“コンテンツ”へのバイアスを捨てる メディア事業再考

変化の時代から逃れられないメディアビジネス
コンテンツ価値にこだわる思考が、事業の硬直化を招く——。
情報価値へと立ち返り、
メディア事業を再考するためのヒントと事例を検討する

メディアのビジネスを考えるとき、筆者が最も重視するのは「テクノロジーは、メディアに対して両義的に振る舞う」という命題です。メディアに取り組む立ち位置によっては、テクノロジーは無慈悲で冷酷に振る舞います。しかし、逆に、希望に満ちたチャンスをもたらしもします。
その図式は、あらゆる産業ですでに起きたか、あるいはこれから起きようとしていることと変わりはありません。
その際に重要なのは、(メディア)ビジネスに対するスタンス(立ち位置)です。
いまは、明瞭には見通すことができない大きな変動が進行している時代です。目を大きく見開き、柔軟にそして肯定的に考えるべき時なのです。

と、そう考えているはずの自分が、不明を突かれた体験を告白することから本稿を始めようと思います。
取り上げるのは paidContent 掲載「Don’t think of it as content, think of it as information」(それを「コンテンツ」としてではなく、「情報」と考えよ)です。

デジタルメディアから利益を生むため、また、ソーシャルが破壊的創造をもたらすいま、コンテンツ企業、あるいは出版社は何を為すべきか? いま行っていることとは別のことを考えなければいけないはずだ。

記事は、米国のメディア関連ベンチャー Betaworks のCEO John Borthwick 氏の示唆に富むオピニオンを紹介します。同社は URL 短縮化サービスの Bitly やリアルタイムに Web サイト来訪者を解析するサービス Chatbeat などで知られる一方、米大手新聞社 New York Times と組んでソーシャルなニュース提供サービス News.Me を開発したりとメディアとの連携を武器にするベンチャー企業です。
では「別のこと」とはどんなことでしょう? 記事はこう述べます。

メディア企業が創っているものを「コンテンツ」と考えるのを止めてみること。代わりに、それを「情報」なのだと考えてみることだと(Borthwick 氏は)述べる。
コンテンツという語を使うことの問題は、そうすることによって、コンテンツを包む、あるいは流通させる“パッケージ”や“コンテナ”のほうを考えてしまいがちだということだ。
しかし、(いまやメディアビジネスにおいて)パッケージに関連する部分はほとんど破壊されつつあるのだ。

記事はまたこうも述べています。

メディア企業が創り出しているものを、パッケージされるための存在としてコンテンツと考えるのではなく、「情報」を創造しているのだと考えれば、ユーザーへ提供する情報価値に焦点を当てることができると、Borthwick 氏は言う。
パッケージや流通システムは、それが雑誌であろうと、新聞であろうと、そしてモバイルアプリであろうとも、二義的なものとなる。メディア企業は、ユーザーが何を、どう求めているかを理解することだけが重要なのだ。

不明を突かれた思いとはこの指摘に関わっています。
筆者(藤村)は従来から、単に“情報”の伝達にとどまるのではなく、いかに付加価値を与えるかを探求することによって、商業メディアは機械生成的なメディアやソーシャルメディアの多くに対し差別化できるという思いを軸に立論してきました。
デザインが付加価値となる、あるいは、多様なメディア形式(“パッケージ”と同義です)へとアウトプットすることなど、問題意識は“情報からコンテンツへ”でした。Borthwick 氏のオピニオンはそのような一方通行の思考であったことを見事に突いたのです。

たとえば、Bitly は、文字数制限があるツィートに長い URL を記述するために便利な短縮ツールとして広く受け入れられましたが、以後、どのような(Web 上の)情報がツィートされているか、それがどう拡散していくかなど分析するためのツールとしても成長していきました。コンテンツに対する情報としての意義の一端が、ここに見えてきます。

筆者を含めてメディアビジネスに携わる人間の多くのスタンスは、述べてきたように“いかに情報に付加価値を与えるか”であり、その現代的な解として多様なパッケージ形態をめざすという枠組みにとらわれています。しかし、Borthwick 氏のオピニオンをいれるなら、出口が広がる可能性があるのです。

では、どんな可能性が考えられるでしょうか?
デジタルメディアが追求可能なビジネスモデルを思いっきり拡張して見せたのは、『フリー〜<無料>からお金を生みだす新戦略』を2009年に世に問うたクリス・アンダーソン氏です。
同書に先駆けてメディアのビジネスモデルについての思考実験を公開したブログは、重要なヒントになります。氏のブログ The Long Tail の「What does the “Media Business Model” mean?」(メディアのビジネスモデルとは何か?)です。2008年に書かれたこのポストには考えるべきメディアのビジネスモデルが、更新を重ねながら25種(!)も掲げられています。

これら多くのメディアのビジネスモデルのなかで、“コンテンツから情報へ”の文脈と接点があるものとして、「コンテンツのライセンス(シンジケーション)」と「API 課金」があります。
前者は従来からニュースの配信事業者(通信社)のモデルとして存在しておりよく知られたものです。これにテクノロジーの要素を加えれば、ニュースを API 経由で自在に需用者が取り出す仕組みが考えられます。つまり、メディアにおける形式部分(パッケージ)は、コンテンツを創り出したメディア企業がではなく、それを API 経由で利用する個々の需用者が、自らの消費者に向けて創り出すことになります。
ここでは深入りしませんが、どの記事をどんな読者がアクセスしているのかといった、Bitly のようなメタコンテンツ情報を API により外部へと提供する事業も考えられそうです(API については「API をビジネス視点で考えてみる」が参考になります)。

CNET Japan 掲載「アイスタイル、『@cosme』内のデータを外部へ提供するAPI『apicos』公開」はその一例と言えます。
また、TechCrunch 掲載「Old Publishers Dive Into The New: Pearson Inks API Billing Deal With Zuora; Adds Food To The Mix」(老舗出版社 Pearson、API 課金システム開発の Zuora と提携を発表)も事例として参考になります。
いずれの例も、メディアのなかにあるコンテンツ群をデータベースとして見なし、それを外部事業者が呼び出しそれぞれの事業に組み込んで活用するという手法です。
コンテンツを、第三者である事業者がそれぞれの事業機会に即して柔軟に再利用できるようにするというのが、この“コンテンツの情報化”の意義と言えます。
従来の私たちであれば、自ら創り出したコンテンツの価値を重く見るがために、その収益化も自身が作り込むパッケージによって果たそうと考えがちでした。
むしろ、自らとはまったく異なる市場を持つ事業者が創造する事業機会へと委ねることで新たな収益化を模索する仕方が見えてきます。

また、直接の収益化を留保してでも、“コンテンツから情報へ”のアプローチを積極的に取り入れようとする試みもあります。ITmedia ニュースlivedoor ニュース、自社メディア記事をCCライセンスで公開 転載自由に」もその例です。
このケースでは、個々のニュース記事を第三者に“再利用可能”と宣言することで自社のサービス価値の周知拡散を図っていると理解します。あるいは付帯して営むブログサービスなどでの二次利用促進、記事の増産が進むなども意図しているのかもしれません。ともかく、この宣言によって多くの第三者が、再利用を意図してアクセスしてくることが見込めます。

このように、自らが創り出した宝物であるコンテンツを、あえて固定的なパッケージから分離して流動的に扱ってみること。そのことにより、情報の拡散が加速し、新たな収益機会を生み出すことにもなると仮定してみることは、重要なトレーニングとなるはずです。
テクノロジーがメディアに対して両義的な可能性を広げるとき、いかに肯定的なスタンスでそれに取り組めるか——。メディアがこれからも変化に満ちた長い道のりを歩むために重要な視点となるはずです。
(藤村)

コンテンツ アンバンドル時代 CMS刷新が生み出す新たな事業機会とは

この10年間、Web メディア企業は CMS を活用してきた。
しかし、スクリーンやデバイスの多様化、
そして、メディア形式とコンテンツが分離しやすい環境下で、
収益を重畳化していく際の重要な武器として、改めて CMS がハイライトを浴びる。

完全にデジタル化されたメディア運用環境では、コンテンツはメディア(という形式)に対しアンバンドル化される(分離可能になる)趨勢にあると、本ブログではたびたび述べてきました(「メディアのデジタル化が開く根本的な変化」「“アンバンドル化”の先にあるもの」参照)。
アンバンドル化の潮流のただ中にあっては、メディア事業者がビジネスモデル(たとえば、広告表示)を“バンドル”して送り出したメディア形式から、ユーザー(読者)はコンテンツを容易にアンバンドル(分離)して体験できます。メディア事業者からすればなんとも切ない状況でしょう。

しかし、冷静に考えてみるとアンバンドル化の潮流は必然であり、それは機会(チャンス)でもあることがわかります。
読者はスマートフォンを持って戸外に出ても、先ほどまでデスクトップ PC の大スクリーンで眺めていたメディアに、小さなスクリーンを通してアクセスすることができます。
スクリーンはさらに多様に分散し、かつ、ひとりがそれら複数を機会に応じて使いこなすようになることも自明です。
このような多様なスクリーン・利用環境を通じてメディアにアクセスする時代に、スクリーンサイズや利用環境に対して固定的にメディアを作り込むスタイルは、読者の限定、コストの増大といったメディアの衰退要因を抱え込むことになってしまいます。
メディア提供者(事業者)もまたアンバンドル化をテコに多様化の波に乗らなければならないゆえんです。

さらに補足をすると、メディア形式を多様化しなければならないのは、なにもモバイル化が急だから、ということにとどまりません。読者にとり、コンテンツの味わい方そのものがそもそも可能性として多様なのです。
美しく印刷され紙の触感を楽しみながら味わう仕方から、Web サイトをクリックしながら、あるいは、モバイル機器を文字通り指先の操作で利用することまで、ひとつのコンテンツを消費するスタイルには、デジタルな時代では自由であり多様であるという“機会”が備わっています。
メディア事業者にとって、このような多様性=アンバンドル化潮流を積極的に事業機会として取り入れなければ損だとさえ言えるでしょう。

さて本題です。そのためアンバンドル化潮流に効果的に適合していく“仕組み”が必要となります。複数のスクリーンサイズを意識していちいちコンテンツを制作するのは合理的ではありません。ひとつのコンテンツから、可能な限り労力を抑制しつつ多彩な機会(チャンス)を生むのでなければなりません。
これを実現する技術基盤のひとつに CMS(コンテンツ管理システム)があります。
本稿では、コンテンツアンバンドル化の潮流にあって、メディア事業者が効率的で新たな事業機会を創造する武器としての CMS ついて考えてみたいと思います(CMS の概要についてはこちらを参照)。

officercomCygnus Digital Mediaが運営する警察官向け専門メディア、Officer.com

材料とするのは、メディア事業者(パブリッシャー)向けメディア eMedia Vitals 掲載「Building the ‘perfect’ CMS」(“完璧な”CMS を構築する)です。記事は、多くの印刷雑誌に加えて30以上もの Web サイトを運営する米メディア企業 Cygnus Digital Media が取り組む CMS の変更をテコとする大きなメディア再構築プロジェクトを紹介しています。

2010年の4つの関連サイト再構築以降、Cygnus は読者と広告主のために鋭意サイトの改善に取り組んでいる。昨年には15ものサイト開設やリニューアルを果たし、今後の数か月の間にも7つの新サイト・リニューアルが計画されている。
Cygnus 幹部によれば、これらプロジェクトの範囲からした同社の CMS 投資は、他社製品を購入することに比べれば極めて小さいとのことだ。しかも、投資はすでに元が取れているようだ。
CTR(広告のクリックスルー率)から見て、広告効果は新システムとなり3倍にもなった。
デザインリニューアル後のサイトでは、PV と来訪者数で10〜20%増を果たしたと別の幹部が証言する。
また、読者とのエンゲージメント(結びつき)も同様に改善した。警察官向け専門 Web サイト Officer.com では、新しいコメントシステム採用でコメント数が200%増を示した。また、多くのサイトでは、目立つ場所に設置したことで Facebook の「いいね!」が50〜100%増えた。これについて、同幹部は「ソーシャルからの来訪者数が、われわれのサイトにとって重要なトラフィック源となり始めた」と述べる。

実際のところこれらの効果を、“CMS の変更”だけで実現できるわけではないでしょう。記事は詳しく述べていませんが、広告効果を上げる、サイト内の他記事への回遊誘導、ソーシャル系ナビゲーション機能など、デザインをはじめとする総合的なリニューアルの効果があっただろうことは想像に難くありません。
これらは素晴しい成果ですが、力点を置き紹介したいのはその背景、見えない要素についてです。

Cygnus は同社が持つ Web サイトの製品効果を向上させる手法として、(同社内で)共通 CMS を採用するという戦略的な決定を行った。
同社技術陣は、それまでの(CMS の)Drupal から、PHP と HTML5 を開発言語とする社内開発の CMS へと移行を進めた。
「もし、Web サイトのみの開発を行うだけなら以前のままで良かったかもしれない。しかし、われわれは印刷、Web サイト、そしてモバイルへとコンテンツを再利用していくことに競争優位性を見ており、このフローを創り出すために(開発言語の) PHP 等を活用することが重要だった」と前掲幹部は述べる。
プロジェクトのゴールは、創り出したコンテンツを幾度となく何らか他のメディアで活用できるようにしておくことだった。
そのために技術陣は、“完璧な CMS”を構想し、優れたコンテンツワークフローシステムを目指して印刷媒体の編集者らと緊密に協業を行った。

2000年代初頭、コンテンツを数多く制作しなければならないメディア事業者にあって、CMS に求められたものは、制作と配信を効率化する仕組みであり、また以後のコンテンツ管理(データベース化)など、“生産システム効率化”の方向性が色濃いものでした。しかし、それ以降、CMS には SEO(検索エンジン最適化)や読者の閲覧や広告表示やクリックスルーのようなマーケティング効果の最適化などが新たなニーズとして次々に積み重なっています(「マーケティング実践のための CMS 」についてはこちらを参照)。
CMS_picture

一般的な CMS 関連概念図(Web 担当者 ForumCMS 導入&活用ガイド」より)

それぞれのWebサイトでは見てくれは異なるものの、全体として共通のデザインのフレームワークを共有し、重要な2つのメリットを手に入れることができた。
ひとつは、全サイト共通で目玉となるような機能を追加するのが迅速化された。「共通フレームワーク抜きでは、これだけのサイトに短時間で機能を実装する方法はない」。
ふたつめは、広告営業チームが Cygnus が擁するサイト群の広告枠を横断的に販売できるようになった。「標準的な広告枠が実装されており、サイト横断的にそれを販売することが容易になった」のだという。

そして最新の CMS への要望は、新たな収益機会を生み出すために多様なメディア形式への対応に至っています。モバイルへの対応はその最たるニーズです。

新サイト構築が新たな営業機会を広げる中、Cygnus はデジタル版での収入多様化の模索を続けている。
「自分たちだけでなくすべてのメディア企業が、バナー広告に過度な期待をしてきた。(いま)われわれは多様な収入系統を通じて、より良いバランスを探し求めている」。
代替策は e コマースであり、モバイルへのますますのアプローチだ。

そのために、Cygnus の新 CMS ではHTML5 のサポートを果たしました。これは Web サイトを各モバイル機器へと最適化することを意味します。しかし、Cygnus はそれに止まらずアプリ開発にもチャレンジします。アプリ化したメディアで読者、広告主にとっての価値をいま体験しているところだとします。

新 CMS でモバイル向けに社内開発を継続している。これは迅速なリターンを得るための投資である。
「タブレット用アプリについて言えば、もっとやることがある。しかし、Web メディアについては今年劇的な改善を成し遂げた。新しい自家製 CMS の効能はとても大きい。開発陣が実現したことは本当に見事だ」。

このように Cygnus 幹部は述べます。多数の Web メディアを迅速かつモダンなシステムへとリニューアルすること、そして、繰り返し述べてきたようなメディア形式の多様化に適合するダイナミックな動きは、注目に値するものと言えます。
印刷媒体(雑誌)・Web サイト・モバイル用アプリケーション……。多様なメディア形式、そして多彩な表示機器。このような複雑な環境で、事業機会は多様化させながらもコンテンツ制作の労力は軽減するという取り組みに CMS 活用の現在のテーマが現われています。
(藤村)

* 本稿が紹介する記事中に製品等への言及がありますが、本稿では製品の論評を意図するものでないことを了承下さい。

WebメディアがSEOを捨て去る理由 The Atlanticの事例を中心に

検索エンジン最適化(SEO)は長らく、Web メディアの守るべき文法だった
しかし、その常識が揺らぎ始めた
本稿では、SEO を捨てソーシャルからの流入強化に
シフトを始めたメディアの事例と背景を考える

90年代、Web という大海原を航海するのに必要なものはポータルでした。Yahoo! はこの大海原に対して「ディレクトリ」(カテゴリ別のリンク集)という道しるべを用意し大成功を収めました。
現在もその利便性は十分に大きいのですが、2000年前後から、Web 航海のための最重要ツールは検索エンジン、取りも直さず Google へと傾いていったことは周知の通りです。

Google の検索技術は「ページランク」を立脚点に始まりました。ラフに言えば、多くの被リンク(他のページ/サイトからのリンク)を有するページを高い“ランク”に評価するものです。これが検索順位に大きく影響する要素とされてきました。
Google は、Web の大海原を率先してクロールしまくり、ページとページランク情報を収集してきました。この情報が豊かでリアルタイムに更新されればされるほど、Web を旅する人々にとってのスタートページは検索エンジンとなってきたのです。

この経緯は、Web メディアの成長発展にとっても見逃せない要素です。
Web を拠点とするメディアにとり、新規の“旅人”を的確に自メディアへと誘導する最大の材料は、(Google の)検索結果であるという時代が十年近く続きました。Web メディア各社(もちろん、“メディア”企業であろうがなかろうが、なのですが)が、自社サイト、自社コンテンツを検索エンジンへ最適化(検索の対象となり、検索結果の上位に表示されるように調整する行為=SEO)することに血道を上げるのは、このような理由からです。
メディアやコンテンツの特性によりますが、検索されやすいメディアやブログでは、Google 検索エンジンひとつからの流入が来訪者全体の約6割を占めるケースまであるようです(筆者が経営に携わった商業メディアでは、ここまでは高くありませんでしたが、数十%に上るとは言えます)。

現在では、Google の検索結果に影響を及ぼす要素は、ページランク(被リンク数)だけで説明するような簡単なものではなくなっていると言われます。検索エンジンに“好感”されるには、被リンク数を増やす努力は当然として、HTML ファイルに含まれる各種タグの的確な記載、検索されやすい文章・文字列による記述、サイト構造の整理……等々多岐にわたる最適化が必要というのが定説です。注意して欲しいのは、サイト構造や HTML 記述など読者にとり不可視な要素はもちろんのこと、SEO は記事タイトル、リード文、記事本文などにも及ぶということです。SEO が、単に技術の問題に終わらずメディアの核心部分に触れてしまう要素がここにあるのです。

さて、長くそのメディアへの流入量を司ってきた検索エンジンの威力に異変が起きています。
その要素は、ソーシャルメディア、端的に言えば Facebook です。Facebook アプリや Facebook ページを通じてユーザーとの関係を築こうとするメディアが増えています。

まず、紹介するのは The Guardian のケースです。journalism.co.uk 掲載「Social predicted to overtake search as Guardian traffic driver」(Guardian へのトラフィック原動力として、ソーシャルが検索を上回ると見込まれる) を見てみましょう。

The Guardian は昨秋に同メディアの Facebook アプリをリリースしました。
記事が掲載された3月の時点で、累計800万回、日々4万回ダウンロードされるという人気を博し、そのため広告収入は同アプリ開発費用をその時点でリクープできるほどにまでなっていると述べています。
注目したいのは、アプリ投入時期には同サイトへ Google 検索からの流入がやはり全体の40%を占めていたのが、チャートに見えるようについには逆転が起きたことです。

また、今回は詳細を省きますが、Google 自身がここまで説明してきた検索技術に加えて、最近、ソーシャルメディアの要素を色濃く取り入れた変更を行いました。この点も Web メディア が検索エンジンに代わってソーシャルメディアからの流入強化を強く意識する背景になっています(Poynter. 掲載「Social media replacing SEO as Google makes search results personal」<Google が検索をパーソナル化しているように、ソーシャルメディアは SEO を置き換えつつある> 参照)。

さて、次に紹介するのは、これも成功事例と言われることが多い The Atlantic です。Mashable 掲載「Why ‘The Atlantic’ No Longer Cares About SEO」(Atlantic はどうして、もう SEO をかまわないというのか) を基にさらに問題意識を膨らましていきましょう。

この5年間、継続的に The Atlantic Online への来訪読者が増えている。どんなメディアでも起きるとは言えないような成功を同メディアは収めている。
2008年にペイウォール(有料購読制)を廃止して以降、来訪者は50万人から月間1300万人へと跳ね上がっているのだ。
同社は“デジタルファースト”戦略を掲げ、さまざまな手を打ち新たに関連サイトをオープンしたりしてきた。
さらに、編集方針として、オンラインニュースの消費スタイルの大きなシフトを図った。それは、同サイトへの流入源を検索エンジンより、重要性の増すソーシャルメディアを強調するものである。

こういった取り組みの結果についてもこう述べます。

16か月前、われわれは検索からと、ソーシャルからと同じほどの流入を得ていた。いまは、(全流入の)約40%をソーシャルメディアから得ている。
その結果、じっさいのところ執筆陣は SEO について考えなくなった。今は、いかに、(ソーシャルメディアを通じて)記事が口コミ伝播するかを考えている。

執筆陣が SEO を意識しなくなる、と言及していることは要注目です。

すでに触れたように、SEO を突き進もうとすると、記事のタイトルやリード文、見出しなどには、検索されやすいキーワードを盛り込むことが必要になってきます。自らのサイトを訪れる検索エンジン経由の読者が用いた検索語は、そのような使用すべき“キーワード”辞書のような役割をなします。
検索エンジンに“好感”されるには、検索でよく用いられるキーワードを記事の重要箇所にちりばめることです。言い換えれば、読者が見て「?」と思うような凝った表現は禁じ手になってきます。たとえば「IBM」と「Big Blue」という表現があれば、後者は検索に使われる頻度という点から評価すると、使いづらくなってくるでしょう。

このような SEO 重視の振る舞いに失笑される読者も多いでしょう。しかし、日米いずれでも、これ以上に涙ぐましいほどの“検索エンジンだまし”策を積み重ねたサイトが数多く存在します。SEO に見切りをつけ、ソーシャルメディア、言い換えれば人によく読まれ、人の話題にのぼることを重視するということは、書かれる記事の本質に影響を与えるシフトであることは理解できます。

The Atlantic Digital(Atlantic ブランドを冠したオンラインメディアは何種類もあるのですが)の編集長は、Google 向けではなくソーシャルメディアに最適化したタイトルはどのようなものか、という問に対し以下のように述べます。

すぐれたタイトルとは、すぐれたタイトルなのだ。それは明瞭で知的でなければいけない。われわれは機械のために書いているのではない。人間のために書いているのだ。

このようなストーリーを追ってくると、長らく続いた検索エンジン時代の影響が、元来人が読むべきメディア(コンテンツ)という価値観からずれ、検索エンジン最適化を過度に重視する悪弊を生んできたことに改めて気づかされます。ソーシャルメディアを流入源としてメディアを設計し直すということは、単に Google から Facebook へといったトレンド的な話題ではなく、メディアが何に焦点を当てるべきかという観点で重要な意義を持つ話題です。

しかし、Facebook 内での情報伝播やトラフィックへの過度な依存も、いずれ不健全な偏りを生む可能性があることは、別の機会に論じてみたいと思います。
(藤村)

Web 開発者は IT 部門に所属してはならない!? メディアが突き当たる組織論的課題

デジタル化を推進するメディアの重要資源はエンジニアだ
しかし、エンジニアの役割は皆同じと考えてはいけない
技術部門の“攻めと守り”を見通した組織論が、重要なマネジメント課題となる

これまでも本稿では、メディアのデジタル化、デジタルメディアのビジネス課題を多く論じてきました。
メディアのデジタル化が新段階に突入するにつれ、従来の“広告か、さもなければ個人課金か”という、二大命題に収まらないさまざまな仮説や挑戦が浮上します(ここに、デジタルメディアをめぐる“いま・ここ”の課題があります)。
浮上する新たな事業課題を実現するためには、システム製品の導入、新技術の開発、あるいは新たなビジネスメソッド(手法)といった個別の要素の遂行だけでは不十分です。これらを掌握してプロジェクトを遂行する、事業収支にまで責任をもつ能力が求められます。
このような役割は、ビジネスの中核機能であり簡単に外部(外部パートナーやコンサルタント)へと委ねるわけにはいきません。

そう考えれば、既に存在するスタッフやチームに対するモチベーション喚起策や部門の配備など、企業内の人事・組織論的課題が、実は“旧くて新しい”大きなものとなって見えてきます。

今回、焦点を当てて考えてみたいのは Web 開発部門、あるいは Web 開発者の位置付けについてです。

題材としたいのは、デジタルメディアのビジネスを専門的に論じる Web メディア emedia Vitals 掲載の「Should your Web team report into IT?(Web 開発チームは、IT 部門に帰属すべきか?)」 。同メディア CEO で、About.comをはじめ数々のデジタル系メディアの事業にたずさわってきた Prescott Shibles 氏によるブログ投稿です。

Shibles 氏は、かつての職場で長時間の議論の末、上司であった COO/CFO に「さあ、議論は終わりだ。Web 開発者は IT 部門の配下に置く!」と宣告されたことが忘れられません。

議論は8、9年前のことだ。しかし、そこでの問題は今もなお多くのメディア企業やマーケティング系企業にとり重要なテーマだ。
もし、上司が「Web 開発者は IT 部門に従属させる!」と主張したなら、君は強くそれに異議を表明する必要がある。Web 開発者はマーケティング部門、あるいはメディア部門に統合すべきなのだと。

当時 Shibles 氏はデジタルメディア部門(もしくは、Web を介して販売を行うような事業部門=マーケティング部門)に属しており、配下に Web 開発者(チーム)を擁していたのが、“開発者は IT 部門にいるべきだ”とされ、スタッフを引きはがされた経緯があるようです。
上司が考えたことはわからないではありません。技術者は似通ったものに見えますし、似たような能力を有する資源が間接部門と事業部門に分散しているのは、すべからく効率性を重視するタイプのマネジメントにとり非効率と映っておかしくありません。

ここで企業における IT の位置付けについて、簡単に触れておくことにします。
いまやどのような企業にとっても、IT がその事業基盤に大きな役割を果たしていることは論をまちません。しかし、事業の基盤であればあるほど、その役割は重要で、その結果、“攻め”と“守り”の両極へと役割期待が拡大してしまうのです。

ポイントはこうです。

  • 人的労働の自動化・効率化によるコスト引き下げは、競争優位性を高める(攻めの側面)
  • 新しいビジネスモデル構築は、新たなシステム開発を伴う(攻めの側面)
  • 事業運営をリアルタイム化・俊敏化するには、各種データを蓄積し分析するシステムが必要である(攻めの側面)
  • IT は、重要な事業基盤なのだから、24時間・365日停止してはならない(守りの側面)
  • 事業基盤であるシステムの構築や更新には投資的要素が大きくなり、失敗や投資過多に陥るリスクへの万全な対策が必要だ(守りの側面)

IT は専門性を必須とします。開発会社やある種のインターネット企業などを除けば、“デジタル”を標榜する企業であってさえ、IT 系スタッフは全体に対して少数になってしまうというのが一般的です。
本ブログのテーマであるデジタル化を加速するメディア企業にあっても事情は同じです。希少資源であるが故に IT スタッフの位置付けはつねに定まらないものなのです。

例えば、Web メディアを運営する企業では、“攻めと守り”の両極化は深刻な齟齬をきたすことがあります。
24時間 × 365日ダウンしないことを求められる一方、インターネットのトレンドをキャッチアップするメディアの開発やリニューアルプロジェクトは日々続々と誕生します。
安全安心が第一というお題目でこれらを遅延させることは、事業を推進する立場からみればフットワークの悪さとして映ることでしょう。
また、メディアの効率的な運営を支える CMS(コンテンツ管理システム)などは、メディアビジネスの基盤中の基盤であるため可用性が最重要。できればシステムは枯れたものにしたいところですが、この分野を他社メディア企業との競争優位性へと位置付けようとすると、厳しい機能追加競争に乗り出さねばなりません。

IT に求められるこのような両面性は、そのスタッフが所属する部門やミッションにより大きく振れることが経験上理解できます。
こんな事情を整理すると下表のようになるはずです。

WebDevlopper
Shibles 氏の論に戻ると、氏は Web 開発スタッフに自らの帰属を考えさせるえるための論点として以下の5つを掲げています。

  1. これからの5年、どんなビジネスに属していたいのか?
    ……組織が成長すれば、いずれ手続きや標準を重視する文化が高まってくる。“ガレージを出なければならない時”がやってくる
  2. 自分たちの部門の目的はなにか?
    ……間接部門である IT にはリスク回避と継続性が求められる。一方、事業部門であれば、競争優位のための“破壊的断絶”や今までとは違う手法が必要になる
  3. ビジネスを追求するスピードをどれほど重要視するか?
    ……事業部門と間接部門の感覚の違いは、コメント不要でしょう
  4. 管理者は、業務をサポートしてくれる存在か、それとも単なる官僚的か?
    ……こちらもコメントを避けましょう。
  5. 自分たちがめざすのは事業の成長か、それとも利益の追求なのか?
    ……上記したように、おうおうにして企業は IT に対して二兎を追わせようとする。しかし、それは両立し得ない

エンジニア諸氏をどこに帰属させるか、というテーマは、デジタル化の道をひた走るメディア企業にとり避けられない大いなるテーマです。
エンジニアの扱いに慣れないマネジメントであればあるほど「エンジニア同士まとめておけば良い」と考えがちです。

述べてきたように、片や全社の業務システムがダウンしたりしないようにと心を砕くスタッフと、片やライバルを出し抜くためにいかにクールなものを創れるかと取り組むスタッフとでは、その存在は重なりにくいことがわかります。
もし、それでも大部屋主義に意義があるとすれば、両極化しやすい役回りを定期的にシャッフルし、そのエンジニアの将来の芽を摘まないようにする育成的な配慮が挙げられます。ここから先はその会社が抱く価値観に従うしかありません。
(藤村)

電子書籍と印刷書籍の共存時代 “クラウド書架”への進化がブレークスルーに

国内で電子書籍の普及が進まないとの声が挙がっている
しかし、電子書籍そのものを議論する以前に、
総合的な読書体験を進化させるアプローチにも注目すべきだろう
それはクラウド化された書架が起点となる

2015 年に国内の全書籍売上が現在と変わらぬまま停滞気味に推移するとして 8000 億円。これに対して最近の調査結果では、電子書籍の売上は約20%を満たすに過ぎないと予測されています(下図参照)。ここ数年高まってきた電子書籍市場の成長期待を裏切る予測ですが、とは言いながらも、電子書籍がじわりと存在感を高めていることに間違いはありません。

このことからも、筆者が確信するのは、印刷書籍と電子書籍が長く共存する時代が到来しているという点です。
印刷も電子も——。読書家にとり両方のオプションが目の前にある。それは健全なことです。

そこで、電子化という未来を考えた場合にも、電子書籍“だけ”を議論をする以外に目を向けていく必要を感じます。
本稿では、印刷も電子も混在する状況下で、いかに読者が電子化に前向きになれるかという条件を考えてみましょう。

「読書」という体験は、実は書籍と読者が向き合っている時間に止まるものではありません。
読書体験は、その“向き合う”時間の前後へとすそ野を広げているものです。この点は「読書体験を拡張する」で素描しました。
いま改めて電子書籍の伸張を阻むもは何かを、この拡張する読書体験という視点から見ていく必要があります。

印刷も電子もの混在状況をどうやってマネジメントするか?
Web を介した電子の書架サービスが筆者に思い当たります。昨今ではこの種のサービス、アプリはすぐさま 20 ほども目に付くようになりました。
残念なことに、筆者には、これの多くは“子どもだまし”のように映ります。
サービスインすると、デザインされた各種の“本棚”が画面に現れます。そこに蔵書を登録する。すると、書棚には個々の書影が現れ……。
要するにリアルな書棚を戯画化しているだけのように見えます。
バーチャルな書架の付加価値としては、蔵書する書籍についての書誌情報を使える、書棚自体を自分の書物の趣味として公開できるぐらいではないでしょうか。

しかし、印刷と電子、いずれものタイプの書籍も蔵書するようになってくると、このようなバーチャルな書架が果たすべき役割は大きくなるはずです。
電子書籍と印刷書籍のデータがマネジメントされ、文字通りクラウドを介して任意のデバイス、任意の場所からアクセスできる——。そのようなイメージが広がります。

読書のための基盤として、読書家が蔵書を効率的にマネジメントする一方、読書の本格的ないつでも・どこでも化をするために——。
筆者は“クラウド基盤に立った書架”の実現を強く期待します。
これがあってようやく、印刷書籍の読書体験に対し電子の読書体験を、利便性の観点からも豊かな未来図を提示できるようになるのです。
イメージ化すれば、下図のようになります。

cloudbookshelf2

ポイントは、これまで購入し文字通り積み上げてきた印刷書籍、そしてさまざまなフォーマットやサービスとして提供されている電子書籍をともにマネジメントできるかのかどうかにかかっています。

世の中に、印刷書籍や雑誌、そして、電子書籍や雑誌を、まったく別々にマネジメントしたいと思う人は、いないでしょう。
手元には数十年の半生で購入し積み上げてきた印刷書籍があります。「読書家」ともなればこの数は多くなり、単純な保管場所にも困り、それゆえ所有しながらも蔵書へ迅速にアクセスすることも難しくなっているはずです。
読書家はこの時、半生を通して出会った書籍の電子化を夢見るのです。
どこに置いたかも分からなくなってしまった名著から金言を自由自在に取り出せたら——。
筆者自身、そう思ったことが一再ならずです。

ほとんど“死蔵”されてしまった愛読書(個人的な体験として、書籍の山からの発掘に失敗し、同じ書物を購入し直したことさえあります)に、新たな息吹を吹き込むためにも印刷書籍の電子化が必要です。
そして、いったん電子化された書籍は、いわゆる電子書籍と同様、いつ・どこからでも、どの機器からもアクセスできるようにすべきです。PDFやEPUBのデータをダウンロードしただけの電子書籍では、それがどの端末のローカルに存在しているのかで、読書の時と場所を制約されてしまいます。
おのずと答えはクラウド基盤へと絞られます。
また、筆者の個人的な読書習慣ですが、価値ある書物であればあるほど、傍線やメモの書き込みが多くなります。
これをカギ(INDEX)に、蔵書から印象深い箇所を自在に取り出せるようになれば、読書体験に大いなる付加価値がもたらされます。
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印刷書籍を自炊して iPad 上のアプリで表示した

ここで提案しておきたいのは、書籍電子化の波が到来する以前の印刷書籍を“電子化”する手法の整備です。

そうです。自炊のことです。
この2年ほどで急速に立ち上がった自炊事業(書籍の裁断、スキャニング代行業)は、現行法規、出版社や一部著者らのキャンペーンにあいあえなく終息に向かっているようです(記事参照)。
しかし、積極的に“自炊”に向かった読書家たちにとり、蔵書を裁断・スキャニングするサービスへの需要は宙に浮いたままです。
筆者は、ここで出版社など業界団体で自炊代行業を認証する仕組みを提供するのが打開策と考えます。
つまり、法的にグレーな事業者や代行メニューを排除し(あくまで書籍の所有者から委託を受けて作業を代行する、裁断後の書籍の返却もしくは適正な廃棄プロセスなどを実施する)ガイドラインを担保できる事業者を認証し読書家のニーズに応えていくのです。
出版などの業界とこの代行事業者間で以前と異なる“友好関係”が成立すれば、これまでの自炊では満たされなかった高度な電子化サービスも提供されやすくなるでしょう。
たとえば、絶版扱いとなってしまっている旧版を書肆自ら自炊し少量販売するようなビジネスにも活路が開けます。

次に、印刷書籍の対極である電子書籍の状況はどうでしょうか? 印刷書籍を多く蔵書する際の“不便”を克服する未来の姿を十全に提示できているでしょうか? 残念なことに、体験的には“ノー”と言わざるを得ません。
さまざまな電子書籍販売、サービスがすでに台頭していますが、ファイル形式は多様。ユーザーがダウンロードすべきものもあれば、固有のクラウド型(本の実体をユーザーが取得しないもの)などあり、統合的なマネジメントは到底できていません。
クラウド型サービスであっても、PC(Windows)から閲読できてもMacでは不可というケース、各種のモバイル機器への対応がばらつくなど悩ましい限界が山積です。
むしろ、印刷書籍の蔵書のほうが自炊等によるデータ化で将来への担保もできるのに比べ、電子書籍のプロプラエタリ化(タコツボ型)のほうが気になる状態です。
こんな状況では、読書家にとっては“読み捨てでいい”読書の方向でしか電子書籍に適合できません。

思わず悲観的な素描になってしまいましたが、問題解決の芽もあります。
詳細を論じるのは避けますが、たとえば、「オープン本棚プロジェクト」のような試みも誕生しています。
なにより電子書籍提供上のフォーマットを、オープンな標準である PDF、EPUB、そして“デファクト標準の可能性がある” Kindle フォーマット、加えて Web 標準である HTML5+CSS3 を中心に互換性を強く意識した業界全体のコンバージェンスが進む機運は、潜在的には高まってきています。

改めて、論を整理しましょう。

マネジメントする対象のコンテンツ

  • 法的にクリアな事業者もしくは所有者個人による自炊 PDF
  • 数種の標準フォーマットの電子書籍、および青空文庫など Web 標準フォーマット

書架の基本機能

  • 書誌情報等を使った保有書籍のデータベース化
  • アノテーション(書籍への書き込み)情報のデータベース化
  • 書影等の表示
  • 各種検索機能
  • 保有書籍およびアノテーションの公開などソーシャル化

情報機器端末の機能

  • Windows、Mac、Linux等ネイティブアプリ開発用 API 提供
  • iOS、Android等モバイル端末向けネイティブアプリ開発用 API 提供
  • ブラウザを仮想表示端末とするための HTML5 等 Web 標準のサポート

本稿冒頭の問題意識に立ち返りましょう。

“電子書籍の体験に欠けているものは何か”と問われれば、読みたいコンテンツが提供されているのかどうか、というハードルではありません。新刊書籍は徐々に電子版としても提供されていく流れにあります。
言葉を換えれば、“フローとしての電子書籍”は需要を満たす方向に歩みを始めています。
課題は“ストックとしての電子書籍”におけるソリューションです。読書家の視点で素直にこれを語るなら、手持ちの印刷書籍を含めていかに気持ちよくマネジメントできるかという方向です。
そのために、クラウド化された統合的な電子書架が求められるはずです。

その書架は、単に個人の蔵書管理のために止まらず、適切なアフィリエートの仕組みを付加できれば、特定テーマに強いブティック型書店に化けることも可能です。
また個々人の書架が適切な形でネットワーク化されれば、ソーシャルリーディングを加速するプラットフォームとなるかもしれません。
このまま電子書籍が垂直型サービスとして硬直化してしまう前に、どうにかして柔軟で付加価値の高い蔵書マネジメントの仕組みを形成し、それを個人へと提供しなければならないと考えます。
(藤村)