私たちの眼前には、すでに多くの電子雑誌が登場している。
しかし、“未来の雑誌”はそのようなものではない。
それは プラットフォームであり、
従来の雑誌から記事のアンバンドル化を一挙に推し進め、
お勧めリストから、購読、そして閲読へといたる一貫した体験を提供するアプリとなる。
本稿では、“雑誌の未来形”を大胆にデッサンした米ブロガーのオピニオンを紹介します。ブログ Pando Daily 掲載、Hamish McKenzie 氏執筆「The Future of Magazines Should Look a Lot Like Spotify」です。
McKenzie 氏の大胆な素描は雑誌の未来形をめぐって随所にわたりますが、基本となるコンセプトを取り出すとこうです。
- 雑誌ごとに異なるアプリをインストールするのは不合理である
- 読みたい記事・読みたくない記事その他をバンドル(不即不離)した提供は旧弊の踏襲である
- お勧めから始まり、購読購買、ソーシャル化された閲読に至るプロセスを統合すべきである
では、論旨を整理しながら、McKenzie 氏の主張するところに耳を傾けていきましょう。
タブレットは、もしかすると雑誌の救世主である。しかし、購読者の減少に直面しながら、雑誌は自身を救うためにほんのわずかなことしかしていないのだ。
タブレットで雑誌を読む行為は、時代錯誤のページめくり機能や、コンビニのスタンド売りのような(品のない)デザインの模倣であったりと、紙の雑誌の悪しき閲読体験を引き写した行為のようだ。
さらに悪いのは販売流通の仕組みだ。
Apple の Newsstand はまだ良い。価格もまあまあ。フォルダもひとつに整理される。だが、それで十分というわけではない。
ここから氏は、電子雑誌の販売と(コンテンツ)流通の旧弊に切り込みます。
ひとつは、流通です。雑誌が多様な記事をバンドル(不即不離な状態)化して販売するモデルであること。
Web の世界では検索エンジンの力を借りて、読みたい・知りたい記事へ直行する仕組みが整備され、記事(コンテンツ)単位の消費モデルが形成されています。
また、iTunes に象徴される楽曲のばら売りも常識となりました。雑誌がいまだにバンドル形式に固執することを氏は批判します。流通におけるアンバンドル化の趨勢については以前にも論じたところです(「メディアとコンテンツの“アンバンドル化”」、「コンテンツの『断片供給』と『小口課金』を考える」)。
もうひとつ、現在の電子雑誌の流通の問題は、雑誌コンテンツとアプリがバンドル化されており、一つひとつインストールしていくと膨大な容量が必要となることでしょう。
このような非合理に対して氏が回答として提案するのが、有料動画配信サービス Spotify(下図)に範を得たモデルです。
Spotify サービスのラインアップ
日本では提供されていないサービスなので、別のサービスを例にとると、iTunes Store と iPod(アプリ)が統合されているようなものと理解すれば良いでしょうか。
McKenzie 氏がイメージするのは、iTunes がアルバムとのバンドル状態を緩めて楽曲単品での購入に道を開いたように、雑誌もその記事をアンバンドル化しバラバラに購読できるようにするというものです。氏の構想ではアプリを起動すると、記事単位のリストが表示され読者は読みたいものを選んでその場で iPod のように閲読を開始するのです。
仮にこのアプリを「Magazine Reader」と呼ぶことにしましょう。
Magazine Reader は、記事のマーケットプレイス(ストア)機能を持ち、そこから選んだ記事を即座に閲読できます。
ストアは、実在の書店や Amazon などのEC書店の体験を上回るべく下記のような情報や機能を提供すべきとします。
- お気に入り雑誌ごとに最新記事リストを表示
- 読者の関心事項に即した記事、ソーシャルメディアで話題となっている記事リストを表示
- リストの各記事には、サムネール画像・筆者名・タイトル・日付・雑誌名・読者へのリコメンデーション・レベルなどを表示
- 各記事の折り畳まれた情報を広げれば、記事の先頭段落や記事のデザインなどを確認できる
- 個々の記事を含んだ雑誌全体を購入をすることもできる
また、ソーシャルリーディングの観点から次のような機能も用意します。
- Magazine Reader のユーザーは、それぞれの(Facebook タイムラインのような)プロフィールページを持つ。そこには最近読んだ記事や、お勧め記事などを表示する
- また、好みの雑誌や筆者、関心テーマ、(Twitter や Facebook のように)フォローしているユーザーリストも表示する
このような情報の公開により、ユーザーはソーシャルグラフを通じて自分に適した記事を見つけやすくなるというのです。
もちろん、読者のみならず、ライター(記事執筆者)や発行者(雑誌社)も、それぞれのページを運用し、ソーシャルな関係をテコに読者を増やし購読を広げていくことになります。
既に述べたことではありますが、重要なことは一貫した閲読体験の構築です。
読みたい記事が的確にお勧めされ、気軽に購入でき、その場で読み始めることができる。また、複数デバイス間でも同期が働き、場所や時間を問わず読書をシームレスに進められることが基本です。
閲読のインターフェイスは美しく、記事を読みながら辞書を引いたり、記憶したい箇所をマークアップできます。
クラウド型の閲読スタイルの利点で、筆者が新たな事実などを発見して記事を改訂すればそれが即座に反映したりと、ダイナミックな閲読体験を期待できます。
さらに、そんな閲読体験をソーシャルメディアへと発信することで、より良いコンテンツを勧め合う場が形成されていきます。
このような網の目が張り巡らされることで、記事単位の流通と売買が読者、執筆者、発行人の間で成立するようになるというのです。
さらに重要なのはビジネスモデルでしょう。
McKenzie 氏が範とするのは、iTunes のような楽曲単位の課金ではなく、Spotify をはじめとする有料動画配信サービスが採用している月額固定料金制です。
主要な収入は Netflix のような購読料モデルとなる。これは月額10ドルですべての記事から読みたいものをいくらでも読めるというものだ。
この収入を、記事の発行者とプラットフォーム(Magazine Reader 提供者)で分け合うことになる。
もちろん、発行者(出版社)は抵抗を示すだろう。彼らの元々のビジネスモデルはバンドル型であり、アンバンドル(=ばら売り)ではなかったから。
しかし、コンテンツのアンバンドル化は避けられない。
うまく収入を分配できれば、読者にも筆者にも、そして発行者にとっても良い収入モデルとなるはずだ。
月額固定料金で読み放題という、米国でもビデオストリーム系サービス(以前は借り放題のCDレンタル)でしか成立していないモデルが、日本市場にも妥当するかは、まだ謎です。しかしながら、これも「WIRED シングル・ストーリーズ」に触れて論じたように、読み応えのある適切なボリュームの記事を売買する市場は、読者側の需要はもちろん、記事執筆者・フリージャーナリストらの糧道確保という観点でも意義あるものでしょう。
McKenzie 氏は、音楽や映像系のコンテンツ流通が先行して示したような多様性が、雑誌市場にも開けてくることに期待を示します。
音楽や映像市場で実現できたことが、雑誌市場でできないことはないと筆者も感じます。
アンバンドル化に踏み切るには、印刷雑誌への広告掲載需要が低迷しているいまが、その格好の機会なのかもしれません。
(藤村)