英国の老舗メディア The Economist が
印刷・デジタル(そしてモバイル)両面で新アプローチを示す。
同誌編集幹部が示す独自のメディア戦略、
“蒸留”と“読了可能性”について考察しよう。
創刊が1840年代、つまり170年強の歴史を誇る英国の週刊新聞 The Economist の動きが活発です(Economist のスタッフ諸氏は、自らを「Newspaper」呼ぶのですが)。同誌の歴史上初の女性編集長が2014年末就任、また、積極的な印刷およびデジタルの購読制を推進する中、日刊ニュースアプリ「Espresso」をやはり昨年同時期に立ち上げるなどです。
特に Espresso は、自らの専用ニュースアプリを考えるニュースメディアにとっては参考にすべきアプリです。その基本は、週刊本誌の有償購読者に日刊情報を届けるニュースアプリですが、無償購読、すなわちトライアルユーザーにも1日1本のニュースを提供します。
アプリ全体を広告主1社が“スポンサード”していますが、記事は広告要素を排除しており、分量も含め読みやすくまとめられています。では、広告はどこに? というと、スワイプで記事間を遷移する間に、全画面で差し込まれるというものです。
さて、歴史と伝統を誇る一方で、デジタル化、そしてモバイル化にも敏い同誌ですが、副編集長 Tom Standage 氏が NiemanLab のインタビューを受けています(「The Economist’s Tom Standage on digital strategy and the limits of a model based on advertising(The Economist の Tom Standage 氏、デジタル戦略と広告収益型ビジネスモデルの限界を語る)」。本稿は、Standage 氏が語る同メディアのデジタル戦略、メディア企業をめぐる機会とリスクについてを紹介していきます。
同氏が語るメディア経営論、その中核には、
徹底的に、コンテンツの希少性をめざせ
という信念があります。
記事から紹介していきましょう。
実際のところ、われわれが売るものは、読者が読み終えた際に得る納得というものだ。
われわれは、情報過多時代に対する解毒薬を売っていることになる。有限なもの、読了可能なもの、緊密に選び抜かれてセットされたコンテンツがそれだ。それを初期においては週刊の印刷媒体として、そして(今では)同じコンテンツを、アプリを通じて提供しているというわけだ。……読者は、インターネットを読み終えることができない。Twitter を読み終えることができない。率直にいって、New York Times も同じだ。というわけで、われわれが提供するコンテンツでは、情報を高密度に圧縮している。
もし、読者がわれわれを信頼してくれるなら、(溢れかえる)ニュースからの蒸留と抽出を約束する。そして、毎週1時間半——それが読者の平均的な Economist の購読時間なのだが——を預けてくれれば、世界で何が起きており、何が問題なのかを伝えるのだ。
解説するまでもなく、Standage 氏は同誌読者に提供できる価値は“絞り込み”にあると考えています。
読んでも読んでも終わらないコンテンツストリームではなく、“読了でき(そして、満足を得)るもの”こそ価値があるものであり、そのためには、慎重なトピックスの選択と刈り込まれて圧縮された高品質な記事が必要というわけです。同氏はこのような価値観について、「蒸留化」と「読了可能性」という概念を充てています。
そこには、その気になれば面白そうな話題に数限りなく出会えるネット時代のメディア、サービスとは対照的な、いってみれば反時代的な価値観が息づいてます。
では、そのようなメディアを継続可能にする事業モデルについて、同氏はどう考えるのでしょうか? まず、彼は以下のような情勢論を述べます。
最近は、ベンチャーキャピタルの資金に支えられたニュースメディアが溢れかえっている。それは新しいニュースメディアがソフトウェアを活用する存在であり、テック企業のように振る舞い、テック企業のように評価されるようになってきたからだ。
このおびただしい数のメディアは、広告ビジネスに依存しようとしているようだが、それがうまく機能するとは思えない。いずれ深刻な事態に見舞われるだろう。彼らのビジネスモデルは、つまるところ、AOL や Yahoo! が買収してくれるだろうというものだ。
……BuzzFeed、そして Vice は、新たなメディア企業のように見えるが、ニュースメディアの衣をまとった広告エージェンシーなんだ。彼らは社会的信頼とエージェンシーとの接点拡大のために、ニュースメディア(の形式)を用いているんだ。新たなタイプの野獣だ。そのモデルを、新聞社が用いてもうまくいきはしない。
こう述べる同氏が、広告ビジネスモデルに懐疑的で、購読課金モデルに可能性を見出すのは自然な帰結でしょう。
Quartz は大好きなメディアだが、2012年に創刊した際にそれが広告モデルだったのには驚いた。一方で、The Information や Business Insider が完全に購読制か、あるいはプレミアム、有料サービス部分を持っているのは納得感のあるところだ。……
Economist はこう考える。広告収入はあればありがたい。だが、いずれ消えてなくなるとも期待している。そういうわけで、われわれは、“(各種ビジネスにおける)リーダー”へとビジネス上の焦点を絞っているところだ。それは、カンファレンスへのスポンサーシップ、ホワイトペーパー提供、そして、オンライン広告——特定分野への広告主のブランディングをするような——を販売することだ。ただし、“ネイティブ広告”ではない。ネイティブ広告が、編集部部門の CMS を用いるものと定義するなら、われわれはそれを用いないんだ。
Standage 氏や The Economist が否定するメディア経営がどのようなものか、これらの紹介で明瞭になったことでしょう。
- 潤沢な調達資金で大量のコンテンツを産出し、それにより広告収入増をめざすアプローチ
- 大量なコンテンツを産出するために、直接・間接の人的、資金的な大量投入を行う経営モデル
- 品質の低い、大量なコンテンツを用いる時間消費型のメディア運営
このように、VC マネー駆動型の新しいメディア経営手法に対して批判的な The Economist ですが、単に時代に不適合な倫理観を振り回しているのではないことに注意すべきでしょう。
実際、情報供給がこれほどまでに過多に触れている時代には、むしろユーザーが触れなければならない、読了すべき情報の絞り込みや、情報量の圧縮は、十分に競争優位性の高いアプローチです。
また、多忙な時間を切り詰めながらも国際的な情報に触れ続ける必要のある、ビジネスリーダーに焦点を当てることは、リーダーたちから購読料を見込むだけでなく、それら各種分野におけるリーダー、影響力ある人々をターゲットしたい広告主、ブランドからのアプローチも活性化するはずです。
一見、トレンドの趨勢に背を向けた頑なな思想のように見えて、The Economist が見せるアプローチは、今後、メディアが経営上、選択すべき有望な方向のひとつを示しているのです。