本らしさから“電子書籍”らしさへ—[Kindleは「本らしさ」を殺すのか?]

米国では“電子書籍”が、いよいよ立ち上がってきました。
周知のように、この市場の中心にはAmazonがいます。またB&NのNookがあります。そして、AppleのiPadがいます。
いずれも販売は好調であり、特にKindleの成長の可能性には期待が高まっています(「アマゾンKindle事業事業の成長は続く参照)。
そこただ中、流れをさらに加速させると予感させる新製品が登場しました。
Amazon Fireです。
Amazonが初代のKindleを発売開始したのが、2007年。その4年にして「Fire」が登場、いよいよAmazonは読者に対し、電子を通じた読書体験の変革を迫るタイミングにきたとするのが、ブログ マガジン航の「Kindleは『本らしさ』を殺すのか?」です。
大変に刺激的な状況を伝えるこのブログポストを紹介しましょう。

Kindleは「本らしさ」を殺すのか? « マガジン航[kɔː] via kwout

同記事では、ニコラス・G・カー氏の言葉「未来は常に過去の衣をまとって登場する」を引きながら、これまで本の電子化を推し進めるプレーヤーが、電子書籍の事業化を紙の(従来の)本を“再現”するためのメタファを取り込みながら誕生していることを指摘します。「紙の本のルック&フィールにできるだけ近づけるようデザインされて」きたというのです。

しかし、記事のポイントはその模倣的段階が徐々に終わり、本来の、言い換えれば、過去存在していなかった電子の書籍が生み出されるタイミングだということです。つまり、「紙の本らしさ」を脱する動きが浮上してきたというわけです。

初期の電子書籍はユーザインタフェースのデザインコンセプトとして、紙の本のメタファーを採用していたわけです。しかし、メタファーは飽くまでメタファーで、それは飽くまでマーケティング戦術であり、従来からの読書家に心地よく電子書籍を使ってもらう手段だったのです。

ジェフ・ベゾスはビジネスマンであって、伝統的な本を守るつもりなど決してないとカーは断じます。むしろ彼は従来の本を破壊したいのであって、Kindle Fireにおけるマルチメディア、マルチタッチ、マルチタスク、アプリの導入はその一環なのだと。

Kindle Fire、そしてそれに先行するiPadとNook Colorにより、我々は電子書籍の真の美意識を目の当たりにしているのだとカーは書きます。そしてそれは、印刷されたページよりもウェブにずっと近い。

詳しくは記事に直接当たられることをお勧めしますが、結論を言うなら、「Fire」は、「本らしさ」重視のデザインを徐々に脱し、逆に「Webらしさ」、あるいはiPad登場時によく語られた「アプリらしさ」へと近づいていくというのです。
「Fire」はそのような過渡期を押し広げる重要な存在かもしれません。
カラー液晶、音楽や映像、そしてAndroid OSをテコに機能拡張要素を持たせた「Fire」を“邪道”とみなす声もあるようですが、上記したような遠大な第一歩を担う製品、と理解すべきなのかもしれません。
(藤村)

情報探索の3類型とは—[Three Mindset of Search]

米国About.comに「情報検索の3つの類型」(Three Mindset of Search)という調査結果が掲載されています。

allabout

原文は英語ですので、日本語でこれを紹介したブログポストに触れておきましょう。
Current Awareness Portalの「人が情報を探す3つの理由がそれです。
記事では上記の調査結果についてこう述べています。

リポートでは人が情報を探す行動を3つのタイプに分けており、それぞれの構成比率は、ピンポイントの答えを求める“Answer Me”タイプが46%、そのテーマに関して全体的な理解をしようとする“Educate Me”タイプが26%、何か面白いことがないか探すという“Inspire Me”タイプが28%、となっています。

詳細は原典に当たっていただく必要がありますが、何より人の情報探索ニーズ、あるいは探索モードは大きく3つ、それぞれ異なるのだという認識は大切です。
特に、情報を読者に向けて発信していく立場の、コンテンツホルダー(メディア企業)にとっては、読者に対しそれがどのような目的(文脈)に即して提供していくべきかと深く考えさせるものです。
さらに言えば、3つのモードのそれぞれに最適化したメディア形式も想定できるはずです。別の機会に論じてみたいと思います。
(藤村)

“アプリ経済”、ひたすら加速—[モバイルアプリケーションのダウンロード数、2015年までには980億件を突破か?]

TechCrunchがスウェーデンの調査会社Berg Insightがまとめたモバイルアプリケーションの市場規模に関する調査結果を伝えています。
モバイルアプリケーションのダウンロード数、2015年までには980億件を突破か?がそれです。

昨年、有料アプリケーション、アプリケーション内販売、定期購読料などによるアプリケーションストアでの売上は16億ポンド(21億5000万ドル)だった。
これが2010年から年率40.7%の成長を続け、2015年には118億ドルになるということらしい。

2010年に約1700億円という市場規模は、例えば、わが国の市場(パッケージソフト市場)2兆2000億円(2009年の値、IDC Japanの調査による)に比べても小さなものにしか見えません。しかし、これが15年になるとどうでしょうか? 国内市場は低迷、もしくは縮小ということを計算に入れれば、その半分ほどの規模までに到達するというのです。

人口に占める利用者比率が著しく高いモバイル(携帯電話等)分野で、かつ、利用者が1人当たり数本ものアプリを購入する可能性が高い市場。
こう考えると、高くても数百円程度が常識のモバイルアプリの市場の可能性が、計り知れないほど大きく見えてきます。
スマートフォンの普及が本格的に加速したばかりの現在。モバイルアプリが果たす経済的効果はIT産業に止まらないインパクトを秘めているはずです。

モバイルアプリケーションのダウンロード数、2015年までには980億件を突破か? via kwout

補足)著名なアナリストMary Meekerが先日(2011年11月18日)に行った講演では、
全世界のモバイルアプリと広告の成長(2008年から11年まで)が分かりやすくチャート化されています。
(藤村)

テレビ ビジネスはどう“スマート”になるのか—[地デジ化・スマートテレビで広告は変わるのか]

「スマートテレビ」という用語がにわかに取り沙汰されています。地デジ放送への移行が終息して“次なる家電商戦”づくりとうがった見方もありますが、わが国に止まらず、世界でスマートテレビが、デジタルメディアの急先鋒として認められ始めたことも背景にあるようです。

このタイミングで、水島久光氏がWirelessWireに示唆的な記事を寄せています。「地デジ化・スマートテレビで広告は変わるのか」がそれです。
同氏は本論とスマートテレビについて下記のように述べています。

テレビがデジタルになるということは、システムがもはやテレビの”完結性”を保障しないことを意味する。2011年7月24日を過ぎたばかりの今は、とりあえずまだ新しい環境にかつての「テレビ」をコピーペーストした状態に過ぎないが、これからはますます他のメディアとの干渉・混沌化が進んでいくであろう。そんな中でテレビが「スマート」を目指すということは、どういう意味をもつのか。それはまさしくデジタル環境下での「テレビ」のコア(核心)を、新たにデザインすることに他ならない。

コンテンツを楽しむ新たなシステムの誕生。その未来を占うと同時に、ビジネスモデルにも大きな変化をもたらすトレンドに注目しておきたいと思います。
(藤村)

「新聞」メディア、ソーシャル化の試み—[新聞に「次号予告」が出る日]

英大手新聞「The Guardian」が興味深い試みを開始しました。
取材や企画中の記事の情報をどんどん読者に公開していくというのです。下記のように小林啓倫氏がブログ「POLAR BEAR BLOG」で紹介しています。
常に特ダネを追っているような新聞の編集体制であっても、従来のような情報守秘とソーシャル化で読者の参加を喚起していくアプローチとを天秤にかけた試みが始まっているわけです。試みの成否に注目です。

例えば誘拐事件に関する情報など、守秘義務等の理由でここには掲載できない記事もあるそうですが、なるべく情報を開示して行く予定だそうです。また個々の記事について何か意見のある人は、メールでメッセージを送ることができると同時に、記者のTwitterアカウントに対するメッセージ、またハッシュタグ”#opennews“をつけてのツイートでもOKとのこと。

(藤村)