる時がきます。
そのために世界的に見て飛び抜けて高い購読料体系を、いつどうチューニングするのか、注視していきたいと思います。(藤村)