“コンテンツ エブリウェア”戦略とは何か

米 New York Times 紙と Wall Street Journal 紙が軌を一にして“コンテンツ エブリウェア戦略”を打ち出した。
ソーシャル、モバイル潮流の加速で、変化を始めたデジタルメディアの事業戦略を追う

現在のデジタルメディアが直面している焦眉の課題は、「デバイスの多様化によるユーザー動向の変化」と言えるかもしれません(たとえば、「デバイスの多様化によるユーザー動向の変化とマーケティングへの影響 」を参照)。
まずこの点について、筆者が理解する“機会と危機”を整理してみます。

  • 機会……ユーザー接点が増える。ユーザーとの接触面が増せば、“会話”の機会も増す。また、ユーザー一人ひとりの動機や嗜好の分析も進む
  • 危機……デバイスの多様化やアクセス状況の変化が、コンテンツづくりに多様化を迫る。それは負担増であり経験値の新たな集積も必要となる

前回、「ストリーム型メディアの勃興 Webメディアの転換点」で、従来の Web メディアづくりが「ページ型」を主流としてきたのに対し、昨今の Twitter や Facebook そして新しいメディアプラットフォームが、いずれも“ストリーム型”であることから、ユーザーの嗜好がページからストリームへと振れているのではないかと論じました。
冷静にいって、人に喜ばれるコンテンツの表示形式が、短期間に極端な変化をすることはないにしても、モバイルスタイルが常識となったユーザーに、ストリーム型メディアが便宜をもたらしていることは十分に理解できます。大きなスクリーンの PC からアクセスするのに適した凝ったページレイアウトのコンテンツが、小さなスクリーンのモバイルデバイスからアクセスしたとたん、舌打ちしたくなるほど読みづらいものに変化することはよくあることです。
大事なことは、この“小さなスクリーンのモバイルデバイスからアクセスする”機会がますます増えており、また、それが私たちの嗜好にマッチするようになってきていることです。

加えて指摘しておきたいことがあります。
私たちは Twitter や Facebook を通じてメディアのコンテンツに接することも増えてきているのです。
それまではお気に入りのメディアをブックマークして定期的に訪問したり、検索エンジンで関心あるコンテンツを探し出し訪問していました。
いまは、Twitter や Facebook の公式サイトをフォローしたり「いいね!」しておきます。また、感度の高い知人たちが紹介する話題を通じてメディアを訪れるようにと変化し始めました。

そうなってくると、従来お気に入りのメディアは Web 上の1か所に住所を持って存在していてくれれば良かったのが、そうではなくなりました。
自分が最も多用するソーシャルメディア(のストリーム)内に、お気に入りのメディアもいてくれたらと感じるようになります。
ことはデバイスが有するスクリーンサイズの問題に止まらなくなっていることに気づきます。

本稿は、メディアが“エブリウェア(どこにでも)”展開していくことが重要になってきたことについてのメモです。

朝日新聞がニコニコニュースに8月1日から記事配信を開始した。新聞社・通信社では毎日新聞、時事通信に続いて3社目となる。
[参考]⇒配信媒体一覧 | ニコニコニュース

(中略)

毎日や産経と比べ、朝日はわりとポータルサイトへの提供は控えめな方であり、ニュースサイトとして圧倒的な力を持つヤフーニュースに提供していないことで知られる。ニコニコニュースには2段落しか配信せず、続きは自社へ誘導というスタイルであり、ニコニコのユーザー層を少しでも取り込みたいという意向だろうか。(edgefirst のメモ朝日新聞がニコニコニュースに記事配信 生放送出演がきっかけ」)

ブログ edgefirstのメモ で紹介しているのは、朝日新聞デジタル が ニコニコニュース に記事を配信していること。ただし、記事全文を閲読するには、朝日新聞デジタル サイトにジャンプする必要があるということです。
客観的に見て、ここには当然ながらギブとテイクがあると理解できます。朝日新聞デジタル にとって、ギブは ニコニコニュース という、管理もユーザー属性も異なるサイトに対し、自社のコンテンツ(の一部)を提供する“リスク”です。一部といえどもコンテンツの一部を他社サイトへ提供することは、同社の過去の経緯からするとチャレンジであったはずです。実際、掲載される ニコニコニュース トップページでは、朝日新聞デジタル のブランド性はいったん消され、他社コンテンツの見出しと混在させられているのです。
一方、テイクは何か。ユーザー層の異なる(?)サイトから読者を獲得できるという可能性です。「2段落」以後を読むために 朝日新聞デジタル サイトを訪れるユーザーは、朝日新聞デジタルの有望な見込み読者層です。
いくつかの傍証から(朝日新聞社広告局ページや「ニコニコニュースが挑むネットニュースの新しい可能性」など)、ニコニコニュース に対し 朝日新聞デジタル は、その訪問者数やページビュー数で圧倒していることからも、層の異なるユーザー獲得を目標とした“出店戦略”と想像できます。朝日新聞デジタル がこれからも、サイト外部へコンテンツ(の一部)を提供していく方針なのか興味をひくところです。

次に、米国の著名新聞メディアの取り組みを紹介します。
いずれも、Poynter. 掲載の記事です。ひとつは「Four things for journalists to consider as full New York Times content comes to Flipboard」で、New York Times 紙とスマートデバイス向けニュースリーダーアプリ Flipboard との提携についてです。
もうひとつは、「Content going ‘everywhere’: WSJ extends premium subscriptions to Pulse newsreader」です。前の記事が NYT と Flipboard の提携だったのが、この記事では Wall Street Journal と Flipboard の対抗馬といわれることも多い Pulse との提携についてです。

everywhereContent going ‘everywhere’: WSJ extends premium subscriptions to Pulse newsreader

この一対の記事が興味深いのは、NYT と WSJ という、タイプこそ異なれ米国を代表する新聞メディアが軌を一にして、“Everywhere(どこでも)”戦略を標榜していることです。
片や「NYT Everywhere」。他方は「Journal Everywhere」というわけです。

前者記事を中心に紹介していきましょう。
記事は NYT Everywhere 戦略は、「NYT のコンテンツを多くのサードパーティ・プラットフォームへ展開していくこと」と説明しています。
記事筆者 Jeff Sonderman 氏はこの戦略について、ジャーナリストが考慮しなければならない点として4つ掲げています。以下にそれを要約します。

  1. 多様化している読者の便宜に焦点を当てる……すでに NYT の読者の2割は、Flipboard のような外部のニュースリーダーやアグリゲータ(コンテンツを収集して表示するサードパーティサービス)を通じて NYT のコンテンツに触れている。また、外部から新たな読者を獲得できる可能性もある
  2. 高度な外部連携を開発する……登録会員の認証などを組み合わせて、サードパーティとの高度な連携を実現するには、単に RSS などによるコンテンツ配信を超えてコンテンツを配信するAPIの整備が必要となる。Flipboard CEO はこの面で同社が技術的負担を負っていることを示唆している
  3. 戦略的な事業拡大機会と捉える……NYT の場合、自らがアプリを複数開発し投入済みであり Flipboard との提携はひとつの追加事項だが、専用アプリを開発する体力に欠ける中小メディアは、サードパーティとの連携を積極的な事業拡張機会として捉えるべきである
  4. コンテンツ重視か、それとも読者重視か……“コンテンツこそ王様”と考えるなら、外部に向けてコンテンツをライセンスしたり販売することに懸念も生じるだろう。コンテンツを持たない事業者に機会を提供してしまうからだ。だが、“読者(の獲得)こそ王様”と考えるなら事情は異なる。オリジナルコンテンツを生産、保有することは、新たな読者との関係を築くための手法となるからだ

NYT の事例と、WSJ のそれとでは、パートナーであるスマートデバイス向けニュースリーダー製品との提携スキームが(片や広告収入の折半、他方は購読者獲得に伴ってのキックバックと)異なるものの、メディアがどこにでも出店していくべきであるという“Everywhere 戦略”にコンセプト上の違いがあるわけではありません。

ソーシャルメディアとスマートデバイス(モバイル)の急速な浸透は、従来のWebにおけるコンテンツマーケティングの方程式を大きく変化させようとしています。
SEO の常識からはコンテンツは1か所に不変のアドレスを保持し続けるべきでした。コンテンツはもちろん、コンテンツへのユーザーの反応もまた、ひとつの場所へと集約すべきでしたが、いまは異なる解が見えてきています。
Facebook や Twitter といった“小宇宙”は、自らのストリーム内へとメディアの出店を促しているように見えます。
また、冒頭に触れたように、モバイルアプリは、ユーザーに従来のメディア形式と異なる表示を迫っています。
メディアはさまざまな“場所”に、さまざまな“姿”で存在することを求められているのです。

  • すでに有している忠実度の高いユーザーが求める利便性(いつでも、どこでも、どんなデバイスでも)にどう応えていくのか
  • さらに、従来なら出会えなかった新たな読者層を獲得するために、どう振る舞うべきか

この2点を軸としつつ、“Everywhere 戦略”を立案することが重要になっているのです。
(藤村)