アプリ幻滅期を超えて モバイルアプリ開発、3つのブレークスルー

アプリ開発の負荷とその効果への懐疑論が台頭している。
果たしてアプリの先行きにブレークスルーはあるのか?
本稿では、モバイルアプリをめぐる新たなステージを紹介する

スマートフォン、タブレットの急速な普及は、メディア運営者に成功と失敗の新たな機会を突きつけます。
ユーザーは、モバイルデバイスを得てメディアとの接点を広げようとしています。その一方で、PC の大型スクリーン中心に成熟を遂げた広告収入モデルが、小さなスクリーンでうまく機能しているとはいえません。
また、ここまでデジタル化を果たしたメディア運営者には、Web メディア運営能力は蓄積したものの、モバイルデバイス分野でのそれは不十分な状態です。そこには大小様々な断絶が待っているのです。

中でも克服すべき大きな課題が、スマートフォンやタブレットをプラットフォームとするメディアアプリ開発です。
アプリ開発が、メディアの退潮トレンドへの重要な処方箋のように喧伝されてきた時期があります。しかし、海外の事例でいえば、News Corp. の iPad 専用ニュースアプリ The Daily の廃刊(参照 → こちら)のように、アプリ開発は、現在では“微妙な問題”へと転じてしまったかに見えます。
メディアアプリは早くも幻滅期に入ったのでしょうか?
そこにブレークスルーはあるのでしょうか?
本稿は、メディア運営者によるモバイルアプリ開発をめぐる新たな段階に触れた paidContentHow publishers are getting over the app debate: 3 examples」(メディア運営者は、アプリ問題をどう克服するのか:3つの事例)の紹介を通して、この問題を整理していきます。

How publishers are getting over the app debate

How publishers are getting over the app debate

まず、「How publishers are getting over……」は、メディアアプリが過度に喧伝され、その結果、幻滅を招いてしまった経緯について述べています。

メディア企業にとり、デジタル時代の急な変化の中にあって、アプリが印刷時代の栄光の日々の再現をもたらす方法だとする期待があった。
それは、印刷版の雑誌や新聞のコンテンツ(や広告)を読まんとする読者に、アプリが美しいレイアウトの再現に加え、こけおどしの会話性までもたらすという“空騒ぎ”だ。

しかしこの“約束”は果たされなかったと記事は述べ、代わってアプリ化の実践とその幻滅を赤裸々に公表した MIT Technology Review 誌の例(「Why Publishers Don’t Like Apps」:メディア企業はなぜアプリを嫌うか)をあげた上で、過度な期待に続いて起こった揺り戻し現象について述べます。

同氏(MIT Technology Review 編集長 Jason Pontin 氏)は、アプリ開発のためにスタッフのコストや外注費にどれくらいを費やしたかを述べ、それがたったの353人の iPad 版アプリ購読者しか生まなかったことを示した。
彼はアプリ開発というものが、1回の投資ですむものではなく、さまざまなデバイス、OS に向けて広げ、営々とそのアップデートと戦っていかなければならないものであることを発見したわけだ。

また、同氏は、アプリメディアへの基本的な問いにまで到達してしまう。それはすなわち、「どうして、読者は外部とのリンクを取り払われた箱(アプリ)の中でコンテンツを読まなければならない?」ということだ。

これが、モバイルアプリ版メディア開発をめぐる典型的な栄光と幻滅の物語です。しかし、これが物語の終わりではありません。記事は、ここに続く第2章があることを述べます。
そこには2つの変化が生じているというのです。要点を整理します。

    1. アプリ開発コスト問題のブレークスルー:

さまざまなアプリ開発ベンダーが、低廉で既製品型のアプリをメディア企業向けに提供を始めている。これによりメディア企業は素速くしゃれたアプリを提供できるというソリューションを得た。これら既製品型アプリは、多くの外部リンクを備える Web のようにでない代わりに、ソーシャル時代の基本である共有機能を備える。これらによりアプリ開発はコストがかかりストレスフルなものという認識を過去のものにしつつある。

    1. アプリ化する方向性の選択:

コンテンツに多くのリンクを備え、コメント投稿など読者との会話性を重視するニュース型メディアでは、アプリはシンプルに Web ページの代替をめざすことになる。
一方、読者とのエンゲージメントをより深めていくタイプのメディアでは、“一品もの”的な機能を実現すべく、専門力を持つパートナーの力を借りてより多くの投資をアプリ開発にしていくことになる。

記事では、前者のシンプルな既製品型アプリ基盤の例として 29th Street Publishing というベンチャー企業のフレームワークとその適用例を紹介しています(同社の情報は → こちら)。
次に、もう少し豊富な機能やカスタマイズを盛り込んだ雑誌型アプリ開発基盤として、MAZ を紹介します(同社の情報は → こちら)。
MAZ は PDF コンテンツをアプリ化する基盤で、高いビジュアル性を売りにする一方、コンテンツのソーシャル共有やコマース対応などのカスタマイズ性に富むというアドバンテージを有します。
シンプルとゴージャス、違いはあるにせよ、MIT Technology Review が暗礁に乗り上げたように、メディア運営者が自らアプリを内製開発していく時期は過ぎ去ろうとしています。メディアが自ら開発に乗り出すのは、“メディアが自ら印刷機や DTP ソフトまでつくり出そうとするようなものだ”とするコメントを、記事では紹介しています。

では、リンク拡散型のニュース型メディアにとってのアプリ開発にはどんな変化があるでしょうか?
記事は、「Web をそのままアプリという箱につめる」方向性を示します。代表格は FT.com です(参照 → こちら)。
こんな具合です。

あるタイプのメディアにとっては、Web 技術の急速な進歩で(ネイティブ)アプリ開発が不要になりつつある。FT.com の事例はその最も顕著な例だ。……だが、だれもがそれにならうべきかどうかはメディアのタイプによる。リンクを大量に備えるようなコンテンツでは、モバイル Web サイトが最適だろう。
だが、(アプリ開発に対し)モバイル Web サイトを優先するとしても、アプリがモバイルデバイスのホーム画面にアイコンとして存在しユーザーにアピールをしていくことの重要性は失われない。これが、FT.com をはじめとするモバイルサイト化を選択するメディア企業においても、アプリ開発を継続する理由である。

さて、紹介してきた記事に筆者(藤村)のオピニオンを加えて、改めてメディアのモバイルアプリ開発をめぐる現状の課題と今後を展望しておきます。

  • 機能・操作性・パフォーマンスの観点で、モバイルデバイスに最適化したアプリは、高いメディア体験を提供する
  • だが、アプリの内製開発は、初期開発と継続維持の両面で負担が重い
  • ソリューションとして、一品もの開発に代わり共通のアプリ開発基盤を提供する動きが活性化している
  • プラットフォーマー(Apple や Goolge ら)のビジネス支配や、Web と違い孤立化しやすいというアプリの特性を嫌うメディア企業が顕在化してきた
  • FT.com など、HTML5 を用いてアプリとモバイル Web サイトの中間的な方向をめざす動きが具体化している
  • モバイルデバイス上のユーザー行動は、アプリ中心となっており、その点でもメディア開発はハイブリッド型アプリへと傾いている

アプリは、Web と違い、ドメインを越え出る発散型のユーザー行動態様になじみにくい部分があるのは事実です。それは逆に、アプリがエンゲージメント志向のメディア形式に親和性が高いことも意味します。
つまり、ユーザーはアプリ内コンテンツに継続して接触する時間は長くなり(あるいはいったんアプリを起動すれば、数多くのコンテンツを閲覧する)、結果として高いエンゲージメント性を見せることになります。ドメイン横断型の行動態様とエンゲージメント性は、当面トレードオフの関係にあることを念頭に置きながら最適なメディア戦略を描くべきでしょう。

一方、筆者が課題として強く意識するのは、アプリの存在を認知しダウンロードにいたる動線が未確立な点です。
Web 検索からアプリのダウンロードを促したり、アプリ内のコンテンツを Web からリンクできるような動線構築が、すべてのスマートデバイスプラットフォームと、アプリ提供者に共通する課題なのです。
本稿では深入りしませんが、モバイル Web ブラウザからのアクセスに対してアプリへの動線を自動的に表示する手法(参照 → こちら)や、アプリ内コンテンツへのディープリンク技術(参照 → こちら)、そして Web 検索からアプリダウンロードへのハードルを下げる手法(参照 → こちら)などが台頭してきました。
アプリ開発の幻滅期をくぐり抜け、次のステージが姿を現わそうとしています。
(藤村)

マイクロメディアのビジネス化は可能か? Publickey のメディア戦略、全公開

専門分野を掘り下げる商業マイクロメディアは可能か? 個人メディアは、組織メディアとどう渡りあっていくのか? 一人で商業メディアを運営し、フリーランス活動もなお継続する Publickey 新野淳一氏の歩みと戦略を公開する

Publickey ——。IT 分野の技術解説記事で定評のあるブロガー、新野淳一氏が、2009年以来単独で運営を続けてきた“商業メディア”です。 公表された同サイトのパフォーマンスは、月間約40万ページビュー(PV)、約16万ユニークユーザー(UU)。 また、2012年のビジネスを総括する「ブログでメシが食えるか? Publickey の2012年」によれば、同サイトの年間広告売上は800万円強。一方、フリーランサーとしてのそれは約600万円(2011年はそれぞれ、500万円弱、600万円弱  →  記事および、同氏コメントによる)に達し、見事に「ブログでメシが食える」ことを立証。2012年は、メディア事業とフリーランス活動の収入上の主従転換という画期もなし遂げました。

Publickey 新野淳一氏

Publickey 新野淳一氏

本稿は、Publickey 主宰者であり、フリーランサーとして活動を続ける新野氏に、商業メディアの開発にひとり立ち向かったモチーフと、メディア事業およびフリーランス活動のポートフォリオ設計などについて訊ねます。(以下、文責:藤村、文中敬称略)

組織メディアから、個人メディアへ

——どうしてメディアを、個人でいちから立ち上げる決断をしたのでしょうか? 組織の責任者でもできることだと思いますが

新野 はい、過去には事業責任者として @IT の立ち上げを行いました。その後、アイティメディアで経営者としてメディアや組織の運用に携わってきました。しかし、仕事が経営や管理寄りに傾いていくことに、個人的なズレを感じるようになっていました。 また、当時米国の TechCrunch などブログメディアの動向を見ていて、これなら個人でもやれるのではないか? と意欲が湧いたこともあります。実際に、メディアを開発し運用する能力が自分にはあると自信があったので、個人の道を選択しました。 決断の背景には、メディアや IT をめぐる景気が徐々に悪くなってきていて、優秀なライターや編集者の働く場が少なくなろうとしている時期だったこともあります。個人でメディア活動をして食っていけることを示せれば、優秀な人たちが続いてくれるだろうとの思いもあって、“人体実験”を試みたのです。

——2008年に退社して翌年2月に Publickey を開設しました。準備期間には何に取り組んだのですか?

新野 メディアを開設して運用するために何でも自分でやろうと考えました。Movable Type をカスタマイズして CMS として使うことに決めていたので、CMS を使ったメディアの運用を勉強しました。特にテンプレートの使い方などです。 もう一つ、JavaScript を書くことも勉強しました。おかげで、JavaScript や JSON などを理解したことが自分の専門テーマの理解を深める結果にもなりました。

——そういう勉強やトレーニングは、これからメディアを立ち上げようとする人にも必要でしょうか?

新野 メディアの開設準備に、半年もかけて技術的な勉強をする必要があるかといわれると答えが難しいのですが、いったんメディアを始めてしまえば、記事を書くことにのめり込んでしまいます。メディアの運用をすべてやろうと思っていた自分には貴重な学習期間でした。 もちろん、自分は元々エンジニアでしたからこんなことをしましたが、そうでない人がメディアをスタートする際にこういう取り組みをすることをお勧めするわけではありません。

活動のポートフォリオ設計、その変化

——Publickey を開設してからのビジネスについて教えて下さい。メディア事業とフリーランス活動の比率はどう考えてきましたか?

新野 組織人である前にフリーランサーをしていた時期もあります。ですから、フリーでも食っていけるだろうとの自信はありました。ただ、長期的にはメディア事業のほうがセーフ(安全)とも思っています。 依頼記事の執筆など、フリーランサーとしての活動は毎回毎回の“一本釣り”的ですし労働集約的です。頼れる蓄積は人間関係ぐらいでしょう。 それに対して、メディア事業は記事の蓄積があれば長続きしやすくなります。たとえ自分が病気で倒れたりしても、PV があれば広告収入は入ってきます。メディア事業はストックが効いてくるビジネスなのです。 そこで、メディア開設当初には、収入上のポートフォリオを3年後に「フリー7:メディア3」ぐらいになればと考えました。幸い2011年で、おおよそ「5:5」に近づき、12年では同じく「フリー4:メディア6」にと転換しました。良い循環に入ったと思っています。

専門領域に集中、エンゲージメントを築く

——メディア事業に目標値などを設けていますか?

新野 明瞭な目標値は定めていません。ただ、前年はこのぐらいだったから今年はもう少し成長させようというような、改善による漸進的な成長は意識しています。 広告売上についても目標はありません。営業活動をするわけではないので。

——だとすると、売上が順調に成長しているのはどうしてでしょう?

新野 扱うテーマを意識しています。Publickey の場合は3つ。「エンタープライズIT」「クラウド」「(HTML5など)新しいWeb標準」です。この分野に絞って丹念に記事を書いています。マス分野ではないので、この分野の読者は、そのまま技術製品やサービスを提供している IT 企業、言い換えれば広告主であることが多いのです。専門性の高いニッチな技術製品のマーケティングには、Publickey ぐらいしかフィットしないというケースもあるようです。 もう一つ意識しているのは、これらのテーマのコミュニティに参加するようにしていることです。その分野の動向に通じていることは広告主の方向性にも合致します。また、コミュニティとの関わりが強くなると、コミュニティメンバーとメディアとのエンゲージメントが強くなります。 同じ意味で、ソーシャルメディアも積極的に使うようにしています。自分で投稿してなにか反応があれば自分で応えます。こうしていくことで、サイトが炎上するようなケースもなくなりました。 結局、IT 企業も読者との良好なエンゲージメントを築きたいのですから、こうすることで三者が良い関係になっていきます。 そんな点からすると、商業メディアは、たとえ技術系のサイトでもソーシャルメディアを使わなさすぎですね。商業メディア内で役割分担としてソーシャル担当を置いても、自分自身というスタンスでは関わりませんから、難しさもあるのはわかりますが。

大手メディアとの共存、そして、競争

——既存の商業メディアへの意見が出ましたが、Publickey と大手商業メディアとの関係をどう考えていますか?

新野 大きなメディアはやはり(多くの読者への)リーチを持っています。Publickey はそうではないので、記事を掘り下げたり人に焦点を当てたりします。その意味で補完関係にあると考えたいです。最近は、@ITInfoQ Japan と記事交換をしたりもしてしています。 フリーランスとして記事を大手メディアに寄稿することはほとんどしていません。フィーは当然そのメディアの水準に沿ったものになるのですが、Publickey として広告主からタイアップ記事やイベント企画を直接受注した方が断然高いので、優先度が下がってしまうのです。

——今後、大手メディアと競合してしまう懸念はないですか?

新野 商業メディア内部から、自分に近い能力をもったタレントがどんどん出てくれば、広告主の顔はそちらに向かうでしょうね。でも、専門分野を持って広告主と協議しながら企画を遂行できるようなタレントには、どんどん独立を促すというのが Publickey のメッセージなのでウエルカムです(笑)。

——そろそろ最後ですが、Publickey を3年やって失望したことは?

新野 Publickey を始めるころ、可能性が高いと期待していたアドネットワークや自分の事業に合ったアドサーバーが提供されると期待していたのですが、ダメでした。それから……“振り返ったらだれもいなかった”ということでしょうかね。もっとどんどん、組織から飛び出してくると思っていましたよ(笑)。 やはり、家族を持った組織人が独立するには心配があるのも事実です。それに、食えるようになったとは言え、仕事は相変わらず大変です。平日はメディアの運営や広告関係の打ち合わせ、そして記事執筆。土日に企画を考えたり、記事の仕込みという具合で、自分が倒れたら、との懸念と背中合わせです。今後はワークライフバランスを改善していこうと考えています。

仕事の“貯金”を積み上げ、可視化する

——“だれもいなかった”とのことですが、潜在予備軍の人たちにアドバイスを

新野 まず、IT 以外の分野の専門的なブログでも食っていけるかと言えば、将来的には可能と思います。ビジネスがネット上で完結するような分野(今は、IT が筆頭)は有望と思います。 そこでビジネスを築くには、「発信力を磨く」ことだと思います。自分が曲がりなりにも食べていけるようになったのは、発信力があるからと思います。その点、メディア運営のプラットフォームを駆使できることは重要です。これは徐々に技術系の方でなくても仕組みを使えるようになってきます。 発信力は、先に述べたように読者や広告主(顧客)とのエンゲージメントというカタチに現われます。 自分のビジネスを振り返ると、Publickey をやっていることが結果としてフリーランサーとしての仕事単価を上げています。営業交渉上も有利です。 自分の能力をカタログ化するという意味でも、メディア活動をしていくことは重要になるはずです。 これから年齢が増していきますからヘビーな仕事ばかりをやっていけません。その意味で、自分の仕事の貯金が積み上がっていくような戦略が重要なのだと思います。

2013年 “ビジネスとしてのメディア” 方程式をどう解くか

デジタルメディアとメディアビジネス、そこに大きな潮流変化が見えてきた。
メディアとビジネス、そしてテクノロジーの地殻変動。
2013年に加速していく変化を、3つのキーワードから考える。

明けましておめでとうございます。
本年も、デジタルメディアとメディアビジネスについて、ささやかな考察をめぐらせてまいります。引き続きご愛読をお願いいたします。

さて、2012年に自身が書き連ねたものを振り返ると、

  • 換金手法(マネタイズ)のトレンド変化
  • 出版(パブリッシング)手法の変化
  • メディア体験(価値)上の変化

に焦点を当てることが多かったと、今さらながら気づきます。

これら3つは、多かれ少なかれメディアを生業とする人々に共通する視点でしょう。もちろん、それはまたメディアの消費者の視点としても共通に語ることができるはずです。
そして、3つはいずれも共通する大きな潮流変化を背景にしていることにも気づくのです。しかし、その大きな絵図については、最後に触れることにしましょう。

換金手法のトレンド変化

モバイルアプリ化のトレンドが、私たちメディア関係者に与えた大きな気づきは個人課金の可能性についてでした。
アプリから開発者が得る収入の多くが、単なる有料アプリからではなくアプリ内課金によるものだと言われます(参考 → こちら)。有料か無料かという二者択一の時代は早くも終わろうとしています。
アプリ内課金に限らず、メディア消費者にとって単なる経済合理性に止まらない、体験上の納得感を意図した課金アプローチがずい所で目につくようになりました(参考 → こちら)。
個人課金が受け入れられる背景には、Web メディアにおける過度な広告露出が、メディア消費者に許容できる範囲を逸脱しつつあるという価値観上の変化が関わっています。
これを広告手法の内部からイノベーションする方向(参考 → こちら)も、そして、非広告的手法によって克服する方向もありえます(参考 → こちら)。2013年はいずれの動きもさらに活発化するはずです。

出版(パブリッシング)手法の変化

Web(HTML)メディアでは CMS、電子・印刷出版では InDesign などの出版システム、アプリ開発では Objective-C/Xcode というような技術基盤は、それぞれの分野での出版(パブリッシング、開発)の専門分化と深化を形成してきました。それはメディアのプロにとっての基盤やノウハウ、エコシステムを形成する一方、プロらを守る“壁”としても作用してきました。
しかし、アプリが Web と、出版がアプリや電子書籍と、というように交錯する状況がいま現実となり、専門分化の壁は大きな揺らぎを経験しているのです。ケースによっては従来からの設備投資型の積み重ねが優位性から足かせへと変化しようとしています。
KDP(Kindle Direct Publishing)が出版システムを揺るがす可能性(参考 → こちら)があるように、Web に続きアプリ開発でも同様のことが起きておかしくありません。

メディア体験上の変化

筆者は、メディア消費者が受け取るメディア体験上の価値を、コンテンツの力そのものと、コンテンツがもたらす付加価値の総合であると解釈しています。
これは、印刷、モバイル、Web、電子書籍など多様なメディア形式が存在するとき、コンテンツが同じであれば、消費者にもたらす価値はどれでもつねに同じというわけではないという視点を導きます。
多様なメディア形式を通じて最適なコンテンツを——。
これが体験的価値の最大化に作用するという認識が、メディアビジネスにとっての次の大いなる課題なのです(参考 → こちら)。
この分野でも、やはりモバイル化がトレンドセッターです。昨年、新たに誕生を見たいくつものデジタルメディアが、モバイル化・アプリ化の影響を大なり小なり受けていることからも確認できます(参考 → こちら)。

筆者が注目しているデジタルメディアとメディアビジネスをめぐる3つのポイントに触れてきました。最後のメディア消費者にとっての「体験上の価値」で触れたように、モバイル化の大きなトレンドが、消費者に培われてきたメディアに関する価値観を大きく変化させてしまったことを意識せざるを得ません。
新聞、放送、音楽、出版……と、これまではそれぞれ独立的な産業として局所化してきたメディアのあり方が変わろうとしています。
“モバイル以降”では、リアルタイムの放送のようにコンテンツを読む、気になる記事を拾い読むように映像コンテンツを観る、聴き放題と同様に、読み放題のメディア課金が動き始める……というように、局所化されてきたメディア体験のあり方が、消費者の体験的な“快”の方向へと大きくコンバージェンス(融合)を始めているかのようです。これが冒頭に示唆したメディアにおける大きな絵図というわけです。

2013年、メディアビジネスをめぐる大きな動き・小さな変化を読み取る試みは、メディアプローブ主催セミナーでも随時継続していきます。どうぞご期待下さい。
(藤村)

【特別セミナー:1月24日開催】2013年“ビジネスとしてのメディア”  方程式をどう解くか?
——電子書籍、Webメディア、アプリ、そしてソーシャルメディア

登壇者:
角川アスキー総合研究所 遠藤 諭氏
Business Media誠 編集長 吉岡 綾乃氏
メディアプローブ株式会社 取締役 藤村厚夫(モデレーター)

【特別セミナー:1月24日開催】メディアビジネス研究会1月セミナー(1月24日開催) via kwout

ネイティブ広告 メディアの救世主たり得るか?

“ネイティブ広告”(Native Advetising)をめぐるホットな議論が続いている。
2013年には米国の広告主の約半数が試行するともいわれる新たな広告。
新時代のWebメディア、モバイル・ソーシャルメディアとともに台頭した広告トレンドを解剖する。

米国メディア業界では、2012年夏ごろから、ネイティブ広告の是非をめぐる議論が活発です。文末のリンク集は、その一部にすぎません。
ある調査に依れば米国の過半の広告主がこれを試そうという意向を示しているといわれます(参照 → 調査結果)。
その「ネイティブ広告」とはいったい何でしょうか?
筆者は、ネイティブ広告を、従来の印刷メディアから発展してきた広告手法のひとつ、「記事体広告」「タイアップ広告」のモダンな再来とひとまず定義します(後ほど、改めての定義を行います)。

記事体広告
一見広告らしくなく、記事のような構成でつくられている広告のことをいう。
広告(advertising)と記事(editorial)を合わせてアドバトリアル(advertorial)とも呼ばれる。
記事体広告・Weblio

ちなみに、この「ネイティブ」の語が用いられた理由は明瞭ではありません。
しかし、“このメディア(形式)のために生まれた、生粋の……”という文脈で理解しておけば良いはずです。

ネイティブ広告と呼ばれる広告フォーマットが同時多発的に生まれてきたその背景は何か、そしてなにが“モダンな”要素なのか、の2点について議論に入る前に、どのようなものがネイティブ広告と呼ばれているか、3つほど例示をします。

qz2

The Quartz:記事タイムラインに挿入されるネイティブ広告
promo

Twitter:タイムラインに挿入される Promoted Tweet

itmapp

ITmedia アプリ:タイムラインに挿入される「メッセージプラス」広告

広告市場の減退が進む中、広告主は広告効果(成果)について鋭敏となり、より効果の高い広告フォーマットをメディア運営者に求めるようになっています。
特に Web メディアでは、過去20年もの間、さまざまな広告フォーマットが考案されてはきたものの、基本的には、“バナー”と総称される「ディスプレイ広告」と“リスティング”と総称される「検索エンジン連動型広告」 の2種以外は、大きな存在とはなり得なかったと言っていいでしょう。
印刷メディアで誕生した記事体広告フォーマットも、Web メディアにおいては比較的小さな存在でしかありません。
このように、広告フォーマットの発展が停滞する中で、広告主の需要の減退も進んでいるのです。

他方、メディア読者の視点からも、大量のディスプレイ広告をくぐり抜けながらお目当てのコンテンツを閲覧する“苦痛”が、積み重なってきています。
これはどういうことでしょうか?
試みに、筆者が著名な Web メディア掲載記事を任意に調べたところ、記事1ページ中に15もの広告枠が設置されているケースがありました。
読者が、ひとつの記事内で広告に注意を払える余地が有限だとすれば、上のケースでは、読者一人当たりの有限な広告価値を、メディア自身が1/15にまで希釈してしまっているとも取れるでしょう。

では、メディア運営者にとっては何が問題でしょうか?
そこには、広告価値を高めなければならない、というプレッシャーがつねにあります。
このプレッシャーが、広告面積をさらに大きくするなどの悪目立ちを加速させているかもしれません。
あるいは、上記のようにさらに広告枠を増設するという悪循環を引き起こしているのかもしれません。

ここまではオーソドックスな Web メディアを念頭に、ネイティブ広告が台頭してくる背景です。
しかし、これとは別に見逃せない大きな潮流が影響していると見ます。
それは、モバイル化とソーシャル化の潮流です。

先に掲げたネイティブ広告の例示に、戻りましょう。
そこでは、Web メディアにおけるネイティブ広告、次に、ソーシャルメディア(Twitter)におけるそれ、そして、モバイルアプリ(メディア)におけるそれを紹介しました。
たった3つの例示ですが、共通する重要なポイントがここに浮上してきます。

  1. ベースとなるメディアのコンテンツと広告のトーンが一致している(融合している)
  2. インストリーム、つまりタイムラインの内側に広告が現われ、消えていく(バナーなどは、タイムラインの外側に固定されている)
  3. ユーザーとのインターフェースであるスクリーンサイズに対して固定的でない(小さなスクリーンから大きなスクリーンにまで柔軟に対応する)

1.の「コンテンツと広告のトーンが一致する」は、従前からの記事体広告の特性を継ぐものです。
一般にディスプレイ広告では、広告自体のデザインやコピーは広告主側によるものですが、記事体およびネイティブ広告は、基本的にメディア運営者側がコンテンツとの兼ね合いを意識しながら作り上げるのが一般的です。
2.「インストリーム」うんぬんは、メディアのコンテンツ表示形式に“ストリーム”や“タイムライン”と呼ばれる形式が浸透してきたことを意味します。
このストリーム型メディアでは、従来可能だった固定的な広告枠が設置しにくい、もしくは、その視覚的効果が低いということになります。ストリーム内に動的に現われる広告フォーマットが新たに誕生したのです。
3.「スクリーンサイズ」との関係は、モバイル化・タブレット化が急進展している現代では、最も大きな制約事項かもしれません。
スマートフォンの小さなスクリーンに15もの広告を配置しようとすれば、それは自殺行為です。
モバイルにおいて、ユーザーの視点がどこに集約されているかといえば、スクリーンのほぼ全域を支配するコンテンツそのものだといわざるを得ません。
多種のスクリーンサイズに適合するには、タイムライン形式にのっとる、コンテンツの表示形式に広告も合わせるのが最適なのです。

以上が、ネイティブ広告が、モダンな広告フォーマットとして誕生した理由です。
これらがもたらす期待値は、明瞭です。

  • 読者の視点から……雑多なノイズが抑制され、お目当てのコンテンツに没頭できる
  • 広告主の視点から……読者が嫌うものとしての広告から、コンテンツ同様の精読率で接してくれる広告が生まれる
  • メディア運営者の視点から……読者とのエンゲージメント強化を第一義に広告を制作できる

以上を踏まえて改めて「ネイティブ広告」の再定義を試みたいと思います。

  1. 固定的に設置された広告枠と異なり、ユーザー行動の主眼であるコンテンツと同様の表示形式を持った広告であること
  2. 編集コンテンツに対し、その品質や表示トーンが一致する、もしくは近似するコンテンツ性の高い広告であること
  3. ソーシャルやモバイルなど、読者のメディア接点の変化や多様性に最適化した広告形式であること
  4. テクノロジーと人間の編集力が関与する余地のある広告形式であること

最後の「テクノロジーと人間編集力が関与する余地のある広告形式」には注釈が必要でしょう。
以前の「記事体広告」では、メディア運営者がその企画や制作に携わる、すなわち編集力を全面的に行使するため、品質管理はできても生産性は高まりません。
しかし、ネイティブ広告で例示したTwitterの「Promoted Tweet」などは、形式においては技術的運用が寄与しやすく、人間力という高価なコストを抑制できます。つまり、システム的合理化の可能性がありそうです。

最後に、述べたようにこれから勢いを増すことが予想されるネイティブ広告ですが、問題点も見えてきています。

ひとつは、当然のことながら広告とコンテンツの境目がなくなることによる弊害です。
商品レビューを仮装したようなアフィリエート目的が勝ったブログメディアに出会うことがままあります。
長期的にはメディアの信用失墜という自業自得の結果にいたるとはいえ、これをどう抑止するか。メディア運営者が自らを律していく姿勢が求められます。

次に、上に述べたように「ネイティブ広告はスケールしにくい」という指摘がなされています(たとえば → これ)。
これは、「記事体広告」という人間パワーにだけ頼る古い仕組みをどう革新できるかに関わっています。

そして最後に。ネイティブ広告に期待できる良さのひとつは、“広告だらけ”化の現象を抑止できそうだということなのです。
もし、ネイティブ広告がメディアの救世主であるとすれば、“ネイティブ広告だらけ”にならないようにすることもまた、メディア運営者のガバナンスにかかっているはずです。
(藤村)

執筆に当たって参照した記事等:

「The Dailyは救済可能だ!」 タブレット専用メディア、サバイバルの条件

News Corp. の大胆なプロジェクト、iPad 専用メディア「The Daily」が廃刊を決めた。
タブレット専用“日刊紙”が抱えた課題は何だったのか?
その教訓から、これからのデジタルメディア戦略を考える。

12月3日、米国 News Corp. が 2011年2月に創刊した iPad 専用(その後、Android や Kindle Fire など他デバイスへも展開)“日刊紙” The Daily の廃刊を表明しました。

2011年半ばには、Daily に続き New York Times Bloomberg など新聞系、そして Conde Nast や Hearst など雑誌系の大手メディア企業が iPad と iTunes Store が提供する定期購読(と配信の)システム「Newsstand」をプラットフォームとするビジネスに取り組みを始めていました。その中でも、Daily は iOS5 から提供された Newsstand に先行、かつ、ネイティブ iPad メディア、つまり印刷媒体や Web 媒体を経ずいきなり iPad 専用媒体を立ち上げる大胆な試みとして注目を集めていました。

Daily 廃刊については、創刊時の報道同様、国内外から多くの報道が現われています。中でも、日経新聞電子版「『iPad新聞』廃刊の真相 米メディア王の誤算と教訓」(会員限定記事) および CNN.co.jp米ニューズ、iPad専用新聞を廃刊へ 読者確保できず」は、その標準的な報道、論評として確認しておくべきでしょう。

2つの記事が伝える“廃刊へいたる”ポイントは、以下のとおりです。

  • 有料購読者の獲得目標が80万人であったのに対し、実際は10万人超に止まった
  • 100名を超える記者・編集者を擁する運営コストは年間2500万ドル以上であるのに対し、年間売上は300万ドル程度に止まった
  • 有料でも毎日読みたいと思わせるコンテンツを欠いていた
  • コンテンツを提供するプラットフォームが狭すぎた

この論評には気になる点があります。まったく新規に創設した有料電子媒体が2年に満たない期間で10万人の購読者を獲得したことへの評価が低いことです。
過去、「新聞社サイト有料化 本格的に離陸するのか?」で取り上げたように、たとえば日経電子版は、2年間で「有料会員20万人」と発表しています。
もちろんこれは、印刷版、そして、約140万もの電子版無料会員のすそ野があってのことです。
同時期の New York Times 電子版の有料購読者32万(無料購読会員100万人)、Financial Times 電子版が25万人(同400万人)もベンチマークとして加味すれば、Daily は、目標には届かないまでも奮闘と評価されてしかるべきでしょう。

そう考えると、Daily の蹉跌について、もっと内在的な視点でのとらえ直しが必要に思えます。そこでデジタルメディアビジネス内部からの視点をここに紹介しようと思います。
米国の起業家 Jordan Kurzweil 氏のユニークなオピニオン、GIGAOM 掲載「Why I tried to buy The Daily」(なぜ私は Dailiy を買収しようとしたのか)がそれです。
“ユニーク”というのは、同氏がこの記事で廃刊を決めた Daily の買収をしかけていることを公表したからです。むろん、大向こうウケを狙った口ワザの面もありそうですが、同氏の起業家としてのバックグラウンドを考え合わせるとジョークだけとも言い切れません。

同氏は、Daily が生き延びるための施策を5つを挙げていますが、その前に、News Corp. の“前歴”についても言及しています。それをまず紹介しておきます。
同氏によれば、News Corp. が前例のない規模でデジタルメディアに投資を行うのは、Daily が初めてではありません。
最初は Web 初期(96年)の時代に400名ものスタッフを擁して手がけた iGuide(解説記事 → こちら)です。次は、記憶に新しい MySpace への投資(解説記事 → こちら)、そして、今回の Daily
いずれもが分不相応な投資やスタッフへの高額な賃金を注ぎ込んでは、すぐさま不本意な撤退をしたという点で共通しているとします。

さて、5つの施策を要約してみましょう。いずれもデジタルメディアを運営する当事者にとっては、関心あるポイントのはずです。

  1. 「日刊」では足りない……Daily は文字通り日刊紙。1日1回更新される仕組みだった。しかし、そもそもニュースに更新時や締め切りはない。つねにそれはリアルタイム・ノンストップで生じるのだ。Daily は、正規の(締め切りのある)ニュースに加えソーシャルからの情報、そしてブログ記事などを組み合わせて、リアルタイムなメディアとすべきなのだ
  2. もっとテクノロジーを……Daily はもっとコンピュータパワーを用いるべきだ。特に外部のコンテンツを探しだしキュレーションする仕組みを構築し、それを編集者は活用できなければならない。また、ソーシャルの仕組みを編集者が使えるようにすべきなのだ
  3. “壁”を打ち砕く……Daily のコンテンツと広大な Web との間には厳然とした壁がある。壁は砕かれるべきでありコンテンツは解き放たれるべきである。コンテンツやそれ用いた会話はすべてのプラットフォーム(タブレットのみならず、スマートフォン、そして Web)へと開かれているべきだ。それが常識でありユーザーが求めるものだ。彼らが有料購読者であればなおさらだ。そして、それは非購読者へと開かれ、検索エンジンのクロールにも開かれているべきだ
  4. ユーザー体験を修復する……Daily がこだわったのは古典的な雑誌スタイルであり、ユーザーが望まないたぐいのインタラクティブ性によって混乱を引き起こした。しかし、ユーザーインターフェイスを変更することによって、Daily を、読者がニュースにアクセスし消費する、生きた場へと変化させることができる。ニュースを知ることと、それを読者間で会話へと広げることは同じくらい重要であり、そのためには、より小型のスマートフォン型デバイスに精力を注ぐべきだ
  5. 質素であること……Daily はまるでスタートアップ(ベンチャー)のように振る舞うべきだった。大会社の一事業部門のようにではなく。年間3000万ドルを使うに任せたのは News Corp. の過ちだった。ヒトやコストの圧縮が必要だが、これは Daily が生き残り、合理的な成長に必要なことである

国内では、Daily を購読することもできないため、最も重要なポイントであるコンテンツ品質について直観を行使することができないのがもどかしく残念です。
この点については、やはり自身がスマートデバイスに手を染め、購読型メディアも運営する Marco Arment 氏の論が参考になりそうです。

今日の出版マーケットにおいて、The Daily のような出版物が存在する余地はない。iPad が発表されるずっと以前にその全盛期は終わっていたのだ。

老舗のニュースサイトがニュースについてはもっとも優れている。読み物や特集記事は、大部分のブログがそうであるように無料にするか、あるいは The New Yorker や The Atlantic などのマガジンのようにカネを払うに値するほど優れた内容を常に載せるかのどちらかでなければならない。しかし The Daily が提供したのは、役に立たたずのニュースと記憶に値しない読み物や特集の呆れるほどのミックスだった。
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痛烈な論評ですが、

The Daily が失敗したのは、iPad が出版存続のプラットフォームとして適さなかったためではない。

出版にとって、アプリがウェブサイトより本質的に劣っているために失敗したのでもない。

優れたコンテンツにカネを支払おうとするひとが少なすぎたために失敗したのでもない。(同上)

と述べていることは、記憶に値します。

Daily の蹉跌を教訓に換えたメディアが立ち上がってくることに、今後は期待が高まります。Arment 氏自身のメディア The Magazineもその候補のひとつです。いずれそれについては、子細に検討してみましょう。
(藤村)

執筆に当たって参照した記事等: