デジタル“再出版”  見えてきた方程式

21世紀は既に始まって久しいのですが、いまも多く私たちが目にしているメディアは、前世紀からの歴史を背負った出版事業に範をとった“デジタル”メディアです。
過去の出版事業に引きずられず、21世紀起点の出版(メディア)ビジネスを考えたい——。
大ざっぱながら筆者の当面するテーマです。
Blog on Digital Media ではそんな視点からの投稿を続けています。

さて、デジタルメディアを考える際に重要なポイントは、コンテンツ(情報の実体)とメディア(コンテンツを容れる形式)の分離が進んでいることです。
形式としてのメディアから自由になる(形式が消滅するわけではないのですが……)ことでコンテンツは容器の制約を離れ、粒子のように高速に運動し、また多種多彩な“すき間”へと浸透します。人々はあたかも空気のようにそれに触れ、半ば無意識に摂取することになります。
従来のように、雑誌や書籍という形式への縛り(バンドル状態)が強すぎれば、コンテンツは引用や口コミといった人々の会話に乗りにくいままでしょう。また、コンテンツを新たな形式に包み直すことで得られるかもしれない二次的な利用法への可能性も狭いままのはずです。

先の「『未来の雑誌』 その実現シナリオを検討する」では、雑誌という形式にバンドルされた各々の記事を解き放ち、1本単位で消費したら……というビジネスモデルを紹介しました。
本稿では、その逆の方向性を例示します。すなわち、バラバラの記事をベストセレクトして、それらを魅力的にパッケージし直し従来では得られなかった価値を生むという方向性です。言い換えれば、パッケージ(形式)の側に価値を積極的に見ていこうという試みです。
紹介するのは、米大手デジタルメディア企業 AOL がリリースした iPad 向けアプリ Distro です。Poynter. に掲載された記事「AOL websites give best stories a second life in weekly iPad magazines(AOL は Web サイトの秀逸な記事に、週刊 iPad マガジンで第二の生を与える)」を通じてこの試みを紹介していきましょう。

著名なテック系ブログメディアに Engadget(日本版はEngadget Japanese)があります。
同メディアは「ブログメディア」と言いながら、毎日40本以上の記事が流れ落ちるようにポストされています。その多くは短信ニュース系記事ですが、日に数本、深めの分析やインタビューなど読み応えある“目玉系”の記事がポストされます。
これら深めの記事だけがピックアップされ、週刊で更新される Distro にて新たな生命を吹き込まれるのです。
記事では、同社モバイル担当幹部の David Temkin 氏が次のように語ります。

Distro 読者は、1回 Dsitro を起動すると平均約10分間を費やす。ところが、Web の Engadget サイトを訪れる読者では1回当たり1分に満たない。
Distro
は iTunes Store で極めて高いユーザー評価を得ている。
それは Wired のような、活発で人気のある雑誌と同じクラスの読者を引きつけている。

実際の数字を明らかにするわけにはいかないが、Distro の読者数を知れば、これがもしリアルな印刷雑誌だとしたら……と、驚くはずだ。

確かに1セッション単位の滞在時間が10分を超えるとなると、その読者の行動は Web メディア的ではありません。

Temkin 氏、そして AOL はこの注目すべき“再出版”モデルへの反応に意を強くして事業拡大に乗り出しています。
次なる題材は、これまた著名で同社傘下の Huffington Post で、アプリ名は Huffington. です。

われわれは、Engadget と同様の特性を持ったサイトを運用しており、たくさんの記事を利用して、リーンバックスタイルの読書や美しい紙面を生み出すことができるのだ。

ところで、もう少し具体的に Distro の特性を確認していきましょう。
ブログメディアへの投稿コンテンツの“再出版(republish)”という用語を Temkin 氏は用いていますが、大事な点は、記事(本文)以外の要素は Distro 専用のしつらえになっていることです。
アプリ用にオリジナルのインフォグラフィックや編集長コラムを追加していまる。記事レイアウトの自動化もほどこさず、デザインスタッフが関与していると言います。Web メディア版では SEO を意識したキーワードを用いていたりしているのも、洒落た軽妙な語句に置き換えたりしています。ほとんど作り替えです。
下図をご覧下さい。“紙面”のイメージやデザイン品質などが見てとれるでしょう。シンプルで、かつ、雑誌風のデザイン。時間をかけくつろいで読書すべきスタイルを目指していることが伝わります。

destro1

Distro の画面
① ニューススタンド形式で提供される Distro
② 新たに書き起こされたインフォグラフィックのページ ③ Distro 用の編集長コラム
④ デザインされ直して、雑誌風になった記事ページ

Engadget 同様、活気溢れるブログメディアで有名な TechCrunch で以前責任あるポストにあったブロガー M.G. Siegler 氏は Web メディアについてこう語っています。

Web コンテンツの99%は○ソだ。写真も含めて素敵なコンテンツがそこにはある。だが、ほとんどが広告過多なひどいレイアウトに挟み込まれている。TechCrunch も同様だ。
最高のコンテンツをエレガントなパッケージに包んで読みたい。美しい雑誌のように。

記事は Siegler 氏のコメントが、Distro のコンセプトを言い当てているとします。

さて、大事なことは“これで儲かるのか?”です。あるいは、これを売るためにどうするか? という問いでもあるでしょう。
Temkin 氏にとってひとつの発見は、“これ(Distro)は、Web サイトというより印刷媒体だ”というものです。
AOL のビジネス文化は、従来からオンライン広告を売買する習性を持った人間たちによって形成されてきました。印刷物を売る文化とは異なるのです。

われわれにはやるべき宿題がある。良いことに、われわれは読者層を築いた。そして高品位なコンテンツを有している。得られた指標は立派だ。まずいことは、(この商品が)われわれがこれまで売ってきたものとはまったく似ていないことだ。
Distro、そして創刊される Huffington.も無料だ。
だが、読者はこの商品が本当に好きなので、それにカネを払ってもいいと感じていると、私は考えている。
これは有料の商品たり得るか? イエスだ。

AOL のような企業が、そして、DistroHuffington. が販売上の課題に突き当たっていることは想像がつきます。オンライン広告で勝負してきたビジネス文化が、急に雑誌を1冊1冊売るビジネスへと転換するにはさまざまな困難が待ち構えているはずなのです。
しかし、この直面する課題も含めて、コンテンツが形式の縛りから解き放たれた時代にコンテンツがどうすれば新たな活力を生みだすのか大きな可能性を見せてくれていると筆者(藤村)は受け止めます。

ところで、最後にビジネス文化ではなく編集文化上の転換にも言及しなければなりません。
鋭敏な読者の中には、どうして Engadget というネーミングを引き継がずに、わざわざ知られていない Distro という新ブランドを創造したのかいぶかしく思った方もいるはずです。
Huffington. はやや折衷的で Huffington Post ブランドを引き継ぎました。
この周辺には、いったんブランドという形式的な価値を生み出すと、そのブランド性をアンバンドル化しづらいという心理的な障壁が内在しているはずなのです。このようなギャップもまた、コンテンツ“再出版”という理路を歩む際の課題として克服しなければならないはずです。
(藤村)

「未来の雑誌」 その実現シナリオを検討する

私たちの眼前には、すでに多くの電子雑誌が登場している。
しかし、“未来の雑誌”はそのようなものではない。
それは プラットフォームであり、
従来の雑誌から記事のアンバンドル化を一挙に推し進め、
お勧めリストから、購読、そして閲読へといたる一貫した体験を提供するアプリとなる。

本稿では、“雑誌の未来形”を大胆にデッサンした米ブロガーのオピニオンを紹介します。ブログ Pando Daily 掲載、Hamish McKenzie 氏執筆「The Future of Magazines Should Look a Lot Like Spotify」です。
McKenzie 氏の大胆な素描は雑誌の未来形をめぐって随所にわたりますが、基本となるコンセプトを取り出すとこうです。

  • 雑誌ごとに異なるアプリをインストールするのは不合理である
  • 読みたい記事・読みたくない記事その他をバンドル(不即不離)した提供は旧弊の踏襲である
  • お勧めから始まり、購読購買、ソーシャル化された閲読に至るプロセスを統合すべきである

では、論旨を整理しながら、McKenzie 氏の主張するところに耳を傾けていきましょう。

タブレットは、もしかすると雑誌の救世主である。しかし、購読者の減少に直面しながら、雑誌は自身を救うためにほんのわずかなことしかしていないのだ。

タブレットで雑誌を読む行為は、時代錯誤のページめくり機能や、コンビニのスタンド売りのような(品のない)デザインの模倣であったりと、紙の雑誌の悪しき閲読体験を引き写した行為のようだ。
さらに悪いのは販売流通の仕組みだ。
Apple の Newsstand はまだ良い。価格もまあまあ。フォルダもひとつに整理される。だが、それで十分というわけではない。

ここから氏は、電子雑誌の販売と(コンテンツ)流通の旧弊に切り込みます。
ひとつは、流通です。雑誌が多様な記事をバンドル(不即不離な状態)化して販売するモデルであること。
Web の世界では検索エンジンの力を借りて、読みたい・知りたい記事へ直行する仕組みが整備され、記事(コンテンツ)単位の消費モデルが形成されています。
また、iTunes に象徴される楽曲のばら売りも常識となりました。雑誌がいまだにバンドル形式に固執することを氏は批判します。流通におけるアンバンドル化の趨勢については以前にも論じたところです(「メディアとコンテンツの“アンバンドル化”」、「コンテンツの『断片供給』と『小口課金』を考える」)。
もうひとつ、現在の電子雑誌の流通の問題は、雑誌コンテンツとアプリがバンドル化されており、一つひとつインストールしていくと膨大な容量が必要となることでしょう。

このような非合理に対して氏が回答として提案するのが、有料動画配信サービス Spotify(下図)に範を得たモデルです。
whatisspotify_client_and_phones

Spotify サービスのラインアップ

日本では提供されていないサービスなので、別のサービスを例にとると、iTunes Store と iPod(アプリ)が統合されているようなものと理解すれば良いでしょうか。
McKenzie 氏がイメージするのは、iTunes がアルバムとのバンドル状態を緩めて楽曲単品での購入に道を開いたように、雑誌もその記事をアンバンドル化しバラバラに購読できるようにするというものです。氏の構想ではアプリを起動すると、記事単位のリストが表示され読者は読みたいものを選んでその場で iPod のように閲読を開始するのです。
仮にこのアプリを「Magazine Reader」と呼ぶことにしましょう。
Magazine Reader は、記事のマーケットプレイス(ストア)機能を持ち、そこから選んだ記事を即座に閲読できます。
ストアは、実在の書店や Amazon などのEC書店の体験を上回るべく下記のような情報や機能を提供すべきとします。

  • お気に入り雑誌ごとに最新記事リストを表示
  • 読者の関心事項に即した記事、ソーシャルメディアで話題となっている記事リストを表示
  • リストの各記事には、サムネール画像・筆者名・タイトル・日付・雑誌名・読者へのリコメンデーション・レベルなどを表示
  • 各記事の折り畳まれた情報を広げれば、記事の先頭段落や記事のデザインなどを確認できる
  • 個々の記事を含んだ雑誌全体を購入をすることもできる

また、ソーシャルリーディングの観点から次のような機能も用意します。

  • Magazine Reader のユーザーは、それぞれの(Facebook タイムラインのような)プロフィールページを持つ。そこには最近読んだ記事や、お勧め記事などを表示する
  • また、好みの雑誌や筆者、関心テーマ、(Twitter や Facebook のように)フォローしているユーザーリストも表示する

このような情報の公開により、ユーザーはソーシャルグラフを通じて自分に適した記事を見つけやすくなるというのです。
もちろん、読者のみならず、ライター(記事執筆者)や発行者(雑誌社)も、それぞれのページを運用し、ソーシャルな関係をテコに読者を増やし購読を広げていくことになります。

既に述べたことではありますが、重要なことは一貫した閲読体験の構築です。
読みたい記事が的確にお勧めされ、気軽に購入でき、その場で読み始めることができる。また、複数デバイス間でも同期が働き、場所や時間を問わず読書をシームレスに進められることが基本です。
閲読のインターフェイスは美しく、記事を読みながら辞書を引いたり、記憶したい箇所をマークアップできます。
クラウド型の閲読スタイルの利点で、筆者が新たな事実などを発見して記事を改訂すればそれが即座に反映したりと、ダイナミックな閲読体験を期待できます。
さらに、そんな閲読体験をソーシャルメディアへと発信することで、より良いコンテンツを勧め合う場が形成されていきます。
このような網の目が張り巡らされることで、記事単位の流通と売買が読者、執筆者、発行人の間で成立するようになるというのです。

さらに重要なのはビジネスモデルでしょう。
McKenzie 氏が範とするのは、iTunes のような楽曲単位の課金ではなく、Spotify をはじめとする有料動画配信サービスが採用している月額固定料金制です。

主要な収入は Netflix のような購読料モデルとなる。これは月額10ドルですべての記事から読みたいものをいくらでも読めるというものだ。
この収入を、記事の発行者とプラットフォーム(Magazine Reader 提供者)で分け合うことになる。
もちろん、発行者(出版社)は抵抗を示すだろう。彼らの元々のビジネスモデルはバンドル型であり、アンバンドル(=ばら売り)ではなかったから。
しかし、コンテンツのアンバンドル化は避けられない。
うまく収入を分配できれば、読者にも筆者にも、そして発行者にとっても良い収入モデルとなるはずだ。

月額固定料金で読み放題という、米国でもビデオストリーム系サービス(以前は借り放題のCDレンタル)でしか成立していないモデルが、日本市場にも妥当するかは、まだ謎です。しかしながら、これも「WIRED シングル・ストーリーズ」に触れて論じたように、読み応えのある適切なボリュームの記事を売買する市場は、読者側の需要はもちろん、記事執筆者・フリージャーナリストらの糧道確保という観点でも意義あるものでしょう。

McKenzie 氏は、音楽や映像系のコンテンツ流通が先行して示したような多様性が、雑誌市場にも開けてくることに期待を示します。
音楽や映像市場で実現できたことが、雑誌市場でできないことはないと筆者も感じます。
アンバンドル化に踏み切るには、印刷雑誌への広告掲載需要が低迷しているいまが、その格好の機会なのかもしれません。
(藤村)

リーンバック2.0 進む“読書スタイル革命”

iPad の製品発表を覚えているかな? だれも iPad のスペックや性能について語ってはいなかった。ソファに寄りかかっている図を記憶しているだけだ。それこそ Steve Jobs が傑出した点だった。
「iPad は大きなスマートフォンなのか、あるいは小さなノート PCなのか」。
人々が怪訝に思ったとき、Jobs はそんなことには答えなかった。「そいつは、くつろぐということだ」とだけ言ったんだよ(「The Economist: ‘Lean-back 2.0 is not the end of innovation in the media industry’」)。

こう熱っぽく語るのは、1843 年創業という老舗、米英で著名な週刊誌 The Economist の社主 Andrew Rashbass 氏です。
Economist 誌を中心とする氏の出版グループは好業績が伝えられています。
好調の理由は、まず広告収入、そして雑誌購読それぞれが順調なこと。なによりも明るい材料はデジタル版(Web、スマートフォン・タブレット版)が好評なのです。
同社では、印刷雑誌および書籍に加え、Economist.com をはじめとする一部ペイウォール型 Web サイトを運用し、さらに、iPhone・iPad・Andoroid、そして Kindle 向けアプリケーションを投入。
また、Facebook ページでは累計 100 万人がファン登録したとの発表もありました。
この結果、同社の印刷およびデジタル版を合わせた購読者が全世界で 150 万人(ABC 公査結果)となり、かつ、デジタル版購読者が印刷版購読者を上回るという、将来に明るい展望を持つメディアとしてリーダー的地位についているのです。

本稿では、将来への布石を着実に成功させつつある Economist 誌の戦略に注目します。

Rashbass 氏を筆頭にした Economist が打ち出すデジタルメディア戦略、その中核コンセプトは「リーンバック 2.0」というものです。これを冠したコーナーを Web サイトに設けるなど、なかなかの本気度ぶりが伝わってきます。
では、“リーンバック”とは何でしょうか? 「リーン(Lean)」は傾斜すること。つまり、リーンバックはうしろに傾くことを意味します。
Rashbass 氏が冒頭で、故 Steve Jobs 氏に言及した箇所に戻りましょう。
写真を見て下さい。ソファなどの背もたれに寄りかかりくつろいだ状態、これがリーンバックです。
対義語は“リーンフォワード”。前に傾く。すなわち、机などに身を乗り出しなにかに集中しているアクティブな状態を指します。
このリーンバック対リーンフォワードに、デジタル時代のメディアの行方を分かつポイントがあるというのが、同氏の主張なのです。

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記事「The rebirth of reading」より

Rashbass 氏曰く、もともと Economist など新聞(雑誌)の読書スタイルは、ソファで足を組んだりと、くつろぎつつ記事を精読(氏は“耽読”とまで形容します)するというものでした。
氏にとり、Economist 読者の知的読書スタイルはリーンバックであるとの強い確信があったのです。その認識の下でオンライン(Web)版を開設したところ、自分たちは大いに間違ったと率直に述べます。

オンライン版を通じて読者がどのように行動しているのかを調べた。年齢や地理的な条件に関係なく、世界で起きている様々な事象への知的な好奇心に充ち満ちたリーンバック読書スタイルは、Web にはまったく移行してこなかった。

しかし、そこには印刷版にない事業機会があったのだと言います。そこで、 Economist 誌とEconomist.com は別ものとして投資を行うことにしたのでした。

調査によれば、読者はオンライン版では脈絡なく散漫にコンテンツをつまみ食いしては、それを共有し語り合ったりしているようだった。
そのような次第で、われわれはオンライン版を、読者が単に訪れてきては情報をおとなしく受けとるだけでなく、読者間やわれわれとの間に結びつきをつくり、コミュニティの場とすべく開発した。
この構想は自分たちのWebサイトに止まらず、Web を横断し Facebook や Google+へと及ぶ広範なものとなった。

つまり、印刷版の読者のスタイルはリーンバックであり、他方オンライン版ではリーンフォワードであることを“発見”し、それぞれのスタイルに合ったメディアのあり方を強化してきたのでした。これらは、対照的な読書(読者)スタイルをなしており相互に補完的役割を果たしていると言うのです。

しかし、まず 2007 年に Amazon Kindle が、そして 10 年に iPad が世に送り出されて、印刷とオンラインというメディアをめぐる構図が変わった とRashbass 氏は述べます。「リーンバックへの回帰、リーンバック 2.0だ」。

iPad では彼らは Economist を2時間もかけて読む。これは印刷版を読む際の行動とまったく同じであり、オンライン版での読書スタイルとまったく異なっている。ソーシャルへの共有はしない。リーンバックして長文を読みふけるのだ。

これがリーンバック2.0というコンセプトが打ち出されるに至った文脈です。

現在、150万人にのぼる購読者がいる。100万人に到達するのに1843年から2004年までかかった。
次の5年以内には200万人に到達したい。その時までには読者の多くがデジタル版を読んでいるはずだ。そのためには自分たちの事業運営の多くを見直す必要がある。リーンフォワードなWebスタイルも含めて。

ここに至って筆者(藤村)を含めて読者は、ひとつの疑問に突き当たります。
タブレットの読書スタイルがリーンバック 2.0 だとして、それはかつての印刷版の読書スタイルへの単なる回帰を意味するのか? ということです。
Rashbass 氏のオピニオンを載せた記事をいくつか参照しましたが、リーンバック 1.0 と 2.0 の明確な差異を述べてはいません。
ただし、それに関わるポイントに触れた記事(「The rebirth of reading」)があります。併せて紹介しておきましょう。

デジタル(の読書スタイル)は、印刷版とのゼロサムゲームではない。デジタル版は新たな読書機会をもたらすものだ。
読者が印刷版の購読を中止する理由で一般的なものは「時間がない」というものだ。
Economist の iPad 版、そしてスマートフォン版には音声版のフルセットが含まれている。運転中だろうが、ジョギングしていようが、庭に出ていようがいつでも読んでもらえるのだ。

オンライン版(Web版)が発見したものは、おとなしく記事を精読するリーンバックと対照的なアクティブな読書スタイル(リーンフォワード)でした。それはデスクトップやノート型PCの機能をフルに駆使することと結びついていました。
最後に現れたリーンバック 2.0 は記事を長時間精読する読書スタイルへと回帰していますが、スマートフォンやタブレットが持つ柔軟性と結びつくことで、忙しい時代のビジネスパーソンに新たな精読機会、新たな読書スタイルをもたらす可能性を感じさせます。
リーンバックとリーンフォワードを組み合わせ、そして、さらにこれまで精読型読書が不可能であった時間を読書可能な時間へと再創造する革命に、先端を突き進むメディアビジネスは取り組んでいるのです。
(藤村)

コンテンツのたどる道のりを構想する

良きコンテンツとの出会いはどのようにして生み出されるのでしょうか?
また、コンテンツは読者との出会いを経てどのように歩んでいくのでしょうか?
本稿では、読者が情報(コンテンツ)とどう出会い、そして、それをどう活用していくのかを考えます。
情報(コンテンツ)を提供するメディアビジネスにとり、そのプロセス再定義すべき時期にさしかかっています。

本稿では、筆者(藤村)が日ごろ実践している、情報の収集 — 整理 — 発信 — 保管のプロセスを紹介し、そこにまつわる問題意識の提示を試みるものです。
これは本ブログで論じた「読書体験の拡張は可能か?——いくつかの電子書籍/雑誌論をめぐる断片」および「読書体験を拡張する——ごく私的な試論として」の続編に当たるものです。

さて、どうしてこのような情報の処理プロセスを論じる必要があるのでしょうか?
ひとつには、私たちが好むと好まざるとにかかわらず、日々接している情報(コンテンツ)はますます膨大になっています。それを受け止め(あるいは、フィルターして)処理する仕組みやスキルは、個人に委ねられており、なんらかの支援が必要になっています。ここにビジネス機会を感じ取るからです。

もう一つには、筆者らが携わるデジタルメディア事業をめぐっても、情報(コンテンツ)をどう供給するかまでの議論はあっても、それが読者にとってどのように処理されるべきなのかに踏み込んだ議論が見当たりません。
これもまた、ビジネス機会と思わずにはいられないからです。

ビジネス機会をいかに生かすかについて、後ほど触れることにします。

さて、筆者の場合、多くの情報(コンテンツ)への設定はもちろん、デジタルによる入力が中心です。書籍や雑誌、あるいは自分人のメモなど、アナログな入力も含まれます。
筆者にとってのデジタルを主とする入力源は、以下のとおりです。

  1. Web ブラウザ……もちろん Web ブラウザの役割は、随時検索をしたりとなくなりません。Web ブラウザは依然として重要な情報(コンテンツ)の入力源です。筆者は Chrome を多用します。
  2. RSS リーダー……多くのメディアなど有用な情報源をカテゴリー別のなどに整理登録しておき、その最新情報を総覧できるツール。これひとつで多くの商業メディアや無数のブログなどをいちいち Web ブラウザで見て歩く必要がなくなります。feedlyReeder などをお気に入りにしています。
  3. Twitter/Facebook……ソーシャルメディアは貴重な情報源です。信頼・尊敬する知人らがもたらすニュースや専門情報などには啓発されることが多く、適度な注意を払うようにしています。
  4. 書籍や雑誌、あるいは印刷配布物……説明の必要はないでしょう。個人的には書籍の読書がデジタルへと移行するにはまだまだ時間がかかるものと見ています。

上記に加えてメルマガなどを運んでくる電子メールも情報源と言えますが、ここでは省きます。

ところで、このように多くの入力源から得たひらめきや、知識、問題意識などをどう処理すべきでしょうか?
筆者のケースでは、ひらめきや自分の問題意識に刺さったものは、なるべくソーシャルメディア上の知人、同好の士へシェア(おすそ分け)するようにつとめています。
Twitter の「ツィート」、Facebook の「近況アップデート」などです。
このようなシェアは、情報の鮮度や品質(あやしげでないもの)を重視し出典やポイントになる箇所とともに伝達します。逆にあまり自分の意見などで料理しすぎないように意識しています。
もちろん、シェアで終わってしまうケースもありますが、実は問題意識に深く刺さったものはそれを整理保管し、そのいくつかは、ブログに仕立てたり企画書や提案書に生かすようにしているのです。
そうすると、情報(コンテンツ)処理のフローは、多種の入力源から始まり、一部はいくつかのソーシャルメディアへの出力へと向かい、さらには以後の活用を意識した保管庫(への出力)へと向かっていくこととなります。
これまでは、長く、このような入力 — 各種出力 — 整理保管に相当するプロセスを、個々に“便利”なソフトウェアや Web サービスを利用していたのですが、目にする情報量が増え続け、かつ、出力先が増えたりと、効率化抜きではやりきれなくなってきました。

情報(コンテンツ)処理をフロー化する

そこで、ここ1年は以下に説明するような“体系”に即して、情報(コンテンツ)処理を励行するようになりました。下図をご覧ください。
各種の入力源を通して“気になる情報”“これは使いたい資料”“知人らが喜びそうな耳より情報”などが飛び込んできます。
それをその場で熟読し、ソーシャルメディアへシェア、さらにはブログも書き始める……というのは現実的ではありません。
ニュースなど情報に接している時間=情報発信(表現活動)の時間とは言えないからです。

Info_Fllow

価値ある情報との出会いは、まず“後で読む”でクリップ

そこで、活用しているのが、“後で読む”系サービスの Instapaper です。同種のサービスやソフトは多種ありますが、筆者は Instapaper を気に入っています。
先ほど述べたような“これは!”という情報を、RSSリーダー、Webブラウザ、ソーシャルメディア上で見つけた場合、それを Instapaper へとクリッピング(簡略に記録しておく)します。多くのツール類が Instapaper へのクリッピング用ボタンを備えており、操作は1アクションですみます。
このように、入力から出力、保管へと進むプロセスの間に、“後で読む”系の層(レイヤー)を挟むようにしているのです。

※ 残念ながら、書物等にはこの便利な操作が適用できませんから、筆者の場合は遠慮なく印刷物に書き込みやマークなどを付します。そしてそれがまとまったところで、書籍や雑誌の記事内容を短く引用してソーシャルメディアに出力してくれるサービス Inbook.jp に投稿しています。これでソーシャルメディアへの出力と自分のための整理保管の両方の目的を果たします。

クリップした情報(コンテンツ)から“シェア”

Instapaper は後で丁寧に読み返したいというニーズに対応した記録用ツールですが、加えて重要な二つの機能を備えています。
ひとつは、リーダー(閲覧)機能。Web ブラウザと異なり、読者がニュースなどのコンテンツを読む際に不要な要素を取り払い記事を非常に読みやすいように整形表示してくれます。

もうひとつは、多様なシェア機能です。Facebook や Twitter、そして後で触れる Evernote など多種多様なクラウド系サービスと連携してくれます。
そこで、いったん溜め込んだ(クリップした)情報(コンテンツ)を、リーダー機能を使って読み返し、その中から重要と見定めた情報を選択し、今度は Instapaper のシェア機能からソーシャルメディアに向けて出力します。
このような機能を、Instapaper はデスクトップPCでも、スマートフォンでも、そしてタブレット、Amazon Kindle など多様な機器上で実現してくれることも重要なポイントなのです。

再利用に向け、整理保管へ

ソーシャルメディアへシェアして、フローを終了させてしまっては自分の中に残る問題意識は希薄なままです。
そこで、筆者の場合はさらにシェアした情報(コンテンツ)などを整理分類などして保管し、多少の熟成期間を経てブログへと再利用するようにしています。
ソーシャルメディアに向けて出力する情報は、15〜20本/日程度。一方、ブログは2本/週に過ぎません。
結果としては、多くの情報を再利用しないままとなってしまいます。

入力源の多くの情報(コンテンツ)> ソーシャルメディアへ出力する情報群 > 問題意識を論じたブログ

という数量的な不等号関係は避けられません。利用/非利用も含めて、情報の最後の整理保管庫に Evernote を活用しています。

Instapaper は比較的気軽なクリッピング手法で、基本はリンクを保管するものです。そこで、ソーシャルメディアへの出力後は、重要なものは Evernote へ整理保管しその他は Instapaper 上から削除してしまいます。言わば、仮保管庫で鮮度が高い間の処理にその利用用途を限定します。
Evernote はリンクではなくコンテンツ本体を複製保管するため、永続的な保管用途に耐えます。ノートの分類やタグづけなどを施し無制限に保存しておく使い方が適していると見ます。
ただし、人によっては Instapaper 層をすべて Evernote で置き換える利用方法も可能でしょう。Evernote には“後で読む”的機能はもちろん、Facebook と Twitter へとシェアする機能も備わっているからです。

さて、筆者の情報(コンテンツ)の処理プロセスをフロー化する手法を説明してきました。
こう整理してみて改めて課題と考えるのは、情報(コンテンツ)との出会いをかなり広めにとるのを余儀なくされていることです。
メディアの『パーソナライズ』を改めて考える」で述べたように、情報(コンテンツ)との出会いを広げるだけではなく絞る手法もなければ、上述してきたフローは早晩行き詰まってしまうことでしょう。

ところで、このような多少凝ったフロー化を組み立てるようなアプローチが、これ以上多くの人に習慣化されるとは、実は筆者自身も考えていません。
最近、読んだ奥村倫弘著『ヤフー・トピックスの作り方』では、非常に多くの読者は私が上述したようなツールやサービスを自ら駆使してニュースと接触するような行動は好まないことを示しています。

奥村倫弘著『ヤフー・トピックスの作り方』光文社サイトより)

ヤフー・ニュースの記事検索サービスは、自分が気になるキーワードを登録して、いつでも検索結果を見られるようにしておくことができました。この仕組みは、かれこれ10年間くらい続いたのですが、利用者がほとんどいないために機能提供を終了しました。

RSS リーダーの機能をヤフー・ニュースのトップページに設置したこともあります。……設定さえしてしまえば、ヤフー・ニュースが記事配信を受けていない朝日新聞や日本経済新聞の記事まで読めてしまうという、ちょっと画期的な仕組みだったのですが、こちらもまったく利用者が増加する見込みが立たずにサービスを終了しました。

どういうわけかヤフー・ニュースでは、読者自身がテーマを設定して自分の興味あるニュースを引き出すというセルフサービスは、うまく機能してこなかったのでした。

「ヤフー・ニュース」の経験で理解できることは、多くの読者はいくつものツールやサービスを自覚的に探求してまで、情報(コンテンツ)への接点を整備しようとは思わないということです。
言い換えれば、自覚的な手間を積み重ねることはおっくうでも、このようなフローが無意識に、自然に実現できることには需要があるとも思えます。
自らの情報(コンテンツ)接点は必ず記録(ログ)化されていて、思い出したときにそれをすぐさま取り出した上で活用できる——という仕掛けには隠された鉱脈があるとの仮説を持ちます。

従来、メディアビジネス(たとえば、出版社ら)は、このような情報処理プロセス全体にわたるような提案を読者に向けて行うことはありませんでした。
そこで、読者らは出版社からではなく、別のサービス提供者からこのような処理プロセスをフロー化していくソリューションを受け取ることになっているのではないか。
生み出された情報(コンテンツ)が生み出され、読者へと渡り、そしてそれがどのように消費、再利用されていくのか、コンテンツがたどる旅路の全体像を見通す構想が求められているのです。
(藤村)

それでもHTML5 Webアプリを選択する理由とは?

ネイティブ(専用)アプリを開発すべきか。
HTML5 による Web アプリを選択すべきか。
あるいは、高いユーザー体験の提供をめざすのか。
それよりは、開発負荷低減が優先するのか——。
モバイル市場の急拡大を前に、メディア企業が直面する難題。
本稿では、アプリ開発の手法をめぐる課題を整理しながら“第三の道”も提唱します。

「現在(2011年)全世界で利用されている携帯端末の中でスマートフォンが占める割合はわずか 12% ですが、全世界の携帯端末のトラフィックの 82% 以上がスマートフォンで生成」されているとの調査があります。
いまだ「12%」程度でしかないモバイルトラフィックは、すでに「2000 年の全世界のインターネット全体の 8 倍」にも達しているのです。
また、すでに昨年、PCの出荷台数がモバイル機器全般に追いつかれ、2013年にはタブレット単独市場にも追いつかれるとの観測もあり、モバイル関連は驚くべき成長性を見せています。

これに対するメディア企業、コンテンツ提供者にとっての“悩み”どころは、この変化と成長が急な分野に対して、どのように適合していくかという戦略判断でしょう。
Apple がコントロールしモバイル市場全体をリードしている iOS、Google がリードし多種多様なプレーヤーが参画する Android、そして今後の成長に期待を持たせる Windows Phone など、コンテンツを投入すべき市場の選択は、OS、機器、シェアなど予断を許さない面も多く、将来の見定めは混沌としています。

さて、ここに現れたのが HTML5 技術を基盤に用いたWebアプリ開発の流れです。HTML5 を表示・実行できる Web ブラウザがあれば、どの OS やハードウェア上であっても、基本的に稼働することが期待できるというもので、市場の選択幅を一挙に拡大してくれます。
「ネイティブアプリ(各OS専用に開発されたアプリ)」でいくのか、あるいは、「(汎用 Web 技術を用いた)HTML5 アプリ」でいくべきかについては、すでに「ネイティブアプリ vs. HTML5アプリ 意思決定のための5つのポイント」で整理したところです。
本稿では上記「ネイティブアプリ vs.……」の対比、特に「ユーザビリティ向上」と「開発負荷抑制」という二律背反的に語られやすい点に焦点を当て新たな論点を提供します。

まず、ご紹介するのは「HTML5 trumps native iPad apps for some publishers」(ある種の出版社にとり、HTML5 は iPad 専用メディアに勝っている)という記事です。
記事が紹介しているのは、タブレット機器市場を専門的に扱うメディア TabTimes です。自らタブレット市場に適合するため、iPad 専用のネイティブ版メディア投入を企画し、結局 HTML5 Webアプリでリリースしました。その経緯を記事は紹介しています。

TabTimes HTML5 Web App

iPad で表示したHTML5 ベースの TabTimes

昨秋公開されたこのメディアは、ネイティブアプリとして計画された。しかし、インフラがサポートすべく複雑な要因を認識した結果、戦略が変更されたのだという。「各種プラットフォーム別にコンテンツを供給していく CSM を運用するのは大仕事だ」と George Jones 編集長は言う。
「Web コンテンツを HTML5 Webアプリに用いるというソリューションが効率の点で良さそうだと思った。(そこで)カナダの開発会社 Pressly と組み、4週間でアプリを世に出せた」。

伝わってくるポイントは、ひとつはコンテンツの投入先を複数のプラットフォームとしたい企業意思、次に、そのような複雑な仕組みを CMS など既存インフラに持ち込むことを避けたかったということのようです。つまり、アプリごとにコンテンツを作り分けるのではなく、極力ひとつのWeb(HTML)コンテンツを複数のプラットフォームで利用したかったということです。筆者(藤村)はこの箇所にやや異論を抱きますが、記事の記述に従えばそのように理解できます。

ところで、記事はもうひとつの論点を持ち込みます。ユーザービリティ(ユーザーの操作感、あるいはユーザー体験全体)という視点です。
記事は、ユーザビリティの大家ヤコブ・ニールセン博士のコメントを紹介するのですが、これはすでに邦訳記事(ブログ U-Siteモバイルサイト vs. アプリ: 来るべき戦略の転換」)があります。重要な視点を持った論であるため、それをあらかじめ紹介しましょう。

現時点のモバイル戦略: アプリに勝るものなし

これを書いている時点では迷う余地はない。つまり、予算があるなら、モバイルアプリを出そう。我々の実施したモバイル機器を対象にしたユーザビリティ調査で、アプリのほうがモバイルサイトよりユーザーのパフォーマンスが良いことが明らかだからである。……

今後のモバイル戦略: サイトに勝るものなし

将来的にはアプリ対モバイルサイトの費用対効果のトレードオフは変わっていくだろう。
……
モバイルアプリのコストは上がるだろう。なぜならば、開発しなければならないプラットフォームが増えるからである。最低でも、Android と iOS、Windows Phone をサポートすることは必要になる。さらにはこうしたプラットフォームの多くは、きちんとしたユーザーエクスペリエンスを提供するためにそれぞれ別々のアプリを必要とする複数のサブプラットフォームに分岐していくと思われる。……

将来、UI の種類はさらに増えていくだろうと現実的には考えざるをえない。この結果、モバイルアプリの開発には非常に費用がかかるようになるだろう。
対照的に、モバイルサイトではある程度のクロスプラットフォーム機能が保持されるので、そこまで多くのデザインは必要にならないだろう。

ニールセン博士が挙げるポイントは以上です。

記事「For some publishers……」に戻ると、Android 市場では、さらに Kindle Fire のような“サブ市場”が生まれたりと、市場の断片化が進行しており、ネイティブアプリでそれらをカバーし続けるのは、開発負荷がかかり過ぎるとしています。HTML5 なら、ネイティブアプリが発揮する操作性や機能とまったく同じレベルに達するのはしばらく難しいとしても、8割、9割ぐらいまでは追いつきつつあるというのです。

TabTimes の Jones 氏は iPad ネイティブアプリとすることで得られる機能性を犠牲にすることは、TabTimes が(複数プラットフォームへ適合し)迅速に読者を広げるという点で考慮に値するトレードオフ関係にあるという。
「迅速に市場へ投入すること、クロスプラットフォーム対応することの利点は過小評価されている。多くの読者がタブレットを通じて TabTimes (Web サイト)を閲覧している。アプリ型メディアを投入しない理由はない」。
Jones 氏は、iPad ネイティブアプリと Kindle Fire 用 Web アプリの開発を依然として検討している。

スマートフォン・タブレットに最適化したメディア・アプリを投入するに際しての意思決定にかかわるポイントについて触れてきました。
そこに浮かび上がるネイティブアプリ対 Web アプリという図式は、突き詰めれば、OSやハードウェア仕様に込められたユーザビリティをはじめとする高度な機能を用いる優位性を重視するか、それともプラットフォームごとに展開する開発負荷に対し、ある程度のユーザビリティと汎プラットフォーム的な開発生産性を優先するのかという対立に還元できます。
記事では、このトレードオフを念頭に置きつつビジネス上の意思決定をすべきとの結論に至ります。

筆者(藤村)の視点を差し挟むと、最近目にするこの種の議論の多くは、メディア企業がアプリ開発を内製するという“常識の罠”に陥っているように見えます。それが往々にして対立図式の前提となっているのではないでしょうか。
記事の例では、汎用開発基盤を有する開発者(企業)との協業により問題解決を果たしたと理解します。いずれはレガシーCMSまでは内製維持するにしても、その上位に当たる変化の激しいプレゼンテーション・アプリケーションの層は、(外部の)汎用基盤へと疎結合していく可能性が高く、そうなれば、ユーザビリティ(ユーザー体験)を犠牲にしてもメディア企業内の開発負荷を軽減すべきとの議論に傾きがちな趨勢に歯止めがかかると展望するのです。
そろそろ、二項対立的な膠着状態をブレークスルーすべく第三の道が形成されなければなりません。
(藤村)