収集のつかないくらい取り散らかった Web メディアのデザインは、
ユーザーの集中を阻み、“メディア体験”を蝕む
このままでは、
印刷メディアを克服したとする Web メディアも、
読者に“ノー”と言われる時がやってくるかもしれない
Web(メディアの)ページは、あまりに多くユーザーへの接触点を盛り込んで取り散らかってしまい、読者はコンテンツに集中することができない。
こう語るのは、米国でブログ、ビデオなど多くのソーシャル型コンテンツをネットワークするメディア企業 SAY Media の CEO、Matt Sachez 氏です。
Ad Age DIGITAL 掲載記事「Take a Lesson from Print Media: Clean Up Web Layouts」(印刷媒体から学べ:Webページのレイアウトを片付けろ)で、氏は昨今のデジタルメディアが生み出す“体験”が最悪のものに陥っていると警鐘を鳴らします。
メディアのデジタル化は避けて通れない道筋ですが、氏が指摘するのはそのデジタルメディアが突き当たっているシリアスな課題と響きます。本稿では、氏の指摘をポイントに沿って整理し直してみます。
あまりにたくさんのメディアサイトが同じような欲求に駆られている。
ごたごたしたタイトルやストーリー。
アイコンや広告が見苦しく積み上げられている。
メディア事業がデジタル時代を生き延びるために、私たちは Web を片付ける必要がある。
より速く、より多くのアクセス等々を追い求める結果、エディトリアルデザインの美やコンテンツに配慮した広告体験といったものに対する無関心が生じているのだ。
このように Sanchez 氏は Web メディアの現状を指摘します。
当ブログ「Web 系ニュースサイトの行き詰まりを検証する」で指摘したように、経済的背景もあって Web メディアのページデザインに占める広告面積の増殖が課題になっています。
しかし、Sanchez 氏の論は、記事面における広告表示面積の多寡を問題にしているのではありません。
Web のページレイアウト自体が読者の焦点を散乱させてしまっているという構造的な要因についてなのです。
「無関心」は、Web メディア読者に対してどのような結果をもらたしているでしょうか?
初期のWired 誌が懐かしく思い出される。美しくデザインされたページが流麗にストーリーを運び、読者の理解を助け重要ななにかを感じさせるようなものだった。
それに比べ、現在のデジタル(メディアの)体験は、恐ろしくつまらない。Web は(メディア体験を)後退させていると、いくつもの理由から言える。
増加するソーシャルメディアの共有ボタンが、数多くの広告表示枠が、ますますコンテンツを追い詰めている。
構造的に見て、Web ページは複雑になりすぎているのだ。
読者に、コンテンツや広告その他重要なことに集中させる代わりに、たくさんの投稿や共有機能などが盛られさまざまなアクションを求めようになっている。
最新の Web メディアに求められる要素に、“会話性”が挙げられることが多いのですが、氏が指摘するのはそのようなインタラクション(双方向の会話)機能を数多く埋めこもうとすればするほど、ユーザーにとってコンテンツや広告の閲覧に集中できないというのです。
コンテンツと広告以外の要素があまりに増えてしまった Web メディアの現状が問題だというわけです。
ならばそんな劣化したユーザー体験を改善するにはどうしたら良いでしょうか?
氏はひとつの仮説を、印刷メディアでの知見を学び、それを Web メディアの特色とをうまく共存させるべきと述べます。
どうやってこれを修復するのか? どうやれば、コンテンツと広告をバランスさせ、読者、コンテンツ提供者、広告主らのエコシステム高めるような、高品質なデジタル体験を創造できるだろうか?
私たちは、かつての印刷メディア時代が持っていた美しいエディトリアルデザイン、レイアウト、見やすい広告の手法を学び、Web が有するリッチでインタラクティブな力と組み合わせる必要がある。
HTML5 をはじめとする新技術に対応したブラウザなどによって、より効果的な(文字)組版や写真、レイアウトは可能となっている。
また、旧来の Web メディアのトレンドに対して、それを改善していこうという勢力も台頭していると紹介します。
Gawker(米国の著名なゴシップ系 Web メディア)のデザイン変更——その当初は激烈に批判された——は、そのブログメディアのルーツを払い落し、新たなメディアを体現しようとする試みだった。それは成功した。ユニークビジター数は記録を更新したのだ。

My Gawker Redesign « Joey Primiani の記事から。
左は 2011 年リニューアル後の Gawker。右がリニューアル前のデザイン via kwout
The Verge や The Daily Beast も同様に力強いエディトリアルデザインを加速している。また、(ブログ由来の)垂直方向にコンテンツを積み上げていく方式に代わるレイアウトデザインを使い始めている。
老舗メディア、たとえば New York Times もデザイン重視を強めている。同紙もまた、取り散らかしたレイアウトを改め、また、時系列重視のデザインからオンラインエディトリアルデザインへ歩み始めている。

ここに筆者(藤村)の意見を差し挟んでみたいと思います。
Sanchez 氏が例に挙げるような、デザイン面でのサイト再設計を試みたメディアはまだまだ少数にとどまっているようです(だからこそ、読みやすい、ストレートでシンプルなレイアウトは Web サイト間の差別化要素にもなりそうですが……)。
まして国内では、商業サイト、人気ブログメディアでも、個人的な印象としては“見づらい”サイトが隆盛を誇っているのが実情です。
しかし、メディアが自らユーザー体験向上をめざすイノベーションをリードしなければ、「メディアのデジタル化が開く根本的な変化」で触れたように、サードパーティが提供する、例えば Web ブラウザ Safari の「リーダー」機能、そして Readability や Instapaper 等が提供する“テキストスクレーパー”系アプリやサービスを通じて、ユーザー自らが Web メディア体験の“改善”へと動いてしまうと予測します。既にモバイル機器からの Web サイトアクセスが急伸している動向の背景には、そのような兆候が見え隠れしています。
そうなってしまっては、各メディアが丹精込めて作り込んだオリジナルなコンテンツや、広告などによる収益機会が損なわれかねません。
さて、Sanchez 氏のオピニオンは、現在の Web メディアはかつて高品質を誇った印刷メディアでの経験や成果に学ぶべきだという教訓で、実は終わっていないのです。
デジタルメディアは、他方で巨大なトレンド変化であるマルチスクリーン化(モバイルなど多種多様なメディア機器類)への対応を迫られています。氏が最終的に主張するのは、このようなスクリーンやロケーションの多様化に対応しなければならないデジタルメディアにとり、本質的な問題解決は“メディアは API のような存在になるべき”との刺激的なものです。残念ながらこの点について論じるには機会を改めなければなりません。
(藤村)