少し前、「読書体験の拡張は可能か?」で「書物をめぐって読者の欲求と行動は、読書体験を核にその前後へと長く伸びようとしている時代です」と述べました。
それは具体的なイメージが念頭にあってのことでした。
本稿では、そのイメージを中心に今後のメディアにおける体験拡張の可能性を探ってみたいと思います。
さて、最初に狭義と広義、ふたつの体験について整理しておきます。
“狭義の読書体験”は、雑誌や書籍を開き、そこに印刷されてある、テキスト(文章)やグラフィックス(絵や写真等)を読み、各種の想念を生じることと定義します。
想念は、実利に結びつく行動を導くこともあれば、持続性のある感慨、感激といった情調的なものであるでしょう。
では、“広義の読書体験”はどのように想定すればよいでしょうか?
筆者としては、「書物をめぐって読者の欲求と行動は、読書体験を核にその前後へと長く伸び」る部分と定義したいと思います。
列挙してみましょう。
発見し、期待を募らせる
- 新刊書の広告(中吊り)を見る
- 書評で、新刊書の内容に触れる
- 知人から未知の書籍や記事について紹介される、推奨される
- 読んだ本、記事から引用元の文献に興味を持つ
- 知りたい知識を検索し関連情報に出会う
- 書店の平台で書物/雑誌と出会う……
読書体験を強化する
- 書籍や雑誌を読みながら、(マーカーなどで)マークを付ける、付箋を付す
- 同上、感想などを書き込む
- 感銘を受けた箇所などを書き出す
- 感銘を受けた箇所などに関連する文献を調べる(読書対象の拡大)……
読書体験を反復、拡張する
- 蔵書・読書履歴を記録する
- 書き込みやマーク部分、書き出したメモを見直し、感銘を追体験、強化する
- 書き出したメモを基にまとまった感想を考える、表現する、伝える
- 感銘を他人に伝える、推奨する……
これを簡単に図示すれば以下のようになります。
“広義の読書体験”をフローとしてみる
気づくことは、“広義の読書体験”は昨今の消費一般の過程と大きな差異がないことです。
つまり、商品の消費(購入して実際に利用する)を中心に置き、その前後に消費活動の広がりを対置すれば、ちょうど読書体験の時間的拡張に相似するフローが描かれているのです。また、これも既知のことですが、この体験は1回限りで完結することはなく、記録・共有を経て体験が強化され、そして、次の体験の起点へとループ(円環)していきます。
かつて筆者(藤村)自身も、読書体験は非常に個人的で、他者に向かって閉じられた営為と考えてきました。
もちろん、今も思惟を深めるという側面で変化があるわけではありません。しかし、その個人的な志向の色濃い体験も、種々の支援機能の強化や、さらには同好の士らとの共有によって、さらに強化(深化)される可能性を意識しています。
いまや多くの人々が認めるように、一般消費財の消費体験が他者と共有されることにより、より良いモノがより多く消費されるというループがあり得るのと同様、適切な体験の強化、拡張によって、商品としての書物が多く購買される可能性もあるのです。体験の深まりと販売の活性化を併せて望むことができるはずです。
そろそろ結論に近づきました。このように考えられる“読書体験の拡張”ですが、リアリティはどうでしょうか? 可能性を感じさせる取り組みやサービスを見聞きするようにはなったものの、実は総合的な構想を持ったプレーヤーの登場には未だたどり着いていないといえます。
筆者(藤村)が、可能性の片鱗を感じるサービス群を列挙しておきましょう。
Amazon……記録、推奨、検索、購入
Booklog……蔵書管理、紹介・書評・推奨、感銘を共有
Inbook……蔵書管理、紹介
MediaMarker……蔵書管理、(紹介、推奨)
みんなのしおり.jp…… 『スティーブ・ジョブズ』の記録、推奨、感銘を共有
SkyBook……読書、推奨、感銘を共有、(蔵書管理)
ツイパブ(β)……読書、(紹介・推奨)
*上記( )書部分は機能の片鱗はあるが十分ではない
最後の2つ、SkyBookはスマートフォン用青空文庫リーダーですが、作品を引用してツィート(共有)できます。ツイパブ(β)はやはりスマートフォン用ePUBリーダーで、SkyBook同様の共有機能を有します。
これらWebサービスやアプリケーションを紹介しながら感じるのは、いずれもが印刷(アナログ)とデジタルの読書体験を横断的にとらえる発想が希薄であること。また、“狭義の読書体験”部分については、SkyBookやツイパブ(β)がリーダー機能を提供するもののその点での深まりは不十分です。また、特徴的なのはプロモーションサイトの位置づけである「みんなのしおり.jp」を除き書肆が積極的に読書体験の強化に乗り出す兆しが見えません。くり返しになりますが、「総合的な構想を持ったプレーヤーの登場には未だたどり着いていない」と言うべきです。名乗りを上げておかしくない最短距離にはAmazonが存在しているのですが。
読書体験はいまだに、そしてこれからも個人的営為である側面が強いと思います。それが故に、大きなリアルの場へと結びつけるより、偏在する読者個々人と的確につながっていけるデジタルな仕組みに未来への可能性を抱かせます。と同時に、書籍を電子化すればそれで進展するものでもない難しさを併せ持っているのですが。(藤村)
※2012年2月7日、一部文言の修正を行いました。
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