国内で電子書籍の普及が進まないとの声が挙がっている
しかし、電子書籍そのものを議論する以前に、
総合的な読書体験を進化させるアプローチにも注目すべきだろう
それはクラウド化された書架が起点となる
2015 年に国内の全書籍売上が現在と変わらぬまま停滞気味に推移するとして 8000 億円。これに対して最近の調査結果では、電子書籍の売上は約20%を満たすに過ぎないと予測されています(下図参照)。ここ数年高まってきた電子書籍市場の成長期待を裏切る予測ですが、とは言いながらも、電子書籍がじわりと存在感を高めていることに間違いはありません。
このことからも、筆者が確信するのは、印刷書籍と電子書籍が長く共存する時代が到来しているという点です。
印刷も電子も——。読書家にとり両方のオプションが目の前にある。それは健全なことです。
そこで、電子化という未来を考えた場合にも、電子書籍“だけ”を議論をする以外に目を向けていく必要を感じます。
本稿では、印刷も電子も混在する状況下で、いかに読者が電子化に前向きになれるかという条件を考えてみましょう。
「読書」という体験は、実は書籍と読者が向き合っている時間に止まるものではありません。
読書体験は、その“向き合う”時間の前後へとすそ野を広げているものです。この点は「読書体験を拡張する」で素描しました。
いま改めて電子書籍の伸張を阻むもは何かを、この拡張する読書体験という視点から見ていく必要があります。
印刷も電子もの混在状況をどうやってマネジメントするか?
Web を介した電子の書架サービスが筆者に思い当たります。昨今ではこの種のサービス、アプリはすぐさま 20 ほども目に付くようになりました。
残念なことに、筆者には、これの多くは“子どもだまし”のように映ります。
サービスインすると、デザインされた各種の“本棚”が画面に現れます。そこに蔵書を登録する。すると、書棚には個々の書影が現れ……。
要するにリアルな書棚を戯画化しているだけのように見えます。
バーチャルな書架の付加価値としては、蔵書する書籍についての書誌情報を使える、書棚自体を自分の書物の趣味として公開できるぐらいではないでしょうか。
しかし、印刷と電子、いずれものタイプの書籍も蔵書するようになってくると、このようなバーチャルな書架が果たすべき役割は大きくなるはずです。
電子書籍と印刷書籍のデータがマネジメントされ、文字通りクラウドを介して任意のデバイス、任意の場所からアクセスできる——。そのようなイメージが広がります。
読書のための基盤として、読書家が蔵書を効率的にマネジメントする一方、読書の本格的ないつでも・どこでも化をするために——。
筆者は“クラウド基盤に立った書架”の実現を強く期待します。
これがあってようやく、印刷書籍の読書体験に対し電子の読書体験を、利便性の観点からも豊かな未来図を提示できるようになるのです。
イメージ化すれば、下図のようになります。
ポイントは、これまで購入し文字通り積み上げてきた印刷書籍、そしてさまざまなフォーマットやサービスとして提供されている電子書籍をともにマネジメントできるかのかどうかにかかっています。
世の中に、印刷書籍や雑誌、そして、電子書籍や雑誌を、まったく別々にマネジメントしたいと思う人は、いないでしょう。
手元には数十年の半生で購入し積み上げてきた印刷書籍があります。「読書家」ともなればこの数は多くなり、単純な保管場所にも困り、それゆえ所有しながらも蔵書へ迅速にアクセスすることも難しくなっているはずです。
読書家はこの時、半生を通して出会った書籍の電子化を夢見るのです。
どこに置いたかも分からなくなってしまった名著から金言を自由自在に取り出せたら——。
筆者自身、そう思ったことが一再ならずです。
ほとんど“死蔵”されてしまった愛読書(個人的な体験として、書籍の山からの発掘に失敗し、同じ書物を購入し直したことさえあります)に、新たな息吹を吹き込むためにも印刷書籍の電子化が必要です。
そして、いったん電子化された書籍は、いわゆる電子書籍と同様、いつ・どこからでも、どの機器からもアクセスできるようにすべきです。PDFやEPUBのデータをダウンロードしただけの電子書籍では、それがどの端末のローカルに存在しているのかで、読書の時と場所を制約されてしまいます。
おのずと答えはクラウド基盤へと絞られます。
また、筆者の個人的な読書習慣ですが、価値ある書物であればあるほど、傍線やメモの書き込みが多くなります。
これをカギ(INDEX)に、蔵書から印象深い箇所を自在に取り出せるようになれば、読書体験に大いなる付加価値がもたらされます。
印刷書籍を自炊して iPad 上のアプリで表示した
ここで提案しておきたいのは、書籍電子化の波が到来する以前の印刷書籍を“電子化”する手法の整備です。
そうです。自炊のことです。
この2年ほどで急速に立ち上がった自炊事業(書籍の裁断、スキャニング代行業)は、現行法規、出版社や一部著者らのキャンペーンにあいあえなく終息に向かっているようです(記事参照)。
しかし、積極的に“自炊”に向かった読書家たちにとり、蔵書を裁断・スキャニングするサービスへの需要は宙に浮いたままです。
筆者は、ここで出版社など業界団体で自炊代行業を認証する仕組みを提供するのが打開策と考えます。
つまり、法的にグレーな事業者や代行メニューを排除し(あくまで書籍の所有者から委託を受けて作業を代行する、裁断後の書籍の返却もしくは適正な廃棄プロセスなどを実施する)ガイドラインを担保できる事業者を認証し読書家のニーズに応えていくのです。
出版などの業界とこの代行事業者間で以前と異なる“友好関係”が成立すれば、これまでの自炊では満たされなかった高度な電子化サービスも提供されやすくなるでしょう。
たとえば、絶版扱いとなってしまっている旧版を書肆自ら自炊し少量販売するようなビジネスにも活路が開けます。
次に、印刷書籍の対極である電子書籍の状況はどうでしょうか? 印刷書籍を多く蔵書する際の“不便”を克服する未来の姿を十全に提示できているでしょうか? 残念なことに、体験的には“ノー”と言わざるを得ません。
さまざまな電子書籍販売、サービスがすでに台頭していますが、ファイル形式は多様。ユーザーがダウンロードすべきものもあれば、固有のクラウド型(本の実体をユーザーが取得しないもの)などあり、統合的なマネジメントは到底できていません。
クラウド型サービスであっても、PC(Windows)から閲読できてもMacでは不可というケース、各種のモバイル機器への対応がばらつくなど悩ましい限界が山積です。
むしろ、印刷書籍の蔵書のほうが自炊等によるデータ化で将来への担保もできるのに比べ、電子書籍のプロプラエタリ化(タコツボ型)のほうが気になる状態です。
こんな状況では、読書家にとっては“読み捨てでいい”読書の方向でしか電子書籍に適合できません。
思わず悲観的な素描になってしまいましたが、問題解決の芽もあります。
詳細を論じるのは避けますが、たとえば、「オープン本棚プロジェクト」のような試みも誕生しています。
なにより電子書籍提供上のフォーマットを、オープンな標準である PDF、EPUB、そして“デファクト標準の可能性がある” Kindle フォーマット、加えて Web 標準である HTML5+CSS3 を中心に互換性を強く意識した業界全体のコンバージェンスが進む機運は、潜在的には高まってきています。
改めて、論を整理しましょう。
マネジメントする対象のコンテンツ
- 法的にクリアな事業者もしくは所有者個人による自炊 PDF
- 数種の標準フォーマットの電子書籍、および青空文庫など Web 標準フォーマット
書架の基本機能
- 書誌情報等を使った保有書籍のデータベース化
- アノテーション(書籍への書き込み)情報のデータベース化
- 書影等の表示
- 各種検索機能
- 保有書籍およびアノテーションの公開などソーシャル化
情報機器端末の機能
- Windows、Mac、Linux等ネイティブアプリ開発用 API 提供
- iOS、Android等モバイル端末向けネイティブアプリ開発用 API 提供
- ブラウザを仮想表示端末とするための HTML5 等 Web 標準のサポート
本稿冒頭の問題意識に立ち返りましょう。
“電子書籍の体験に欠けているものは何か”と問われれば、読みたいコンテンツが提供されているのかどうか、というハードルではありません。新刊書籍は徐々に電子版としても提供されていく流れにあります。
言葉を換えれば、“フローとしての電子書籍”は需要を満たす方向に歩みを始めています。
課題は“ストックとしての電子書籍”におけるソリューションです。読書家の視点で素直にこれを語るなら、手持ちの印刷書籍を含めていかに気持ちよくマネジメントできるかという方向です。
そのために、クラウド化された統合的な電子書架が求められるはずです。
その書架は、単に個人の蔵書管理のために止まらず、適切なアフィリエートの仕組みを付加できれば、特定テーマに強いブティック型書店に化けることも可能です。
また個々人の書架が適切な形でネットワーク化されれば、ソーシャルリーディングを加速するプラットフォームとなるかもしれません。
このまま電子書籍が垂直型サービスとして硬直化してしまう前に、どうにかして柔軟で付加価値の高い蔵書マネジメントの仕組みを形成し、それを個人へと提供しなければならないと考えます。
(藤村)