それでもHTML5 Webアプリを選択する理由とは?

ネイティブ(専用)アプリを開発すべきか。
HTML5 による Web アプリを選択すべきか。
あるいは、高いユーザー体験の提供をめざすのか。
それよりは、開発負荷低減が優先するのか——。
モバイル市場の急拡大を前に、メディア企業が直面する難題。
本稿では、アプリ開発の手法をめぐる課題を整理しながら“第三の道”も提唱します。

「現在(2011年)全世界で利用されている携帯端末の中でスマートフォンが占める割合はわずか 12% ですが、全世界の携帯端末のトラフィックの 82% 以上がスマートフォンで生成」されているとの調査があります。
いまだ「12%」程度でしかないモバイルトラフィックは、すでに「2000 年の全世界のインターネット全体の 8 倍」にも達しているのです。
また、すでに昨年、PCの出荷台数がモバイル機器全般に追いつかれ、2013年にはタブレット単独市場にも追いつかれるとの観測もあり、モバイル関連は驚くべき成長性を見せています。

これに対するメディア企業、コンテンツ提供者にとっての“悩み”どころは、この変化と成長が急な分野に対して、どのように適合していくかという戦略判断でしょう。
Apple がコントロールしモバイル市場全体をリードしている iOS、Google がリードし多種多様なプレーヤーが参画する Android、そして今後の成長に期待を持たせる Windows Phone など、コンテンツを投入すべき市場の選択は、OS、機器、シェアなど予断を許さない面も多く、将来の見定めは混沌としています。

さて、ここに現れたのが HTML5 技術を基盤に用いたWebアプリ開発の流れです。HTML5 を表示・実行できる Web ブラウザがあれば、どの OS やハードウェア上であっても、基本的に稼働することが期待できるというもので、市場の選択幅を一挙に拡大してくれます。
「ネイティブアプリ(各OS専用に開発されたアプリ)」でいくのか、あるいは、「(汎用 Web 技術を用いた)HTML5 アプリ」でいくべきかについては、すでに「ネイティブアプリ vs. HTML5アプリ 意思決定のための5つのポイント」で整理したところです。
本稿では上記「ネイティブアプリ vs.……」の対比、特に「ユーザビリティ向上」と「開発負荷抑制」という二律背反的に語られやすい点に焦点を当て新たな論点を提供します。

まず、ご紹介するのは「HTML5 trumps native iPad apps for some publishers」(ある種の出版社にとり、HTML5 は iPad 専用メディアに勝っている)という記事です。
記事が紹介しているのは、タブレット機器市場を専門的に扱うメディア TabTimes です。自らタブレット市場に適合するため、iPad 専用のネイティブ版メディア投入を企画し、結局 HTML5 Webアプリでリリースしました。その経緯を記事は紹介しています。

TabTimes HTML5 Web App

iPad で表示したHTML5 ベースの TabTimes

昨秋公開されたこのメディアは、ネイティブアプリとして計画された。しかし、インフラがサポートすべく複雑な要因を認識した結果、戦略が変更されたのだという。「各種プラットフォーム別にコンテンツを供給していく CSM を運用するのは大仕事だ」と George Jones 編集長は言う。
「Web コンテンツを HTML5 Webアプリに用いるというソリューションが効率の点で良さそうだと思った。(そこで)カナダの開発会社 Pressly と組み、4週間でアプリを世に出せた」。

伝わってくるポイントは、ひとつはコンテンツの投入先を複数のプラットフォームとしたい企業意思、次に、そのような複雑な仕組みを CMS など既存インフラに持ち込むことを避けたかったということのようです。つまり、アプリごとにコンテンツを作り分けるのではなく、極力ひとつのWeb(HTML)コンテンツを複数のプラットフォームで利用したかったということです。筆者(藤村)はこの箇所にやや異論を抱きますが、記事の記述に従えばそのように理解できます。

ところで、記事はもうひとつの論点を持ち込みます。ユーザービリティ(ユーザーの操作感、あるいはユーザー体験全体)という視点です。
記事は、ユーザビリティの大家ヤコブ・ニールセン博士のコメントを紹介するのですが、これはすでに邦訳記事(ブログ U-Siteモバイルサイト vs. アプリ: 来るべき戦略の転換」)があります。重要な視点を持った論であるため、それをあらかじめ紹介しましょう。

現時点のモバイル戦略: アプリに勝るものなし

これを書いている時点では迷う余地はない。つまり、予算があるなら、モバイルアプリを出そう。我々の実施したモバイル機器を対象にしたユーザビリティ調査で、アプリのほうがモバイルサイトよりユーザーのパフォーマンスが良いことが明らかだからである。……

今後のモバイル戦略: サイトに勝るものなし

将来的にはアプリ対モバイルサイトの費用対効果のトレードオフは変わっていくだろう。
……
モバイルアプリのコストは上がるだろう。なぜならば、開発しなければならないプラットフォームが増えるからである。最低でも、Android と iOS、Windows Phone をサポートすることは必要になる。さらにはこうしたプラットフォームの多くは、きちんとしたユーザーエクスペリエンスを提供するためにそれぞれ別々のアプリを必要とする複数のサブプラットフォームに分岐していくと思われる。……

将来、UI の種類はさらに増えていくだろうと現実的には考えざるをえない。この結果、モバイルアプリの開発には非常に費用がかかるようになるだろう。
対照的に、モバイルサイトではある程度のクロスプラットフォーム機能が保持されるので、そこまで多くのデザインは必要にならないだろう。

ニールセン博士が挙げるポイントは以上です。

記事「For some publishers……」に戻ると、Android 市場では、さらに Kindle Fire のような“サブ市場”が生まれたりと、市場の断片化が進行しており、ネイティブアプリでそれらをカバーし続けるのは、開発負荷がかかり過ぎるとしています。HTML5 なら、ネイティブアプリが発揮する操作性や機能とまったく同じレベルに達するのはしばらく難しいとしても、8割、9割ぐらいまでは追いつきつつあるというのです。

TabTimes の Jones 氏は iPad ネイティブアプリとすることで得られる機能性を犠牲にすることは、TabTimes が(複数プラットフォームへ適合し)迅速に読者を広げるという点で考慮に値するトレードオフ関係にあるという。
「迅速に市場へ投入すること、クロスプラットフォーム対応することの利点は過小評価されている。多くの読者がタブレットを通じて TabTimes (Web サイト)を閲覧している。アプリ型メディアを投入しない理由はない」。
Jones 氏は、iPad ネイティブアプリと Kindle Fire 用 Web アプリの開発を依然として検討している。

スマートフォン・タブレットに最適化したメディア・アプリを投入するに際しての意思決定にかかわるポイントについて触れてきました。
そこに浮かび上がるネイティブアプリ対 Web アプリという図式は、突き詰めれば、OSやハードウェア仕様に込められたユーザビリティをはじめとする高度な機能を用いる優位性を重視するか、それともプラットフォームごとに展開する開発負荷に対し、ある程度のユーザビリティと汎プラットフォーム的な開発生産性を優先するのかという対立に還元できます。
記事では、このトレードオフを念頭に置きつつビジネス上の意思決定をすべきとの結論に至ります。

筆者(藤村)の視点を差し挟むと、最近目にするこの種の議論の多くは、メディア企業がアプリ開発を内製するという“常識の罠”に陥っているように見えます。それが往々にして対立図式の前提となっているのではないでしょうか。
記事の例では、汎用開発基盤を有する開発者(企業)との協業により問題解決を果たしたと理解します。いずれはレガシーCMSまでは内製維持するにしても、その上位に当たる変化の激しいプレゼンテーション・アプリケーションの層は、(外部の)汎用基盤へと疎結合していく可能性が高く、そうなれば、ユーザビリティ(ユーザー体験)を犠牲にしてもメディア企業内の開発負荷を軽減すべきとの議論に傾きがちな趨勢に歯止めがかかると展望するのです。
そろそろ、二項対立的な膠着状態をブレークスルーすべく第三の道が形成されなければなりません。
(藤村)

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