リバンドルの時代/ソーシャル、アルゴリズムが駆動するニュース新時代

メディアがアンバンドル化される時代。
実はアンバンドルの次が始まっている。
メディア新時代の担い手を分析しよう。

新聞、雑誌、書籍、そして放送、音楽・映像……。
ながらく安定的な配信、流通基盤を背景にしてきたメディア事業者にとり、“アンバンドル”(分離)は、メディア事業者の基盤を揺るがす不吉なサインといえます。
“アンバンドル”は、ひとまとまりであった情報群を分離してしまうことをさしますが、そのスコープは受け止め方によりさまざまです。
たとえば、購読制を採った衛星放送などは、多チャンネルをいくつもの束にして販売しています。いまでも宅配の販売方式を維持する新聞社もまた、バンドル販売の名残を残しているといえます。楽曲販売においては現在もなお、“アルバム”という形式が生きています。

以上は、ビジネスモデルをめぐるとらえ方ですが、アンバンドルをもう少し根源的な動きとしてとらえることもできます。
たとえば、印刷メディアである雑誌は、提供者の意思によって、雑誌内の複数記事の順番、記事デザイン、記事を構成する複数ページの一部などを、読者が分離的に取り出すことはできませんでした。むろん、書籍も同様です。
メディアにおけるデジタル化技術は、このような提供者による強制力を衰弱化させています。
テレビなどの放送分野でも、デジタル録画技術の普及が、アンバンドル的視聴スタイルのリアリティを加速しています。Re-Bundleの時代
このような動きについては、すでに本ブログ「メディアのデジタル化が開く根本的な変化——メディアとコンテンツの“アンバンドル化”」や「体験と文脈の拡張へ/メディアとコンテンツをめぐる新たな価値観の台頭」で取り扱ってきました。

メディアの変遷、そのデジタル化を振り返ると、インターネットを活用する消費者は、雑誌、書籍、テレビ、音楽……といったさまざまな情報形式に対して、その消費スタイルそのものを変化させてきていることがわかります。
アンバンドルは、消費者の情報消費スタイルの変化と対をなす現象と見ることができるのです。

さて、ここまでメディアにおける、バンドルからアンバンドルへという流れを概観しました。
しかし、情報消費の場面においては、アンバンドル化が不可逆的に進展しているだけではありません。
本稿は、アンバンドルの先にある、新しいバンドル化(筆者は、この動きを“リバンドル”と呼んでみています)の動向について、論じようと思います。

紹介したいのが、Alfred Hermida 氏の「The fall and rise of the news bundle(ニュースにおけるバンドルの失墜と復興)」という論です。
同氏は、現在は米ブリティッシュ・コロンビア大学准教授であり、過去メディア業界で活躍した経歴をもちます。
同氏の論は、「(報道)ニュース」ビジネスにおけるバンドル、アンバンドル、そして、新たにリバンドルへといたる流れを整理します。その主張を、以下、要点にそって紹介していきます。

インターネットは、この印刷物に偉大なるアンバンドルをもたらした。
ニュースはオンラインに移行して、読者は興味のある記事を選び出すことができ、その他を無視できるようになった。
もっと悪いことに、デジタルは、ニュース(メディア)と、いくつもの実生活に欠かせないビジネスである――ほんの少し例をあげるなら――不動産、自動車、三行広告などとの結びつきを断ってしまった。

しかし、新聞におけるバンドルは、ビジネスモデル、商品化および流通システムである以上の意味があった。新聞は日々生じる数知れない事象について、専門家がほどほどの数の事件を選別、記事化し、印刷された新聞ページへとすることで秩序だててくれていた。パッケージ(バンドル)することで、新聞は、日常の混沌に秩序をもたらしていたのだった。

このように、Hermida 氏は新聞の機能が、無制限で混沌とした現実に生起する話題を、取捨選択、重み付けをした形で提供することによって、消費者の理解を助け、負担を軽減していることを指摘します。ニュースのアンバンドル化は、この新聞が果たす編集、編成的なメリットもまた遠ざけることを意味するわけです。
いいかえれば、ニュースをアンバンドル化し無制限に提供していくことは、時間や興味の範囲に限界のある消費者の実生活にとって、実は現実的でないというわけです。

同氏はこのようなインターネットによるアンバンドル化が行き着いた今日、新たなバンドル化(筆者のコトバでいえば、リバンドル)が生じていると断言します。

バンドルという手法は消滅していない。これまで新聞が一つの形式をすべてのニーズに適合しようとしていた記事集約のスタイルが、ネットワーク化された社会ではうまく機能しなくなった一方で、ニュースのパッケージ化はさまざまな姿へと変化してきている。

人々が複数のデバイスや多様な環境の下でニュースへアクセスしようとする際に、バンドルはどのような姿であるべきかを、メディア企業が再考した事例がある。
New York Times による NYT Now、ニュースアプリ Circa などを見てみたまえ。これらは、プロの編集者らがジャーナリストとしての専門性によってニュースを集約していた仕方と共通性をもっている。
しかし同時に、これらは、ジャーナリストらによってではなく、過去には、新聞においては一般的ではなかった製品テクノロジーにより推進されている。

同氏が使う、記事の集約やパッケージ化も大きくはバンドル化と同義と受け取れば良いでしょう。過去の印刷メディア時代のバンドル手法は、インターネット時代に解体(アンバンドル化)されながらも、同時に、新しいバンドル化手法が誕生しようとしているとの現代的な問題意識が、ここにはあります。
同氏は具体的に次のように述べます。

ニュースを(改めて)パッケージ化するには大きく4つの方向がある。1) アプリによって、2) デバイスによって、3) ソーシャルメディアによって、4) アルゴリズによって、だ。
人々は、ますますニュースをモバイルデバイスから得るようになってきている。アプリはその入り口のひとつである。そこで得られる記事は人々によってか、あるいはアルゴリズムによりキュレーションされたものだ。

再び簡単に注釈すると、ここで消費者が得る「ニュース」は必ずしも「報道ニュース」ではありません。TwitterInstagramWhatsApp といったアプリを例としてあげます。これらのサービスやアプリにおいて、報道ニュースは、部分をなすものでしかありません。その他の面白おかしい話題、友人たちの動向などの情報に対し、それは二義的でさえあります。
けれど、逆の見方もできます。
報道ニュースが、従来とは異なる回路で消費者に届けられるようになったとの視点が成立するのです。知人らとの他愛ないやり取りにともなって、あるいは、その知人たちの選択によって、ニュースに触れるという体験です。
ここに新たなニュースのパッケージ化(バンドル化)の機会が生じているのです。

いわば、そこには選択、フィルタ、整理、パッケージングの需要があるということだ。
人は利便性を志向する。新聞は、ニュースを知るために便利な方法だった。
ニュースをバンドルする新たな方法とは、容易に情報が得られること、少なくともその存在を知ることができるようなものだ。
これがニュースに触れようとする人々にとり主要な方法となることだろう。

ニュースへのもっとも容易で、的確なアプローチとなるような、リバンドルをつかさどる存在が、消費者にとってニュースへの主要なアクセス手段となるという展望を Hermida 氏は述べます。
問題は、そのような新たな機会をだれが握っているのかということになるでしょう。
先ほど引用した、4つのパッケージ化のアプローチがそれだとしましょう。
アプリおよびアプリの開発者が注目されがちですが、同氏はその次のトレンドに注目します。

ニュース閲読体験の変革/試論:タイムラインの次にくるもの」でも触れましたが、いまやニュースを運用するメディア事業者、アプリを提供するなどのニュースアグリゲータに次いで、iPhone や Android を提供するプラットフォーマーそのものが、ロックスクリーン、通知機能、そして新たな検索機能といった付加機能をを通じてニュースのバンドル化の担い手としての位置をうかがっています。
アンバンドルに次ぐ、リバンドルの時代。その担い手がメディアビジネスの主役に躍り出ようとしているのです。

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